その7 子供のお使い
翌朝。
俺はバルバラの家の離れで、冷たい床の上に土下座をしていた。
「誠に申し訳ございませんでした!」
「・・・そんなに謝る事はないよ。少し挨拶をしたいと思っただけだし」
ベッドの上に横になって苦笑しているのは、バルバラの兄貴のディルハルトさんだ。
俺は昨日、たまたま目についたこの離れで、この人に出会った。
俺から話を聞いたディルハルトさんは、兄として妹の友達に一言挨拶をしたい、と言い出したのだ。
体の弱いディルハルトさんは、ベッドを離れると生きていけない(※注 メイドのクラーラさん談)ので、俺がローゼマリー会長達を呼んで来る事になったのである。
「ところがみんなと話し込むうちに、うっかり用事を忘れてしまったと。・・・あなた子供のお使いですか」
ぐっ・・・ 返す言葉もございません。
虫でも見るような目で俺を見下す小柄なメイド、クラーラさん。
ディルハルトさん専属のメイドさんだ。
超個性的というか、何だか色々と困った人でもある。
ちなみにディルハルトさんは昨日とは違って、髪も整えられて無精ひげもなく、サッパリとした顔になっている。
こうして見ると、バルバラによく似たハンサムな顔立ちだったんだな。俺の劣等感が刺激されるぜ。
「やめたまえクラーラ。僕は気にしていないよ」
「しかしディルハルト様。せっかく昨日は一度も袖を通した事のないとっておきの礼装に着替えていらしたのに」
「そうだね。将来バルバラの結婚式に着るために、楽しみに飾っていた服だったんだけどね・・・」
ざ・・・罪悪感が。
てか、妹の友達に会うだけなのに、何でこの人達はそんなに無駄に気合を入れたわけ?
普通の服で会えばいいじゃない。
「・・・その服も今は血だらけなんだけどね」
「ご無理をなさるから血を吐かれるのです」
「ぐっ・・・ 本当にすみませんでした」
ディルハルトさんは体が弱いせいか、ちょくちょく吐血するらしいのだ。
それってヤバいんじゃないかって? 俺もそう思うんだが、なんだかいつものことらしくて、困った事にこの人達からは全然悲壮感を感じないんだよ。
「ゴホッ! ゴホッ!」
「ディルハルト様! 急にわざとらしく!」
「驚くところはそこじゃないよね?!」
てか、あなたの主人なんだから普通に労われよ。
「ゴホッ・・・。 すまないが薬を取ってくれないか」
「分かりました。私が飲ませましょうか? それともそこの子供の使いも満足に出来ないダメ人間が飲ませましょうか?」
「俺に対するあなたの評価は酷すぎじゃね?!」
そして何で選択肢に俺まで入っているわけ?
「ではこちらの、え~と、病人が使う微妙にポットっぽいヤツから水をどうぞ」
「名称が分からないなら無理して言わなくていいから! そしてそれは”吸い飲み”っていうヤツだから!」
「ありがとう。でも座薬だから」
「座薬って尻に入れるヤツじゃん! ”吸い飲み”関係ないし! さっき咳をしてたのは何だったんだよ?!」
立ち上がると棚から薬を取り出すクラーラさん。
「座薬は切らしているので、こちらの飲み薬でお願いします」
「そうか・・・。 大きいな。入るだろうか」
「何で尻に入れるつもりなんだよ?! 飲み薬って言ってるんだから普通に飲めばいいじゃないか!」
俺はズボンに手をかけるディルハルトさんを慌てて止めた。
「とにかく、あなたはその薬を飲んで大人しく寝ていて下さい。今日こそはちゃんと会長達を呼んで来ますから」
「そうか。ではクラーラ、私の服を」
「いや、だからそれもいいですから。病人なんだからパジャマでも別にいいじゃないですか」
体を起こしてズボンに手をかけるディルハルトさんを、俺は慌てて止めた。
ていうか、なんであなたはそんなにズボンを脱ぎたがるんですか?
「あなたは信用出来ないので私が付いて行きます」
「・・・分かりました」
まあ昨日の今日だからな。流石に俺もクラーラさんに強くは言えなかった。
俺が屋敷に戻ると会長達はみんなでお茶を飲んでいた。
なんだか昨日もこんな感じだった気がするな。
「あ、ようやくアルトがやって来たんですよ!」
そしてクラリッサが俺を見付けて声を上げた。
「ではこれより悪役令嬢対策倶楽部の活動を始めますわ!」
そしてローゼマリー会長が宣言した。
いやいや、これだと昨日のまんまだろ。
俺は背後に立つクラーラさんの視線を痛いほど感じた。
分かってますって。今日はちゃんと言いますから。
「あの、ちょっと待ってもらっていいですか」
「あれ? 後ろのメイドはどうしたんだい?」
おっと。黒髪前髪パッツン美少女エッダが、クラーラさんに気が付いたようだ。
「ああ、この人は」「私の事は結構ですので、悪役令嬢対策倶楽部の活動を始めて下さい! 私、非常に気になります!」
クラーラさんは好奇心に目を輝かせてローゼマリー会長を促した。
てか、さっき俺の背中に刺さっていたのは好奇の視線だったのかよ。てっきり「今度は忘れるなよ」と釘を刺されているのかと思ったわ。
「さあさあ、どうぞどうぞ!」
「な、なんだか変な人なのですよ?」
鼻息も荒く詰め寄るクラーラさんに対して若干怯えるクラリッサ。
クラーラさんのワクワクが止まらない!
俺はクラーラさんの肩を掴んで後ろに下げた。
「いやん」
「何その棒読み。え~と、この人はバルバラのお兄さんのメイドのクラーラさんです。・・・それでみんなに話があるんですが」
俺はみんなにディルハルトさんの事を説明した。
そしてクラーラさんは俺の話に頷いた。
「そういえばそのために来たんでしたね。忘れてました」
「あなたさっき俺の事を、子供の使いも出来ない、とか散々ののしっていましたよね?」
なのに自分から率先して忘れてるってどういう事?
そういえば、この部屋には倶楽部メンバーが全員いるとばかり思っていたけど、バルバラの姿が見えなかった。
バルバラは昨日立てたトレーニングメニューを消化するために、ブルータスのオッサンと一緒に朝から屋敷の裏の林に出かけたんだそうだ。
何ともタイミングが悪かったな。
「そういえば、バルバラにはお兄さんがいるって聞いていたんですよ」
「初日の夜にいきなりパーティーとかあったからすっかり忘れてたね」
「パーティー。思い出したくない」
ようやく思い出したのか、クラリッサがポフンと手を打った。
そしてエッダの言葉にディアナがげんなりと崩れ落ちた。思い出したくないほど大変だったのか。
「ではみんなでバルバラのお兄様の所にご挨拶に向かいましょう」
ローゼマリー会長の一声で、俺達は離れに向かうことになったのだった。
離れに向かう俺達の間の話題は、当然、ディルハルトさんについてだった。
「体が弱いから痩せているけど、顔立ちは結構バルバラに似ていたぞ」
「へ~、そうなんですよ。バルバラはお母さん似だから、お兄さんもお母さんに似たんですよ」
素直に感心するクラリッサと違い、エッダは微妙に納得いかない表情をしている。
「いや、納得いかないというか・・・。 以前バルバラは、お兄さんは自分より強い、って言ってたよね。そんな人が体が弱いとかって不思議じゃない?」
! 確かに。
そういや忘れていたけど、バルバラが以前”兄は私の十倍強い”って言っていたっけ。
俺は、初対面の時に全身ベル〇ルク甲冑で俺を追いかけ回したバルバラに、あのディルハルトさんが勝てる姿がどうしても想像出来なかった。
そんな話をしているうちに、俺達は離れの前までたどり着いた。
「ディルハルト様、みなさまをお連れしました」
クラーラさんがドアを開けると、ローゼマリー会長が離れの中に入った。
「お初にお目にかかりますわ。私達は――キャアアア!!」
突然の会長の悲鳴に、俺達は一瞬顔を見合わせると、慌てて離れの中に飛び込んだ。
「「「キャアアアアア!!」」」
「・・・」
突然の惨劇に思わず悲鳴を上げる少女達。
そしてあまりに予想通り過ぎる光景に無言の俺。
部屋のベッドは血にまみれていた。そこには胸元を真っ赤に血に染めて横たわる男の死体が――いや、血だらけのベッドにディルハルトさんが寝ていただけなんだけどな。
会長達の叫び声に、ディルハルトさんはパチリと目を開けて体を起こした。
「やあ、いらっしゃい。少しウトウトしていたよ」
「こちらがディルハルト様です」
「「「「キャアアアアア!!」」」」
妙に軽い挨拶をする血まみれの男に、会長達は再び悲鳴を上げた。
どうやらディルハルトさんは俺達を待っている間に睡魔に襲われ、ベッドで寝ゲロならぬ寝吐血をしてしまったようだ。独創的だな。
「「「「キャーッ! キャーッ! キャーッ!」」」」
「いやあ、まいったね。どうしようか」
「ひとまず着替えて下さい」
「だから何でズボンを下ろそうとするんですか! 血で汚れているのはシャツだけですよね!」
「「「「キャーッ! キャーッ! キャーッ!」」」」
ディルハルトさんが何をやっても悲鳴を上げる会長達。すっかりパニックになっているようだ。
そして微妙に役に立たないディルハルトさんとクラーラさん。
俺はどうしていいか分からずに、頭を抱える事しか出来なかった。
次の更新は日曜日です。
次回「ブルータス、お前か!」




