その8 野外実習
最近少しディアナの様子がおかしい気がする。
いつものように部室にやってきて、いつものように半分寝ているのだが、以前よりも俺と距離を置いているように見えるんだよな。
俺の気のせいならいいんだが・・・
その夜俺は、寮で同室のダミアン達と一緒に消灯前にトランプで遊んでいた。
ちなみに消灯の時間は夜の9時だ。最初は抵抗があったが流石に今では慣れてしまった。
日本の高校生だった頃はどっちかといえば夜更かしをする方だったんだがな。
「よし! これでイチ抜け! 俺が大貴族だ!」
「クソッ! あそこで没落がなけりゃ俺の勝ちだったのに!」
「ハイハイ。次はダミアンが貧民ね」
俺達が遊んでいるのはこっちの世界の”大富豪”だ。(地方によっては”大貧民”とも呼ばれているそうだが)
こっちのルールもほぼ”大富豪”と一緒だが、トップは”大富豪”ではなく”大貴族”、四枚同じ数字を揃えたら出来る”革命”は”没落”とそれぞれ呼び方が違っている。
今でもガチ貴族社会のこの世界(この国?)は、まだ”革命”というものを経験した事がないんだろう。
「そうそう、貴族といえば週末の野外実習の班分けはどうなるんだろうな」
「野外実習? 何だそれ」
貧民になったダミアンがカードをきりながらそんな事を言いだした。
何気ない俺の返事に二人が驚いて動きを止めた。
何だよ、そんなに驚く事なのか?
「そりゃあ驚くよ。アルト知らないの? 二泊三日の野外実習だよ。あ、それとも行軍実習って聞いてた? あれ同じ事だからね」
行軍? そう言えばそっちの方は何となく聞き覚えがある気がするな。
確か昼間もクラスのヤツが、「行軍実習マジ憂鬱だ~」とか言ってたのを聞いた覚えがある。
「そら憂鬱に決まってんだろ。貴族学科の召使いをさせられるんだぜ。まあ俺的には合法的に授業がサボれてプラマイでトントンだけどな」
「そんなに前向きに取れるのはダミアンくらいだと思うよ」
ダミアンの言葉にマリオは苦笑いを浮かべた。
マリオからザックリと説明を受けた所によると、野外実習とは二泊三日のキャンプのようなものらしい。
キャンプと言っても何もテント生活をする訳ではなく、山小屋みたいな場所で寝泊まりするんだそうだ。
確か中坊の時に学校の行事でそんなのもあったな。
あの時は一泊二日だったが、交通機関の未発達なこの世界では移動だけでも結構な手間がかかってしまう。一泊二日だとほとんど移動だけで何も出来ずに終わってしまうんだろう。
「毎年タウアー湖畔に行くそうだし今年もそうなるんじゃない?」
「タウアー湖畔は貴族の避暑地だからな。貴族学科のヤツらは遊びに行く感覚なんだろうぜ」
「そうでもないらしいよ。貴族学科でも上級生になるとかなり気合が入っているって言ってた」
タウアー湖畔は、森と湖の織りなす景観が売りの自然あふれる美しい場所だそうだ。
夏場には多くの貴族が避暑に訪れる人気スポットだが、流石に今のように10月を回ると利用者はほぼいないらしい。
そこでこの時期に学園が借り切って、毎年そこで学園生の野外実習をしているんだそうだ。
野外実習の主役は貴族学科の最上級生――ブリちゃん先輩達だ。
彼女達5年生をリーダーに四・三年生で混成チームを作って、森に生息するモンスターを退治するのが目的なんだそうだ。
ちなみに一・二年生はキャンプ地で彼女達のサポートをするらしい。
とはいえ――
「とはいえ貴族のご令嬢にそんな下働きなんて出来ないよね」
「そーそー。だから実際に手を動かすのは俺達平民学科の生徒な。お嬢様方は俺達にああしろこうしろと命令するだけなんだぜ」
ダミアンはまるで自分で経験したかのような言い草だな。
まあでもみんなが憂鬱がるのも分かった気がする。
足かけ三日間も朝から晩まで貴族の使用人のようにこき使われるのかと思うと、俺だって楽しい気分にはなれないからな。
しかし今の話で俺には一つ気になっている事があった。
「けど、貴族のお嬢様にモンスターの退治なんて出来るのか?」
俺は先日ブリちゃん先輩の魔法を食らった事がある。
正直あんな攻撃では鼠一匹殺せやしないだろう。
そんなブリちゃん先輩ですら、クラスの中では魔法が得意な方に入るというのだ。
それでモンスターを倒す事が出来るんだろうか?
「さあ? でも流石に毎年手ぶらって事はないだろうぜ」
「タウアー湖畔は貴族の避暑地だからね。危険なモンスターは狩り尽くされてもういないと思うよ。ひょっとして前もって先生が弱ったモンスターを森に放すように手配しているのかもね」
なんだそりゃ。それじゃまるで潮干狩り大会じゃねえか。あれも事前に浜に貝を撒いているらしいからな。
「ここが魔法学園といっても剣の腕に覚えのある生徒だっているだろうしね。実際はそういう人が戦って魔法は補助的に使うだけなんじゃない?」
「ああ、なるほど」
そう言えば俺の知り合いにも、いつも剣を振り回しているバルバラってヤツがいるしな。
魔法学園にも剣を振り回す方が得意なヤツは何人もいるんだろう。
丁度この間、バルバラに決闘を挑んでいた男を見たばかりだし。いや、あれは決闘じゃなくて果し合いだったんだっけか?
・・・まあどっちでもいいか。
「相手が死にかけのモンスターだろうが、自分達の手で倒せれば貴族のご令嬢達はご満悦なんだし別にいいだろ? 下手にケガでもされちゃそいつらの家から学園が責められるだろうし、上手くやれなきゃ下働きの俺達に八つ当たりが来るかもしれない。弱ったモンスター大いに結構。みんな幸せでめでたしめでたしじゃねえか」
ダミアンはそう言うと大きく肩をすくめた。
しかし俺にはどうしてもダミアンほど割り切る事が出来なかった。
何となくズルをしている気がしてスッキリしなかったのだ。
「まあこれも教育、というか学園の授業の一環だからね。彼女達はモンスター退治に出かける訳じゃなくて、勉強のために出かける訳なんだから」
マリオの言いたい事は分かる。
サッカーだって試合は試合、練習は練習だ。
試合を意識した練習をするのは当然だが、練習の時から試合の時のように勝った負けたに拘ったプレーばかりしてたら、逆に本人の上達を妨げてしまう事になりかねない。基礎を疎かにして勝ち汚い小手先のテクニックばかり上手くなってもすぐに通じなくなるだろうからな。
俺はそう考える事で一先ず納得する事にした。
「そんな事より班分けだぜ。なるべく楽な所がいいよな」
「そうだね。先輩に聞いた話だけど酷い班に当たった人がいてさ――」
「あー、その手の話は良く聞くよな」
マリオの話に相槌を打つダミアン。
こうして俺達は消灯時間が来るまで野外実習の話題を続けたのだった。
弱ったモンスターか・・・
学園生にとっては単なる授業の一環かもしれないが、モンスターにとっては命の掛かった文字通り生きるか死ぬかの問題だ。
俺はブリちゃん先輩のショボい魔法を思い出して急に心に不安が湧き上がるのを感じた。
いや、毎年ずっと続いている行事らしいし、教師も生徒の安全を十分に考慮しているだろう。きっと俺が戦いに縁のない日本の高校生だから、モンスターとはいえ弱った命を奪う事に抵抗を感じているだけに違いない。
そう考える俺だったが、一度心に浮かんだ不安を拭い去る事は出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
”それ”が目覚めたのは単なる偶然だった。
ここは森の奥。人間がタウアー湖畔の森と名付けた一角に洞窟があった。
人間達は知らない事だが、”それ”はずっと洞窟の奥に眠っていたのだ。
それこそこの地が貴族達のリゾート地としてもてはやされるよりもずっと前から・・・
”それ”は軽く身震いをした。
あまりに長く寝すぎたのか、周囲の状況は”それ”の知るものではなかった。
”それ”は軽い戸惑いを覚えつつ、ノソリ、と洞窟の外に歩み出た。
夜の森は漆黒の闇に包まれていた。
月さえも”それ”を恐れて姿を隠していたのかもしれない。
”それ”の強い力の気配に周囲の小動物や虫達が一斉に動きを止めた。
風さえもやみ、森はかつてない静謐を湛えた。
まるで首を垂れて粛々と偉大なる王の帰還を迎えるかのように。
まるで暴虐の限りを尽くす破壊の暴君を畏怖するかのように。
”それ”はノソリノソリと森を歩いた。
何故歩いているのか? 何処を目指しているのか?
”それ”にも自分の目的は分かっていなかった。
ただはっきりしているのは、己の中に満たされぬ何かがある。満たされぬものは満たされなければならない。それだけであった。




