祈れ!その先が平穏であることを!
妙な感覚を覚えてから一週間、俺は毎日毎日回復する魔力を限界まで使って自らの体を再生させる回復魔法の亜種である再生魔法の練習をしていた。別段難しい物ではなく。回復魔法が無から有を作るに等しい繊細な作業であるとするならば、再生魔法は欠けた部分を他から足して、というと語弊があるが、自らの傷を回復させる力に働きかけその回復を促進させる魔法だ。
「部位欠損を治すには回復魔法、傷を塞ぎ摂理に反しない程度に戻すのが再生魔法…って所かな?」
まあ、手術するか薬飲むかみたいな差である。ついでにこの二つを極めれば、痛覚があるのを無視して行使出来る鋼の精神力が必要になりはするが、不死身に近い再生回復力を手に入れられる。…まあ、不死身を目指しているわけじゃ無いが、この世界が想定よりもかなり物騒なのはこの前みにしみて感じたのだ。備えあれば憂いなし、とはよく言ったものである。備えが無ければ憂いしかないのだから。
俺は全治一ヶ月と言われた全身の骨折やら筋肉断裂やらを再生魔法と身体能力強化と肉体強化によって治し、今はラモラック卿が目覚めるのを待ちつつ、岩を魔力強化なしの拳でぶっ叩きながら壊れた場所を再生するという頭のおかしい修行をしている。
まあ、備えはあって悪くないのだ。問題があるとすればこの治癒院と呼ばれる場所の職員に発見されると物凄い怒られるということと…
「うぉ〜いてぇ〜」
非常に当たり前な話だが、痛いと言うことだ。勿論傷つくのは痛いのだが、それにも増してそれを治すと言うのが非常に痛い、正確には再生、なのだが、いや、だからこそ痛い、人間の自然治癒はゆっくりゆっくりと身体の循環に任せて治っていくがこっちのこれは無理やりその作用を倍増させた挙句に再生の名の通り、肉体にかかった負荷の分だけ増強して回復しようとするのでやるごとに骨が軋み肉が盛り上がり、それに負けじと骨が太くなる。
正直言ってオススメできない修行法だし、実際やろうとしていたベオウルフ君は絞め落とさせてもらったし、カロリーをバカバカ消費するので腹は減るしでやっぱり小説のように、その主人公のように都合よく楽々と行くわけではないのだと痛感する。
…いや、まあ、魔法がきちんと使えている時点でかなり御都合主義的ではあるが、どうやら魔法行使補助機能付き幽霊、もとい幽霊君と俺とで痛覚は共有していないようだし、なんだか痛覚が麻痺してきたのか痛みは感じるが魔力循環や魔法の行使に不自由は感じない、感じないが…
ドゴ
「はぁ…いったい。」
血濡れになった岩に凹みができる。拳はまだまだ熟達した空手家のような、とはいかないが巨大化し、岩を打ち据える為に使った全身も程よく肉がついてきている。だが、それでも常人の十倍は効率よく鍛錬を詰めているか、と、聞かれれば疑問符を付けざる得ない、なにせ子供である以上に俺に才能が無いのである。将来的に何かの手違いであのテポドンめいた騎士のような存在と戦うことになった時、この調子で鍛えて間に合うか、と聞かれれば…
「まあ、間に合わねんだよな。」
ドゴ
当たり前の話だが、天才と凡才には埋めがたい隔絶した差が生まれる。それを埋める為に凡人は努力するが、天才もまたその埋めがたい差があっても更にそこから努力する。天才の百倍努力してある天才を倒せても、その天才の千倍努力した天才には勝てない、誰にも追いつけないくらい努力して、努力して失敗して思考して敗北してそれでもやっぱり前に進んで、そこまで言っても天才に勝てる様な努力の成果が得られるかどうかはわからない、それどころか二進も三進も行かないことの方が多いとすら言える。
「それだけに、」
ドゴ
「凡人は、」
ドゴ
「スタートを早くするしか、」
ドゴ
「無いんだよ…ね!」
ゴギャ
タメを作って放った拳が岩に刺さる。亀裂を刻み、その表面全てを覆うと動きを止めた。
「はぁ…全然ダメだな。」
一ヶ月、その間俺は岩を叩き続けた。
治ったのは前の話から一週間後、肉体の再生力、と言うものがあると仮定した上で其れを強化する。と言うイメージを持つ事で強化魔法の延長として再生を使える様になった俺は、魔法が使えるというのはここまで無茶苦茶なのかと思いつつも、そこから一ヶ月、延々と岩を叩き続けていた。
そう、ラモラック卿が全く起きないのだ。
お陰で一ヶ月の内半分を過ぎた頃から一日中岩を叩いていても再生魔法を途切れさせることはなくなり、その後から岩を魔力による肉体の強化なしで叩き割るまではそう時間がかからず。今では過剰に肉体を強化する事で発生する筋肉の断裂や骨折などを治しながら岩を殴るという修行というか…苦行?的な感じになっていた。
だが、この間にベオウルフ君は一撃で岩を粉砕し、稚拙だった武術をその術理の一端をつかめるレベルにまで引き上げている。
肉体的な成長もさることながら、あり得ない速度で戦闘に特化していく彼を見ていると、如何に自らが努力しようと、届かない場所はあるのだと思い知ってしまう。
それゆえの落胆、それゆえの鍛錬、それゆえの再生魔法である。
「死なない、とまでは行かないがマトモにあのパンチやらキックを食らっても生きてられるのはこいつのお陰だぜ。」
まあそうは言っても、魔力の使用を控えると受け主体にならざる得ず、それでも常人の域を出ない俺の業では彼の持つ人外の膂力をどうにかするのも難しい、再生魔法を戦闘中難無く使える程度は使えないと、勝ちの筋を見つけることすら難しいのだ。
「ヒミツー?」
「はいはい、ココだよ。」
まあ、でも、何事もないので今のところなんの問題もない、俺が一人流血しているだけで基本的には平穏そのものである。
…しかしながら俺の感は、俺の生存本能は、戦いが、狂乱が、面倒ごとが近づいて来ているのをハッキリと教えてくれていた。




