その7 禁句
「――という事があったんだよ」
「・・・他人に向けて魔法を使うなんて。彼女は不注意すぎる」
俺は部室でディアナにブリちゃん先輩の魔法の話をしていた。
意外な事にディアナは俺の話を聞いてブリちゃん先輩に憤慨している様子だ。
「けどどれもショボい魔法だったぜ?」
「それは今だけ。今の感覚で魔法を使っているといずれ酷い事になる」
ディアナが言うには、精霊にも意志があって、彼ら(彼女ら?)は人間から指示を受けるのが面白いらしく、人間がちゃんと頼むとむしろ喜んで魔法を使ってくれるんだそうだ。
今はブリちゃん先輩は精霊を呼び集めてからじゃないと魔法が使えないが、ブリちゃん先輩のそばにいると指示がもらえる事が分かると、そのうち彼女が何もしなくても精霊の方から自然に彼女の周りに集まって来るようになるらしい。
そうなると今とは比べ物にならない程の魔法が使えるようになるんだそうだ。
ちなみに実戦レベルの魔法というのはそういう状態の魔法使いが使う魔法の事を言うんだそうだ。
「へえ~、そうだったんですよ」
俺の後ろで一緒にディアナの話を聞いていたアイドル系美少女クラリッサが感心している。
ていうかお前らは授業で習ってるんじゃないのか?
「一年生に魔法の授業なんて無いのです。もっと上の学年になってから習うんですよ」
メッテルニヒ魔法学園といっても一年生の間は一般科目しか習わないんだそうだ。
そういやクラリッサの持っている教科書も魔法に関する物は無かったな。
「あ・・・僕の知識は大お婆様から聞いたものだから。学園で習う内容とは少し違うかもしれない」
「へえ。ディアナのお婆様って魔法に詳しいんだね」
今度は黒髪前髪パッツン美少女のエッダが横から口を挟んで来た。
気が付くと”悪役令嬢対策倶楽部”のみんながこっちを見ていた。
どうやらいつの間にかみんな俺達の話を聞いていたようだ。
ディアナの大お婆様――ひいお婆ちゃんは確か”アスペルマイヤーの大魔女”と呼ばれている有名な魔法使いなんだよな。
中身は日本人の俺は当然知らないが、彼女達なら知っているんだろうか?
「確かに・・・私が授業で習った内容にそういった話は無かったと思いますわ」
金髪を縦ロールにした美少女、ローゼマリー会長が少し考え込んで言った。
実は会長は五年後の破滅までの記憶を薄っすらと持っていて、その中には当然授業で習った事も含まれているんだそうだ。
おかげで会長は授業中以外ほとんど勉強しないでいいらしい。
そう聞くと羨ましい気もするが、五年後に破滅して死ぬのと引き換え、と考えると全く割に合わないよな。
「私は、あまり、魔法に、興味は、ないな」
尻を浮かしてイスにつく――いわゆる空気イス状態の銀髪の美男子が体をプルプル震わせながら切れ切れに言った。
美男子に見えて実は女。脳筋美少女のバルバラだ。
ちなみにコイツに空気イスを教えたのは俺だ。全く、いらない事を教えるんじゃなかったぜ。
というか興味が無いなら話に入って来なきゃいいのに。
バルバラはショックを受けた表情でペタンとイスに座った。
「私だけ仲間外れは酷いぞ。私も話に入れてくれ」
「・・・確かにそうだな。悪かったよ。じゃあバルバラも話に加わってくれ」
「ああ。私は魔法に興味が無いから別の話をしよう」
「お前何がやりたいんだよ!」
爽やかな笑顔で下種な提案をするバルバラにつっこむ俺。
「バルバラの言う通り。魔法の話はここまで。部活動をする」
ところが意外な事に、ディアナがバルバラの案に乗った事で自然とこの話はここでお開きとなった。
みんながいつもの席に着く中、どこかホッとした表情をするディアナ。
俺はそんなディアナの態度に少し引っかかるものを覚えたが、会長の「では本日の”悪役令嬢対策倶楽部”の活動を始めますわ!」の声に、それ以上考えを進める事が出来なかった。
「アルト。話がある」
部活が終わり、クラリッサに勉強を教えるためにノートを取り出していた俺はディアナの言葉に顔を上げた。
「ブリギッテとはこれ以上関わらない方が良い。彼女は魔法を甘く見ている。危険」
「あ、いや。こっちから関わっているつもりは全く無いんだが」
いつも向こうから一方的に話しかけて来るだけなんだよな。
だがディアナは俺の言葉だけでは納得出来なかったらしい。
彼女にしては珍しく真剣なまなざしで俺を見て言った。
「魔法は危険。人に向けて使うものじゃない」
「・・・ディアナだって俺に魔法を使った事があるじゃねえか」
ディアナは「分かってない」と小さくかぶりを振った。
「僕はコントロールしている。ブリギッテはコントロールしていない。アルトがケガをしなかったのはたまたま彼女の近くにいた精霊の力が弱かったから。もちろん駆け出しの魔法使いに呼ばれても強力な精霊は来ない。まだ彼女は精霊に侮られているから。けどもし運悪くその場所にたまたま力のある精霊がいたら大変なことになっていた。それに精霊の中には人の命を何とも思わない精霊もいる。もし仮にそんな精霊が願いを聞いていたらさらに酷い事になっていた。彼女はそれが分かっていない」
ディアナの言葉は焦りのせいか珍しく早口で、俺は理解が追いつけずにいた。
「ちょ、待ってくれ。俺に分かるように話してくれ」
俺は特に強く言った訳じゃない。だから俺の言葉を聞いてディアナが目を見開いて酷く傷付いたような表情を浮かべた時、逆に驚いてしまったほどだ。
ディアナは急にさっきまでの力を失い、弱々しく目を反らすと「もういい」と言って俺から離れて行った。
「おい、一体どうしたんだよ! 待てよ、ディアナ!」
「待たせたのですよアルト。どうしたのです?」
俺は慌てて声を掛けたがディアナは自分の鞄を持つと足早に部室を出て行った。
丁度入り口でディアナとすれ違ったクラリッサが、血相を変えて立ち上がる俺を不思議そうな顔で見ていた。
「やっぱり今日も来たわね!」
「・・・いや、俺の方がこの場所に用事があるんですけど」
翌日の放課後、やはり俺はブリちゃん先輩に捕まっていた。
昨日のディアナの姿を思い出して何となく後ろめたい気持ちになる俺だったが、だからといって理由も良く分からないままブリちゃん先輩を突き放す事はどうしても出来なかった。
「どうしたのよ?」
「あ、いえ。何でもありません」
「あそう。それより聞いてよ、今朝の事なんだけどさ」
ブリちゃん先輩の相変わらずどうでもいい話を聞きながら、俺は「魔法の話題さえしなければディアナが心配するような事も起こらないだろう」と考えていた。
この時の俺は知らなかった。ディアナは他人と違う能力を持って生まれて来ていたのだ。
彼女にとって自分は周囲とは違う存在。誰にも自分の事は分かってもらえない。
そんな彼女にとって”お前の言っている事は分からない”は最大の禁句だったのだ。




