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契約結婚を終え、離婚しましたが正直(お互いに!)未練タラタラです  作者: cheeery


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11/23

第11話:蓮のいる世界

ソファで寛いでいた私は、視線を読みかけの雑誌から隣へ移す。

蓮は手元にスマホを持ちながら眉間に深い皺を寄せ溜息をついた。


珍しい……なにかトラブルでもあったのかな?


「……どうかしたの?」


私が声をかけると、彼はハッとしたように顔を上げ、バツが悪そうに視線を逸らした。


「いや……少しな」


言葉を濁す蓮。

なんだろうと思っていると、覚悟を決めたように口を開いた。


「週末って、空いてるか?」

「え?週末?」


いつも特に予定らしい予定はない。


「空いてるけど……」

「実は取引先が主催するレセプションパーティーがあるんだ。かなり大規模なやつでそこに、出席してほしいと頼まれてる」


それがそんなに困ったこと?

蓮はレセプションパーティに参加するのは慣れているはずだ。


休日だって返上していかなきゃいけない日もあるし……。


「それで……夫婦同伴で来てほしいと言われた」

「えっ!」


「結婚したことを報告したから、お披露目をしてほしいんだろう。お世話になってる人だから無視するわけにもいかなくてな」


彼は申し訳なさそうに私を見る。

なんだ……そんなことか。


「全然いいけど?」

「本気か?」


蓮は疑うような眼差しをこちらに向けた。


いつかはこういうこともあるだろうって思ってた。

私たちは契約結婚。

お互いの希望を叶えながら結婚生活を送る存在。


蓮には立場があることは分かっていたし……こういうこともあるんだろうなって。

全然想像より少なすぎるくらいだ。


この広くて快適なマンション、何不自由ない食事、そして恵まれた生活環境。

すべて蓮が用意してくれているのだから、私だってできることはしてあげたい。


それが妻としての役目だと思うから……。


「じゃあ空けておくね~!」

「頼もしいな」


「それくらいじゃなきゃ蓮の奥さんは務まらないでしょ?」


「そうかもしれないな」


蓮は嬉しそうにつぶやいた。


そしてレセプションパーティー当日。

私が心配していたような準備のドタバタは一切なかった。


蓮がカタログを用意してくれて、ここから好きなものを探してほしいと言われ、選んだドレス。上品な光沢を放つネイビーのロングドレスだった。

さらに当日はプロのヘアメイクアーティストが自宅までやってきて、私は鏡の前に座っているだけでよかった。


当日も前の日も私がすることはほとんどなくてさすが蓮だと思った。


「……どうだ?きつくないか?」


ハイヤーの後部座席で、蓮が心配そうに声をかけてくる。


隣に座る彼は、仕立てのいいスーツを完璧に着こなしていた。


「全然。サイズもぴったりだし、靴も歩きやすいくらいだよ」

「ならよかった」


「蓮こそ、準備大変だったでしょ?私の分まで全部手配してくれて」

「俺のわがままで来てもらってるからな、これくらいは当然だ」


わがままって……会社のことなのにね。

彼は私の髪をそっと指先で掬いあげると、満足げに目を細めた。


「それに……似合ってるよ」


──ドキ。


(ちょっ、こういうのとっさに言わないでよ……)


車がゆっくりと停車する。

窓の外には、煌びやかなホテルのエントランスが見えた。


「行こうか」ドアマンがドアをあけ、差し出された蓮の手を、私はしっかりと握り返した。


会場に一歩足を踏み入れると、そこは文字通り別世界だった。

天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、煌々とフロアを照らしている。


行き交う人々は皆、洗練されたドレスやタキシードに身を包み、優雅にグラスを傾けていた。


(うわぁ……ドラマでしか見たことない景色)


内心で感嘆しつつも、私は不安になった。


私だけ浮いてるとかない……?

っていうか、勢いでもちろん行くよとか言ったけど、こんなところの作法とは知らないけど!?蓮の顔に泥を塗ることは避けたい。


「久我山社長、お待ちしておりました」


すぐに主催者と思しき初老の男性が、満面の笑みで近づいてきた。


「木下会長。本日はお招きいただきありがとうございます」


蓮は自然な動作でグラスを受け取りながら、スマートに挨拶を交わす。


「よく来てくれたね。今日はキミの奥様に会えるのを、楽しみにしていたんだよ」


会長はそう言うと、私のほうへと視線を向けた。


緊張して言葉が詰まってしまう。まずい……っ。

そう思っていると、蓮は私の腰に手を回しながら口を開いた。


「ご紹介します。妻の紬です」


「初めまして。久我山紬と申します。主人がいつも大変お世話になっております」


私は頭を下げながら言った。

すると、会長はあたたかい笑顔で頷いた。


「なんと可愛らしい奥様だ。久我山くんが隠しておきたかった理由が分かる気がするよ」

「はは、参ったな。見抜かれてしまいましたか」


蓮は余裕の笑みで冗談を返す。

蓮がエスコートしてくれたから、なんとか形になった……。


その後も、次々と挨拶に訪れる人々の波が途切れなかった。

時には善意だけでなく……。


「久我山社長が結婚されたって聞いた時は驚いたわ。 ……で、こちらがウワサの奥様?ずいぶんとまあ……素朴な方を選ばれたのね」


悪口ですよね!?!

イラっとしたけれど、ここは我慢よ私……。


「ええ、うちの妻は着飾らずとも、そのままで最高に美しいですから」

「なっ……!」


屈辱で顔を引きつらせる女性になど構わず、蓮は余裕の笑みで一蹴する。


す、すご……。

煽り耐性もあるのか……この人。


「では失礼」


蓮は彼女に背を向け、私を連れてその場を離れた。


なんか守ってもらった気分……。

心臓の音がうるさくて仕方がない。


最高に美しいなんて思ってないのは知ってるんだけど……あんなこと言われたら誰だって照れるって!


「すまなかったな」


蓮は人から少し離れたところまで私を連れてきた。


「えっ」

「嫌な気持ちにさせた。前からあの女からは言い寄られていたから敵視してあんなことを言ってきただけだ。だから気にするな」


「わ、私は別に大丈夫だったけど……それにあんたが守ってくれたし……最高に美しいなんてさ久我山社長はお世辞もお上手で」


そんな風にからかった時。


「??」


彼は意味が分からないとでもいいたげに眉をひそめた。


「なにもお世辞は言ってないが?」

「へっ……」


「俺は事実を言っただけだぞ」

「っ……!!」


あまりに真剣なトーン。

そこには揶揄いも計算もなく、ただ純粋な「肯定」だけがあった。


(……ずるい。これは反則だ)


お世辞よりもタチが悪い。

その後、会場に戻っても挨拶回りの波は途切れなかった。


大企業の重役たちと対等に渡り合い、時には英語で海外のゲストと談笑したり……。


自信に満ちた横顔。 慣れた所作。

私の知らない場所で、彼はこうやって渡り合っていたんだな……。


すべての予定を終え、ハイヤーに乗り込んだのは二十二時過ぎだった。


車が走り出す。


「……ふぅ」


蓮がネクタイを緩め、シートに深く沈み込んだ。


「悪かったな。もう少し早く帰ろうと思ったんだが……」

「ううん、あれじゃあ抜けられないもん」


いっつもこんな感じなんだろうな……。

隣で次々と商談や社交をこなしていく蓮の姿を間近で見られるのは、少し新鮮だった。


会社での彼は知っているつもりだったけれど、こういう社交場での彼は、また一段と輝いて見える。


多くの人が彼に敬意を払い、言葉を求めている。

でもその分、やっぱり思うこともあった。


(やっぱり蓮は私なんかとは住む世界の違う人なんだな……)


「……蓮は、すごいね」


思わず、ぽつりと本音がこぼれた。


「ん?」


「あんな大勢の人の中で堂々としてて……やっぱり、私なんかとは出来が違うなって」


きっと私と離婚をしたらもっと、私なんかよりもすごい人と……彼と対等に歩ける人と一緒になるんだろうな。


蓮のこの先の人生を応援したいって思う。

だから私が人生の汚点にならないように気をつけなくちゃいけない。


「変わるも変わらないもないだろ」


そんなこと、ないよ。

この日は隣にいるのに、ひどく寂しかった。


私は彼に気づかれないよう、そっと窓の外に視線を逸らした──。




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