プロローグ ディアナ・アスペルマイヤーという少女
今回から第三章が始まります。
少女には幼い頃から人には見えない存在が見えた。
あまりに自然に見えていたため、少女は随分たつまで、自分以外にはその存在が見えていないという事に気が付かなかったほどだ。
その存在の名前は”精霊”。
青い髪の少女――ディアナ・アスペルマイヤーは生まれつき特別な才能を持つ人間だったのだ。
最初にディアナの才能に気が付いたのは彼女の曾祖母だった。
ディアナの曾祖母は貧乏貴族の出ながら、持って生まれた魔法使いとしての才能で、王国宮廷魔術師団の副団長――男爵家では実質的な最高位、団長は王家か伯爵家にしかなれない――にまで上り詰めた人物だった。
現在のアスペルマイヤー家の隆盛は、ひとえに彼女の成し遂げた功績によるものだ。
そんな彼女もディアナと同じ、精霊を見る事の出来る目を持つ人物だった。
尊敬する曾祖母と同じ才能を持つと知ったディアナは喜びに胸を躍らせた。
しかし、曾祖母は寂しそうな目で彼女を見るとこう言ったのだ。
「もし幸せな人生を歩みたければ、自分が見える事を絶対に人には言っちゃダメよ」
「どうして? 大お婆様と同じなんでしょう? なのになぜ言っちゃいけないの?」
納得できないディアナだったが、尊敬する大好きな曾祖母に重ねて言われては大人しく聞き分けるしかなかった。
自分の娘の才能が祖母に認められたと知ったディアナの父親は、彼女の教育を祖母に託した。
かつて大魔法使いと呼ばれ、王国でも歴代の高名な魔法使い達と肩を並べる祖母による英才教育を期待したのである。
彼女はディアナに教育を施したが、それはディアナの父が期待したものとは異なり、極普通の貴族の令嬢が受けるような教育でしかなかった。
その事にディアナの父は、そしてディアナ本人も不満だったが、曾祖母はどう言われても自分のやり方を曲げる事はなかった。
ディアナが幼女から少女になった頃、彼女は曾祖母の言わんとしていた事を理解した。
王国でも歴史に残る大魔法使いだった曾祖母には、今でも名士として様々なパーティーや式典に参加の要請が来ている。
歳を重ねて弱った体に無理を押して参加する曾祖母を見ながら、ディアナは「そんなに体が辛いのならどうして断らないのだろう?」といつも不思議に思っていた。
しかしある事がきっかけで真相を知り、それ以降は痛ましい思いで曾祖母を見るようになるのだった。
それは王家の主催する式典での事だった。大魔法使いだった曾祖母がひ孫を教えていると知った高位の貴族が、是非ひ孫を連れて参加するようにと要請して来たのだ。
最初は渋った曾祖母だったが、結局断り切れずにディアナを伴って式典に参加した。
ディアナは誇らしい気持ちで一杯だった。
その日のディアナは目一杯のおめかしをさせられてご機嫌だった。
丁度背伸びがしたい年頃だったのだ。
だが、彼女は早々に自分の思い違いを知らされる事になった。
ディアナは今もその時の参加者の目を忘れていない。
彼らは、怯えたような蔑むような目――有体に言って化け物を見るような目――で彼女の曾祖母と自分を見ていたのだ。
人間は理解出来ないものを恐れる。ましてやその相手が桁外れに強い力を持つとなればなおさらだ。
ディアナの曾祖母はかつて彼らの前でその優れた力を見せ過ぎた。
彼らは今もディアナの曾祖母を恐れていた。近くに置くのは怖い。かと言って目の届かない所に置くのもそれはそれで不安だ。
こうして曾祖母は現役を退いた後ですら、彼らに対して従順に従う事で叛意の無い事を証明し続ければならなかったのである。
曾祖母が才能を見抜いた自分も、彼らにとっては警戒すべき存在なのだ。
その事が理解できた時、ディアナは自分だけの思索に閉じこもりがちになった。
他人と異なる自分は他人には決して理解してもらえない。
ディアナは価値観を共有出来る曾祖母以外、他人との関りを望まなくなってしまった。
「あなたはまだ若いわ。その若さで世捨て人のようになってはいけません」
そんな彼女を心配した曾祖母は、彼女を自分の母校でもあるメッテルニヒ魔法学園に入学させた。
同年代の友人達との触れ合う事で、孫娘のかたくなになった心がほだされるのを期待したのである。
しかし、曾祖母の期待とは裏腹にディアナは学園でも孤独を貫いた。
彼女の精神は最早、人間社会との結びつきに興味を感じなくなってしまっていたのである。
そんな彼女が目を見張るような出来事が起きた。
平民学科の同年代の少年――アルトとの出会いである。
その日。ディアナは、学園の中でも人があまり寄り付かない場所で、いつものようにまどろんでいた。
彼女の周りにはいつでも大小さまざまな精霊が飛び交っている。
彼らは自分だけがディアナの目に止まろうと常にアピールを繰り返す。
人間とは価値観を共有しない彼らだが、自分達の姿が見える人間というのは新鮮らしく、ディアナの周りにはいつも自分の存在を認めて欲しがっている精霊が溢れているのだ。
そんな彼らが一斉に動きを止めた。
そしてある一点を凝視している。
曾祖母といたときにだってこんな事は一度だって無かった。
ディアナは驚きに目を見開いて――それでも眠そうな目だったが――彼らの見つめる先を見た。
ディアナはこの年齢まで様々な精霊をその目で見て来た。
精霊は各々個性的な色と形をしているものの、大別すれば四つの種類に分けられる。
人間はそれを魔法の六大属性と呼んでいる。
地・水・風・火、それと光と闇である。
しかし、精霊を直接見る事の出来るディアナには、光と闇はそれぞれ、火と地、風と水、の二つの能力を合わせ持つ精霊だと分かっている。
その意味では大別すれば精霊の属性は四種に絞られるのだった。
その時ディアナの見た精霊はそのどれにも属していなかった。
全く新しい、しかも今までに見た事も無い程存在感の強い精霊が、まるで守護するかのように見慣れない制服を着た男子生徒に付き従っている。
それは異常な光景だった。
――もしやこの男子生徒は人間ではないのかも。
ディアナは少年を見つめた。
男子生徒は何やら胸をなでおろしている様子だ。
「・・・ふう。聞かれてなかったか」
「何を?」
咄嗟にディアナの口を突いて言葉が出た。
「ギャアアアアア!」
ディアナが返事をするとは思っていなかったのか、男子生徒は大袈裟に悲鳴を上げた。
そんなところは普通の人間と何ら変わりない。
いや、本当にただの人間かもしれない。どうなんだろう?
男子生徒に付き従っている精霊は、ディアナが自分を見ている事に気が付いた。
しかし、それ以上は何の興味も示さずに、再び男子生徒に向き直ってしまった。
これも今までに無かった反応だ。
今まで精霊は例外なく、ディアナが自分の姿を見ていると分かると、すぐさま近寄ってきて存在のアピールを始めていたからだ。
ディアナはすっかりこの謎の精霊に心を奪われてしまった。
しかし、彼女は精霊を見る事は出来ても、こちらに全く興味を示さない精霊に対してどう働きかければ良いかまでは知らない。
精霊は人間と全く価値観が異なる存在だからだ。
彼女はとにかく言葉を繋いで、何とか男子生徒を引き留めようとした。
ディアナは慣れない他人との会話に苦心しながら、思うに任せない状況に焦りを感じていた。
男子生徒はうさん臭そうにしながら、この場を逃げ出そうとしている様子だ。
その事がまたディアナに焦りを生み、さらに彼女の言動を怪しげな物にした。
それを感じた男子生徒が余計に彼女から逃れようとする。
そこにはどうしようもない負の連鎖が生まれていた。
とはいえ無理のない話だろう。
ディアナは他人との会話自体に慣れていない上に、ましてや相手は同年代の男子だ。
ディアナが父親以外の男性とまともに話をしたのはいつ以来だっただろうか?
学園に入学しても彼女は教師とすらろくに会話をした記憶が無かった。
しかし、そんな彼女の苦労の甲斐があったのかもしれない。
男子生徒はとうとうディアナの押しの強さに根負けしたのだ。
「分かりました、いいですよ。特に隠すようなモノでもないですから。さっき俺はこう言ったんですよ。『”悪役令嬢対策倶楽部”はイヤなんだ。』ってね」
「? ”悪役令嬢対策倶楽部”」
「ええ。俺が入っている、入れられた? 倶楽部の名前ですね」
”悪役令嬢対策倶楽部”。何てヘンテコな名前の倶楽部だ。
しかしこの男子生徒が入っている倶楽部だ。
そのキーワードにディアナは飛びついた。
同じ倶楽部に入れば毎日この男子生徒の――この精霊の近くにいられると思ったからだ。
「分かった。”悪役令嬢対策倶楽部”に入る。部室に案内して」
「はあっ?!」
唐突に告げられた言葉に驚く男子生徒。
それがディアナと男子生徒――アルトの、ひいては”悪役令嬢対策倶楽部”との最初の出会いだった。




