第15話:理子ちゃんのその後
あの会議室での騒動の後、事態は事務的に、そして淡々と処理された。
『どういうことか説明してもらおうか』
社長にそう問い詰められ、桃井さんは支離滅裂な言い訳を繰り返すだけだったという。
またすぐにシステム管理部の担当者が呼ばれ、その場でログの解析が行われた。
結果は明白だった。
昼休み、私が離席している間に私の端末へログインした形跡と特定のファイルを外部へ送信し、その後ファイルを処理したものがログで残されていた。
個人のパソコンならまだしも、会社のパソコンでそれをやってもバレないと思っているところがすごい。
そして処分は迅速だった。 今回の件は同僚の成果物の窃盗、会議という公の場での虚偽報告。
またこれまで人事部から何度も注意されていた勤務態度の悪さも全て加味されて、理子ちゃんは懲戒解雇となった。
これは会社として、もっとも重い処分だった。
数日後。
出社すると、理子ちゃんのデスクは総務部のスタッフによって淡々と片付けられ、完全に空になっていた。
彼女が再び、このフロアに戻ってくることはない。
そのあまりにあっけない光景を、私は自席から横目で眺めながら仕事を続けていた。
「……ねえけっきょく桃井さん、一発アウトだったね」
「ねー!ウワサだと社長にも目付けてたんでしょ?婚約破棄されて、会社も解雇って最悪じゃん」
給湯室やすれ違いざまの廊下で、社員たちがヒソヒソとウワサしている声が聞こえてくる。
蓮にも手を出していたのか……。
だから私への変な態度が続いていたんだ。
色々あったけど正直ほっとしてる。
直属の後輩ということもあり、本当ならかわいがりたかったけれど彼女にされたことを思い出すと同情はできない。
あとは……。
「紬、ちょっといいか」
この人だけか……。
呼び出されたのは卓也だった。
散々話しかけないでと告げたのに、彼は懲りずに話しかけてくる。
「紬……話したいことがあるんだ」
「私は話すことはないです」
「会社のことじゃない。仕事は自分で頑張るから俺の話を聞いてほしい。今日は真剣な話なんだ!」
彼はそう言いながら私に泣きつくと、懇願するように言った。
「俺……あの女に騙されてたんだ。紬の悪いところを散々聞かされて紬がそういう人間なんじゃないかって思っちまった!あの悪魔に騙されてただけなんだ!本当は俺……まだお前のことが好きだ」
なにを言っているんだろう。
呆れて声もでなかった。
本当、こういう人っているんだな……。
「信じてくれ!!あんな女に騙されてたのはバカだった!俺……反省するからまた俺と付き合ってほしい」
なにを思ってそんな打診をしてくるんだろう。
それで「はい」ってなると思ってる!?
「……悪いけど私結婚してるので」
ハッキリと告げると卓也は焦ったように言った。
「そ、それは知ってるけど……でもさ、ほら社長とは期間が短いだろ?紬は俺との方が相性が良かったと思うんだ。俺たちさ、一緒にいた時って幸せだっただろう?思い出してみろよ」
卓也が語りかけるようにそんなことを言ってくる。
思い出してみろよ?
バカみたい。
卓也と一緒にいて一度も思ったことがない。
この人といて“幸せだった”なんて。
今までは恋愛はこういうものなんだって割り切ってた。
でも今は、なにげない瞬間にも幸せを感じる。
そんな生活があるのに、この人を手放してこの男との生活に戻りたいと思うわけがない。
「悪いけど、あなたといて幸せなんて思ったことないから」
私の言葉に、卓也の動きがピタリと止まった。
へらへらと浮かべていた薄ら笑いが、一瞬で凍りつく。
「……は?」
低い、ドスの効いた声。
まとっていた空気が一変した。
「そ、そんなわけないだろ?お前……あの社長に騙されてるんだよ!考えてみろ、社長とお前が釣り合うわけないだろ?きっと金でも要求されるか言いように使われてるに決まってる!」
「いいように使ってたのはあなたでしょ!」
私だけならいい。
蓮のことまで悪く言わないでほしい。
「卓也から愛情なんて1ミリも感じなかった。あなたはまた私を取り戻して自分の都合のいい生活を送りたいだけ」
「ち、違う……!」
「違くてもいいよ。でも私があなたを選ぶことはもう一度もない」
ハッキリ告げると卓也の顔がみるみるうちに歪んでいく。
「こっちが下手に出てれば、ふざけんじゃねえぞ……!」
怒号と共に、卓也が大きく振りかぶった。
目の前で振り上げられる掌。
ぶたれる!
(……っ!)
私はギュッと目を瞑り、身をすくませた。
来るはずの衝撃に備えて歯を食いしばる。
しかし。
鈍い音が響いただけで、痛みは来なかった。
恐る恐る目を開ける。
「……え?」
私の目の前、あと数センチのところで卓也の手が止まっていた。
横から伸びてきた大きな手が、卓也の手首を掴んでいる。
「い、ってぇ……!」
卓也が苦悶の表情で呻く。
その腕を掴んでいるのは――。
「妻に手を出さないでもらえるか?」
冷たい瞳で卓也を見下ろす蓮だった。
蓮は卓也の手首をギリギリと締め上げながら、低く告げた。
「社内で従業員に暴力を振るうとどうなるか、就業規則を忘れたわけじゃないだろうな?」
静かな口調。怒鳴っているわけでもないのに、その場の空気がピリついている。
「暴力行為、およびハラスメント。一発で懲戒処分の対象だぞ」
「そ、それは……!違うんです。別に手をあげるつもりはなくて……」
「言い訳はいい」
蓮は吐き捨てるように言うと、汚いものでも触るかのように卓也の手をパッと離した。
「次、妻に指一本でも触れてみろ」
蓮が一歩踏み出す。
圧倒的な威圧感に、卓也がひっと喉を鳴らして後ずさった。
「その時は、自分のキャリアが終わると思え」
卓也は唇をわなわなと震わせ、逃げるようにその場から走り去っていった。
はぁ……。
また蓮に迷惑をかけてしまった。
「そろそろ対策が必要だな」
蓮が呆れたように言う。
「脅されたり、なにかを強要させられたりはしてないか」
「うん……まぁ今のところは」
「彼の勤務態度についても報告が上がっているが、まだ決定をするのは難しいからな……なにかある用なら遠慮なく俺に声をかけてほしい」
「……ありがとう」
いつも頼りになる蓮。
高校時代からそうだ。
彼はいつだって、私が一番困っている時に手を差し伸べてくれる。




