笑えよ。シリアスだぜ?
「…ここは…」
ラモラックの意識はボンヤリとしていた。
「おや、遅いお目覚めですねラモラック卿。」
「…ッテメェ!」
そして不運なのか、それとも隣に寝台があり、もっとも確率が高いからなのか、ラモラックの視界に映った最初の人間は、ペリノアに生かされ、自分を生かしたいけ好かない子供、ヒミツだった。
掴みかかろうとするが、寝起きの体は十全に動かず。がくんと体勢が崩れる。其れを支えベッドにおしもどしたのも、やはりヒミツだった。
「林檎とか食べます?」
特に何も気にしていない様な彼を見て非常にイラつくラモラックだったが、死んだ者は蘇らないし、帰ってこない、今更生娘を気取って喚いた所で自分は騎士であると決めた円卓の一員なのだ。と心を固め、切り分けられウサギ型に成形された林檎を受け取り、少し躊躇ってから齧る。
「ッチ…ガウェイン卿は何処に…つーか俺はどんだけ寝てたんだ?」
ヒミツは薄っすらと笑って答える。
「ラモラック卿、貴方は半年寝てましたよ。」
場に沈黙が訪れる。ラモラック卿は眼を見開いて固まっている。まあ、そうだろう。だが事実だ。ガウェイン卿の魔力暴走もつい先日完治したが、アレは魔力が強大であればあるほど起こし易く治し難い物らしい。
「…ッハ?冗談を言ってる場合じゃ…」
「残念ながら本当ですよラモラック卿、貴女はペリノア卿が死んでから半年間毎日欠かさず魔力の浄化治療を受けて、居たんですから…多少の魔力感知ができるなら、貴女の中に含まれた他人の魔力が判るでしょう?」
序でに言うと俺も多少大きくなっているし、手は再生を繰り返した為に以前よりも硬質化しており、更に剣や短剣、弓の修練によるタコも出来ている。
後ろの引き扉が引かれ、カラカラと乾いた音を立てて開く。そこに居たのはゴリラゴリラ…の様な筋肉モリモリマッチョマンの変態…もとい、ガウェイン卿だ。
「漸く起きましたか…一時はヒミツ君のチョップが強すぎたのかと心配しましたよ。」
「…はっ。誰がこんなちんちくりんの手刀程度で死ぬかよ…それより私が半年も寝て居たってのは…」
「ええ、多分もうヒミツ君が言ってくれて居たと思いますが、事実です。お陰で私だけ少し早めに王都で指令を受けて参りました…」
そう言って彼は書簡を出してみせる。王家の紋章と…何やら見慣れない紋章が刻まれている。
「新王家、モードレッド王と我らが騎士王の連名です。反乱は収まりましたが、どうにもこの状況にはなれませんね。」
「ッチ、慣れてやるもんかよ。王の子は伝承通り王に反旗を翻したが国は滅ぼさなかった。だがそれでどうして王家が二つ立つなんていう妙な状況になるんだよ…」
「…(アレレー、なんだか俺がここに居てもいいのか心配になって来たぞー?)」
俺は林檎を置いて隠蔽の魔法やら何やらを発動させつつまるでいつも通りにガウェイン卿の横を抜けようとしたが、捕まえられる。
「…逃がしませんよ?」
「なんでですか?」
もう、ラモラック卿に絡まれるだけで心がマッハだと言うのに…というか子供いなかったけど、精神年齢とか前世とかで自分の子供でもおかしく無い様な年齢の少女に睨まれるのはマジ心が痛いんですが?
「君は価値を示した。その年齢ながら傷付いていたとはいえ円卓であるラモラック卿を気絶させ、的確な判断でもって生存した。剣術や体術に才能という物はさっぱり感じられませんし、魔剣に愛されるわけでも神に愛されているわけでも、ましてや世界の寵児でも無いというのに一つの時代で伝説を築いた王の肉体を持つベオウルフ君を上回り続けているのです。…まあ、それにこれは王都では常識ですし、キャメロットやリンドンの様な辺境でなければほとんどのところで知られていることです。聞いて置いて損はないと思いますよ?」
長台詞ありがとうゴリラゴリラ卿、だが、俺は権力とかいうすごく命の危険に晒されそうな所にはお近づきになりたくないんだ…
そんな風に思いつつ強引に進もうとするが、常に魔力循環や身体能力強化、肉体強化しているというのにこのゴリラの腕から逃れられない。
「はぁ…残念ですが、身体能力に関しては恐らく貴方が私に届くことはありません、神の加護はその加護を受けた人間の身体能力を常時三倍から五倍程度に強化します。魔力循環による強化が幾ら上手くとも良くて二倍、本当に極めれば三倍には届くかも知れませんが…少なくとも今は無理です。」
「いや、本当に酷いな!」
神の加護とはかくも酷い物なのか…
「おい、コントしてねえで早く中身を教えろ。」
俺が打ちひしがれつつ片手で持ち上げられていると簡素な病人服に身を包んだラモラック卿が立っていた。…流石に異世界人でも半年間寝たきりは大きかったのか、鍛え上げられていた肉体は一目見ただけでも衰えており、ラモラック卿もそれが忌々しいのか顔が歪んでいる。
「判りました。まぁ、内容としては…今回の捜索でも王の剣は見つからなかった。という事、そして…王都付近においてペリノア卿と思しき鎧と魔剣を持った不死が出没しているそうです。」
最悪である。
最高に最悪すぎて空気が一変するとかそれよりも前にポカンとした。と言うのか、空白が生まれる。
「は…」
因みにこの知らせを聞いた時、ガウェイン卿は王都付近で一瞬魔力を乱し治療期間を延ばしてしまった。
俺は…まあ、うん、人の生き死にに関して異常なまでに耐性があるこの精神は揺らがなかったが、その分、魔法や体術だけでなく剣技や弓術などの修練を始めた。と言えば満足だろうか?…まあ、力の至らなさに心を砕かれる様な事はなかったが、後悔するよりも早く、次あんなことががないように自分の身を鍛え上げるという方向に走ったのだ。
ベオウルフ君は肉体こそ英雄の物で、それは猛々しく怒っていたが、心は、ベオウルフ君本人は…泣いていた。自らの至らなさを感じているのか、それともそもそもほぼ無関係だった自分に嫌気が指していたのか、その日から一層激しく俺との模擬戦をするようになったのは確かだが、他人の内面を推し量るなど俺には出来ない。
故に…
「…コロス。」
「ラモラック卿!」
「…」
故に、彼女が俺を恨むのも俺は受け入れよう。
逆恨みでも、なんでも、そもそも彼女らになんのつながりがあるのかすら知らないが、彼女の怒りは最もである。だが…
獣のような俊敏さと柔軟でしなやかな移動はガウェイン卿の反応の一歩先を行き俺に迫る。復讐なのか、怒りなのか、何かが燃え上がる彼女の理性はそれでも完璧に魔力を運用し、高等技術である魔力の放出でもって俺の顔に向けて打撃を放つ。
だけどね、ラモラック卿、僕は君の怒りを受け入れるが…
「殴られてやると、言うつもりはないんだ。」
俺は一瞬緩んだガウェイン卿の手から独楽のように回転して落下し、後ろに跳ね飛ぶ。ラモラック卿は魔力放出によってワンテンポ遅れて粉砕された背後のガラス窓も気にせずに、第二撃目を構え、打ち込もうと踏み込んだ。ガウェイン卿は魔力使用を控えられており、そもそも板金鎧を着込んでいるために幾ら身体能力が三倍やら五倍でも布の服を着た敏捷と筋力にしかステータスを振ってなさそうだった彼女に追いつけない、俺は向かってきた彼女の拳に対し…
「強化、硬化、加速、セット、加速術式三重展開。」
「アアアアアア!」
真っ直ぐに打ち返す。拳を拳で迎撃すると言う危険かつ無意味な行為だが、俺に避けると言う選択肢はない。
ゴッ!
壁が、床が、天井が軋む。引き戸はガタガタと揺れベッドが持ち上がる。二撃三撃と続く彼女の拳は回をおうごとに弱くなり、殺意は薄れ、悲しさや虚しさに満ちていく。
幾度か迎撃をしたが、それも長くする必要はなく。俺の拳が下げられてなお彼女の拳はおれをねらうが、その様は八つ当たりをする子供の物であり、涙を流しながら、その顔を俺に見せまいと下を向き、それでも弱々しく俺をポコポコと叩く彼女は、ラモラック卿でも、円卓の騎士でも、戦士ですらなく。
「う…っぐう…っぐ…」
「…ラモラ…いえ、騎士オスローが娘アリシア殿。」
ガウェイン卿が彼女の本名を口にする。そう、今ここにいるのは円卓ではない、只の、只の親を失った少女である。細くなった線は女性的な柔らかさがあり、振るう拳も弱々しい、荒々しく力強い、彼女の理想は崩れてしまったのだ。
「…これを。」
ガウェイン卿は俺の前に崩れて涙を流す彼女にハンカチを手渡す。それを見て、彼女は静止する。
俺がこれ以上ここにいる必要はなくなった。ならば…クールに去るしかあるまいよ。




