化物
正しい認識とは、そもそも正しさとはなんだろうか?
騎士として生きて行くことになってから、正確には騎士学校に入る事になってから、俺は考えるのをやめていた。
貴族の三男、それも妾の子、俺の状況も母の状況も苦しかった。
親父…あの豚は俺に興味などなく。金を寄越すこともあったがそれも少なかった。俺が騎士として見初められ見習いになるまでは…だが。
騎士見習い、そうなるには騎士とに見初められそれを承諾することでなれる。だが、そこにたどり着くまで、俺は自ら言うのもなんだが、それこそ血を吐く様な努力をし、母の助けになれる様しかしそれでも『騎士らしく』正しく生きていこうと日々働き、日々剣を振り、教養を学んだ。
勿論、俺は喜んだ。
だが、そこから先が、俺の地獄の始まりだった。
貴族の豚は、豚どもは王がその力を失ったことを喜んだ。円卓による強制捜査や不正の是正などが減ったからだ。その分、彼らを守る騎士王の力が目に見えて減っているはずだと言うのに、その事に気がつくことすらせず。金とコネ、そして騎士王と円卓の留守中に騎士団を二分し在ろう事か宮廷魔導師団も増やした。
その真意は…子を国の中枢へ、この国で王と円卓に次いで最も権力を持つといっても過言ではない『騎士』にする為だ。
騎士は町の防犯や領主の取り締まりなどを行う実働隊にして常備軍、存在するのみで発生する費用を国民の税から補う国の防衛機構…だが、その一見美しく整備された管に汚泥が詰まり腐敗するまではさほどかからなかった。
『騎士らしさ』は正義でも、正しさでもない、貴族の都合とその驕りで形作られた。
そして俺は、その中を生きなければならなかった。
だから俺は目の前の子供…いや化物に打ちのめされ、倒れて行く豚どもを見て、吹き飛ばされる自分を見て、漸く天罰が、神が我らを見放してくれたのだと思った。
もう母は死んだ。
俺に守るべきものはもう無い、国を守るためにではなく貴族たちの不正のために磨かれてきたのは武力ではなく怠慢と怠惰、動かないこと、働かないことこそが重要だった。滑稽だろう?
だからあのいけ好かない豚の息子が、俺から見れば兄と呼べるはずの血縁者が醜悪な怪物に変化し、化物のような子供に襲いかかった時は俺も漸く死ねるのだと、この国の汚泥の内の一つとして少しでも風通しを良くできるのだと思った。
なにせ、現に俺の体には風穴が空いている。
「げっふ…はぁ…はぁぁ…はぁ…」
肩と腹、鎧の上から貫かれぽっかりと開けられた穴が俺から立つ力を、もはや本能で持って逃げ出そうとしていた力をへし折るまでそうかからなかった。
俺は観念して血を垂れ流しながら一度も訓練することなく学生時代を過ごした訓練場と違い、近衛としてこの国の円卓と王に使える騎士として研鑽してきた者たちのみが使える神聖な場所で死ねるのに満足していた。
「ひゅ…ひゅー…ひゅー…」
「っふ!っは!」
「あああはgsjdhbふあsbふさああはははあああ!!」
…いや、満足できないことが一つだけあった。
彼だ。
子供だ。
俺たちを薙ぎ払った化物にして、今も怪物と向き合い続けている化物、将来はきっとこの国の近衛として華々しく生きれるであろう彼をこんな事に巻き込んでしまったのだけが残念でならなかった。
きっと今もどこかの境界でこの国のため、この国の王のため、円卓と共に戦う近衛騎士達、その留守を狙い、この国家を揺るがす王の息子を名乗るものの反逆に乗じて王城を制圧しようとするなど、そんな馬鹿な勝てない内乱にあんな年端も行かぬ子供を巻き込んでしまったのが心残りだった。
嵐のような怪物の動きを読み切り、しかしそれに一杯で攻めきれない彼は、彼からは微塵の才能も感じない…何故だろうか、俺ですら南の故郷では天才と呼ばれていたのに、それよりも明らかに上をいく彼の太刀筋から、動きから、魔力の運びから、どれも完璧であるはずなのに、其れが美しくあるはずなのに、どこか泥臭く感じてしまう。
…いや、これは努力を忘れた俺への報いなのだろう。
きっと『騎士』になることすらできず。この国が腐っていくのをただただ見ていただけの愚者への罰なのだろう。
…だが、だが、彼がここで死ぬことがあってはいけない、彼は才能はないかもしれないが、俺にはわかる。きっと彼がこの腐敗した国を、弱り切った王を、癒してくれるのだと、いや、俺のエゴであり、俺の願いであるはずのそれを…俺が騎士として円卓に見初められた時に言われた。
あの正しさと言う太陽のような騎士の優しげな言葉を、かけられるべき存在である。と…
「っか…っひゅー『と…も、しび、よ…知らせ、をとどけ、よ!』」
体をかろうじて永らえさせていた魔力、そのいっぺんまでも絞りきって、漸くできたのは助けを求める印を空へと打ち出す魔法、今まで使うことなく。使えるようなこともなかったこの魔法を、まさか自分が、自分のような者が、誰か見知らぬ者のために、この国のために使えるなど…思いもしなかった。
渾身の勢いで振り上げた腕は魔力の塊と術式を打ち出し、次の瞬間に怪物の腕で刈り取られる。だが、だがこれで俺の勝ちだ。
きっとあの少年は助かる。
なにせ、この魔法は王城の結界の内側、騎士の詰所、そして円卓にまで連絡が行く最終にして最悪を知らせる警句であり警報、多くの騎士がこれを使うことなく一生を終えるが…どうやら俺は有意義に使えたようだ。
「…っかっは!…っふ…」
俺の目は確かに最後に捉えた。
騎士にして魔法使いである『氷のガレス』そして『鉄壁のアグラヴェイン』その二人が来るところを、しっかりと。
「…ッチ、王を狙う族がこの王都に入り込んでいるのは知っていたが、ここ迄とはな…」
「アグラヴェインッチは最近帰ってきたものねー…僕も今の王都には正直…胸くそが悪いからね」
二人はちと臓物で彩られた道を進む。だがその先から何者かの戦う音が聞こえその足を早める。その先にいたのは…
「ヒミツ君!なんでこんなっ!…っつ!中級…いやちょっとした上級の魔物レベルの邪悪だよあれは!なんでここに!」
「城の結界も街の結界も安全を保障できると…そう思えていた時期はそう長く続かなかったようだな」




