第14話:これで先輩は終わり【理子side】
私はふらつく足取りで一般社員のフロアへと向かった。
時刻は昼休み。
オフィスが偶然にも人が誰もいなかった。
オフィスを見渡すと、佐伯先輩のデスクにはノートパソコンが置かれていた。
先輩はちょうど席を外しているようで、画面はロックされずに開かれたままだ。
画面には、午後の重要な会議で使うであろうプレゼン資料のフォルダが開かれていた。
『最終_新プロジェクト企画案.pptx』
(……そうだ。これを消してやればいいんじゃん)
一瞬そう思ったけれど、すぐに思い直した。
いや、待てよ。
プレゼンの資料……私、まだ作ってなかったな。
ただ消すだけなんて、もったいない。
どうせなら、利用してやらなきゃ。
「……いただき」
私は周囲に人がいないことを確認すると、素早くマウスを操作した。
メールを立ち上げ、ファイルを添付する。
宛先は、私のアドレス。
送信ボタンをクリックする。
これで、この企画は私のものだ。
先輩がデータを失って慌てふためいている会議で、私が涼しい顔でこの企画を出せばいい。
そして私はすぐに送信済みトレイを開き、今の送信履歴を削除。
さらにファイルをゴミ箱に捨てた後、ゴミ箱からも完全に消去した。
乾いたクリック音が響く。
これで、先輩のパソコンからデータは消え、どこへ送られたかの履歴も消えた。
残ったのは、空っぽになったパソコンだけ。
「ふふっ……完璧」
これで佐伯先輩は終わりね。
これから始まる会議を想像して私は手で口元の笑みを隠した。
午後の定例会議──。
会議室には重役や各部署のリーダーたちが集まり始めていた。
その中で、佐伯先輩は青ざめた顔で何度もパソコンのキーボードを叩いていた。
マウスをカチカチと動かして焦っている。
(あらあら、見当たらないわよねぇ?)
私はその様子を横目で見ながら、心の中で高笑いをした。
もう手遅れよ。
だってデータは私のパソコンの中にあるんだから。
そして会議ははじまる。
「えー今日の発表は……」
専務がそう続けた時、私は自信満々に挙手をした。
「本日のプレゼンですが、よろしければ私が先に発表してもよろしいですか?今回のプロジェクトについて、画期的な案をまとめてきたんですぅ」
会議室の空気が一瞬止まる。
しかし専務はチラリと先輩の方を見た後、私に視線を戻して頷いた。
「……わかりました。それでは本日は、桃井さんからお願いします」
「はいっ!」
私はプロジェクターにパソコンを接続し、昼休みに「入手」したデータをスクリーンに映し出した。
パワーポイントがスクリーンに表示されると、会議室がザワッ……と大きなどよめきに包まれた。
(なんかみんな驚いてる?)
まぁそうでしょうね。
私が、こんなに完成度の高い、完璧な資料を作ってくるなんて思わなかったんでしょ?
私もたまにはやるのよってところを見せてあげないと。
「えー、今回のキャンペーンのコンセプトは共感と拡散です。まずターゲットですが……えっとぉ、ここにある通り、F1層の……インサイトを深掘りしましてぇ、彼女たちの潜在ニーズに訴求していきたいと思いまーす!」
出来る女みたいでしょ?私。
私はレーザーポインターを適当に振り回しながら、書いてある業界用語を読み上げる。
私だってやればできるんだから。
「そのためのプロモーション施策としてぇ SNSでのインフルエンサーマーケティングと、OOHを組み合わせて、メディアミックスを展開します!」
こうして私は得意げに概要を読み上げ、完璧なプレゼンを終えた。
「――以上です。いかがでしょうか、社長?」
私は一番可愛い笑顔を作って、久我山社長を見つめた。
これで私の評価は爆上がり。
先輩は自分の企画を盗まれたとも言えず、管理不足で評価ガタ落ち。
そしたら、後輩に抜かされた惨めな女と一緒にいるのも嫌になるでしょ。
社長は資料をじっと見つめたまま、静かに口を開いた。
「……なるほど。意欲的な企画だ」
「ありがとうございますぅ!一生懸命考えたんです!」
「では質問だが。5ページ目の収益予測の根拠となっている、過去3年の市場データの参照元はどこだ?また、このリスクヘッジのスキームだと、初期投資の回収時期に矛盾が生じると思うが、どう解決するつもりだ?」
「え……?」
頭の中が真っ白になった。
し、市場データ?スキーム?
な、なにそれ。そんなの知らない。
だって私は、ただデータを読み上げただけだから。
「えっと……そ、それは……その……」
「……答えられないのか?」
「ご、後日確認をして、改めてご報告を……」
「後日?」
社長の目がスッと細められる。
「キミが作った資料だろう?自分で立案した企画の根拠が、なぜ今答えられないんだ?」
「そ、それは……ちょっと緊張してド忘れしちゃってぇ……」
その時、凛とした声が響いた。
「社長。発言をお許しください」
こうして手をあげたのは佐伯先輩だった。
ウソ……なにを言うのよ!
「許可する」
社長が許可を出すと、佐伯先輩は淡々としゃべりはじめた。
「……参照元は、総務省発表の最新の通信利用動向調査です」
彼女は席を立ったまま、私の代わりにスラスラと答え始めた。
「また、初期投資の回収時期については、サブスクリプションモデルによる継続課金を前提としているため、初年度の赤字は織り込み済みです。3年目以降のLTV最大化で十分に回収可能です」
「なっ……」
私は呆気にとられて口を開けた。
な、なによ。この人。
自分の資料がなくなったからって人のプレゼンの回答をとって評価をあげようとするつもり?
そんなの誰が見てもせこい人にしかうつらない。
すると、佐伯先輩は私を見据え、毅然と言い放った。
「こちらは私が作成した資料です」
なっ……。
ハッキリと言ってくるなんて……。
おとなしい先輩なら黙ってるかと思ってたけど、まぁいいわ。
言ってきたのなら返り討ちにさせてやる。
「ひ……ひどいです!先輩……」
私は目に涙を溜め、震える声で訴えた。
「最近ずっと私に意地悪ばっかり……!私が頑張って作った企画を、自分のものだなんて言いがかりをつけて!私が答えられなくて困ってるのを見て、横取りするなんて最低ですぅ!」
私はハンカチを目元に当て、ウソ泣きを始めた。
チラリと周囲を見ると、みんな呆気にとられたような顔をしている。
よし、これで完全に私が可哀想な被害者だ。
「そんなに言うなら、証拠はあるんですかぁ!?これは私が作ったんです!言いがかりはやめてください!」
私が叫ぶと、会議室に一瞬の静寂が訪れた。
ふふっ、私の勝ち。
証拠なんかあるわけない。
だって移行したデータだって消してあげたのだから。
するとすぐ近くに座っていた男性社員が、呆れたように口を開いた。
「……証拠はあるんですかって、おい」
「え?」
見ると、社員たちは私を軽蔑しきった目で見ている。
「佐伯さん、この企画……先週から全体共有のスレッドにアップしてただろ?色んな部署の意見を聞きたいからって」
「……は?」
「俺も昨日アドバイスのコメント入れたし」
「私も見ましたよ。かなり力が入ってるなって、みんな知ってますけど」
「むしろ知らないの、桃井さんだけじゃない?」
社員たちの冷ややかな言葉が一斉に私に突き刺さる。
全体共有……スレッド……?
なにそれ。知らない。
顔から血の気が引いていくのが分かる。
震える私に、佐伯先輩が静かに告げた。
「……今日の昼休み後、私のパソコンから該当のファイルが消えていました。突然ひとつだけ消えることはないので誰かが意図的に消したのだと思います」
先輩の言葉に、会議室の空気が完全に凍りついた。
すべての視線が私に向けられる。
「……桃井」
地獄の底から響くような低い声。
そして重いため息だった。
社長は眼鏡のブリッジを指で押さえ、底知れぬ疲労と呆れを含んだ瞳で私を見据えた。
「どういうことか、説明してもらおうか」
……終わった。




