その9 学園調査会
この学園の平民学科の男子寮は三階建てだ。
俺達一年生は二年生と一緒に三階に住んでいる。
三年生になると二階に引っ越し、そこで四年生まで生活し、五年生になると今度は一階に引っ越すのだ。
何でこうなっているのかと言うと、この世界は電気も水道も無いので、ぶっちゃけ上の階ほど生活をするのに不便なのだ。
階段は外付け階段で、上り下りの時にちょっとうるさくすると、すぐに先輩が飛んで来てキツイのを一発食らわされる。
まあこういった所はサッカー部の上下関係で慣れているので、俺は特に何とも思わないが。
ナチュラルに騒がしいダミアンなんかは、今まで何回ぶん殴られたか分からないくらいだ。
それでも騒ぐんだから、コイツには懲りるという概念が存在しないらしい。
さて、そんな訳で俺は今、いつもはスルーするはずの一階の入り口の前に立っている。
この先は五年生しか住んでいない、俺達新入生の俺にとってはアンタッチャブルな空間だ。
何故俺がそんな危険な場所にいるのかと言えば、それは昨夜の事になる――
「学園調査会?」
寮の同室のマリオの言葉に俺は思わず振り返った。
ちなみに同じく同室のダミアンはジャンケンで負けて外の井戸まで水汲みのパシリに行っている。
さっき急に「なあ、冷たい水が飲みたくないか? ジャンケンで負けたヤツが井戸まで汲みに行くって事でどうよ? なっ? なっ?」などと言い出したのだ。
あんまりしつこいので相手をしてやったら、結局ダミアンが負けて井戸まで走る羽目になったのだ。まあ自業自得だな。
「知らない? 学園調査会。平民学科の有志が集まって、この学園の色んな事を調査しているんだってさ」
ふうん。そんな変な集団がいるんだな。
お前が言うなって? まあ確かに、”悪役令嬢対策倶楽部”なんてアレな名前のクラブに入っている人間の言う事じゃないかもな。
「それで学調が何だって?」
「・・・いきなり略すんだね。まあいいや。そこが最近アルトの事を調べているみたいなんだよ。特に害は無いとは思うけど、一応気にしておいた方がいいんじゃないかな」
はあっ? 俺を調べてどうするんだ? 俺なんてどこにでもいる・・・
そこで俺はハッと息をのんだ。
俺の記憶――というか頭の中身は本当はこの世界の人間じゃないのだ。
日本で生まれ育った一般的な高校生だった俺は、ふと気が付くとこのアルトの体に生まれ変わっていたのだ。
もうあれから二カ月ほど経つが、その間俺は周囲にその事実をひた隠しにしていた。
何せ右も左も分からない異世界に、突然ポツンと一人で放り込まれたのだ。もしバレたらどうなるか分かったんじゃないだろう。
幸いアルトのふりさえしていれば周りにバレる事は無いしな。
もし寮生活じゃなければこうは上手くいかなかっただろう。
――だがもし、俺の態度からこの秘密に気付いたヤツがいたとしたら?
俺は緊張にゴクリと喉を鳴らした。
「アルト?」
「あ、いや、何でもない。自分の知らない所で勝手に調べられているかと思うと、気持ち悪いなと思ってな」
マリオは俺の咄嗟の言い訳に訝し気な表情を浮かべたが、結局何も聞き返してくる事はなかった。
正直コイツがわきまえた性格で助かった。
もし今、根掘り葉掘り聞かれていればどこかでボロを出していたかもしれない。
そのくらい今の俺は動揺を隠しきれずにいた。
とにかく、しばらく言動には注意を払うべきだな。
俺は肝に銘じた。
しかしマリオの情報はあまりにも遅すぎたのだ。
その翌日、俺は件の学園調査会から名指しで呼び出しを受けてしまったのだ。
「失礼しまーす」
俺はうるさくない程度に声を掛けてから一階の入り口をくぐった。
当たり前だが俺達の住んでいる三階とさほど変わらないみたいだ。
まあ同じ建物内だから当然だな。
五年生はまだ授業が終わっていないのか、廊下には誰の姿も無かった。
俺は小さく息を吸い込むと、指定された部屋のドアをノックした。
「・・・入って良し」
ガチャリと鍵が開く音がしたかと思えば部屋の中から男の声が聞こえた。
俺はドアノブに手を掛けると部屋のドアを開けた。
部屋の中には六人の男?達がいた。何故”?”マークを付けたのかと言うと、全員テルテル坊主のようにマントを頭からすっぽりと被っていて姿が分からなかったからだ。
六人のテルテル坊主は目の部分だけくり抜かれていて、全員同じ格好で見分けが付かない。
その異様な光景に俺は少し怖気づいてしまった。
「良く来てくれた」
「・・・あの、何て言ったんでしょうか?」
微妙な空気が漂った。
いや、マントの中で声がこもって良く聞き取れなかったんだよ。
「良く・来て・くれ・た」
「ああ、なるほど、分かりました。ええと、あなたが俺をここに呼び出したんでしょうか?」
「そうだ。今日は君に聞きたい事があって――」
「・・・あの、やっぱりよく聞き取れないんですけど」
結構厚手のマントのせいだろうか?
この人の声はどうも良く聞き取れないんだよなあ。
テルテル男は俺に少し待つようにジェスチャーすると机に向かった。
彼は机の引き出しからハサミを取り出し、マントの口元を円く切り取り出した。
まあそれは別にいいんだが、机の上のノートにモロにアンドレアって名前が書いてあるんだけど、大丈夫なのか?
「これでどうかね?」
「良く聞こえます、アンドレア先輩」
「「「「「「なっ! なぜ会長の名前を!!」」」」」」
・・・なんなんだこの展開。超グダグダなんだが。
「今の私はアンドレアではない。学園調査会の会長だ」
「いや、”今の私は”って言ってる時点で、あなたの正体はアンドレア先輩でしょう?」
俺のもっともな指摘を受けて返事に詰まるテルテル男――改めアンドレア先輩。
「・・・私は複数の名前を持つ。アンドレアはその一つに過ぎない」
「「「「おおっ」」」」
周囲のテルテル坊主からどよめきが上がった。
追い詰められたアンドレア先輩がカッコ良い切り返しをした事に感心したんだろう。
そしてどこか満足そうなアンドレア先輩。ってどうでもいいわ。
「まあそれでも良いですけど。で、今日はなぜ俺をここに呼び出したんでしょうか?」
「うむ。実は君に聞きたい事があってな。」
思わぬ間抜けな空気にごまかされそうになったが、コイツらは密かに俺を調査していたのだ。
その目的を知らなきゃマズイ。
俺は緩んでしまった気分を引き締め直した。
「君は毎日放課後になると貴族学科の敷地内に通っているそうだね」
! そっちか!
どうやら最悪の事態――俺の正体がアルトではなく日本人の転生者である事――に気付かれた訳ではなかったらしい。
俺は少しだけホッとしながらも、気を緩めないように奥歯を強く噛んだ。
彼らの目的が分からない以上、まだここで気を緩める訳にはいかないからだ。
「そして複数の情報によると、君は以前、メッテルニヒ伯爵家の執事とメイドに校舎から拉致された事がある」
・・・テスト結果が張り出されたあの日の事か。
確かにあの日、俺はローゼマリー会長の所の執事のゼルマに捕まって今の部室まで案内された。
だがあの現場は一年生の多くが見ていたので、アンドレア先輩が知っていても別段驚くような事じゃない。
問題は先輩が俺に何を聞きたいかだ。
核心に近付いて来た予感に俺が密かに緊張する中、アンドレア先輩は俺にこう言った。
「我々は君が毎日メッテルニヒ伯爵家の執事と密会しているのではないかと推測しているのだ」
「は?」
オイ今なんつった?
アンドレア先輩は大きく肩をすくめた。
「君は知らないかもしれないが、平民学科の上級生の女子の間では、君と件の執事がただならぬ関係になっているのではないかと噂になっているのだよ。そこで妄想逞しい一部の女子がその調査を我々に依頼して来たのだ」
俺は想像もしなかった内容に理解が追い付けずにいた。
アンドレア先輩は――この野郎は俺と執事のゼルマが付き合っているんじゃないかと聞いているのか?
つまり何か? お前は俺はホモだと言いたいのか?
俺は怒りのあまり目の前の景色が赤く染まるのを感じた。
フ・ザ・ケ・ン・ナ
「貴族社会では古くから同性愛を嗜む文化があるそうじゃないか。で、どうかね? やっぱり君はそっちのケがあるのかい? おっと、勘違いしないで欲しいが、僕は君の趣味嗜好をあげつらうつもりは全く無い。誰が誰を愛そうがそれは個人の自由だと僕は固く信じている。だからこれは興味本位ではなく、あくまでも依頼された調査であるという事を理解した上で聞いて欲しい」
そこでアンドレア先輩は俺に近付くと声をひそめて尋ねた。
「で? どっちが入れる方でどっちが入れられる方なんだい?」
ブチッ
俺は頭の中で何かが切れた音を聞いた。
そこから先の事は覚えていない。
気が付くとテルテル男達は全員マントをむしり取られて土下座していた。
ガタガタと震える彼らを前に、俺は息を荒くしながらアンドレア先輩と思われる人物の頭を踏みつけていた。
後日詳しい話を聞くと、そもそも最初に俺とゼルマの情報を女子生徒に売ったのがアンドレア先輩だという事が分かった。
「いやあ、あの時はまさかこんなに話が広がるとは思ってもみなかったよ!」
詫びれもせずにそうぬかす先輩のボディーに、俺が拳を叩き込んだのは言うまでもないだろう。
そんなふうに俺は学園調査会と最悪な出会いをしたのだったが、なんだかんだでこの後も俺は彼らと付かず離れずの関係を続ける事になった。
実はアンドレア先輩はあれで意外と顔が広くて、彼らの情報網は馬鹿に出来ないものだという事に気が付いたのだ。
ローゼマリー会長の今後を考えると、正直彼らの情報力はありがたい。
こうして俺は不本意にも、学園調査会の準会員になってしまうのだった。




