その6 いつもの会話
俺がバルバラと一緒に彼女の屋敷に戻ると、会長達は朝食を終えてお茶を飲んでいる所だった。
「あ、ちょうどいい所にアルト達が戻って来たんですよ!」
俺達を見付けた阿呆の子「阿呆の子じゃないんですよ!」――クラリッサが大きな声をあげた。
無駄に元気の有り余っているヤツだな。俺はさっき兄貴とメイドのダブルアタックを食らって疲れているんだから少しは労わってくれよ。
「兄貴とメイド? 何の事だい?」
黒髪前髪パッツン美少女のエッダが訝し気な表情を浮かべた。
「ああ、それなんだけど・・・」
「ではみんな揃いましたし、これより悪役令嬢対策倶楽部の活動を始めますわ!」
「ええっ?! 今からここでやるんですか?!」
ローゼマリー会長の高らかな宣言に俺は度肝を抜かれてしまった。
「当然なのですよ。全員揃っているんだから活動するのです」
「合宿。興味深い」
眠そうな目でお茶のカップを傾けていた青色ゆるふわ髪のディアナが頷いた。
あちゃ~、以前に少し話した合宿の話をディアナは覚えていたんだな。
まあ確かに今の状況は合宿っぽいと言えば合宿っぽいけど・・・
「合宿か。確か一日中体を鍛え抜く血沸き肉躍るイベントだったな」
汗をかいた服を着替えたバルバラが嬉しそうに微妙にズレた事を言った。
どんな合宿だそりゃ。
「違ったのか? じゃあ合宿で何をやればいいんだ?」
バルバラに聞かれて俺は咄嗟に返事に困ってしまった。
ウチがサッカー部なら、「泊まり込みの集団生活をして、一日中サッカーの練習をするイベント」とでも説明すればいいだろうが、悪役令嬢対策倶楽部の合宿って何をやればいいんだろうな?
「でしたら今日は合宿の予定表を作りましょう!」
会長の鶴の一声で今日の活動内容が決まった。
てかこれって夏休みの予定表作りみたいだな。
・・・ところでさっきから何かを忘れているような気がするが、気のせいだろうか?
俺は誰かに頼まれてみんなを誘いに来たような・・・
不意に考え込んだ俺に対して会長が訝し気な表情を浮かべた。
「どうかしましたの?」
「あ、いや、何でもありません」
少し気になるが、思い出せないということは大した用事じゃないんだろう。
そう考えて俺は、バルバラの兄貴に頼まれてみんなを呼びに来た事をすっかり忘れてしまうのだった。
さて、予定を作るのはいいが、何から手を付ければいいんだろうな。
「勉強時間は欲しいのです」
クラリッサが少し申し訳なさそうに要望した。
ちなみにクラリッサはこの前の学期末テストで成績を上げる事に成功したんだそうだ。
マジで? やるじゃないか。
「アルトのおかげなんですよ」
「まあな」
「そこは謙遜するんですよ!」
俺の冗談に噛みつくクラリッサ。
まあ実際の所、以前「俺がいくらでもお前の面倒を見てやる」とか言ったけど正直不安だったんだよな。
良かったじゃないか。頑張った成果が出たな。
「さ、最初から素直にそう言えばいいんですよ」
「そうですわね。では夕食前の二時間は勉強の時間に致しましょう」
ローゼマリー会長の提案にホッとするクラリッサ。
せっかく成績が上向き始めた所だからな。ここで勢いを途切れさせたくなかったんだろう。
ここでエッダが手を上げた。
「ちょっと待って。全教科やるとなれば二時間で終わるかな?」
「それもそうですわね。でしたら一つの科目あたり30分と致しましょうか」
「だったら午前中からやらないと間に合わないのです」
「そうですわね。なら順番にやっていって・・・」
おいおい、そんな事言ってていいのか?
「出来ましたわ! 勉強時間は朝食後から夕方の四時までと致しましょう」
「それって授業に出てるのと変わりませんよね」
「「「「「!!」」」」」
驚愕の表情を浮かべる会長達。
いやまあ、さっきの話を聞いてて絶対にそうなると思っていたけど。
「それだとむしろ勉強のための合宿になってしまいませんか?」
「そ・・・そうですわね。だったら勉強はナシですわ」
「ええっ! 極端過ぎるんですよ?!」
ショックを受けるクラリッサ。まあ確かに今回はお前の言う通りだわ。
最初に決めた二時間くらいはあってもいいんじゃないですかね。
結局、勉強時間は最初の予定通り二時間と決まった。
ホッとするクラリッサ。
「次は何を決めましょうか?」
「この中で一番合宿に詳しいアルトに聞こうよ」
そんな風に尋ねられても困るんだがな。
「基本的には練習時間を決めて、空き時間は各自で自主トレとかかな?」
「自主トレ? 悪役令嬢対策倶楽部で?」
・・・まあそうだよな。自主トレって言われても、ウチの倶楽部で何をすればいいのやら。
「素振りをするのはどうだろうか?」
「いや、体を鍛えても意味無いだろう」
「なら精神を鍛えるんですよ?」
精神を鍛えるか・・・ 確かにそれなら意味はありそうだ。
俺はみんなに一枚づつ紙を配った。
「メンタルトレーニングのひとつにポジティブな精神を作るというものがあります。各自、この冬休み中に達成するという目標を決めて、この紙にそれを書いて下さい」
失敗を恐れないポジティブな精神というのは強い精神力の支えになる。
そのトレーニング方法として、大きなゴールを設定した上で、その手前の小さなゴールを設定するというものがある。要は成功経験を積み重ねる事で「自分は出来る」と自信を付けていくのである。
「書いたのです!」
早いな!
クラリッサが自信満々に掲げた紙には「次の中間テストは学期末テストより良い点を取る」と書いてあった。
俺は無言でクラリッサの頭にチョップを落とした。
「痛いのです!」
「そんなに強く叩いてねえよ! てかお前は俺の話を聞いてなかったのかよ!」
この冬休み中に達成すると目標って言っただろうが。次の中間テストは休み明けじゃねえか。
「あっ!」
「いや、あっ! じゃねえよ全く・・・ バルバラは、おい、お前どこまで書いてるんだよ」
「どこまでって、全てこの冬に達成する練習メニューだが?」
バルバラの紙には筋トレから始まって素振りからランニングまで、ビッシリと練習メニューが書き込んであった。
「私はこれを毎日こなすつもりだ!」
「俺が書いて欲しかったのは練習メニューじゃなくて目標だったんだが・・・ いや、このメニューを達成するのが目標ならこれもありなのか?」
バルバラの斜め上の発想に俺は軽く混乱してしまった。
そんな俺に向かってディアナがいつもの眠そうな目で紙を突き出して来た。
「ええと・・・ これがディアナの目標、なのか?」
紙には大きく「冬眠」と書いてあった。
「人間がこれを達成するのは困難。しかしその困難な道のりにこそ挑む価値がある」
「いや、単にお前が寒いのが嫌いなだけだろうが」
雪の降らないブッフホルツ領とはいえ冬は冬。ディアナが想像していたよりも外は寒かったようだ。
まあぶっちゃけたかだか馬車で四~五日移動した程度の距離だからな。
「次はエッダか。期待しているぞ」
「ちょ、なんでウチの時にだけハードルを上げるんだい?」
エッダはイヤそうな顔をしながら紙を広げた。
「ウチの目標は”この港町を隅々まで歩き回る”だね。せっかく知らない町に来たんだし、あちこち見て回らないと勿体ないからね」
「割と普通なんですよ」
「普通」
「う~ん、私にとっては地元だしなあ」
「ええっ?! 何その反応?!」
みんなの気の無い返事に衝撃を受けるエッダ。
いや、俺はエッダの目標は悪くないと思うぞ。すごく普通だとも思うが。
「分かったよ! じゃあウチの目標はこの港町で一発当てて船を買って船主になる! これでどう?!」
やけっぱちのエッダの啖呵にローゼマリー会長が目を丸くして驚いた。
「エッダも船を買うんですの? でしたらお誕生日プレゼントに買ってもらった船で一緒に海に出られますわね」
「チクショー! どうせバカンス家は男爵家だよ! ローゼマリーの所のメッテルニヒ伯爵家と一緒にすんなー!」
突然壊れ気味になるエッダに困り果てるローゼマリー会長。
俺はエッダをそっと横にどけると「今日ウチの扱いが悪くない?!」会長の目標を尋ねた。
「会長の目標はなんですか?」
「私の目標は”みなさんと思い出を作る”事ですわ!」
これまた普通といえば普通の答えだが、ローゼマリー会長には五年後に破滅の未来が待っている。
そんな未来を思えば、今を大切にしたいという会長の気持ちは痛いほど俺達の胸を打った。
「そうですね。せっかくみんなで一緒にいるんだから色々な思い出を作りましょう」
「賛成なのです! 楽しい思い出がいいのです!」
「寒くなければいい」
「体を動かせば暖かくなるぞ」
「楽しい思い出はいいよね。楽しいのは大好きなんだ」
みんなの共感を得てローゼマリー会長は白い頬を桜色に染めてほほ笑んだ。
こうして各自の目標も決まり、悪役令嬢対策倶楽部の冬合宿?は始まったのだった。
後で知る事だが、この時屋敷の離れでは一組の男女が「バルバラ達は遅いね」「女性は身だしなみを整えるのに時間がかかるのです」などと話していたそうだ。
次の更新は木曜日です。
次回「子供のお使い」




