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暴力は知性と理性の前では役立たない


人間には関節という高尚なショックアブソーバーが付いている。もしそれらを完璧に硬化できるなら人間は体重分の鈍器になれる。それが拳の基本であり、一つの極みであると俺は思う。

だがそれは優れた骨格に筋肉を載せた成人の体重であるからこその技であるし、そもそも今の幼児ボディではこのゴリラを吹き飛ばす様な膂力も重さも出せない、なれば…速くなるしか無いだろう。


「全身の加速を強化した肉体で正しい剣筋をなぞりながら正しく放つ…合理的かつ効果的ですね、負荷も分散できて居ますし、幼いその体で怪我の一つもないところを見ると強化の練度も充分…といったところでしょうか?」

「じっさいには、そこにそくどのきょうかがかさんされてるけどな…ま、いっぱつげいのようなものさ。」

「…ちょっとおじさんみたいな喋り方ですね、それが素ですか。」


ひどい!こんな幼児を捕まえておじさんだなんて!?


「ま、そうなんだけどね。」

「…予想外でした。転生者は17歳18歳が多いと聞いて居たのですが…」


…ま、まぁいいんだよ、おじさんだよ。おじさんで悪かったな!おい!


「ふぅむ…ならば…」


ガウェイン卿の纏う空気が変わった。そして光輝を纏う太陽の様な魔力が噴き出す。


「我が陽光にて!焼き尽くすっ!」


伝わって来る熱量は尋常ではない…がそれ以上に彼の持つ木剣に凝縮されていく魔力の方が危険…か、あの剣に当たれば文字通り焼き尽くされてしまいそうだ。俺は短剣を順手に持ち自身に加速を積みながら解析した魔法書の内容から使えそうな物をピックアップ、術式を脳裏に浮かべ…っ、ダメだな、発動しているところを見たことがない奴は術式の省略が出来ない…詠唱している暇もないし、パズルを解いてる時間もない、今回は使えそうにないな…


諦めて俺は魔力を溜めている彼に接近しようとするが、人外の膂力で振り回される高速の剣に容易には近づけない、ならばと歩法で距離感覚をズラすが、そもそもが長大な丸太剣、適当に振られれば終わりである。ならば…駆け出すかな、姿勢を低く加速を掛け直し魔力をさらに回す。


「ふむ…突撃ですか…オススメしませんが…」


ガウェイン卿はハル先生をちらりとみると微動だにしない彼女を見てため息を吐く。


「…やはり彼女を止めるには、ここで君を…」

「殺すしかない…ですか?」


彼の表情が凍る。俺が流暢に喋っているのは強化を更に高めて全身に回したからであるが、その程度のことではないだろう。


「…ええ、今更ですが、彼女は遥か昔現れた世界の歪み、その具現で有る『魔王』を討伐した勇者パーティーの一員でした。」


ハル先生は何かを言おうとしたが、口を半分ほど開けたあたりでやめた。俺が何故こうも好待遇を受けているのか、色々と疑問はあったし、彼女がなにか目的があるのはわかって居た。それがなんなのか、俺が知るときがようやくきたのだ。…それがたとえ彼女自身の口から言えない様なことでも俺は俺で有る。


「『速度強化』」


ふりかぶられた剣が俺に迫る中俺はそれに向かってまっすぐと突っ込む、凄まじい熱量の剣が迫って来るがそれでもなお進む、いや、そろそろ来る筈だ。俺は目を開き魔眼とも言えない様な解析の魔法を発動する。


そして来るべき時がきた。


「…」


剣は振り切られている。凄まじい熱量のの魔力を付与したために木剣は塵へと還った。そしてその砂塵の中に立つのは…


「見事ですね、まさか凌ぐとは…」

「…おかげでまりょくがすっからかんだ。これでもきたえているんだがね。」


更に上位の強化魔法の術式を視認し、改変した後に自分と武器に施してなお左肩に一撃を負った俺とそんな俺に木剣を突きつけられているガウェイン卿であった。

勿論、この戦いでは戦闘法は剣だけでは無いし、正式な試合ではなく格上からの試験で有るという形式上、明確な勝利条件はない、ガウェイン卿はここで俺を殴り飛ばしても何の問題もない訳だが…


「…いえ、天晴れです。認めますよ、ハル先生。」

「ふふ…良かったです。ガウェイン君が甘々で、これが彼だったら『仕留めるまでが勝負だ』と言って子供であろうが叩きのめして居たでしょうから。」

「いや、たたきのめされてるから、はやくなおしてくださいせんせい」


勿論魔力欠乏で倒れた。この世界の人間の体には魔力は必要不可欠な要素なのだ。減れば疲れるし無くなれば最悪死ぬ、魔法使いは魔力そのものと意識を融合させ『ワイト』の様な不死の魔法生物になるような禁術を持つというが、それも昔の話、そもそも肉体によって保護されている魔力と魂を外に出せば肉体より長持ちするだろうがその分磨耗は激しく。並の精神力ではその名の通りの魔物になってしまう。

それに、この世界で魔力を消費するというのはそれだけで『外界からの知識流入』と言うトンデモな反動を負ってしまうのだが…まあ、俺は大丈夫だ。今回のも搾り出しはしたが最低限度俺が死なない様に魔力を背後霊君にストックしてあったので『リバウンド』に耐えられた。

…しかし、その流れ込んだ物が、一体何をもたらすのか、魔法の深淵を知らなかった俺はこのあと思い知るのであった。



「ヒミツ君の怪我は良かったのですか?」


月光が教会のテラスを青白く彩る。そこには聖女と騎士がいた。


「ええ、アレで潰れるならそもそも『彼』には届きませんし…彼のは何やら得体の知れない流れの様なものがきている様な気がします。まるで加護を感じないと言うのに、そこに神の後押しがあるかの様に…」

「…もうやめましょう?先生、『勇者』様は望んで世界と契約し今も戦っています。もし貴方がそれを止めたいのなら…」

「…ええ、私自身が契約して彼のそばにいればいい…そう思うのでしょう?」

「そうです!何も他人を!しかも一度前世で死を経験して不運なことにこの世界まで流れてきてしまった様な彼らを!貴方の勝手な望みで他人を巻き込んでいいはずがありませんっ!」

「…そうね、それが当たり前…」

「じゃあ…」

「でも無理なのですよ、わたしにはもうそんな自由はありません。」


彼女の言葉の後騎士の言葉は続かない、彼が何を感じ、何を見たのかは暗闇を照らす光ではわからない、月光は闇を照らしはするが払えない、ただ深淵に呑まれぬように、闇に堕ちぬように、闇を優しく諭すだけである。


「もうじき時間がきます。私が今の人の身であれる時間は残り少ないのです。ガウェイン…貴方達最初の孤児を送り出す頃からもうこの教会から出ることは叶いません。」

「っ!そんな!」

「良いのです。私は彼の、勇者が『生きている』と言う事実の楔です。私が彼にとって出来る最大限はこれだけなのです。…彼の、彼の力になることはできません。」


彼女は涙も鼓動も無くなりつつある体を無表情に動かす。


「でも、少しくらい欲張ってもいいでしょう?死ぬような目には合わせないですし、そもそも後継者など彼が勝手に見つけるでしょう。…いえ、違いますね、嘘をつきました…私は…私は…」



『私が「ひと」であるうちに私が居た証を、私と言う存在が飽くまでも「ひと」だったと言う証明がしたいだけなのです。』



我儘ですよね、傲慢で、狡猾で…まるで、まるでヒトデナイようですよね…



せめて彼の前では人らしく、彼の前では全力を賭してひとであろうとします。良い人では無いでしょうし、教会にいる以上悪いところは見せられませんが…彼にはたしかに、私はヒトだったと言う事を残しておきたいのです。


そう…自分を覚えて居てほしい…消えゆくある私をただ…その記憶に消えないように留めてもらいたいだけ、あわよくば『勇者』となって欲しいと最初の頃は、貴方達最初の孤児を育てている頃は思って居ましたが、貴方達を育て終わってから気がついて居たんです。紛らわしくてすいませんね。


「…先生、貴女は…」


騎士は自らの浅はかさと彼の育ての親である彼女の葛藤とあまりに身勝手な願いに言葉に詰まる。

いや、だがそれでこそだろう。

人は超然として、全てを合理と論理で語ろうとすれば機械になり、感情のみに生きれば動物になる。人が人である所以はその理性と知性と社会性によってその身を縛り、自らのことを考える姿にあるのだから。


俺は、彼女にとって期待をかけて育てられた人造の英雄では無い、ただ、懸命に生きようと足掻く人を捨ててまで何かを成そうとし、しかしその途中で怖くなった。そんなただの人間を、聖女では無い彼女を覚えておこう。きっといつかこの院を出て次に会う彼女は先生では無いのだから。

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