第3話:高校時代の思い出
これは高校二年の夏のこと──。
廊下に張り出された期末テストの順位表を見て、私は深いため息をついた。
1位 久我山 久我山
2位 宮本 紬
「……うぅ、また負けた……」
あと少し。
本当にあと数点の差が、どうしても埋まらない。
がっくりと肩を落としていると、隣から「くすっ」と小さな笑い声が聞こえた。
見上げれば、久我山が私の顔を覗き込み、楽しそうに目を細めている。
「なによ」
「……いや、残念だったな」
残念だったなって、嫌味ですか!?
こっちはめちゃくちゃ頑張ったんですけど……!
久我山とは同じクラスで彼は入学した時から、ずっと学年トップの座に君臨し続けている天才だ。
クラスでも涼しい顔で難問を解き、先生を驚かせることもしばしば。
勉強だけならまだしも、運動も工作もとにかくなにをやらしても1番をとってしまう人物だった。
あとこんなに意地悪なのに女子にもモテるし!(怒)
私にとってはただの倒すべき宿敵でしかない。
なんにせよ、久我山がいるせいで私が1位になれないのだから。
私は今までの人生、なんの取り柄もなかった。
なにをしても1番にはなれず、スポットライトがあたる横で地味に立っているタイプ。
そんな自分を変えたくて、めいいっぱい勉強をしたら学校で1番を取れた。
その経験は自分の自信になった。努力は自分を裏切らないんだ。
だったらもっと頑張ろう。
そしてこの学校でも1位を取る。
そう決めてやっているのに、目の前に立つ強敵が私の邪魔をする。
「……もう!そんなふうに笑ってられるのも今のうちだけだから!」
私は彼を指差し、宣言をした。
「次は絶対に私が勝つんだから。あんたが負けて悔しがる顔を私が上から見下ろしてやる!」
「はいはい。それもう何回目だ?お手柔らかに頼むよ」
彼はひらりと手を振り、涼しい顔で去っていった。
その背中を見ながら、私は闘志を燃やす。
(見てなさいよ……!)
けれど、現実は甘くなかった。
次のテストも、その次の実力テストも、私の名前は常に「2位」の位置にあった。
勉強じゃ久我山には、勝てない。
だったら――。
「勉強がダメなら、体力勝負よ!」
私は体育の授業でも、彼に勝負を挑むようになった。
持久走では酸欠になるまで走り、球技大会では彼からボールを奪おうと必死に食らいついた。
なりふり構わず挑み続けたけれど、結果は惨敗。
なんで勉強も出来て運動もできるのよ!
天は二物を与えずなんて言うけれど、あれはウソだ。
天は二物でも三物でも四物でも久我山に与えてるんですけど……!
理不尽!
ある日の体育の授業終わり。
私は校庭の端で、膝に手をついて荒い息を吐いていた。
「はぁ、はぁ……また、勝てなかった……」
数メートル先には、汗ひとつかいていない様子の久我山が立っている。
なにをやっても、彼は軽々と私の壁を超えていく。
その時、近くで休んでいたクラスメイトたちの話し声が耳に入ってきた。
「……またやってるよ佐伯さん」
「久我山くんに勝てるわけないのにねぇ」
「なんか必死すぎて、見てて痛々しくない?」
「分かるー。才能が違うって普通気づくでしょ。てか狙ってるでしょ?あんな噛み付いて久我山くんの視線を独占したいんじゃない?」
なっ……私、久我山を狙ってると思われてる!?
なんてこと……そんなんじゃないのに(泣)
それに……。
(……済む世界が違うなんて、そんなの私が一番分かってる)
でもいつかは……努力したら勝てるんじゃないかと夢みてしまう。
それってそんなに悪いことなのかな。
私がうつむくと。
「……くだらないな」
よく通る声が響いた。
それは久我山だった。
彼はドリンクを飲みながら、陰口を叩いていた生徒たちの方を冷ややかに見据えた。
「努力してる人間を笑えるのは、同じくらい努力した人間だけた」
久我山……。
冷たく言い放たれた言葉に、クラスメイトたちは顔を青ざめさせた。
気まずそうに視線を逸らし、逃げるようにその場を離れていく。
辺りに静寂が戻ると、久我山は彼らには目もくれず私の元へ歩み寄ってきた。
「ほら」
差し出されたのは、よく冷えたスポーツドリンクのボトル。
「……あ、ありがとう」
彼はポン、と私の頭に手を置くと、そのまま校舎へと戻っていった。
な、なんか優しかったんですけど……!
そう昔から久我山はそうだ。
努力している人間を笑わない。
何度勝てなくても、何回勝負を挑んでも、彼は必ず私の手を取り同じ土俵に立ってくれた。
どれだけ人間が出来てるのよ……。
あーあ。
三物も四物もなんて言ったけど、本当……それどころじゃない。
っていうか与えられたものだけじゃないんだよね。
けっきょく一度も久我山に勝てたことはなかったけれど、手を抜かなかったのも彼なりの私への配慮だったのかなって思ったり……。
それから高校を卒業して別々の道に進んだらもう会うことはなくなった。
悔しい思いをたくさんさせられた高校時代だったけど、久我山と勝負している時間が私にとっては楽しい時間だったりした。
あの頃は、まさかこんな風に隣で晩酌をする日が来るなんて、夢にも思わなかったけれど。
久我山も覚えているといいな。
「……おい、どうした?」
不意に頬をつつかれて、私はハッと現在に引き戻された。
目の前には、不思議そうにこちらを見る久我山がいる。
「またボケーッとして。なに考えてたんだ?」
「……別に。ちょっと高校時代の頃のこと考えてただけだよ」
「ほう?俺に完敗し続けた、あの輝かしい日々のことか?」
久我山はグラスを傾けながら、ニヤリと口角を上げる。
……これはけっこう覚えてそう。
そして相変わらず、一言多い男だ。
「……またケンカでもする?」
彼は冗談を言うと、彼は心地よさそうに笑った。
「もう勝負はしないぞ?結婚生活は勝負じゃないしな」
そう結婚生活はお互いに手を取り合って過ごしていくもの。
これから久我山と一緒に手を取り合っていくんだ。
かつてのライバルは、今世界で一番頼もしいパートナーとして私の隣にいる。
「なんか変な感じ」
「同感だな」
でも悪くはなかった──。




