その10 そのころ少女達は その2
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放課後。ここは貴族学科の部室棟。
今日もいつもの部室に”悪役令嬢対策倶楽部”の少女達が集まっていた。
「今日アルトは倶楽部をお休みしたいとの連絡がありましたわ」
テーブルの上座。いわゆる「お誕生日席」と呼ばれる場所に座る金髪縦ロールの少女が全員を見渡して言った。
彼女はローゼマリー。この倶楽部の会長でもある。
「この前は遅刻して来て、今日はお休みなのです?」
不満そうにそうこぼすのは、まるでアイドルのような美貌のオレンジ色のロングヘアーの少女だ。
彼女はクラリッサ。アルトからはいつも阿呆の子と呼ばれている。
「むっ。何か不愉快な事を言われている気がするのです」
「この間はバルバラの勝負・・・え~と、果し合いに付き合わされたんじゃなかったっけ?」
「ああ。あれは良い勝負だったぞ」
そう言うのは黒髪の小柄な少女、エッダだ。
バルバラと呼ばれた少女は、まるで美男子のように凛々しい銀髪の少女だ。
最後に席で舟をこいでいる青い髪の少女――ディアナを加えた5人がこの倶楽部の女性メンバーである。
「アルトは放課後に上級生に呼ばれてしまったんだそうですわ」
「果たし状か?」
「それは君くらいじゃないかな」
バルバラの発言に苦笑いのエッダ。
「じゃあ今日は倶楽部活動はお休みなのですよ?」
休みという単語を聞いて、今まで寝ていたディアナが目を開けた。
寮に帰って寝直すつもりなのだろう。
ローゼマリーは何故かアルトがいないと倶楽部活動を始めないのだ。
いつもならアルトが来るまでお茶を飲んだり、ゲームをしたりしながら時間を潰すのだが、今日アルトは来ないとなればいつまでも部室にいても仕方が無いだろう。
しかし、クラリッサの言葉を聞いてもローゼマリーは反応しなかった。
それどころか、モジモジとして何かを言いたそうにしている。
ローゼマリーの日頃あまり見せない態度に不思議そうな顔になるメンバー達。
しばらく言い淀んでいたローゼマリーだったが、やがて覚悟を決めて言った。
「みなさん美容にはどのように気を付けていらっしゃいますか?」
ローゼマリーはソフトに「美容」という言葉を選んだが、要は「ダイエット」の話だったようだ。
その事を理解したクラリッサが不思議そうに言った。
「アタシは何もしていないのですよ」
「僕も気にした事は特にないかな。バルバラは聞くまでも無いよね」
「・・・そこは聞いて欲しいぞ」
バルバラは少し拗ねた様子で唇を尖らせた。
脳筋のバルバラもそこは一応乙女だった模様。
やがて全員の視線が一人寝ているディアナに向いた。
「絶対に寝ていないのですよ」
「(ビクッ!) zz・・・」
クラリッサの言葉にビクリと反応するディアナ。しかし彼女は頑なに目を開けようとはしなかった。
その姿は、目を開けると見たくない現実を突き付けられると信じているかのようだった。
「それで、ローゼマリーは何で急にこんな話題をしたんだい?」
エッダの言葉にローゼマリーは言い辛そうにしながらも答えた。
「実はみなさんに相談に乗って頂こうと思って」
以前の倶楽部活動の最中、話の弾みでローゼマリーは女性メンバー達からぷよぷよ扱いをされた事があった(第二章 その5 商売を考えよう より)。
実はローゼマリーはそれ以来、密かに自分の体形を気にしていたのだ。
「あ~、確かにあったね、そんな事」
「・・・あれは言葉の綾なのですよ」
どうやら言った方はその場のノリで言ったものの、言われた方は思ったよりも気にしていたという、人間関係で良くあるパターンだったらしい。
「あの日以降、気にして少し食事を控えるようにしていますの。」
「き・・・気にしすぎなのですよ。ローゼマリーは今のままで十分なのですよ」
「おかげでお腹が空いて間食が増えてしまいましたわ」
「それってダメなパターンじゃない?!」
とにかくローゼマリーは最近自分の体重が気になっているらしい。
女の子らしいといえば女の子らしい悩みだが、そのせいもあって男であるアルトがいる時にはみんなに相談出来なかったみたいだ。
「よし分かった。私がローゼマリーの力になろう!」
バルバラが元気よく立ち上がった。
「なにせ私にはアルト直伝の運動の知識があるからな! 私に任せてもらえば効率的にローゼマリーの体重を落としてみせるぞ!」
「「「おお~っ!」」」
バルバラは最初の出会いの時からアルトの持つ不思議な知識に目を付けていた。
今でもバルバラは機会があればアルトにあれこれ尋ねていたし、アルトの方も自分の興味のある話題という事もあって、いわば共通の趣味を持つ者同士の会話として自分の持つ知識を彼女に披露していた。
「何だか初めてバルバラが頼もしく見えますわ!」
「はっはっは! それは褒め過ぎだろう!」
「今のって褒めてる事になるの?!」
「・・・今日のエッダは何だかアルトみたいなのですよ」
クラリッサのもっともな言葉に対するフォローは何も無かった。
「健康に痩せるためにはどうすれば良いか? まず健康な体を作る事から始めればいいんだ!」
「なるほど。それは確かに筋の通った意見だね」
「・・・具体的に」
バルバラは部室の机を片付けてスペースを作った。
さっきまで寝ていたくせに妙にディアナの鼻息が荒い気もするが、メンバー達は優しさを発揮して、あえてそこには触れずにいた。彼女達も乙女だからである。
「筋肉を増やす事によって体が消費するエネルギーを高めるんだ。確かえ~と、基礎代謝、だったかな?」
ただ生活しているだけでも筋肉が多い人の方が発熱量は多い。それは筋肉が体を支えたり、体温をつくり出す働きを担っているからである。アルトが以前バルバラに説明した内容だ。
「先ずはいつも私がやるように素振りからやってみよう」
「分かりましたわ! イチ。ニ。イチ。ニ。イチ。ニ・・・」
「?」
バルバラの指示で彼女の剣を借りて振り出したローゼマリーだったが、すぐに素振りを止めてしまった。
「手が痛くなってもう振れませんわ」
「早すぎないかい?!」
確かにローゼマリーの手のひらは真っ赤になっていた。バルバラは伯爵家令嬢の想像以上の箱入りっぷりに衝撃を受けた。
ちなみにローゼマリーの次は自分が素振りをしようと待ち構えていたディアナは、ローゼマリーの手を見てすっかり腰が引けてしまっていた。
「素振り以外の方法は無いのですよ?」
「・・・筋肉を付けるならそれ専用の運動もある。アルトは筋トレと言っていたな」
「それですわ! 筋トレ! 是非それを教えて下さいまし!」
バルバラは床に手をついて体を支えてからの腕の曲げ伸ばし――腕立て伏せのやり方を教えた。
「これなら手が痛くならないですわね。」
「その分筋肉を酷使するし、今のローゼマリーには厳しいかもしれないぞ」
「望む所ですわ!」
ローゼマリーはふんすと力を込めると、床に手をついて体を伸ばし――
「プルプルしているのです」
「プルプルだね」
「プルプルかな」
「も・・・もう限界ですわ」
ベタリと床に倒れるローゼマリー。結局彼女の腕立て伏せの回数は0回だった。
「みなさん人の事をプルプルだなんて酷いですわ!」
「けど実際にプルプルだったし」
プルプルと言われて真っ赤になって怒るローゼマリー。そんな周囲をよそにディアナは前に出ると床に手をついた。
「ディアナもやってみる気になったのかい。でもローゼマリーに無理だったし君に・・・は・・・」
バルバラの声は途中で小さくなって消えてしまった。
彼女は驚愕の表情を浮かべてゴクリと喉を鳴らした。
ディアナもローゼマリー同様、腕を曲げるどころか体を支えるだけで精一杯だった。
しかしディアナの場合、ローゼマリーの時と決定的に違う所があった。主に上半身の一部が。
ディアナの豊かな双丘は重力に引かれて大きく垂れ、彼女のプルプルとした動きに合わせてブルブルと大きく揺れ動いた。
そんな”持つ者”ディアナの姿は、”持たざる者”バルバラにとって、未知の衝撃を与えたのだった。
「・・・無理」
ベチャリと床に倒れるバルバラ。その音にバルバラはハッと我に返った。
「そ・・・そうみたいだね。別の方法を試そうか」
彼女の声は動揺のあまり上ずっていた。そんなバルバラを少女達は不思議そうに見つめるのだった。
「次はスクワットという筋トレだ。ええと、じゃあローゼマリーはエッダを、ディアナはクラリッサを背負って」
バルバラの指示で二人はクラリッサ達を背負った。
「脚を肩幅より少し開いて。そう、そんな感じ。で、こうやって膝を曲げて伸ばす。これの繰り返しだ」
ちなみに確かにこれはアルトが教えた方法ではあるが、バルバラに向けて負荷を増やしたやり方であった。もちろん日頃鍛えていない彼女達の場合は・・・
「お・・・重たいですわ」
「ちょっと! ウチそんなに重くないよね!」
「・・・無理」
「アタシも軽いのですよ!」
誰も一度も出来ずにギブアップしたのであった。
その後もアルトから教わった筋トレを指導するバルバラだったが、案の定そのどれもが生粋の貴族のご令嬢である彼女達にはハードルが高すぎた。
隣の部室から聞こえて来る少女達の悲鳴を聞きながら、ローゼマリーのメイドは彼女の同僚である執事のゼルマに尋ねた。
「それで本当にお嬢様は美容を気にする必要があるのかしら? 私の目にはそうは見えないんだけど」
そんなメイドの疑問にゼルマは当たり前のように答えた。
「運動も食事量も私が完全に管理していますから」
「まあそうよね」
つまりローゼマリーの心配は気のせいだったという訳だ。
とはいえ、現状に満足出来ずに理想の美を追い求めるのは乙女の本能なのかもしれない。
隣の部屋からはまたローゼマリー達の悲鳴が聞こえて来た。
こうして日が校舎の向こうに落ちるまで彼女達の美への挑戦は続いたのだった。




