その8 そのころ少女達は
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは部室棟の一室。いつもの悪役令嬢対策倶楽部の部室である。
ドアをノックする音がすると、オレンジ色の髪のアイドルのような美少女が部屋に入って来た。
「間に合ったのです! あれ? 今日はまだ全員揃っていないのです?」
少女の名前はクラリッサ。アルトがいれば阿保の子と言って彼女を怒らせている所だろう。
「ええ。アルトとバルバラがまだ来ていませんわ」
ゴージャスな金髪を縦ロールにしているのは、この倶楽部の会長でもあるローゼマリー。
現在この部屋には後二人、小柄な黒髪の少女エッダと、豊かな胸元の青色ゆるふわ髪のディアナがいる。
この4人に加え、唯一の男子メンバーであり、平民学科の生徒であるアルトと、銀髪の麗人であるバルバラを加えた6人がこの倶楽部のメンバーとなるのだ。
「アルトが遅れるなんて珍しいのです。大抵一番に来ているのですよ」
「そうですわね」
・・・・・・。
ここにアルトがいれば「いや、お前が遅いだけだから」などと憎まれ口を叩く所だろう。
クラリッサはどこか物足りないモノを感じながら自分の席に着いた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
何となく無言の4人。もしこの場にアルトがいれば、ローゼマリーに部活を始めるように促しただろうが、彼女達は格上である伯爵令嬢であるローゼマリーに対してどこか気が引けているのか何も言い出せずにいた。
ローゼマリーもこの空気に居心地の悪いモノを感じたらしく、気持ちを切り替えるように明るく振る舞った。
「そうそう、今日の授業でお菓子を焼いたのでしたわ! ゼルマを呼んでお茶に致しましょうか!」
「ウチのクラスでも作ったよ。どこにしまったかな」
「わ、私のクラスでも作ったのですよ!」
「僕も」
どうやらたまたま全員のクラスで調理の授業があったみたいだ。
こうして期せずして彼女達4人のお茶会が始まったのであった。
執事のゼルマの淹れてくれた紅茶が香る中、4人はそれぞれ自分の作ったお菓子をテーブルの上に出した。
どうやら今日彼女達が作ったのはクッキーのような焼き菓子らしい。
「ローゼマリーの作ったお菓子は美味しそうなのですよ!」
「エッダのお菓子は・・・ 何というか大胆ですわね」
「ディアナの作ったのは、え~と、焼き菓子なんだよね?」
「・・・炭?」
それぞれのお菓子を眺めては楽しそうにする少女達。
ローゼマリーのお菓子は、見た目の通りの焼き菓子だ。多少いびつな形をしているものの、そこがまた手作りっぽくて味になっている。
エッダのお菓子は――
「どうせなら豪華にいきたいと思ってさ!」
形はローゼマリーのお菓子と変わらないのだが、エッダは生地の全てを使って一つの巨大なお菓子を作っていた。
もしこの場にアルトがいれば「お前だけお菓子の縮尺がおかしくないか?!」などと言っていた所だろう。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
しかし少女達は互いに相手に気を使って何も言えずにいた。
テーブルに何とも言えない微妙な空気が流れた。
「ディアナのお菓子は愛らしいですわね。どうしてこの形にしたのかしら?」
ディアナのお菓子は何というか”球”だった。
今もピンポン玉のような”球”が、テーブルの上を転がり回っている。
「物質の完全な形状だから」
もしこの場にアルトがいれば「言いたい事は分かるが、お菓子としては食べ辛くないか?」などと言っていた所だろう。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
そして相変わらず微妙な空気が流れるテーブル。
次いで全員の視線がクラリッサの出した”炭”に注がれた。
「な・・・何なんですよ?」
クラリッサの焼き菓子は端的に言って”炭”だった。もしこの場にアルトがいれば「お前いくら何でもそれはベタ過ぎるだろう」などと言っていた所だろう。
そしてクラリッサは「見た目だけで判断しないで欲しいのですよ!」などと言って、食べたアルトが「うん。炭だ」「この平民アルト!」と言うまでがセットの流れになっていた事だろう。
クラリッサもそう感じたのか、どことなく物足りなさそうにしている。
ローゼマリーはこの場に漂う微妙な空気を振り払うように声を出した。
「まあでも食べてみないと味は分かりませんし!」
「そ、そうだね!」
「一理ある」
「! きっとそうなのですよ!」
全員一斉にクラリッサの焼き菓子に手を出すと口に入れた。
ザリッ
「「「「うん。炭・だね・ですわ・なのです」」」」
アルトがいなくてもこのリアクションだけは変わらなかった。
お菓子を口にしながら紅茶を嗜む4人。
どのお菓子も(炭は除く)見た目は個性的だが、味は中々のものであった。
貴族令嬢とはいえそこは女の子。お菓子の嫌いな女の子はいないらしく、この部屋に漂っていた微妙な空気もようやく緩んで来たみたいだ。
「でも見事に丸く作ったものなのです」
「この形を維持するのには魔法を使っている」
アルトがいれば「魔法万能だな!」と言っていた事だろう。
「う~ん、結局食べる時には割らなきゃ口に入らないんだよなあ。これってせっかく大きく作ったのに意味が半減しているよね。」
「大きな口の人に食べて頂けばよろしいのでしょうか?」
アルトがいれば「それって何の解決にもなってないよね?!」と言っていた事だろう。
こうして少女達は、何かが足りない口寂しい思いをお菓子でごまかしながら和気あいあいとした会話を楽しんだ。
テーブルの上のお菓子が丁度無くなった頃、部室のドアをノックする音がした。
「すみません。遅くなっちゃって」
ドアを開けて部屋に入って来たのはアルトとバルバラだった。
「お茶をしていたのか? 珍しいな」
バルバラがテーブルの上の紅茶に目を止めた。
「あ、その、これは・・・」
自分達だけでお菓子を食べていた事に罪悪感を覚えるローゼマリー。
しかし、ここに来るまでに十分に運動して満足しているバルバラは、そんなローゼマリーの動揺に気が付かずにいつもの自分の席に座った。
「アルト?」
そしてアルトは不思議そうにテーブルの上に乗った”炭”をジッと見ていた。
「何でテーブルの上に炭が?」
「炭じゃないのです。焼き菓子なのですよ」
「これが?! お前いくら何でもそれはベタ過ぎるだろう!」
そのアルトの言葉を聞いた途端、ローゼマリー達は自分の心の中でカチリと何かがはまった音を聞いた気がした。
それはついさっきまで空いていた隙間が埋まったような、あるべきものがあるべき場所に収まったような、そんな不思議な感覚であった。
それを感じたクラリッサも、熱心にアルトに目の前の”炭”を勧めた。
「見た目だけで判断しないで欲しいのですよ!」
アルトは気乗りしない様子ながらも、クラリッサの妙に執拗な勧めに従って一欠片つまむと口へと運んだ。
そんなアルトをワクワクしながら眺めるローゼマリー達。
ザリッ
「うん。炭だ」
「この平民アルト!」
そう叫ぶクラリッサの声は何故かいつもより弾んでいるように聞こえた。
そしてローゼマリー達は望んでいた通りのアルトのリアクションに笑みを浮かべるのだった。




