エピローグ 後編 誕生”悪役令嬢対策倶楽部”
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。お嬢様は授業が終わるのももどかしく、部室棟へと向かわれました。
「・・・・・・」
「どうしたのかしらゼルマ。表情が暗いようですけど?」
「いえ、なんでもございません」
お嬢様はアルトの事をすっかり信じていらっしゃるご様子ですが、私はお嬢様ほど楽観視する事は出来ませんでした。
確かにこの数日、お嬢様は五年後の破滅を回避するために様々な事をされていました。しかし残念ながら、そのどれもがこれといった成果を上げていませんでした。
行動を起こしてたった数日とはいえ、あまりの手ごたえの無さにお嬢様が焦る気持ちも分かります。
しかし、平民の力を借りる事でどれほどの効果が見込めるでしょうか?
「あっ! アルト! 先に来ていたのですわね!」
部室棟に入ってすぐ、廊下に立ってこちらに振り返ったのは確かにアルトです。
隣にいる女子生徒は貴族学科の者ですね。誰でしょうか?
オレンジ色の髪を腰までストレートに伸ばした見慣れない生徒です。
私の記憶にないという事は、さほど重要度の高い家の子女ではないのでしょう。
その女子生徒がお嬢様を見て叫びました。
「なっ! アナタは!」
「えっ?!」
突然自分を見て叫んだ女子生徒にお嬢様が驚かれます。
? お嬢様のお知り合いでしょうか?
記憶にないと思っていたのはひょっとして私の勘違い?
「お隣のクラスの人なのですよ!」
続いて叫んだ女子生徒の言葉に、私は危うくひっくり返る所でした。
そんな関係分かるはずないじゃないですか!
女子生徒の言葉にアルトがすかさず反応しました。
「微妙な距離感だな! つーか叫ぶほどの事かそれ?!」
あなた中々上手い事言いますね。見直しました。
アルトの言葉に私も心の中で頷きます。この女子生徒にもっと言ってあげて下さい。
「何を言っているのですか! すごい金髪の縦ロールで有名なのですよ! 有名人なのですよ!」
「私、そんなに有名じゃありませんわ!」
「否定するトコそこ?!」
何でしょう。お嬢様も加わった事によってさらに混乱に拍車がかかった気がします。
お嬢様と女子生徒の言い争い?にアルトが反論します。
しかし、二対一では手が足りないと見たのか、突然アルトは私に助けを求めるような視線を向けました。
なっ・・・急に私に振らないで下さい。
私は焦って思わずピントのずれた返事をしてしまいました。
「あなた、お嬢様に無礼ですよ」
「だったらアンタが二人を止めろよ!」
もっともです。でも急に私に振った貴方もいけないんですよ。
などと私が心の中で言い訳をしていると、お嬢様と女子生徒がアルトの方へと振り返りました。
「ケンカはいけませんわ」
「そうなのですよ」
「誰のせいだと思っているんだよ!」
このアルトの言葉を最後に、廊下での言い争いは一旦ストップしました。
この女子生徒の名前はクラリッサ・シェーラー。シェーラー男爵家の長女との事です。
シェーラー男爵家・・・聞いた事がない家ですね。どこかの分家でしょうか。後で調べておくことにします。
私は隣の部屋で交わされている会話を伺います。
丁度お嬢様が五年後にご自身の身に降りかかる破滅を説明されている所です。
・・・どうやらシェーラー家令嬢は、こう言ってはなんですがあまり聡明ではない方のようですね。
先程、廊下でのピントのずれた会話も、どうやら意図したものではなかったようです。
しかし驚いた事に、彼女はお嬢様の話を聞き終えると同情して泣き出したのです。それどころか、今後はお嬢様に協力することも約束したのでした。
これがどれほど驚くべき事か分かるでしょうか?
多分、お嬢様の話を聞いて本気で信じる者は数十人の中に1人いれば良い方でしょう。
それほどお嬢様の話は荒唐無稽なのです。
私もお嬢様に仕える立場でなければ信じなかったと思います。
いえ、厳密に言えば、今でも本当に信じているかといえば疑問なほどなのです。
しかし、昨日のアルトに続き今日のシェーラー家令嬢と、この二日間で二人の人間が二人ともお嬢様の話を信じたのです。
これがどれほど奇跡的な確率であることか!
私はシェーラー家令嬢を連れて来たアルトの強運と、そのアルトを引き入れたお嬢様の慧眼に驚きを隠せませんでした。
ひょっとしたらここからお嬢様の破滅の未来が変わろうとしているのかもしれない。
そんな小さな希望に私は胸が高まるのを感じました。
「ではここに”悪役令嬢対策倶楽部”の設立を宣言致しますわ!」
「よろしくお願いいたしますですの」
「・・・よろしくお願いします。あの、やっぱりその名前でなきゃダメですか?」
お嬢様達は三人で倶楽部を結成されたご様子です。
お嬢様の高らかな宣言が聞こえてきました。
一人、倶楽部の名前に不満がある者もいるようですが。
「早速倶楽部のルールを決めますわ。この部屋の中では倶楽部の者は貴族や平民、立場を超えて仲間として話す事。そのために先ずは家名ではなく、お互いの名前で呼び合う事にします。」
「ええっ!!」
「えーと、苗字ではなく名前で呼ぶという事でしょうか?」
ああ、やっぱりその話をされるんですね。
お嬢様の決定にシェーラー家令嬢が大きな声を上げています。
まあそうでしょうね。普通の反応だと思います。
私は頭痛を覚えて、無意識にこめかみをもみほぐしました。
ところが意外な事に、平民であるアルトの方は案外と冷静でした。というか今回の件もそうですが、アルトは時々平民にしては不思議な反応をしている気がします。
何といえば良いのでしょうか? 彼は一般的な人間と少し価値観が違うように私には感じられるのです。
我々は貴族は貴族、平民は平民として両者を別の者として考えます。
しかし、彼には自分が平民という概念が薄い、というか、本質的に貴族と平民を違う存在として区別していないように感じられるのです。
かといって、自分が貴族――上位者に対して従う事は、それはそれで自然に受け入れている様子でもあるのです。
ひょっとして彼は貴族と平民の境の曖昧な場所で生まれ育ったのでしょうか?
そんな土地がこの国にあるとは聞いた事はありませんが、そうとでも考えなければ、私が彼に対して感じる違和感の説明がつかない気がするのです。
「無理無理無理です! メッテルニヒ様の事をローゼマリーと呼ぶなんて不可能なのです!」
「ほら、今呼びましたわ、ローゼマリーって。そうやって呼んでくれればよろしいのですわ」
「そ、そんなぁ~。」
お嬢様の言葉にシェーラー男爵令嬢が情けない声を上げています。
「倶楽部だから部長? 部活じゃないのに部長っていうのも何だか違う気がするな。伯爵家って会社で言えば社長クラスか? でも、ローゼマリー社長って呼ぶのもヘンだよな。う~ん、だったら会長かな?」
アルトはしばらくブツブツと呟いていましたが、何やら自分の中で折り合いを付けた様子でお嬢様に話しかけました。
「ローゼマリー会長。ローゼマリー会長はこの倶楽部の代表者なので、”会長”と呼んで良いですか?」
「会長? どういう意味か分かりませんが、平民の間では代表者の事をそう呼ぶのでしょうか?」
「あ~、いや、偉さに応じて色々な名前で呼ぶんですが、俺はそういうのに詳しくないもので。でも、確か会長はその中でも一番偉かったと思います」
「あら、ならいいですわよ、会長で。ローゼマリー会長。何だか不思議な響きですわ」
アルトの言葉にお嬢様はご機嫌なご様子です。
平民である彼が素直に名前で呼んだ事に気を良くしているみたいです。
「なんで私が悩んでいるのに、平民のアンタは平気で名前呼び出来るのです?!」
「いや、だってこの部屋の中だけだし。サッカーだってプロはチームメイトはタメグチだろ? だからお前も呼べばいいじゃん、ローゼマリー会長って」
「サッカーって何よサッカーって! 訳の分からない言葉で誤魔化さないで欲しいのですよ!」
シェーラー男爵令嬢に怒鳴られて事も無げに返すアルト。
というか、彼はシェーラー男爵令嬢に対しては辛らつというか、遠慮が無いですね。まあ何となく気持ちは分からないではないですが。
「ほら、貴方も呼んでくださいクラリッサ」
「そうだぞ。本人がこういってくれているんだ。呼んだらどうだクラリッサ」
「馴れ馴れしいのですよ! あーもう分かったのです! 呼べば良いのですよ!」
ヒステリックに叫んでいたシェーラー男爵令嬢でしたが、ここで静かになりました。
どうやら心を落ち着かせるために大きく深呼吸をしている様子です。
「・・・ロ・・・ローゼマリー」
「はい」
ぼそりと言った言葉に嬉しそうに返事をするお嬢様。
よほど照れ臭かったのか、二人の間になにやら微妙な空気が漂いました。
「やれば出来るじゃんクラリッサ」
「だから平民アルトは黙るのですよ!」
まあ、アルトが余計な一言を言うまででしたが。
こうしてお嬢様は五年後の破滅を未然に防ぐための小さな一歩を踏み出されました。
この”悪役令嬢対策倶楽部”が今後どうなっていくのかは分かりません。
しかし、後で過去を振り返った時”あの日から運命が変わった”と、そう言えるように、私も全力でこの倶楽部をサポート致したいと思います。
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