その5 長男ディルハルト
俺達がバルバラの実家に遊びに来た翌日。
俺は暇を持て余して屋敷の外を何となく散歩していた。
いやあ、貴族のお屋敷って妙に居心地悪いんだよ。
決して悪い意味じゃなくて、俺には場違い感が強いって意味で。
屋敷の中は何人もの使用人の人達が忙しく働いている。
彼らにとっては職場なんだから、それも当然といえば当然なんだろう。
そんな中俺がやる事も無くブラブラしている、っていうのはちょっと。申し訳ないというか、いたたまれないというか・・・
結局俺は屋敷の中に身の置き所が無くなって、こうして外に出る事にしたのだった。
とはいえ知らない町に出て迷子にでもなればバルバラの実家に迷惑がかかってしまう。
俺は仕方なく屋敷の庭を見て回る事にした。
・・・そういや今は冬だっけ。
屋敷の庭は春や夏にはさぞ美しい花を咲かせているのだろうが、今は土が綺麗に耕され、葉の落ちた木が残るだけの殺風景な場所でしかなかった。
さて、これからどうするか。
あっさりと目的を失ってしまった俺は、その場であてどなく視線を彷徨わせた。
ん? あれは屋敷の離れか?
屋敷の裏。日の当たらない場所に小さな建物が立っていた。
庭師の家にしてはちと大きめだし、屋敷の人間が住むには不便な場所だ。
まあどうせヒマだし。
俺は深く考えずにその建物へと足を向けたのだった。
さっきは小さな建物と言ったが、それは屋敷に比べてであって、この建物自体は小さな庶民の家くらいのサイズはあった。
具体的に言えって? う~ん、近所の交番くらい? 逆に分り辛いか。
玄関は鍵が開いているみたいだ。ノックをしたけど返事はない。
入っても大丈夫かな?
「お邪魔しまーす」
だからって何で入るのかって? さっきも言ったけど暇だからだよ。ここで引き返したら別の暇つぶしを見付けなきゃいけなくなるだろ?
殺風景な玄関の奥には引き戸が見えた。
珍しいな。この世界にも引き戸なんて物があったんだ。
俺は深く考えずに家の中に入り、目に付いた引き戸を引くと・・・その場に固まってしまった。
「おや? どなたかな?」
部屋の中にはベッドが一つ。そこには病人と思われる顔色の悪い頬のコケた若い男が横になっていたのだ。
俺は慌てて頭を下げた。
「す・・・すみません! 誰かが住んでいるなんて知らなかったもので!」
男は年齢で言えば二十歳前。日本では大学生くらいだろうか?
ボサボサの銀髪に無精ひげを生やしている。
「ウチのお客さんかい? 申し訳ないね、僕はこんな有様だからゴブハァ!」
「ギャアアアアア! ちょ、アンタ大丈夫か?!」
いきなり血を吐いた男に俺はどうしていいか分からずにパニックになった。
「どいて下さい」
「あ痛!」
テンパる俺を突き飛ばして小柄なメイドが部屋に入って来た。
「・・・またこんなにシーツを汚して」
「いやいや、心配するトコそこ?! その人血を吐いたんだけど!」
ため息をこぼすメイドに俺は懸命に訴えた。
「ディルハルト様はこういう方なんです」
「なんか”これがこの人の個性なんです”みたいな言い方してるけど、本当に大丈夫なの?!」
若い男――ディルハルトさんは口の端の血を拭いながら屈託のない笑みを浮かべた。
「ああ、驚かせて済まない。今朝はいつもより体調がいいようだよ」
「血の色も鮮やかですね。今日は一日絶好調でしょう」
「”血液型”占いは知ってるけど、”血液”占いは初めて見たよ!」
結構平気そうに妙に軽いやり取りをするメイドと主人?に、俺はどこからつっこんでいいか分からなかった。
「シーツを換えますのであなたは出ていて下さい。それとも手伝ってくれますか?」
メイドは部屋の隅に積まれたシーツを持って俺に聞いてきた。
「まあそれくらいなら手伝っても別に構わないけど。本当にこの人大丈夫なわけ?」
「・・・」
? なんでビックリしてるんだ?
「いえ、本当に手伝って頂けるとは思わなかったもので」
「君、結構変わってるって人に言われないグブハァ!」
「いや、アンタにだけは言われたくないよ!」
再び血を吐く男――ディルハルトさん。もうあんたいいから黙ってようか。話が先に進まないし。
「流石に連続で血を吐くと疲れたよ」
「ディルハルト様、体をお労わり下さい」
「・・・何だろう、このやり取りだけ聞くと凄く普通なんだけどな」
新しいシーツに横たわるディルハルトさん。
「それで君は誰なんだい?」
「昨日バルバラお嬢様が学園の冬休みでお戻りになられました。その際、お屋敷にご学友の方々をお連れになられたのですが・・・そういえばあなたはどなた様なんでしょうか?」
「いや、今ほとんど答えを言ったよね?! 何でそこまで知ってて俺に聞くわけ?」
逆に不思議だわ。
「君がいると楽で助かるよ。クラーラの――あ、クラーラはそこのメイドの彼女の名前だよ。クラーラの言葉を正すのは僕の体には酷く負担だからね」
「ディルハルト様、体をお労わり下さい」
「いや、彼は君のせいだって言ってるからね」
主の言葉をサラリと流すメイドのクラーラさん。
「しかし、妹の学友が泊まりに来ているなら、兄である僕が挨拶をしない訳にはいかない。クラーラ、僕の服を出してくれないか」
「分かりました。こちらの銀の服がよろしいでしょうか? それとも金の服がよろしいでしょうか?」
「なんか昔ばなしの泉の精霊みたいな事を言いだしたぞ」
どっちも違うと言ったら鉄の甲冑になるのか?
けど、いきなり鉄の甲冑が「バルバラの兄です」って出て来たら会長達も――そういやバルバラって初対面の時って甲冑姿だったっけ。
案外「ああ、なるほど」って納得してくれるかもしれないな。
「甲冑か・・・ 僕の体が鎧の重さに耐えられるだろうか」
「いや、真面目に検討しなくていいですから」
「前半分だけ甲冑を着て、後ろ半分は丸出しというのはどうでしょうか?」
「いやだから、真面目に検討しなくていいって言ったよね。それに兄貴がそんな、び〇ぼっちゃまファッションで友達の前に出て来たらバルバラも困ると思うぞ」
しかし、ディルハルトさんはこのままでは収まらないみたいだ。
「そうだ。せめて文をしたためよう。クラーラ、用意してくれたまえ」
「はい。ではこちらの器に血をお吐き下さい」
「なんで血文字で書くのが前提な訳?! そんな手紙もらったら会長達も困るって!」
呪いの手紙かよ! 怖すぎるわ!
「普通のインクでいいんですよ。ここにだってあるでしょう?」
「しかし、もしインクがこぼれてシーツにシミが出来たら・・・」
「心配するトコそこ?! どうせいつも血でシミが出来てるんだから別にいいじゃない?!」
え~、とイヤそうな顔をするメイドのクラーラさん。
あなた本当に自由ですね。
「・・・君、大きな声は・・・」
「あ、すみません。体に障りましたか?」
「大きな声は元気があっていいね」
「なんでわざわざこのタイミングでそこを褒めたんですか?!」
そして俺はそんな所を褒められてどう思えと? 子供じゃないんだから。
クラーラさんが瀟洒なレターセットを取り出して来た。
「では代筆を頼む。”ようこそ妹のご学友の方々、歓迎しよう。私はバルバラの兄・ディルハルト。よもや土足で我が屋敷へ足を踏み入れて無事に帰れるとは思ってなかろうな”」
「あんたどこの魔王だよ! クラーラさんも最後のは書かなくてもいいですからね」
「大丈夫です。私は文字が書けません」
「最初から代筆になってないじゃん!」
「仕方が無い、僕が書こう。クラーラ、ペンをこちらに」
「インクがシーツに落ちてシミになりそうなのでイヤです」
「あんた自由すぎだ!」
色々ともめた挙句、結局俺が会長達をこの離れまで呼んで来る事になった。
「そうか・・・ ではそれまでにせめて身だしなみを整えないとな」
「分かりました。それでは髭を剃りますか? それとも鼻を剃り落としますか?」
「何その怖い二択?!」
不安しかないけど・・・ ホントに大丈夫なのか、コレ?
次の更新は月曜日です。
次回「いつもの会話」




