エピローグ 中編 平民アルト・ワルドマン
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「私に足りないのは名参謀だと思うのですわ!」
お嬢様が突然言われました。
とはいえ、私もこの数日でお嬢様の突飛な言動にすっかり慣れていました。
「昨日図書館棟から借りられた戦記物語に書かれていたんですね」
「大変素敵なお話でしたわ」
戦記物語に影響を受ける貴族のご令嬢というのもいかがなものでしょうか?
昨日、お嬢様は何か良いアイデアを得ようと図書館棟に閉じこもり、日頃は手に取らないような本を色々と読まれておいででした。
しかしその方法は、労多くして益少なしで、時間がかかる割にはこれといった成果が望めないのでは、と私には思えました。
「そこで私は大変良い事を思いついたんですの」
お嬢様がおっしゃるには、半年後に平民学科に編入してくるテレサ・テーゼ(後のラウテンバッハ公爵令嬢)は、学園に入ってすぐのテストで学年一位を取り、その後卒業までずっと首席で居続けるのだそうです。
「すごい方なのですね」
「ええ、そうなんですの。それで、私思ったのですが、テレサさんが首位になったということは、それまで首位だった方は卒業までずっと次席以下になってしまったという事になるんじゃないかしらって」
それはそうでしょうね。
考えてみれば、規格外の天才が編入したことで、首席だったその人物はずっと二番手以下に甘んじなければならなくなった訳です。
本人の実力不足だったとはいえ、そのようなイレギュラーがなければ、ひょっとしたらその人の方こそずっと首席だったのかもしれなかったのです。
ある意味その人もお嬢様同様にテレサさんに運命を狂わされた人間なのかもしれません。
「だからその方に私の参謀になって頂こうとおもったのですわ」
は?
え~と、どういう意味なんでしょうかお嬢様?
「だってその方は半年後以降はどんなに頑張ってもずっと一番を取れないのですよ? だったらそんな無駄な事に使う時間を私のために使ってくれても良いと思いませんか?」
・・・お嬢様に悪気が無いのは分かっているんですが、その言い方はどうなんでしょうか。
とはいえ言いたい事は分かります。
確かに私とお嬢様だけではやれることに限界があります。
ここらで人数を増やすというのも良い考えかもしれません。
だからといって、我々に縁もゆかりもない平民を使うというのはどうなのでしょうか?
「分かりました。では、相手の事を良く調べた上「では、よろしくお願いいたしまわ。丁度明日は実力テストの結果が出る日です。早速お呼びしてちょうだいね」
・・・・
「かしこまりました」
お嬢様のそう言われては執事の私に否はありません。
お嬢様は首席の平民の事をあれこれ想像して楽しみにしていらっしゃるご様子です。
私は不安を抱えながら明日を迎えるのでした。
平民主席はアルトという平凡な見た目の男子生徒でした。
迂闊な話ですが、お嬢様話を聞いて私はてっきり主席は女子生徒だとばかり思っていました。
後で聞いた話ですが、貴族学科は女子生徒の人数が圧倒的に多いですが、平民学科では逆に男子生徒の人数の方が多いのだそうです。
「・・・分かりました、連れて行きましょう」
しかし、お嬢様の命令を無視するわけにはいきません。
私は渋々お供のメイド達に指示を出しました。
平民の男子生徒ですか。またお嬢様の良くない醜聞が広がりそうです。
私は密かにため息を押し殺しました。
「いや、ちょっと待って! このメイドさん達、俺の腕の関節を極めてるんだけど! 痛っ! 痛いって! 歩くから! 歩くからそっちには曲げないで!」
私の背後に男子生徒の悲鳴が聞こえます。
メイド達が手荒な方法で男子生徒を拘束している様子です。私の腑に落ちない態度を察したのかもしれません。
ここで私がひと言言えばメイド達は彼を解放するでしょう。
・・・。
しかし、私は無視を決め込みました。もちろん、彼は何も悪い事はしていません。
単に、こちらの腹立ちまぎれ、一方的な八つ当たりに過ぎないのです。
私は軽く自己嫌悪に陥りながら、お嬢様の待つ部室棟に向かうのでした。
「平民学科の主席の方は、どんな人でしたか?」
平民学科の首席ーーアルトを案内したと私はお嬢様に報告しました。
お嬢様は頬を桜色に染めて興奮していらっしゃるご様子です。
肌の色の白いお嬢様はちょっとした興奮がすぐに顔色に出られるのです。
「隣の部屋に案内しています。残念ながら男子生徒でした」
「ええっ! 男の方でしたの?!」
どうやらお嬢様も相手が女子生徒だとばかり思っていたようです。
「あの・・・ 引き取って頂きましょうか?」
「いえ、こちらから来てもらったのです。お会いしましょう」
私の言葉をあっさりと退け、部屋を出て行くお嬢様。
この数日でお嬢様は随分と行動的になられたようです。
お嬢様に仕える身としては、喜べば良いのか案ずれば良いのか悩ましい所ではありますが。
「あなたが平民学科の首席の方ですのね?」
隣の部屋からお嬢様の声が聞こえて来ました。
さて、どうなるのでしょうか。
私はやきもきしながら隣の部屋に控える事しかできませんでした。
結局この日、お嬢様は平民学科首席のアルトから返事は貰えませんでした。
アルトの慎重な態度に私は少し好感を抱きました。
平民学科の首席というのは伊達ではないのでしょう。
少なくとも彼は、伯爵令嬢に目を掛けられたというチャンスに飛びつくようなお調子者や野心家でないのは確かです。
アルトに返事を保留にされたお嬢様はたいそう落胆しておられる様子でした。
私はお嬢様を悲しませたアルトに苛立ちを感じました。
・・・私は彼にどうして欲しかったんでしょうね?
その迷いが表情に出てしまったのでしょうか。
「ゼルマ、眉間に皺がよってる」
同僚のメイドに指摘されてしまいました。
いつの間にか厳しい顔付きをしていたようです。
・・・さっき私の視線を受けたアルトが少し怯えていた気がしましたが、もしや私の表情が原因だったんでしょうか?
「私の言葉はアルトに信じてもらえなかったのでしょうか?」
その日の夜、お嬢様は不安そうに私に尋ねられました。
私は少し考えます。
「どうでしょうか・・・ 私の目にはその心配はされなくても良いように感じられました」
不安そうに私を見るお嬢様。
「彼がお嬢様と話す態度は普通なように思いました。・・・失礼な表現になりますが、もし彼がお嬢様の言葉を信じていないのなら、もっと馬鹿にしたような態度になると思うのです」
そう、アルトがお嬢様に示した態度は、誉められたものではないとはいえ、少なくとも「訳の分からない話をしているヘンな女」に対する態度ではありませんでした。
理由は分かりませんが、私にはむしろアルトは最初からお嬢様の話に理解を示そうとしていたようにすら感じられました。
私の指摘にパッと表情が明るくなるお嬢様。
・・・この辺もお嬢様が少しお変わりになられた所です。以前はこんなにも感情を表に出される方ではありませんでした。
「なら明日は良い返事を聞かせてもらえそうですね。楽しみですわ」
私は今でもアルトにどう返事をして欲しいのか分かりません。
しかし、ひとつだけ言えるのは、彼の言動はいささか貴族の令嬢に対しての礼儀を失しているという事です。
「まあ、礼儀も知らない平民ですから仕方がありませんが。」
「そうね・・・。でしたらあの部屋でだけは平民とか貴族とか関係なく話せるようにしましょうか。」
「え?! お嬢様何をおっしゃっているんですか?!」
驚く私に対してお嬢様は事も無げに言いました。
「だってゼルマの言う通りだとしたら、アルトが私達に合わせるか私達がアルトに合わせるかのどちらかしかありませんよね? アルトには今後は私の参謀として色々な意見を出してもらわないといけませんわ。そんな時に言葉使いが原因で思った事をすぐに口に出せないようでは彼の役目が果たせくなりますわ」
確かにお嬢様のおっしゃることには一理あると思います。
でもそれでいいんですか?
貴方は伯爵家のご令嬢、彼は市井の平民なんですよ?
「かまわないわ。だって五年後の私は伯爵家令嬢じゃなくなってしまうんですもの」
・・・それを言われては私に返す言葉はありません。
「大丈夫よ。あくまでもあの部屋の中に限っての例外なんですもの。ああ、明日が待ち遠しいですわ」
お嬢様の頭の中ではすっかり、アルトがお嬢様のかたわらで参謀として素晴らしい意見を出している未来を思い描いているご様子です。
そんなに上手くいくのかしら?
私は明日の事を考えると、今夜も不安な夜を過ごすのでした。




