一歳のバースデー
一歳になった。
魔法の補助なしで早くから立てるのもあってかシスター達はまだ一歳だったのかと他の子よりも早熟な俺を見ながらロウソクの刺さったケーキを置いてくれる。
一人で歩ける様になったのは魔法での補助が安定してきた七ヶ月辺りから、声帯がマトモに言語を発せられる様になったのはつい最近だが、それまで絵本やらなんやらを乱読していた為日常会話や簡単な礼儀作法なんかは完璧である。…ついこの間早めの誕生日プレゼントとして渡された魔法言語でのみ記された魔法書は全然読めなくて困ってるけどな!
「まあ、あれは普通なら大人が一生懸命よんで一年はかかりますから…それに高いですし。」
「…ありがとうございましゅ。」
ハル先生(そう呼べと言われた)は俺の舌足らずな感謝にちょっと目を見開き聖母のごとく微笑んだ。最近わかったが彼女の表情変化は無表情かこの微笑みくらいしか無い、まるで激しい感情をどこかに忘れてきた様な、植物の様な静けさである。
ちなみにケーキや本自体はそこまでの値段しない、どうやらこの世界は中世めいた皮を被った近代物流のある魔法世界らしい、有り体に言えば街道はそれなりに整備され、使い魔と呼ばれる使役された魔物や動物を使い高速での物資輸送や産地、加工場からの郵送を確立している。
どうにもおかしなところで近代的だと思っていると、どうやら前に来た転生者や転移者の仕業らしい、お陰で砂糖や塩でボロ儲け作戦やらなんやらのいわゆる『知識チート』というのは楽しめそうに無いが、楽なのは良い事だ。
製本技術も進んでおり、書き手も結構いるので本も高価なものではない、が、魔法書は高い、理由としては…まあ、魔法言語は統一だが以前俺が見たとおり一人一人魔法の術式が違う様なのだ。それ故に様々な体系があり、その知識や裏技、いわゆる特許の様なものが書き記された魔法書は非常に高値なのだ。
俺は表紙に少し煤のついた革の装丁をこすると著者欄にマーリンと記してある。彼は俺たちが住む騎士王国の宮廷魔導師を務めた人物でその伝説的な存在である。その名も『賢者マーリン』現代ではその称号を受け継いだ人物が宮廷魔導士になるという。
「けんじゃマーリン…いったいどんなひとかなぁ…」
「…まぁ、魔法が上手なのは確かでしょうね。」
なぜか筆者の話をしようとするとハル先生が非常に嫌そうにする上に一瞬で話を切ってくるので聞くに聞けない、別に人物よりも技術が学べれば俺は良いのだが…一体なんなんだろうか、俺のしるアーサー王伝説の如くちょっと変わった人なのだろうか?…いや、というかこの本はもう何百年も前の人間、初代と呼ばれる伝説の賢者の記した魔法についての手記を幾人もの魔法使い達が編纂した新バージョンのものだ。何故そんな言いよどんでいるんだ?
「まぁ、どうでもいいか…」
今は誕生日ケーキと魔法言語に集中しないとな…それに質問するなら魔法のことの方がいい様な気がする。前世と言って良いのか、あの頃から凡骨な俺に唯一ある直感、自分の死を、死期を幻視する気持ちの悪いような、蒼褪めそして命と言う命が抜け落ちていく感覚、そんな感覚が迫って来ている。
「天に御坐す我等が双月の女神よ、我等の子の行く先に祝福を…」
そんなハル先生やシスター達の祈りとは裏腹に俺を蝕む感覚は遠退く事を知らなかった。いや、なればこそ人は自らの持ちうる可能性を考え、鍛え、それより生まれる死への恐怖から更に極みへと、さらなる窮みへと向かわせるのだろう。
「…まあ、今はからだをきたえるとかそういうときじゃあないな。」
俺はボソリとそういうとケーキを食べる。とりあえず読んでみた感じ二ヶ月ほどで何とかなるだろう。いや、なんとかしたほうがいい、なにせこういう予感がした時は大概酷い目にあうからな…経験則というよりも何か非常によろしく無い流れの中にいる様な、怪物の腹の中にいるような…真綿でゆっくりと絞め殺される様な、じわじわと日常を蝕んでくる様な…
「どうしたました?ヒミツ、そんなに顔を歪めて。」
「…ちょっとイヤなよかんがして。」
「…そうですか。」
ハル先生は何かを考え込んでいる様だが、こういう時は備えるだけ備えて待つしか無いのだ。
少し呑気かもしれないが、張り詰めていても判断が遅れたり思考がこり固まるだけで良い事などない、体を常に戦闘状態にしながらのんびりと待つ。この矛盾した状態こそ、俺が出張先で生き残って来た秘訣である。
俺は口の端についた生クリームをシスターに拭かれながらこれから先なんていう未来のことを考えていた。
その先に待つのがたとえ地獄だとしても、俺は必ず生き残る。
「あ゛〜!見失ったもぉ〜ん!」
所変わって青い月の浮かぶ荒野では少女の叫びがこだまする。
『仕方ないでしょう。そもそも貴女が端末との感覚共有にかまけて彼の記録に印をつけられなかったのが原因でしょう!』
「ぐむむ…けど良いもん!とりあえず移し替えはできたんだから!それに…彼ならきっと大丈夫、どうせ面倒臭い事に巻き込まれるし、最終的にここまで到達するでしょ。」
どうにも情緒が不安定で叫び、暴れ、癇癪を起こすが、その直後には平静を通り越し何処か気楽さを感じられる様な口調で地面に座った。
『…ねぇ、どうにかならないの、それ。』
「無理だね、できるけど無理だ。」
そう言った幼女は頬杖をついて青い月を見上げる。
「ねぇ、ヒミツ、きっと貴方は私の所に来てくれるよネ?」




