その4 寮見学
明けましておめでとうございます。
今年最初の更新です。今年もよろしくお願いします。
「あっ! ヤベ! 机の鍵をかけ忘れちまった」
いつもの”悪役令嬢対策倶楽部”の部室での事。俺は突然、寮の部屋の引き出しの鍵をかけ忘れた事に気が付いた。
「机がどうしたんですよ?」
オレンジ色のストレートヘアの美少女クラリッサが不思議そうに俺に尋ねて来た。
「机の引き出しの鍵だよ。実家からの仕送りを引き出しの中に入れているんだ。今朝財布に金を移した時に鍵をかけ忘れた気がする。マズいなあ」
俺は、というか平民学科の学生寮に住む人間は、みんな金や貴重品は寮の部屋の鍵付きの引き出しの中に入れている。
部屋には鍵のかかる場所はそこしかないからだ。
机は古いがどっしりとした大きな物で作りもしっかりしている。それでも何年かに一度はカギを壊して他人の金を盗もうとする者が出るそうだ。
「ちょっと寮に戻って来ますね」
「分かりましたわ」
俺は会長に断ると急いで席を立った。
「・・・で? なんで全員俺に付いて来ているんだよ」
俺は立ち止まると背後の少女達をジト目で睨んだ。
「気にしないでくれたまえ」
「そういえばウチらって、アルトが日頃どんな場所で生活をしているか知らなかったね」
「そうなのです! 興味があるのですよ」
「・・・私は、みなさんが行かれるのでつい」
「クラリッサに引っ張られて来た」
バルバラとエッダとクラリッサの三人は好奇心に目を輝かせている。
会長はそんな三人が気になって付いて来たみたいだ。
ディアナは巻き込まれた様子だ。クラリッサに手を引かれてぼんやりと立っている。まあ部室に一人で残すのも可哀想だしな。
彼女達の後ろには、ローゼマリー会長の所の執事のゼルマと二人のメイドも付き従っていた。
つまり、現在俺は、七人の女子と一人の執事を連れて歩いている状態という事になる。
いやいや、何だよこの状況。普通にあり得ないから。
「遠慮してくれないかな?」
「私達の事は、気にしないでくれたまえ」
「迷惑だから帰ってくれ」
「私達の事は、気にしないでくれたまえ」
「ハッキリ言ってもダメなのかよ!」
遠まわしに言っても直接的に言ってもダメらしい。じゃあどうしろって言うんだよ。
キレる俺を見てローゼマリー会長が慌ててみんなを窘めた。
「みなさん、もうよしましょう。アルトが嫌がっていますわ」
「大丈夫なんですよ。アルトはいつも口が悪いだけなんですよ」
「・・・そうなのかしら?」
クラリッサにあっさりと丸め込まれるローゼマリー会長。
人が良すぎるにも程があるだろう。頼りにならないな、オイ。
「そうだぞ。父上も言っていた。『相手がイヤがるそぶりを見せても、それは駆け引きだから。部屋に上げたらそれはOKと判断して間違いないから』と」
そして相変わらずバルバラのオヤジは娘に何言ってんだ!
メンバーの中で唯一内容を理解した阿呆の子クラリッサが真っ赤になっている。
「赤くなってないんですよ!」
「そこは阿呆の子の部分につっこめよ」
「いいから早く行く」
さっきディアナはクラリッサに無理やり連れて来られたような事を言っていたが、実は本人も興味があるようだ。
いつまでも立ち止まって進まない俺に焦れて先に進むように促して来た。
「そうそう、早く行こうよ。このままだと人が集まって来るよ?」
「ぐっ・・・ 寮の前までだからな。そこで満足しろよ? 男子寮は女子禁制なんだからな」
「分かったのですよ」
本当に分かっているのかね。俺は不安でたまらなかった。
だが仕方が無い。これ以上待たせたら焦れたディアナに魔法で拘束でもされそうだ。
俺は重い足を引きずって歩き出した。
「ここが平民学科の敷地内かい? 景色はあまり変わり映えしないね」
「うむ。普通だな。建物も普通だ」
「もっと寂れた場所だと思っていたのですよ」
俺は彼女達を引き連れて平民学科の敷地内に戻って来た。
というか、お前ら一体どんな想像をしてたんだ? 同じ学園の敷地内なんだから変わり映えしなくて当たり前だろうが。
そしてクラリッサは俺達がスラム街に住んでいるとでも思っていたのか?
「みんなアルトと同じ格好をしていますわ!」
会長が周りにいる平民学科の学生の姿に目を丸くして驚いている。いや、全員俺と同じ平民学科の学生なんだから同じ恰好をしていたっておかしくないだろう。
会長は平民学科を何だと思っていたんだ?
「以前見たアルトの友達は違う恰好をしていたんですよ?」
・・・ああ、なるほど。
会長達は”白馬の王子様作戦”の時、チンピラの恰好をしたダミアンとマリオの事を思い浮かべたんだな。
どうやら会長達にはその時に平民学科に対して誤ったイメージが植え付けられたようだ。
違うから。平民学科はク〇ーズの超不良高校・鈴蘭高校じゃないから。
「みんなこっちを見ているね」
「手を振った方が良いのかしら?」
ダミアンとマリオが俺に声をかけようとして、会長達を見付けて慌てて引っ込んだ。
今では野次馬に混じってさりげなく他人のフリをしている。
・・・相変わらず無駄にカンの良いヤツらだ。是非俺もあっちに混ざりたい。
「手なんて振らなくていいですから。ほら行きますよ」
こうなれば目的を早く済ませて彼女達に帰ってもらうしかない。
俺は小さくため息を付くと男子寮を目指して歩き出したのだった。
「ここがアルトの寮なんですよ? 案外普通なんですよ」
「へえ。普通だね」
「うむ。普通だ」
「普通ですわ」
「普通」
「お前らウチの寮に何を期待していたんだ?!」
ただの寮にエンターテイメント性を求めないで欲しいんだが。
現在俺達は男子寮の前に立っていた。
遠巻きに俺達を見ている周囲の視線が痛過ぎる。
「アルトの部屋は何処なんですよ?」
「あそこだよ。窓が見えるだろ? 三階のほら、あそこだ」
「へえ。三階だね」
「うむ。三階だ」
「三階ですわ」
「三階」
「俺が三階に住んでると何か悪いわけ?!」
ここでこうして叫んでいても仕方が無い。俺は諦めて外階段を上がる事にした。
「じゃあ俺は部屋に行って来ます。直ぐに戻るのでそれまでここで待っていて下さい」
「いえ、私達もお邪魔しますわ」
「なんでだよ!」
ローゼマリー会長にサラリと言われて俺は悲鳴を上げた。
「せっかくここまで来たし」
「部屋も見てみたいのです」
「アルトのベッドの下にも男女で体術を掛け合う絵があるかもしれないな」
「興味がある」
うおおおおい! 全員乗り気じゃねえか!
つーか、バルバラに至っては家探しする気満々かよ!
俺のベッドの下には着替えしか入ってねえよ!
「寮内に女子を連れ込もうとしてるのはどこの馬鹿だ!」
外階段で騒ぐ俺達の声を聞きつけて五年生の先輩達が飛び出して来た。
「男子寮は女子禁制・・・ええと、何事でしょうか?」
先輩は俺達を怒鳴り付け・・・ようとしてしどろもどろになった。
まあ気持ちは分かる。俺が逆の立場でもそうなるわ。
先輩の目に入ったのはメイドと執事を連れたズラリと並んだ貴族のご令嬢達だった。
「案内ですの? でしたらアルトがいるので必要ありませんわ」
「あの・・・そうじゃなくて・・・いや・・・そ、そうですか?」
先輩はローゼマリー会長にやんわりと断られて「お前何してんの?」と言いたげな目でこっちを見た。
本当に俺は一体何をしているんだろうか?
ん? あれは謎の組織”学園調査会”のアンドレア会長じゃないか。
俺を見て――執事のゼルマの姿を見付けて嬉しそうな顔をしている。
オイよせ「分かってるぞ」みたいな良い顔でサムズアップすんな。
アンタまた、ある事ない事噂を広めるつもりだろう。いい加減にしろよ。
「さあアルト、案内をお願いしますわ」
「アルト君。くれぐれも失礼のないように」
「・・・はい」
俺は会長に促されるままみんなを引き連れて階段を上った。
俺はポケットから鍵を取り出すと部屋のドアを開けた。
「ここが俺達の部屋だよ」
「ここがアルトの部屋なんですよ? 狭いんですよ」
「へえ。狭いね」
「うむ。狭い」
「狭「いやもうそういうのいいですから」狭いですわ」
「狭い」
結局最後まで言うのかよ。俺、途中でもういいって言ったよね?
「これじゃ全員入ると一杯になるのですよ」
「入る気かよ! 廊下で待ってろよ!」
執事のゼルマとメイド二人がローゼマリー会長の前に立った。
「ベッドを片付けましょうか?」
「任せますわ」
「ではテーブルとお茶の支度を致しましょう」
「私はお湯を沸かして来ます」
「お前ら俺の部屋をどうする気だ!」
ベッドを片付けてテーブルを入れられたら、俺達は今晩何処で寝りゃいいんだよ! テーブルの上で寝ろってか?!
「もう頼むからここで大人しくしていてくれ」
俺は拝むように彼女達に懇願した。
そんな俺の姿が哀れみを誘ったのか、会長達は一先ず大人しくなった。
エッダが苦笑しながら俺に言った。
「ウチらもちょっと調子に乗りすぎちゃったかな。ここで待っているから早く用事を済ませて来なよ」
「ああ・・・そうだな」
小走りで俺は部屋に入った。
とっとと引き出しに鍵をかけてこの悪夢のような騒動に幕を引こう。
俺は鍵を取り出すと引き出しに向かい・・・あっ!
・・・鍵、かかってた。
カギ・・・カカッテタ、ヨ。
・・・・・・
・・・ウッ
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ア、アルト?!」
「アルトが壊れたんですよ!」
「落ち着こう! どうしたんだいアルト?!」
突然絶叫を始めた俺を心配してあたふたする会長達。しかし彼女達の声は俺には届いていなかった。
俺は自分の迂闊さを呪い、今後訪れるであろう周囲からの質問地獄を想像して絶望を覚えた。
何で俺は鍵をかけ忘れたなんて勘違いをしてしまったんだろうか?!
時間が巻き戻せるのならやり直したい!
神がいるなら今この瞬間に俺にチート能力を授けたまえ!
もちろん俺の心の叫びは何処にも届かず、この後しばらくの間、俺は寮でも学校でも周囲からの質問攻めにあう事になるのだった。
その日から、俺は鍵を掛けた後、必ず指差し確認をするようになった。




