魔法と剣と急転直下
結局のところ、地道な積み重ねというほかに修行の道はなく。魔力操作と感謝の属性魔法一万回×基礎属性五つ分が当面のメニューとなった。
しかし、それが辛いのも魔力量やら意識して発動しないといけなかったりする最初の方だけで二ヶ月もすればそれに合わせて肉体的な鍛錬をするほどの余裕が出て来る。
成長速度として、そもそも幼児である俺の修行としては異常極まりないのかも知れないが、魔法というのは便利なもので、半分寝ながら半分起きるなんていうイルカめいた真似も簡単にできる。それを応用して昼夜問わず魔力操作と属性魔法を杖を使わずに乱発し続ける事で、常人の二倍以上の効率でそれらの作業を繰り返し続ける事でよって、俺の魔力運用法と魔法発動時に使える魔力の上限量は増えていく。
更に慣れてくると魔法の同時発動数を増やせるようになり、その分時間は短縮され、さらに多くの魔法を打てるようになり、魔力操作も難しくなる。
要は繰り返しなのだ。爆発的に強くなるなんて言う便利アイテムはない代わりに反復と確かな積み重ねというのは、確実に、着実に、俺の中に積み重なり、経験として、何より反射めいた条件付けの様に刻まれていく。
「魔法剣士、ね…それは僕の様な魔法使いに対する挑戦と考えてもいいの?」
「ああ、まあ、魔法使いにも魔術使いにもなる気は無いし…それに、やっぱり俺に魔法使いとしての才能はこれっぽっちも無いらしいからね」
彼女は箒の上に仁王立ちして俺を見下ろす。俺は魔法、体術、それに並行して訓練している剣術用の鈍を片手に彼女を見上げた。
「足りない部分を他で補うのはとっても魔法使いらしくていいけど…その道が険しいって言うのは、判ってるよね?」
「それはそうだろうね、剣を持っていればその分杖との接触面は減って魔力の効率は悪くなるし、そもそも金属製品と杖の相性がよろしく無い、ミスリルでも多少伝導率が落ちるのに普通の剣なんて使ってればなおさらね…」
俺は杖を陰にしまいこんで10個の魔法を同時に使いながら剣舞を続ける。
「…正直言って、僕としては微妙なところさ、君が魔法使いとして努力する才能はある。それ以外がさっぱりだったとしても転生者であると言うその一点で持ってこの世界の誰よりも自由に魔法が使える。それだけでも十分だと思うんだけど…それじゃあダメなんだね」
「ええ、ガウェイン卿の様なとんでも騎士や貴女みたいな魔法使いが決して多く無いのはわかっていても、それよりも圧倒的に劣った武力しか持たない物が世の大半を占めていたとしても、僕には…いや、俺には足りない…」
剣舞をひとしきり終わらせ、身体強化と肉体強化の訓練の末に漸く片手で持てる様になったアンサラー・デゥランダルを出す。
「大魔女モルガンはどうあがいても俺たちの前に来るだろうし、この剣の持ち主は少なからず俺がペリノア卿と戦うことを期待している。そうでしょ?」
「それは…そうだね、かの魔女はきっと君たちの向かう先に現れるだろうし、その剣を託したアリシアちゃんは君が自分の代わりに、一瞬でも彼と剣を合わせることを望んでいないなんて言えない、いや、剣を託した時点でそんな期待が見え隠れしている。」
彼女は俺の中身がおっさん、と言うか少なくとも見た目通り出ないと言うのは承知しているが、それでも俺が『俺』と言う一人称で持って喋るのに少なく無い違和感を感じ、それと同時に俺が言っていることが間違っていない事に眉の角度を下げる。
「…俺は、自分の手の届く範囲で、自分の正義を貫きたいんですよ。」
生き抜きたい、死にたく無い、そして…死なせたく無い、誰かのために傷つこうなんて自己犠牲的な精神に溢れているわけじゃ無いが、ちっぽけながら俺の中にくすぶる道徳的な精神というのが、悲しすぎるくらい小さな割合で自分の前に死が存在する事を拒否している。
それは、前世で自分がいく先々で見てきた残酷で、凄惨な物を否定するようで、しかし、いつも自分が感じていた無力感の根源だった。
「わがままだね、君は、そうまでして何かを追い求めればきっと神さまに目をつけられるだろう。」
「そうだと良いですけどね」
この世界で凡人が超人に追いすがるほぼ唯一の方法は『加護』だ。神と呼ばれる。もしくはそれに類する様な上位存在の祝福、それが生み出し人類へと気まぐれに渡す聖剣魔剣、神器、神造兵器…それらでのみ、いや、それらを持つ才能を持つものこそが超人なのだが、それに追いすがる為の方法も、また、これしか無いのだ。
「きっと君の様な愚かで、でもとってもステキな願いを持つ人には、醜悪で、最悪で、血と魂がお好みな女神様がつくだろうね…ああ、これは予言だよ、別に呪いじゃ無いけどね」
「いや、ほぼ呪いなんですがそれは…」
彼女は笑う。
「仕方ないさ…はぁ、けど、ちょっとだけ残念だよ、時間をかければ僕みたいになれる素質があったのに…」
「そうはなりませんよ、ガレスさん…いえ、ガレスさんの形をした人形、さんですかね?」
「…うむむ、まあそうだけど、悲しいね、そんなに僕の偽装は下手だったかな?」
彼女は笑う。
「いいえ、少なくとも俺は気がつきませんでしたよ」
「あちゃー、君の目に引っ掛かっちゃったか…ちなみにいつ?」
「つい昨日です。人間なら全身に満遍なくあるはずの魔力が心臓部に集中しているのもそうでしたが、何よりも生物ならどれでも持っているはずの魔力の生成の様子がなく。周囲の魔力を巻き込むだけだったなんて…偽装が完璧すぎてそんな簡単な観察結果も見落としてましたよ」
「…なるほど、それは今度から修正しないとね…はぁ、ホーエンハイムに頼った方がいいのかなぁ…」
最後の方は小さな呟きすぎて聞き取れなかったが、やはり彼女は笑っていた。
「じゃあ、術式を解除しよう。もう必要ないだろうし…きっと君にとっては邪魔なものだ。」
「ほえ?」
そう言って彼女は積層術式の一部を解除し…次の瞬間俺は月面に立っていた。




