第12話:先輩は私の下にいればいい【理子side】
クッキーの一件以来、社内での私への風当たりは強くなっていた。
ヒソヒソ話、冷ややかな視線。
それもこれも全部、あの女のせいだ。
卓也先輩とはあの後別れることになった。
何度かメッセージが来たけど全部無視してやった。
あんな男と一緒にいても幸せになれない。
私があの男を捨ててやったのよ。
「日下部さんと桃井さんもう婚約破棄だって」
「うっそ、早すぎない?だって婚約発表したのつい最近でしょ?」
「結局さ、佐伯さんと付き合ってたのを取ったんじゃないかってウワサもあるよねー」
「それ、私も思った」
当然、オフィスではすでにウワサが広まってしまっていた。
あの口軽男……。いいやがったな。
当然配慮して黙っておくなんてできるわけのないあの男は、誰かに別れたことを伝えたのか、おかげで私は社内の笑いものだ。
けれど、そんなことはどうでもいい。
これから私は幸せになるのだから。
最高な男を奪ったものがすべて正しい。
終わりよければすべてよしよ。
私はスマホを握りしめた。
私にはいい策がある。
ここ最近、佐伯先輩の後をつけてなにかしらの弱みがあるはずだと監視していた。
そしたら先日、佐伯先輩が、若い男と親しげに話しているところを偶然見かけた。
相手はスーツを着た男だった。
これは使えると思った私はとっさにふたりのその写真をとった。
笑顔でなにかを話してた後、ふたりは別々に去っていったけれど、これは使える!
ふたりがホテルに入っているところを見たと言ってこの写真を見せればいいんだ。
そうと決まれば、善は急げだ。
私はその日、社長室のドアをノックした。
中から「どうぞ」と淡々とした声が響く。
「失礼します……」
私は社長室へと足を踏み入れた。
奥のデスクで書類に目を通していた久我山社長が、顔を上げずに問う。
「なにか用か?」
「あ、あの……お仕事中、申し訳ありません。でも、どうしても社長にお伝えしなければならないことがあって……」
私はおずおずとデスクの前に進み出た。
社長がようやくペンを置き、冷ややかな視線を私に向ける。
そんな視線を向けられるのは今のうちよ。
「実は……これを見ていただきたくて」
私はスマホの画面を突きつけた。
そこには、先輩が男性と笑い合っている写真。
「この間、街で見ちゃったんです。佐伯先輩……あ、奥様がこの若い男の人と腕を組んで歩いていて……」
私は声を潜め、深刻そうに告げ口をする。
「私、心配になって少し後をつけたんです。そうしたら……二人はそのまま、路地裏のホテルに入っていって……」
「…………」
「信じられませんよね!?私も尊敬している先輩だったのでショックでした。社長という素晴らしい旦那様がいるのに、若い男とホテルなんて……」
社長は私のスマホの写真を見ている。
これは、食いついている証拠だわ。
さらに畳かけるように言う。
「佐伯先輩、昔から男癖が悪くて有名だったんです。社内にいる日下部さんとも関係を持っていたみたいで……地味な顔して、裏では男の人に媚び売って……だから社長も騙されてるんですよ!こんな遊び女よりも、もっといい人がいると思うんです」
どうだ。
不貞を働く妻なんて、即離婚案件だ。
さあ、久我山社長……あの女を軽蔑して、早く捨てて私のもとにやってきて。
しかし、社長は画面を一瞥しただけで、鼻で笑った。
「……それで?」
「え?」
予想外の反応に、私の思考が止まる。
「う、浮気ですよ!?ホテルに入っていったのを見たんですよ!?」
「この写真じゃ腕も組んでいないし、ホテルに入った姿も映っていないじゃないか」
「そ、それは……」
「あまりに突然のことで写真を撮る余裕がなくて……!でも本当なんです!信じてください!」
必死に食い下がるけれど、社長の目は氷のように冷たい。
彼は呆れたように小さく息を吐くと、さらりと言った。
「よく考えた方がいい。キミの言葉を最初に聞くはずがない。最初に聞くのは妻の言葉だ」
「え……?」
予想外の言葉に、私はポカンと口を開けた。
「き、聞く?本人に?それはやめた方がいいと思います。ウソをつくと思いますし……」
「そんなことは心配していない。俺たちは、会話をしない関係じゃないからな。きっと妻に相談したら笑い飛ばしてくれることだろう」
「っ……」
なによ……。
なによ!!
突然結婚したくせに……!
夫婦仲もいいって言うの?そんなはずないわ……!
「キミもそろそろいい加減にした方がいい。なんの邪魔をしたいのか知らないが、キミごときが亀裂を入れようとして関係が崩れるようなものを築いていないのでね」
「……っ」
「分かったなら早く戻ってくれないか?仕事に集中したい」
ハッキリと告げられ、私は真っ赤な顔で社長室を飛び出した。
悔しい。悔しい悔しい悔しい!!
なんで信じないの?なんであの女ばっかり守るの?
私がこんなに想ってるのに。私がこんなに必死なのに!
私の方が優れてるに決まってるのに……。
全然敵う気すらなくてイライラする。
なにか、なにか他にない……?
佐伯先輩から久我山社長を奪う、強制的な方法……。
私は必死で考えた。
「……あいつがいなくなればいいのに」
黒い感情が、どろりと腹の底から湧き上がってきた。
言葉でダメなら実力行使しかない。
あの女が会社にいられなくなるような、致命的なミス。
そうだ!取り返しのつかない失敗を私が作ってやればいい。
そうしたら社長も目を覚ますはずだろう。
だって自分の評価を堕とすような女を側においておくメリットなんてないもの。
(あれならうまくいくはずだ……)
今度こそ逃がさないから……。




