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強化、鍛錬、そしてバカ


戦闘というのは実生活においてあまりに馴染みのないものだが、逃走と言い換えれば少しは生活感が出るだろうか?


いや、大体の人は逃げるという事を本気ですることもなく生きているだろう。まぁ、俺はいささかそういうものと縁が多すぎる一生であったが、しかしてそういう経験が役に立つことと言うのは来るものだ。…そう嘯く俺自身も産まれ直しだとか転生だとかそういう意味で役に立つとは思わなかったが、というか逃げ足と生存能力はゴキブリ並みと師範に太鼓判を押された俺だが一体どうやって死んだのだろうか?


「はぁ…」

「…一歳の鍛錬にしては地味…というか…子供らしくないですね…」


俺は足を肩幅に開き拳を前に突き出す様な形で腰を落として静止していた。一歳の体には高すぎる負荷に体が悲鳴をあげ、汗が吹き出る。しかしその姿勢を崩す事なく維持する。

腕立て伏せだとか腹筋だとか、様々な負荷と肉体的な鍛錬方法はあるが、肉体を自在に動かすために、さらに言うならば子供のうちから外に筋肉を積むのではなく内側から積み木の様に組み上げていく…ソレもまた必要な事である。ただ、いくらそうは言っても幼い頃からの鍛錬というのは成長に影響がないとは言えない、そういう意味でも外ではなくうちから鍛え上げるのは重要なのだ。


「はぁっ…無理だな、これ以上は無理。」

「十分…昨日よりも長くなっているとはいえそこの成長は緩やかですね、魔力の方は使い方も循環も増加量もおかしいですが…まあ、肉体的には凡人の域を出ない分を補える程度には鍛える必要がありそうですね。」


肉体的には凡人って…むしろ俺の事をなんだと思っていたのかっていうね。


「…こうみえて私ももう何百年と生きている身ですから、所謂英雄だとか勇者だとかそういうものと関わることも多かったのですよ、その中に前世だとかそういうものを持っている人はあまりいませんでしたが、特殊な事は特殊ですから。」

「ぜんせがあるっていうだけでふつうはあたまをうたがうんですけどね。」


そうかも知れませんね、そういいながら彼女はまた遠い目をしている。なんだか最近彼女のああいう目を見ることが多くなってきたが…ま、余計な詮索は無しで行こう。


俺は俺で彼女は彼女、拾われたこの身であるがこの場所のために捧げられるほど俺は高潔な人間ではない、利己的で自己愛にあふれた悲しい大人である。誰かのための自己犠牲がなかったといえば嘘のなるがソレは手の届く範囲の中での話だ。彼女は俺よりも強いし助けられると言えるほど俺はバカじゃない、何か思惑があって俺を鍛えているのはあるがきっとソレも長く持たない、俺は彼女の求めるような『勇者』でも『英雄』でも無いのだから。



さて、魔法書の著者であるマーリンやベオウルフくんもとい伝承上の人物がいるという時から何となく察してはいたがどうやらそういう語られた英雄さまがたは結構存在しているようでハル先生の内面観察をした昨日の今日でこの教会を訪れたのは凄まじいほどの覇気を纏う2メートル近い偉丈夫だった。


「おっと、君はここの子供かな?」

「はい。」


彼がいたのは門の前、俺がいたのは門近くのちょっとした庭のような場所、今日も今日とて石像の如く動かず体幹を鍛えていると声を掛けられたのだ。覇気はあるが優しげな声とイケメソフェイス…コイツ…モテるな?そんなくだらない事を思いながらここの住人である事を肯定するとスッと紹介状のような蝋で封をされた古風な封筒を渡された。


「私はここで待っているから中のシスターかできれば聖女ハル殿に渡してもらえるかい?」

「わかりました。」


別に人柄を見る目があるというわけでは無いが、善良で騎士道精神溢れる騎士、絵に描いたようなというのは彼に当て嵌まる為にあるのだろう。大凡悪人には見えない彼、ソレに我が物顔で協会内に入ろうとしない思慮深さもあり俺はその頼みを快諾した。

勿論、彼からすればただ近くにいた少年に声をかけただけなのだろうが、精神的には後数年で50の俺には礼儀正しい青年のソレはかなり好感が持てた。

…そういえば騎士という事は貴族階級か?平民からのたたき上げだろうか?それとも…あの腰に下げていた明らかにやばそうな神々しすぎる剣に関する何かだろうか?いや、というか…アレはなんだ?



「なるほど、円卓の騎士であるガウェイン卿ですね、封筒をください確認します。」

「いっしゅんでだんていしましたね、みてもいないのに…」

「封筒の蝋に押された印は騎士王アーサー・ペンドラゴンのものである竜と剣、そして盾の紋章、そして外からは微かな熱気と…魔力にこびりついた太陽神の加護で一瞬ですね…それにしても、またですか…」


俺は彼女の言う言葉を理解はすれど果たしてどう言うものなのかというのは分からなかった。加護だとか、魔力の属性によって誤差の範囲で変化する気温とか…一体彼女の目には何が見えているのだろうか…


「成る程、わかりました。ヒミツ、一緒に来てください。」

「へ?」


残念ながら返事はできなかった。首根っこを掴まれ子猫のように持ち上げられた俺は高級そうな羊皮紙に記された達筆な解析不能の文書の内容を読む事ができず、珍しく機嫌が良さそうな彼女の弾む歩みに頭を揺らされた。


「い、いったいなにがかいてあったんですか!?」

「貴方とベオウルフにピッタリの『騎士見習い』の見習いの様なお誘いです。最近物騒で諍いも絶えませんしこの教会はなんだかんだ武闘派ですからね、文書ではベオウルフだけの呼び出しでしたが…まあ、一人二人は誤差の範囲でしょう。」


そう言いながら彼女は道場に入りベオウルフを呼ぶ。今更だが孤児院、しかも普通に西洋風の教会に道場が併設されていて更にはそこで剣や弓など武芸百般と呼ばれる全てを修行する僧兵ならぬ神官兵が育成されているなどどんな冗談だろうか?

…まぁ、話を聞く限り孤児院との直接のつながりはないらしいがね?怪しいものだ。そもそも私兵を持つ事を許されていると言うあたりからして専制君主であろう世界構造から逸脱している気がしてならないぞ?


益体も無い事を考えていると、いつのまにかベオウルフもハル先生の妙ちきりんな魔法めいたサムシングと体術によって引き寄せられ捕獲されていた。

これまた彼も俺に目線で何事かと訴えてくるが俺もよくわかっていないのだ。残念ながらな。



「こんにちは、円卓の騎士様…いえ、ガウェイン様と呼んだ方がいいかしら?」

「これはこれは聖女様、突然押しかけて申し訳ございません。」


門に着くと一瞬でハル先生は院長から最大司祭、所謂聖女モードになる。表情がついたりするのもあるがなんだか言動が非常にトゲトゲするのがこのモードである。


「ふふっ、突然だと分かっていらっしゃるならもう少し早くから連絡していただければいいのに…」

「…ええ、そうですね、我が王も賢者もそのように仰られていましたが恥ずかしいことに我が王国は未だ魔女モルガンとそれが操る魔の軍勢との戦いの傷が癒えておらず、非常に不安定です。些か礼節に欠けますがどうぞご容赦下さい。」


しばらくは社交辞令的な挨拶と謙遜の応酬が続き、俺たちは芝生の上で直立していたが、数分の後ようやく俺たちの話になった。


「さぁ、形式上のやりとりはここら辺でいいでしょう。あの様な書簡をもって来たのです。ただ挨拶をしに来たわけでは無いでしょう。」

「ええ、勿論です。…が、また随分幼い二人ですね、確か双月の教会は孤児院の運営もしていると聞いてはいますが…資金的になんでもあるのでしたら国の収支を確認しましょうか?」


見た目はゴリゴリの脳筋だがそれでも騎士、国に仕える貴族階級のうちに入る領地持ちだ。頭まで筋肉で出来てたら経営などできない。


「いえ、私は彼らに期待しているのですよガウェイン卿、勿論士官試験を受けるのは彼らでは無いですが、ここはひとつ『見習い』として騎士の教練に混ぜてはもらえませんか?」

「…ふむ…」


ハル先生の申し出に眉を寄せ困った様な顔をするガウェイン卿、いや、まあ俺もそうなるだろう。なにせ目の前にいるのは小学校低学年くらいの子供と一歳児である。


「大丈夫です。ベオウルフは『生まれ変わり』ですし、ヒミツも…普通では無いですから。」

「なるほど…ですが、やはり幼すぎます。せめて後数年」


ガウェイン卿がそう言おうとした次の瞬間、金属を打つ様な激しい打撃音と共にガウェイン卿が吹き飛んだ。


「ああ?で?なんだって?」


そういえばベオウルフという英雄には非常に面白い二面性がある。国の王としては善政を敷き高い知性を見せる彼だが、事戦い、それも相対するものが強者であれば強者であるほどその気性は激しく燃え上がる。詰まる所戦士としての貌だ。

明らかに鋼鉄以上の強度を持つであろう魔法金属をぶっ叩いたにも関わらず血の一滴も流さない強靭な拳を握り直し獰猛に笑う彼は今どれほどの理性が残っているのだろうか…いや、残っているなら普通は殴らないな、うん。


「成る程…見所はありそうですね。」


てっきり鎧で受けたものだと思ったのだが、石畳のめくれた時に巻き上がった土煙が晴れるとそこにいたのは凄まじい力を感じさせる長剣をしまう鞘を構えてすでに態勢を整えていたガウェイン卿だった。


「ふむ…少し試合をしましょうか、それで決めます。まあ、私を叩いて後ろに下げたその腕力だけでもかなり脅威ではありますが…それだけでは決められません。」

「うふふ…じゃあ、道場をお貸ししますわ、どうぞ揉んであげて下さい。」


…悲しい…平穏が遠のく…悲しい…

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