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その4 バルバラ・ルーデンという少女

◇◇◇◇◇◇◇◇


 実家の屋敷に帰宅した翌朝。バルバラは母親と共に朝食をとっていた。

 倶楽部の仲間はこの場にいない。みんな旅の疲れが出たのか、まだベッドで寝ているのだ。


 食堂は二人の食事を摂る音だけが静かに響いていた。

 確かに食事は静かに食べるのがマナーではある。

 しかし、ここにいるのは家族だけだ。それに普通は料理と料理の間に歓談くらいはする。

 この場は久しぶりの親子水入らずの朝食にしてはあまりに静か過ぎ、家庭の温かみというものに欠けていた。



 静かな食事が終わり、母親が席を立った。

 彼女は去り際にバルバラへと告げた。


「あの人は今日も遅くなるようです。友人を紹介するなら明日以降になさい」

「・・・分かりました母上」


 それが二人が今朝この席で交わした最初で最後の会話だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 バルバラには物心ついた頃からまともに父親の姿を見た記憶が無い。


 彼女の見た最後の父親の姿は、夏に学園に向かう前、彼女を送り出すために開かれたパーティーの場でだった。

 その日、バルバラの父親は遅れて会場に入り、来客に簡単な挨拶をした。

 思えばあの時バルバラは随分久しぶりに父親の声を聞いた気がする。


 父親はパーティー会場をぐるりと回ると、そのまま騎士団の詰め所へと戻って行った。

 最後まで主催者である母親どころか、主賓であるバルバラにすら目も向けなかった。


 騎士団の仕事は忙しい。それは事実だ。

 このアイスゲンの港町は外からやって来る雑多な人間達の坩堝(るつぼ)だ。

 その中には他国にいられなくなった犯罪者や、怪しげな商品を売買する闇市の商人のような輩もいる。

 港町に漂う金の匂いは、そういった好ましからざる人種をも引き寄せてしまうのである。


 しかし、バルバラの父親が仕事に追われているのは忙しさだけが原因ではなかった。

 彼は家庭から逃げる口実を仕事に求めていたのだ。



 ルーデン男爵家には二人の子供がいる。

 長女のバルバラと、彼女の四歳上の兄、ディルハルトだ。


 長男のディルハルトは生まれつき体が弱く、父の後を継いで騎士団の団長になるどころか、季節の変わり目には決まって病の床に伏せるほどの病弱な体だった。

 そして二番目の子供であるバルバラは女子であり、家を継ぐ事が出来なかった。


 更に悪い事が続くもので、バルバラの母は彼女を産んだ後の産後の肥立ちが悪く、その時の病気が元で子供が産めない体になってしまった。


 母親は荒れ、父親はそんな妻に嫌気が差して家から遠ざかった。

 あるいはまともにルーデン男爵家の跡取りを産めない妻に幻滅したのかもしれない。

 どちらにしろ、バルバラの父親はこの時に対応を誤った。


 バルバラが物心ついた頃には、既に両親は家族をかえりみる事は無くなっていた。家庭は崩壊し、修復不可能な状態だったのだ。


 そんな中、まだ幼女だったバルバラは家族のために何か出来ないかと懸命に考えた。


「私が騎士団に入って父上の後を継ぐ。その上で兄上には騎士団長になってもらい、私が副団長として兄上を支える」


 それが彼女の出した結論だった。

 子供の思い付くような自分達にだけ都合の良い甘い考えだ。

 しかし、騎士団長の家に女として生まれてしまったバルバラには、それくらいしか家族みんなが幸せになる方法が思いつかなかったのだ。


 幸い屋敷には騎士団を引退した凄腕の剣豪・ブルータスが使用人頭として勤めている。


 彼はかつては父の師となり、団長に相応しい腕前にまで鍛え上げた男だ。


 バルバラはブルータスに頼み込み、師事する事で剣の腕を磨いた。

 そして彼女はひたむきに努力を続け、現在に至っているのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ルーデン男爵家の屋敷の裏の林にポツリと空いた小さな広場。

 そこで歳の離れた一組の男女が剣を交えていた。


 男は元騎士団の剣士ブルータス。女は銀髪の麗人バルバラ。

 二人は先程から手にした練習用の木剣で何合も打ち合っていた。

 

「もう結構です」


 ブルータスはそう言うと剣先を下げた。

 良い運動になった。そんな顔をしている。

 対するバルバラは、冬の寒さの中でも全身から汗をしたたらせ、今も呼吸を荒げていた。


「確かに良く鍛錬を積んでいるご様子。そこは大変感心致しました。ですがワシに言わせてもらえばそれだけです。半年前と何も変わってはおりませんな」

「そう・・・か・・・」


 己の剣の師匠からの厳しい評価に、バルバラは項垂れるしかなかった。


「汗を拭くのを忘れませんように。体が冷えるとカゼをひいてしまいますからな」


 そう言って弟子の体を気遣うブルータス。

 いつものスケベなオッサンはここにはいない。

 どうやら剣を握ると往年の剣豪の本性が顔を出すようである。

 日頃からこっちの顔を見せていればアルトにウザがられる事もないだろうに。

 なかなか残念なオッサンである。


「やはりお嬢様に剣は向いておりません。あなたは精神が細すぎる。相手の事を窺い過ぎるのです。女性としてはそれで何の問題もありませんが、剣を握る者はもっと豪胆でなくてはいけない」

「・・・そうか。そんな所まで母上に似てしまったかな」


 バルバラはパーティー会場で彼女の母親を良く知る者から、幼い頃の母親に似ていると言われたことがあった。

 彼女はその事を覚えていたのである。

 しかし、ブルータスはバルバラの言葉にかぶりを振った。


「性格の方は父上に似られたのでしょう。アレも真面目で精神の細い男でしたから」


 バルバラの父は剣を振るより、楽器を演奏する方を好んだ。

 ブルータスは先代の騎士団団長から頭を下げられて、軟弱な彼の息子を団長にふさわしい腕前になるまでに鍛え上げたのだ。

 先代の騎士団団長はその恩義を忘れず、ブルータスが騎士団を引退した後は自分の屋敷で雇って面倒を見たのだった。


「そうか。ブルータスの目には私は父上に似ているように見えるんだな」


 バルバラはそう言って少し嬉しそうにほほ笑んだ。


(やはりこの方は剣に向かない。それでも男子であればワシの鍛え方でどうとでも出来るものを・・・ 分家から腕の立つ養子を取る手もあるが、あやつめ、父親のくせに仕事の忙しさにかこつけてろくに家にも寄り付かん。いくらワシが元騎士団員でも、引退した身では騎士団詰め所のあるお屋形様の屋敷の門をくぐる事は出来んし・・・ 全く、もどかしさで頭がどうにかなってしまいそうじゃ)


 もし、バルバラが人並みに家庭に恵まれて健やかに育っていれば、悪役令嬢対策倶楽部の中の誰よりも大人しく、絵を描くのが好きな真面目で引っ込み思案な少女になっていた事だろう。

 少なくとも今のように、アルトから脳筋呼ばわりされるような事は無かったはずである。

 しかし現実の彼女は、家族のために自分に出来る事をしようと幼くして心に決め、性格的に向いていないにもかかわらず、そのための努力を愚直にコツコツと積み重ねている。


 そしていつしか彼女のおぼろげな父親の姿は剣の師匠であるブルータスと重なっていき、屋敷の離れで病の床に伏している兄も同様にブルータスの影響を受けていったのである。

 先日アルトはブルータスを見て「バルバラの親父さんの性格はこのオッサンに影響を受けたんじゃないか?」と勘繰っていたが、実際はバルバラが勝手にブルータスのイメージを父親に重ねていたのである。


 ブルータスはそんなバルバラの痛ましい姿に歯がゆい思いを噛み殺していた。




「なんだバルバラ、オッサン――ブルータスさんと稽古をしていたのか」


 バルバラ達が屋敷に戻ると、暇を持て余したアルトがブラブラと庭を散歩している所に出くわした。


「てか戦って大丈夫だったのか?」

「ああ。やはりブルータスは強かったよ」

「へっ? ああ、そうなんだ」


 アルトとしては、若いバルバラの体力にブルータスが付いて行けないのではないかと心配したのだが、バルバラの返事はその逆だった。

 ブルータスはそんな二人の姿にふと疑問が浮かんだ。


(そもそもお嬢様はなぜこの少年を屋敷に招いたんじゃろうな。聞けばこやつだけ平民だとか。貴族の令嬢達に混じった平民の男子生徒。こやつは一体何なんじゃ?)


 ブルータスの疑問は最もだったが、仮にその質問を本人達にしても、おそらく納得出来る返事は得られなかっただろう。

 悪役令嬢対策倶楽部の全員がアルトが倶楽部の中心人物であることを認めるに違いない(*注 本人以外)が、なぜそう思うのかと聞かれても誰も答える事が出来ないと思われるからだ。

次の更新は金曜日です。


次回「長男ディルハルト」

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