走り損だが依頼で儲け
「マ、スター」
土煙が立ち上る中、そう言ったフレイは少し呆けている様に見える。見るとメリアとディニギル、そして敵であるゴブリン達も呆けていた。
「何だ?」
「あ、いえ。助けていただきありがとうございます。あの、その剣はもしかして、フレイですか?」
礼を言ったフランは、続けて宙に浮く剣を見ながらそう聞いてきた。
「うん、そうだよ!」
フレイは剣から人へと戻ってフランの問いに自ら頷いた。
「いやそれがさフラン? こいつ結構使えるんだよ。口で言わなくても頭で想像するだけでその通りに動くんだぜ」
それを聞いたフランはなにやら興味ありげにフレイに聞いた。
「そうなのですか? それは一体どのような仕組みなのでしょう?」
「えーっと……私にもよくわからないの。うん、わからないんだけどね? ソラが想像してくれればそれが命令として私に伝わるんだよ」
ふーん、へぇ~、ほぉ~……うん、俺にはどういう原理かわからない。
「そ、そうですか」
フランはそう少し困ったような表情で返した。まあ俺と同様フレイの言ってることがよくわからなかったんだろうなぁ。
そんなフランは「なにはともあれ」と続ける。
「フレイ、どうやらあなたがマスターを守ってくれたようですね。ありがとうございます」
「ううん! ソラは私にとってもご主人様だからね、当たり前だよ!」
「そうですね。はい、当たり前ですね」
そう言いあって微笑みあう二人。見てるこっちまで少し貰い微笑みしそうだ。何でだろう、あっ、あれか。
美少女の微笑みを見ているとこちらも思わず微笑み返したくなるようなあれか。
「あれ、ユミアは?」
「うわっ!」
「……ソラ、何でそんなに驚くの?」
いきなり横から聞いてきたメリアに思わずびっくりしてしまった。
「ああ、悪い。ちょっと考え事しててな」
どうでもいいような考え事だけどな。
「で、何だっけ?」
「だから、ユミアだよ」
ああ、ユミアね。まああいつは三人よりは少ない数のゴブリンに囲まれていたし、まああいつだったらその気になればあのくらいの数突破できるだろうから後回しにしたんだっけか。
「あそこだよ」
俺はユミアの事を囲んでいるゴブリンの円を指――――
「……ェェェエエエアアアッ!」
ヒュンッ!
……うん? 何だ? 今、何かがゴブリンの円を超えて俺の横スレスレを通ったような……
恐る恐る振り向いて見ると、そこには左腕の無いボスゴブリンがさっき俺の横を通った勢いを落とさずに地面に着地、ズルズルと地面に擦れていた。
「ッグ、ェ……」
仰向けで背中を擦っていたボスゴブリンは止まった時、そう小さく発し震えながらも立とうとする。その目にはなんだか恐怖が宿っているようだった。
「逃がさない」
そしてふと、上からそう声が聞こえた瞬間ボスゴブリンはブルリと見てわかるほど震えて――
ドガンッ!
「ッ、グァッ!」
上空から何かに襲われた。
ボスゴブリンは死んだようで塵となって消えてしまった。そんなボスゴブリンのいた場所に一人の人が。
それは――ユミアだ。
後ろを見てみるとユミアを囲っていたゴブリンたちがあたふたとしている。どうやらユミアはボスゴブリンをゴブリンの包囲網を超えるように吹っ飛ばして、そして自分もそれを追うようにここまで来たらしい。
そんなユミアの繰り出した音と比例するような威力の(恐らく)キックはゴブリンもろとも半球体状に地面を抉っている。
「……ユミア、大丈夫か、血」
俺は大丈夫だという事は目に見えてわかっていたがそれでもつい聞いてしまった。
いや、だってね? ユミアの着ているメイド服が魔物の血で凄い事になってるんだよ。それはそれはもう赤い。ついでに言うとユミアの右手は真っ赤だし顔にも血が付いている。これあれだよ、俺らの世界だったら見つかった途端即通報物だよね。
「大丈夫、これ全部魔物の血」
いやそれはわかってるけどね? あー、まあ無事だったならそれは何よりだけどね。
「それよりもキングゴブリンを」
「あ! ああ、そうだな!」
この戦いはもともとキングゴブリンが策をしたものなんだろう。でなければあんな変な行動にゴブリンどもが出るわけがない。そして今はその策がことごとく敗れてゴブリンたちはどうすればいいか混乱している。
王をやるなら今がチャンス。
「フラン」
「はい」
俺はフランの柄を握り一度素振って、
「よっし、覚悟しろ! キングゴブ……」
少し格好つけようとして言おうとした言葉は――
「ってぇ! 逃げてんじゃねぇか!」
必死に森の中に逃走しようとするキングゴブリンの行動に気をとられて中断させられた。
「くっそ、逃がさんぞ!」
ここまでこっち(いや、多分俺だけ)を疲労させておいて一人だけ逃げ果せようってか? そんな骨折り損はいやだね! せめてその元凶であるお前は絶対逃がさない!
そう思いながら俺は全速力で走り出す。とは言うものの、俺は一トラック二百メートルの持久走千五百メートルの二週目あたりからでもぜぇぜぇいうような体力の無さだ。すぐに息切れが始まった。
それでもキングゴブリンとの差は縮まる。理由は簡単、キングゴブリンは俺よりも足が遅く、尚且つ体力もないんだ。
だから俺は残りの体力を振り絞り一気に差を縮めて――――
「水鞭!」
キングゴブリンは、しなる水に打ち付けられて消えてしまった……
……へ?
思わず立ち止まり息をぜいぜいと切らせながら考える。
何だ? キングゴブリンがやられた? 何に? 誰に?
そんな中、答えが話しかけてくる。
「ソラ、息切れてるけど大丈夫かい?」
「……ディニギル……お前」
そうだ。ディニギルだ。ディニギルが剣の力を使って水の鞭でキングゴブリンを倒したんだ。
ああそうだ。キングゴブリンを倒したんだ……ははっ……ふふふ……
「ディニギルっ何でっ今っ倒したの?」
息も切れ切れに俺は聞く。
「え、何でって……今が倒すチャンスかな、と」
ああ、うん、そうだね、そうだよねうん。俺もそう思ったもんうん。
「でっ俺が走っておっいつこうとしてるのっは見えたっ?」
「えっと、まあね」
なるほど、なるほど。
俺は息を整えるため一回深呼吸をして、聞いた。
「じゃあお前は? 俺が必死で追ってることを汲み取ることすら無く? キングゴブリンを倒したんだな?」
「え、ああ、そう、なるね」
俺の言いたい事を理解したのだろう、申し訳無さそうに言うディニギル。
「……はああぁぁ」
俺は再び息を整えるためと、どうしようもないやるせなさからため息をついた。
別にディニギルが悪いわけじゃない。ディニギルの判断は当たり前だもんな。それでも、これじゃ走り損じゃねぇか、まったく。
『あの、マスター』
俺が右手に握っているフランからそう聞こえてくる。
『僭越ながら、フレイを使えばすぐに倒せたのではないでしょうか?』
……あ。
そうだ、そうだよ。フレイがいたよ。昔からの癖で何かあるたびについフランを使っちゃうんだよなぁ。戦闘はもちろん、焚き火の為に丸々木を一本切り刻んだこともあったし森とかに住んでるウサギとかの獲物を獲って裁くのにも、最悪は料理にも使ったっけな(さすがにそれは嫌がってたが)。まあでもこんにゃくが切れない、なんてことも無く切れ味抜群だったな。
っていやいやそういう話でなく。
「あー、確かにそうだな。さっき自分で結構使えるとか言ってたくせにもう忘れてた」
いやー馬鹿だな俺。本当に走り損だよまったく。
そして話の中心であるフレイはさっきまで俺がいた場所の近くでこっちを不満そうな目で見ている。その目は「使って欲しかった」と言っているように俺は感じた。
「いや、まあともかくだ。キングゴブリンも倒したし、これ以上戦う理由も無いよな」
そういいながら俺はゴブリンどもを見る。王が死んでしまったことに動揺し全てのゴブリンは一目散に逃げていった。
「終わりですね」
フランが人に戻りそう言う。だが、
「あー、いや、まだ一仕事残ってるよ。……フレイ、来い」
俺がフレイを呼ぶと、嬉しそうに目を輝かせてから小走りにこっちに来る。
「何するの?」
「さっきやった時空魔法を解くんだよ」
「さっきって、それってゴブリンを一掃したあれ? でもそれを解くってどういう意味?」
フレイがそう不思議そうに聞いてくる。まあ確かに、ゴブリンを一掃したのなら解く、という言葉の意味は伝わらないだろう。
「フレイ、さっきの魔法はな、攻撃魔法ではなくて言わば封印魔法なんだ」
「封印魔法……じゃあそれを解くってことはさっき封じ込めたゴブリン全部を外に出すってこと?」
その言葉に俺は頷く。
「お前知ってるか? 魔物を倒す本当の意味」
俺がフレイにそう聞くとフレイは知恵を搾り出すように言った。
「えっと、魔物を魔素に戻して世界に再び循環させること……だったかな?」
魔物はネルミスに不可欠な存在。魔素はそのままでは一年かそこらで消滅してしまう。だから魔素はネルミス中を常に移動し、魔素溜り(例えば森、ダンジョン、そして洞窟等々)に行き着くと惹かれあい集合をして魔物と成る。どの魔物と成るかはその場所によって世界の規則により決められている。
だが、魔素は三年経つと完全なる生命となってしまう。だから魔物を放置しておくと生命が生まれると同時に魔素が消失していく。それが行き着く先はつまり、ネルミスから魔素が消えるということ。魔素は人にも不可欠であり人は普通に過ごしているだけで魔素をほんの少しずつ放出してしまう。そして魔素を全て失ってしまうと種族に関わらずに死んでしまうんだ。だから魔素が魔物となって三年経つ前に倒して魔素に戻さなければいけない。まあ、猶予が三年だから大体の魔素は魔物となっても三年経つ前には誰かに倒されて魔素に還っている。
まあ、中には三年経ってしまって完全に生き物になっちゃった魔素もあるけどな。
それをフレイは知っているようですぐに俺が何を言いたいかわかったようだ。
「そっか! ゴブリンも元はこの世界の魔素だもんね! じゃあ戻したほうがいいね」
「まあ、世界から見たらほんの一部だけど一応な」
そしてフレイは剣になり、俺は先程と同じように剣先に魔力を集中させ、扉を開く。
『うわっ!』
するとその扉から押し出されるようにどんどんゴブリンが出てきて、全てのゴブリンが出たのを確認してから俺は扉を閉じる。
ゴブリンどもは不思議そうに周りを見て王がいなく、そして俺達がいるのを確認すると一目散に逃げ出した。それを追う必要はない。もう相手は戦意を喪失しているからな。
――いや、それは建前か。本音はこうだ。
疲れた。
さて、と。
俺はギルドカードの裏を確認してみる。
ゴブリン討伐 10/25で達成 余剰分 二十五体まで 現在討伐数 25/25
報酬 2500/2500E
薬草採取 一人分で達成 余剰分 十五人分まで
報酬 3000/3000E
ボスゴブリン討伐 5/5で達成 余剰分 なし 現在討伐数 5/5
報酬 10000E
よし、ゴブリン討伐と薬草採取の報酬は最高額、そしてボスゴブリン討伐も達成。
「ミッションコンプリート、だな」
言いながら俺はブレザーの内ポケットにギルドカードを入れる。
「じゃあ、行こう」
「あ、ちょっと待って」
俺の言葉の後にフレイがそういって止める。
「うん? 何?」
俺が聞くとフレイは何故か頬を赤らめてもじもじしながら髪を撫で始めて言った。
「そ、の……血が付いちゃったから、研いで欲しい、な? さっき約束したし、ね?」
……え゛っ、今ですか?




