月面に月面が月面で
…は?
「は?」
どこだここは、流石にあのピンクヘッドなガレス師匠でも転移魔法は使えないだろう。というか星から星へ人を飛ばす転移魔法なんてものがあるのならば、それこそ、それこそ神の術を目指した魔法の完成、完全なる神術の模倣に他ならないだろう…だが…
「そんなもんが出来てるなら世界はもっとマシだろうな。」
「うん!そうだとも、そうであるべきだし、そうだと思うし、少なくとも神に最も近づけたというだけで世界の魔法使いの基準はもっと上がってるね」
瞬間的に俺は声が聞こえた方向に踏み込み掌底を放つ。手のひらが肉を捉え重い打撃音のような、鈍い音が響き俺はそこから魔力を練ろうとし…違和感に気がつく。
「あれ…」
「うごぁ!?」
手足が長い、というか目線が高い、それでいて違和感がない…これは…今から見ると成長だが、前世からの特徴を備えたこの体は…若返っている?
「ぐっぶ、ぐっへ、だ、だにをするだぁ!この超絶美少女女神様にぃ!」
「…すみません?」
非常に罪悪感が薄い、というか、この声、この感じ…なんだか非常に馴染みがあるんだが…う゛、頭が…
「…うひぃ、でもいいや、僕が見初めた君が殴った痛みだ…ふヒヒ…甘んじて受けようじゃないか、にゅふっ♡」
これは…いや、こいつは…
透き通るような肌、人間離れした美貌、幼女だがそれを上塗りして余りあるほどに溢れ出る色気、俺はこいつのことをよく知らないが、よく似たやつをよく知っている。
俺の上司の上司、上役もいいところ、その時は敏腕美人秘書だかなんだかで通っていたが、大学の時のアレは、やつはひどかった。
「シキザキ!?」
「あはぁ?誰だいソレは…いや、ううん?聞き覚えがあるような…無いような…」
目の前の幼女は首をかしげる。だが、反応的に関係者では無いようだ。…いや、本当にそうか?幾ら何でも似すぎである。血縁関係の一つでも…いや、だめだこれ以上考えられない、あのクソ変態女に着いて思考をするだけ無駄だ。どうせいつも通り数字と論理と試行を以って未来を確定させて高笑いしているんだからな…できればその能力を俺に対して発揮しないで欲しいものだ。
「…ま、いっか、そんなことよりヒミツムカイザカ君、いや、僕らの可愛い可愛い愛し子くん…」
幼女は謳う。その様子はまるで神話のようだが、今さっきまで殴られた後をさすって頬を緩めていた変態的なものを隠しきれていない、瞳に映った狂気はそのままに、その狂気に歪んだ瞳に俺を写す。
その魔眼めいた視線に、いや、今ようやくになってこの空間自体が俺を締め上げるように拘束し始めた。
「あはは、いいね、その表情、壊れたものを見るよりずっといいよ?」
「なにを…言ってる?」
幼女で童女で少女な彼女はくるりくるりとターンを決めて、ミュージカルのように、歌って踊って楽しげに、笑顔のままに俺の顎を持つ。
「…私は双月の女神、真名を言うことはまだ出来ないけど、それでも君を愛するよ、なにせ私達が君をこっちに引っ張ってきたんだからね?」
「はっ?」
呆然とする。いや、思考がまとまらなすぎる。どうやら本格的に意識が希薄になってきているようだ。
「「さぁ、契約の口付けを…といっても…しなければここで死ぬだけだけどね♡」」
体が動かない、いや、動く体が消失している。凄まじい勢いで、まるで崩れる砂の城のように、彼女は歪んだ笑みを浮かべて蠱惑的に、しかしどこかどうでも良さそうに口づけを求める。
俺は、生存本能の鳴らす警鐘が拒否にも受理でもどちらに傾いても最高に鳴っていると言う最高に矛盾した状態に、漸く自らの意思で持って、生きるか死ぬかの選択をできる自由を手に入れた。
今まではただ。ただただ生きるための最適解を選ばされていたが、今この瞬間、この時俺にはこのまま消え去るか、目の前の幼女の誘いを受けるかで選択肢が生まれた。
彼女は死ぬといっているが、おそらくそれは此処で死ぬ、つまり、
「ここにこられなくなるだけ…だろう?」
「…あら?気付いたか、困ったなぁー此処は獣のように貪ってくれない…っむ!?」
だが、彼女が神だと言うのならば、なんの説明も無い、不平等で、不完全で、不安定な契約であったとしても、それが神との契約だと言うのならば…
俺は元に戻った体で彼女の唇から顔を離す。彼女はまるで小学生が初めてのキスをした時のような、初心な
子供のような、茹で蛸めいた赤みを帯びて目を見開いている。
「…いや、知っていたけどさ、君が契約を選ぶなんてシナリオを思い出すまでもなく知っていたけど…ちょっとワイルドすぎて胸キュンがマジヤバエクストリームきわまっちぇるんだけど?」
早口すぎて何をいっているかわからない、いや、聞き取れはするんだが、意味として伝わってこない、と言うのが正解か、まあ、何にせよテンパっている。
この女神はどうやらあのピンク頭がいうよりはマシな類らしい…少なくとも、今は。
気がつけば、俺はよく知っている。最近、というかこの半年ほどを過ごした館の、寝室の天井を見ていた。
まるで欲求不満の中学生のような、性癖丸出しな明晰夢でも見たかのような気分だが、ふと窓の外を見ればそこにある月と、二つある月とうっすらと自分が繋がっているという確信があった。




