第4話:ご挨拶
久我山家の重厚な門を出て、大通りへと出たところで私はようやく大きく息を吐き出した。
久我山家へ挨拶が終わった……。
緊張で肩が凝り固まっていたのがウソみたいに解けていく。
隣を歩く久我山は、相変わらず涼しい顔をしてポケットに手を突っ込んでいた。
「っていうか、本当にあんな感じでいいのかな?」
「なにが」
「だって、久我山って社長じゃん?絶対反対されると思ったんだけど!」
「同級生だろ?なにか問題なことがあるのか?」
いやいやいや……。
格式高いこの家に通されて、厳しいご両親に値踏みされる……。
そんな展開を覚悟していたのに、蓋を開けてみれば拍子抜けするほど穏やかだった。
『蓮が選んだ人なら間違いない』
『高校時代からのご縁なんてステキね』
なんていいご両親……。
「もっとうちの蓮にふさわしい人間なのか!みたいなのがあるかと思ったのに」
「まぁ両親は自由にやれって感じだからな。うるさいのは親戚だから。これで親戚にも伝わってしばらくは落ち着くだろう」
「そうだね」
(でも……お互いの目的が終わったら離婚するんだよね……)
あんなに嬉しそうに「蓮をよろしくね」と笑ってくれたのに、なんだか騙しているみたいで、申し訳なくなってくる。
「お前が気にすることじゃないからな」
「えっ」
「俺は納得して結婚してる。両親だってその方が嬉しいはずだ」
「う、うん……」
こうやってちょっと不安になると、すぐにフォローを入れれくるんだよな。
そういうところ、気がまわりすぎるというか……。
「来週は紬の方の挨拶だな」
そう今週は久我山家で次はうちの方に挨拶をすることになっている。
「うちは全然大丈夫だと思う」
なんの問題もない。
むしろ久我山みたいな超優良物件が相手だって聞いたら、狂喜乱舞して赤飯を炊き出しかねない。
それはそれで頭が痛いけれど。
「それで久我山は……」
「お前なあ」
言いかけた時、久我山が立ち止まって呆れたように私を見た。
「さっきも親の前で苗字で呼ぼうとしてただろ」
「う”……」
ばれてたのか。
「お前も結婚したんだから名前で呼べよ」
「いや、なんか恥ずかしくて……」
「俺は名前で呼んでる」
そうなんだけど!!それもこっぱずかしいというか……。
だいたい高校の頃、一度も名前で呼ばれたことなんかなかったのに。
結婚した途端にあっさり「紬」とか呼んでくるし、その度に心臓に悪い!!
普通にはずいでしょ!今までずっと苗字で呼んでた人を名前で呼ぶのは。
「呼べ」
「き、気がむいたら……」
「今」
逃げようとして歩き出した腕を掴まれる。
振り返ると、逃がさないという視線でこちらを見ている。
「……わかったよ」
観念して、私は小さく息を吸い込んだ。
「えっと…………れ、蓮」
小さな声で彼の名前をつぶやくと急に恥ずかしくなる。
あーもう。心臓がうるさい。
絶対にたまにしか名前で呼ばないんだから!
なんて思っていると、彼はふっと笑ってから嬉しそうに私を見た。
久我山……?
嬉しそうに笑うその顔は、いつものクールな社長でも、契約結婚相手でもなくて……。
まるで高校の頃の蓮がここにいるかのようだった。
(なんなのよ、その嬉しそうな顔……)
そんな顔されたら、調子狂うじゃない……っ。
私は熱くなった頬を隠すように顔を背け、早足で歩き出した。
あーなんだろう。楽しいかもしれない。
全然嫌じゃない。
契約結婚って本来こういうものだっけ?って思ってしまうほど、なんだか人生が充実している感じがする。
それは相手が蓮だから……?




