その7 はじめての果し合い
その日俺はいつものように貴族学科の敷地内を部室棟に向かっていた。
部室棟は無駄に広い貴族学科の敷地内でも外れの方に――要は少し寂れた場所に――ある。
そのせいだろうか。俺はたまたま貴族学科の生徒二人が決闘をしている現場に出くわしてしまったのだ。
そこでは剣道の防具のような装備を付けた男女が木剣を手に向かい合っていた。
俺が驚いて立ち止まる中、女の方が手にした紙を掲げた。
「お前からの、”放課後私に付き合って欲しいとのお手紙”、確かに受け取ったぞ!」
「・・・そこは”果たし状”と言って欲しい!」
女子生徒の手にした紙にはデカデカと”果たし状”と書いてあった。
確かに男子生徒の言うように、”放課後私に付き合って欲しいとのお手紙”だとコイツがこの女子にラブレターを送ったみたいに聞こえるな。
っていうかあの女子、バルバラじゃねえか。
俺は女子のヘルメットからのぞいた銀髪と凛々しい顔立ちに目を見張った。
あいつ何一体やってんだ。
俺が混乱している間にも話が進み、男子生徒がバルバラに向かって叫んだ。
「そしてもし、この勝負で俺が君に勝ったら、俺と付き合ってくれ!」
結局ラブレターなんじゃねーか!
ナンパな目的の勝負に”果たし状”なんて書くんじゃねえよ! 紛らわしいわ!
まあバルバラは脳みそまで筋肉なガチ体育会系少女だが、顔は美形だからな。
こうやってのぼせ上がる男子が出ても仕方が無いか。
――仕方が無いのか?
まあいいか。ちなみに男子生徒の方は、柔道部にでもいそうな、いかつい感じのヤツだ。
要はいかにも武道をやってます、といった雰囲気と思ってもらえばいい。
「いいだろう! もし私がお前に負けたら、私がお前より強くなるまで毎日鍛錬に付き合ってもらう!」
「うむ! 良かろう!」
男子生徒は大きく頷いた後で、「おや? 結局、俺が負けた時はどうなるんだ?」と不思議そうな表情になった。
あー、確かに。お前が負けた時の話は一切出ていないな。
そしてお前が勝ったらバルバラの鍛錬に付き合わされる事が決定してしまったようだ。そして負けたらポイ捨てされると。
そう考えると結構酷い話だな、オイ。お前にとってこの決闘は何のメリットも無いんじゃないか?
勢いに任せて返事をして損したパターンだ。
二人は数歩距離を空けると互いに木剣を構えた。
どうやら今から決闘が始まるらしい。
ちなみに俺は決闘なんてモノを見るのは初めてだ。
俺はごくりと喉を鳴らすと、バルバラに危険があればいつでも割って入れるように身構えた。
二人はジッと睨み合ったままピクリとも動かない。
息をするのもはばかられるほどのピリピリとした緊張感が二人の間に漂った。
先に動いた方が負ける――俺は二人の一挙手一投足から目が離せなくなった。
先に仕掛けたのはバルバラだった。
彼女は手にした木剣を少し下げると――
「それでどっちが開始の合図をするんだ?」
「まだ始まってなかったのかよ!」
”先に動いた方が負ける”って馬鹿か俺は! 恥ずかしいなオイ!
俺が心の中で身もだえしていると、俺のツッコミに驚いた二人はこちらに振り返った。
「悪い。決闘の邪魔をするつもりは無かったんだよ」
俺は素直に謝った。
正直日本人の感覚からすると、決闘ってどうよ? と思わないでもなかったが、真剣な二人を前にとてもじゃないがそんな事を言う気にはなれなかったのだ。
「なっ! け・・・決闘なんて野蛮な事、私してないし!」
「どういう否定の仕方だよ!」
俺から目を反らして露骨に挙動不審になるバルバラ。
「そうだ! これは俺とルーデン男爵令嬢との果し合いだ!」
「あなた果し合いの意味を分かって言ってますか?」
男子生徒の方も男子生徒の方で良く分からないこだわりを見せた。
何だか面倒くさいなコイツら。
もういいや、じゃあ果し合いで。
「果し合いの邪魔をして悪かったな。会長には俺の方から今日お前は遅れると言っといてやるよ。じゃあ頑張れ」
そう言って俺は歩き去ろうとしたが――バルバラに肩を掴まれて立ち止まらざるを得なくなった。
「ではこれから二人の果し合いを始めます。この果し合いの立会人は私、平民学科一年アルトが行わせて頂きます」
俺の言葉に互いに礼をするバルバラと男子生徒。
結局巻き込まれた俺は二人の果し合いの審判をする事になった。
いや、俺ルールとか全然分からないんだけど。いいのかコレ。
「長年に渡る因縁、ここで終止符を打つ!」
「私は負けない。兄上の名に懸けて!」
「二人共さっきまで全然そんな話してなかったよね?!」
もっとナンパな理由や適当な理由で戦ってたんじゃなかったっけ?!
ひょっとしてあれか? 部外者の俺が入ったから急に取り繕ってるとか?
それ意味無いから。残念ながら俺、割と最初の方から二人の会話を聞いてたから。
「では、始め!」
「先ずは俺から行かせてもらう!」
「むっ! 来い!」
男子生徒の方が、遊〇王の先行ドローのようなセリフを言ってバルバラに襲い掛かった。
そういえば遊〇王ってルールが変わってから先行ドローが無くなったんだよな。
などと俺が関係ない事を考えている間に、男子生徒の木剣がバルバラの構えた木剣に向かって振り下ろされた。
ガツン!
「くっ!」
「良く防いだ! 次はそっちの番だ! 来い!」
「やあっ!」
ガツン!
「やるな! 次は連撃だ!」
ガッ! ガッ!
「この!」
ガッ! ガッ!
・・・なんだこれ? バルバラと男子生徒は互いに相手の構えた木剣に向かって木剣を振り下ろしている。
相手が袈裟切りに来れば、こっちも袈裟切りに。相手が頭に振り下ろせば、こっちも頭に。と、攻守を入れ替えながら交互に相手と同じ攻撃を繰り返しているのだ。
後で知った事だが、貴族学科の決闘とはこうやって互いの技量を競うものであって、ガチバトルで相手を叩きのめすものではないんだそうだ。
まあ確かに、いくら防具で身を守っていると言っても、相手に向かって力任せに木剣を振り下ろす訳だから、こういったルールでも決めとかなきゃ普通に危ないよな。
実際に小ズルいヤツが狙いを外したふりをして相手を痛めつける、なんて事も良くあるらしく、貴族学科でも定期的に決闘制度が問題に上がるんだそうだ。
さっきバルバラが決闘という言葉に変な反応をした理由もこれで分かったよ。
このやり方で実戦で役に立つ技能が磨かれるかどうかは俺には分からない。
でも日本の伝統武術、空手だって基本は「寸止め」ルールだし、そもそも戦いすらしない「形競技」なんてものまであるんだから、こんな形の決闘があってもおかしくないのかもしれない。
なんなら「決闘」と考えるから引っかかるのであって、「試合」と考えた方が良いのかもな。
そんな感じで二人の「試合」は続いた。
カツン!
乾いた音を立てて木剣が地面に転がった
「! しまった」
「・・・私の勝ちだな」
男子生徒の持つ木剣がバルバラの攻撃を受け切れずに叩き落とされたのだ。
何度も木剣を打ち付け合った結果。コイツの手は痺れてすでに握力が無くなっていたんだろう。
さっきまで全力で打ち合った二人は肩で荒い息をしている。
俺はボクシングのレフリーがやるようにバルバラの手首を持つと上にあげた。
「勝者バルバラ!」
どうやらこの世界ではこういう形で勝ち名乗りをする事は無いらしい。
バルバラは最初俺の行動の意味を図りかねたのか少しキョトンとしていたが、すぐに俺が勝利を讃えている事を理解したのか、満足そうにニコリとほほ笑んだ。
汗をかいて上気した肌は何だか色っぽく、俺はそんな彼女の笑顔を間近で見て心臓がドキリと跳ねるのを感じた。
あ、そういえば俺は未だに男子生徒の方の名前を知らなかった。
何となくノリでこう締めたが、もし男子生徒の方が勝ってたらちょっと困ったかもな。
男子生徒はガックリと肩を落としている。
気の毒だが、もし勝ったとしてもバルバラの練習に付き合わされるだけだったんだから、お前的には別にこれでも良かったんじゃないか?
「じゃあ部室に行こうかアルト」
「ん。ああ分かった」
俺がバルバラとこの場を去ろうとしたその時、今まで顔を伏せていた男子生徒が慌ててバルバラに声を掛けた。
「ま、待ってくれ! 俺の負けは認める! 負けは認めるが、一つだけ聞かせてくれ! 君にとってその男は何なんだ?! 互いに名前で呼び合うなんて随分気安いじゃないか!」
しまった! ついいつものクセで名前呼びしちまってた。
部室の外ではバルバラは貴族令嬢で俺は平民学生だ。これはやっちまったかもしれない。
俺が男子生徒の鋭い指摘に内心焦っていると、バルバラは少し考えてから平然と男に言い放った。
「アルトは私にとって兄上と父上の次に大切な男性だ」
「「んなっ!」」
言葉のクリティカルヒットを食らって真っ白に燃え尽きる男子生徒。
・・・気の毒に。多分バルバラは父上と兄上以外の男の知り合いが、俺しかいないだけだと思うぞ。
俺は表情の抜け落ちてしまった男にその事を説明しようと思ったが――
俺は結局何も言わずにこの場を立ち去った。
どうせ正しく伝わった所で、そもそもバルバラはコイツにあまり興味が無さそうだったし、大して意味が無いと思ったからだ。
それに父上と兄上の次とはいえ、バルバラのような美少女に大切な男性と言われて、俺もまんざらでもない気分に浸っていたのだ。
チョロいヤツだなって? うっせ。知ってるつーの。




