その8 ブルータス、お前か!
ここはバルバラの屋敷の離れ。
さっきまで猟奇殺人現場の様相を呈していたディルハルトさんの部屋も、今ではメイドのクラーラさんの手によって綺麗に整えられていた。
マジでこの人、仕事は出来る人なんだよな。
「もっと褒め称えてくれてもよろしいですよ」
「・・・なんだか面倒なんでいいです」
こんなに性格がアレなのにディルハルトさんの世話係になっているのは、実務能力の高さを買われての事なんだろうな、きっと。
「君達が妹の友達だね。僕はルーデン男爵家長男のディルハルト。こんな姿で失礼。昔から体が弱くてベッドから降りられないんだよ」
「わ・・・私はローゼマリー・メッテルニヒですわ。初めましてバルバラのお兄様」
「ク・・・クラリッサ・シェーラーなのです」
「初めまして・・・エッダ・バカンスです」
「・・・ディアナ・アスペルマイヤー」
会長達は今もディルハルトさんに怯えを隠せないようだ。
まあビビリの会長達が、あんな血まみれの姿を見たら怖がるのもしかたがないよな。
「アタシ達はビビリじゃないんですよ! 人より怖いものが苦手なだけなんですよ!」
「いや、それをビビリって言うんだよ」
「まあまあ落ち着いて。お茶でも飲んでグブワッ」
「「「「キャアアア!」」」」
突然血を吐くディルハルトさんに驚く会長達。
「ああっ! お茶の中に血が!」
「あなたはマイペースですね!」
そして淹れたばかりのお茶を台無しにされて、悲しそうな声を出すクラーラさん。
「済まないクラーラ。もう一度お茶を淹れてくれ」
「分かりました、少々お待ちを」
「なにシレッとそのまま足そうとしてるわけ?! 面倒くさがらずに洗ってから淹れようよ!」
クラーラさんは俺の指摘に心底面倒臭そうな顔になった。
「チッ。・・・血だけに」
「いや、大して上手くないから。ドヤ顔するほどじゃないから」
ていうか客の前で舌打ちしていいわけ? ホントに自由だなこの人は。
結局俺もクラーラさんを手伝ってお茶のセットを洗った。
ていうか俺が手伝わないとこの人動かないんだよ。
「若いうちの苦労は買ってでもしろと言いますからね」
「いやあなた、俺とさほど歳も違いませんよね」
クラーラさんは見た目大学生くらいか? せいぜい俺より四~五歳上程度だろう。
お茶を淹れ直して持っていくと、さっきまで怯えていた会長達も今では落ち着いてディルハルトさんと会話を楽しんでいた。
「そうですか。妹はそんな事を」
「ええ。お兄様はベッドの下に男女で体術を掛け合う絵を隠していると言ってましたわ」
「うぉい! 会長なんの話をしてるんですか!」
確かにバルバラはそんな事を言ってたけど、それってそんな風に女性の口から朗らかに話していい内容じゃないですから!
「ほう、そんな絵が僕のベッドの下にね。ちょうどいい所に来た。クラーラ、ベッドの下を見てくれないか?」
「分かりました。おや、奥に見慣れない鞄が」
ベッドの下から大きな鞄がズルリと引っ張り出された。
「知らない鞄だな、いつの間に・・・」
「鍵はかかっていないようです。開けてみますね。――こ、これは?!」
クラーラさんが頑丈な留め金を外して鞄を開けると、中から出て来たのは・・・大量の紙束?
てか、これマジでエロい絵じゃねえか!
「「「「キャアアア!」」」」
真っ赤になって悲鳴を上げる会長達。
両手で顔を覆い、そして指と指の間からバッチリとガン見している。お約束通りである。
「な、なんでアルトはそんなに平気なんですの?!」
「いや、そう言われても・・・」
真っ赤になった会長達に俺は文句を言われた。
・・・まあ、確かにエロい絵なんだけど、なんだろうな。すごく微妙なんだよ。
俺も健全な男子高校生なので、日本にいた頃はネットでエロい絵や写真なんかを見てはいる。
けど、そういった絵に比べるとこの絵はぶっちゃけ中途半端――というか素朴すぎてイマイチとしか感じられないんだよな。
「なっ・・・ クラーラ、もういい、しまってくれ!」
慌てるディルハルトさん。本気でこの絵の存在を知らなかったみたいだ。
「わ、分かりました。あっ! 待ってください、鞄に名前が。”ブルータス・バシュバルテン” ・・・どうやら父の鞄のようです」
ブルータスのオッサン?! あんたの鞄だったのかよ! そしてクラーラさんってオッサンの娘だったのかよ!
「どうやら屋敷の者に見つからないように、父がディルハルト様のベッドの下に隠したみたいですね」
「・・・いつの間に。いや、ブルータスほどの剣豪であれば、僕が寝ている間に気配を殺して忍び寄り、ベッドの下に鞄を隠して離れを出ていくくらいはお手の物か」
マジで?! あのオッサン、そんなにスゴイ剣豪なんだ?!
そしてそんな鍛え上げられた能力をこんなしょーもない事に使うオッサンって一体・・・ いやまあ、らしいっちゃあらしいけどな。
「その鞄は処分しておいてくれたまえ」
「かしこまりました。父の目の前で焼却処分に致します」
クラーラさんの気持ちは分かるが、その処分の仕方は同じ男としてなんだか同情してしまうぜ。
オッサン、強く生きろよ。
そして阿呆の子クラリッサが「えっ、燃やしてしまうんですよ?」とか残念そうに言っているな。
「ざ、残念そうになんて言ってないんですよ!」
「いつものように阿呆の子の部分に引っかかるかと思ったがよく気が付いた」
「ええと、何でアルトはそんなに上から目線なんだい?」
俺達の会話にエッダが苦笑しながらツッコミを入れた。
なんだかんだで色々とあったが、ディルハルトさんと会長達との挨拶も無事に終わり、俺達はディルハルトさんの体を労わって離れを後にした。
本人が飄々としているのでうっかり忘れそうになるが、ディルハルトさんは体が弱くて寝たきりの人だからな。
あまり長居して疲れさせちゃマズいだろう。
「色々とお騒がせしてしまいましたわ」
「いやまあ、原因のほとんどが向こうのせいなので、あまり気にしない方がいいんじゃないですかね」
俺は申し訳なさそうにする会長を、安心させようと声を掛けた。
「確かにさっきの絵には驚いたのですよ」
「お前、こっそり一枚くすねて隠し持ってたりしてないよな」
「んなっ! そんな事する訳ないんですよ!」
俺の冗談に真っ赤になって怒るクラリッサ。
そんなクラリッサをエッダが「まあまあ」と抑えている。
「・・・」
「どうしたディアナ、浮かない顔をして」
そういえばディアナは離れでも何か考え込んでいる様子で、最初から会話に加わっていなかった。
いつも無口なのであまり気にしてなかったが、あの部屋で何か気になる事でもあったんだろうか?
「・・・うん。ちょっとアルトに話があるけどいい?」
「? あ、ああ」
ディアナは俺の手を取るとみんなから離れて歩き出した。
みんなは少し不思議そうな顔になったが、俺が「すみません、先に戻っていて下さい」と言うと、渋々屋敷へと戻って行った。
「おい、もうこの辺でいいだろ? それで何があったんだ?」
庭の片隅でディアナは足を止めた。
周囲には誰の姿もない。俺達の話を聞いている人間はいないはずだ。
ディアナは少し言葉に迷っていた様子だったが、やがて俺の目を見てハッキリと言った。
「ディルハルトは妖精に魅入られている。今のままだと命が危ない」
次の更新は水曜日です。
次回「タチの悪い妖精達」




