第9話 傭兵登録
第八採掘区での納品を終えたアストライアは、帰路用の荷物を一件だけ積み、ノード・セブンへ戻った。
帰りの依頼は鉱石サンプルの輸送。報酬は九百クレジットと安かったが、どうせ戻るなら空荷よりはいい。
結局、その日の稼ぎは三千クレジットを少し超えた。
「悪くない?」
『現在残高は三千六百八十二クレジットです』
「増えたなあ」
『昨日比では大幅増加です』
「この調子なら修理代もすぐ貯まる?」
『必要修理費が未確定です』
「夢見させてくれないね」
アストライアを接舷させ、ユウは傭兵協会へ向かった。
昨日は申請だけで終わったが、今日は適性確認と正式登録がある。
傭兵協会の受付区画は、港湾管理局よりかなり雑多だった。
壁には依頼情報が大量に流れ、装備を身につけた船乗りや護衛員らしき人間が行き交っている。
大型の武器ケースを持っている者もいれば、完全に普段着の者もいる。
「思ってたより普通だな」
『何を想定していましたか』
「もっと全員怖い感じ」
『偏見と判断します』
「否定できない」
受付端末へ仮登録情報を送る。
数秒後、整理番号が表示された。
《登録審査 B-17》
「待つのか」
『待機人数十一』
「宇宙でも順番待ち」
ユウは空いていた椅子に座った。
周囲を見ていると、傭兵という言葉から想像していたより仕事内容は幅広いらしい。
討伐。
護衛。
救難。
調査。
回収。
危険宙域での輸送。
施設防衛。
遭難船の捜索。
船を持っていない個人向けには、警備員や乗組員募集まである。
「傭兵っていうより何でも屋?」
『掲示情報を見る限り、その表現に近いです』
「戦うだけじゃないんだな」
その方がユウにはありがたい。
昨日の戦闘を思い出すと、積極的に誰かを撃ちに行きたいとは思わない。
船で稼げるなら、まずは安全な仕事を重ねたい。
「B-17番の方」
声をかけられ、ユウは立ち上がった。
*
受付の奥にある小さな面談室。
正面に座っていたのは、五十代くらいの男性だった。
髪は短く、左眉の上に古い傷がある。
「ユウだな」
「はい」
「船はアストライア。九十四・八メートル。暫定登録船」
「そうです」
「戦闘経験一回」
「昨日です」
「救難一回」
「それも昨日です」
「忙しいな」
「自分でもそう思います」
男は端末を見ながら鼻で笑った。
「俺はダグラス。登録審査担当だ」
「よろしくお願いします」
「最初に言っとくが、ここは軍じゃない。依頼を受けるかどうかは自分で決めろ。受けた後に泣きついても知らん」
「はい」
「契約違反すれば罰金。悪質なら登録停止。民間船襲ったらその時点で犯罪者だ」
「それはしません」
「みんな最初はそう言う」
ダグラスは淡々と説明を続ける。
「傭兵登録には等級がある。下からE、D、C、B、A」
「Sは?」
「ない」
「ないんだ」
「何でも上にS付けたがる奴がいるな」
「ゲームだとよくあるので」
「知らん」
少し恥ずかしい。
「新人は原則Eからだ。実績と審査で上がる。高い等級ほど報酬の大きい仕事を受けられるが、その分責任も増える」
「Eだと何ができる?」
「一般輸送、低危険度護衛、救難、回収、調査補助。討伐系も受けられるが、小規模案件までだ」
「十分ですね」
「最初から大型宙賊艦と戦いたいとか言われても困るからな」
「言わないです」
昨日だけで十分だった。
ダグラスが画面を切り替える。
「それで、お前の登録が少し止まってた理由なんだが」
「船?」
「それもあるが、こっちだ」
表示されたのは救難記録だった。
《救難対象 トーマス・レイン》
《救助時生命維持残量 危険域》
《救助完遂》
《契約任務中の自主救難行動》
「これ、何か問題ありました?」
「逆だ」
ダグラスがユウを見る。
「トーマス・レインはD級傭兵だ」
「傭兵だったの?」
「今は貨物仕事を中心にしてるがな。登録歴六年。救難記録の信用度も高い」
「それで?」
「本人から推薦が入ってる」
ユウは少し驚いた。
「推薦?」
「新人登録の参考評価だ。珍しくはないが、昨日会ったばかりの奴に出すのは珍しい」
端末に短い文章が表示される。
《救難要請に対し即時対応》
《危険宙域での判断に問題なし》
《報酬確認より救助を優先》
《少なくとも見捨てる類ではない》
「最後、褒めてる?」
「十分褒めてる」
「そうなんだ」
ダグラスは少し笑う。
「傭兵協会が一番嫌うのは、契約の意味を理解しない奴と、金のためなら何でもやる奴だ」
「傭兵なのに?」
「金は大事だ。だが信用がなきゃ仕事は回らん」
その言葉には納得できた。
「護衛を頼んだ奴が、金積まれたら敵側に寝返りましたじゃ困るだろ」
「それは困る」
「救難要請無視して積荷だけ拾う奴もな」
「いるんです?」
「いる。長くは続かんが」
ダグラスは表示を閉じる。
「それと第六中継からも戦闘記録が来てる」
「もう全部見られてるな」
「登録審査だからな」
戦闘記録が表示される。
アストライアによる防御射撃。
敵シールドへの攻撃。
誘導弾迎撃。
施設防衛協力。
「未経験者にしちゃ落ち着いてる」
「ほとんどAIですよ」
「射撃計算はな。撃つか逃げるか決めたのはお前だ」
「同じことガレンさんにも言われました」
「なら覚えとけ」
ダグラスは少し姿勢を変えた。
「船が強くても、船長が馬鹿ならすぐ死ぬ」
シンプルだった。
「逆は?」
「船が弱すぎても死ぬ」
「世知辛い」
ダグラスが初めて声を出して笑った。
*
その後は簡単な筆記確認と規約説明だった。
救難信号の優先順位。
民間施設周辺での武器使用。
宙賊指定の扱い。
拿捕物の所有権。
契約放棄時の違約金。
内容は多かったが、どれも生きていくなら必要な知識だった。
「宙賊って誰が決めるんです?」
「基本は各政府か治安機関。明確な犯罪記録があれば協会データにも載る」
「怪しい船だから撃っていいとかは?」
「駄目だ」
「ですよね」
「先に撃たれたなら自衛。救難を装って襲撃してきた証拠があれば対処していい。だが勝手に宙賊認定して沈めるな」
「分かりやすい」
昨日の不明船は、先に発砲してきたから問題なし。
今後はそう簡単ではないらしい。
「あと撃破した船の残骸って拾っていいんです?」
「状況による。自衛戦闘なら一定範囲で回収権が認められる。討伐依頼なら契約条件次第」
「船そのものは?」
「拿捕できれば資産扱いになることもある」
「船も?」
「動く状態ならな」
「……結構大きいな」
ユウの反応を見て、ダグラスが目を細める。
「変なこと考えるなよ」
「考えてないです」
「顔に出てる」
「壊れたアストライア直すのに使えるかなって」
「それを考えてるって言うんだ」
否定できない。。。
すべての確認が終わると、ユウの端末へ新しい登録情報が送られた。
《傭兵協会登録完了》
《登録者 ユウ》
《等級 E》
《保有船舶 ASTRAIA》
「おお」
「今日から正式に傭兵だ」
「意外とあっさりですね」
「登録はな。生き残る方が難しい」
喜んでいいのか分からない言葉だった。
「EからDに上がるには?」
「実績を積め。件数だけじゃない。契約達成率、依頼主評価、危険度、違反歴、全部見る」
「何件くらい?」
「人による」
「目安は?」
「早い奴で数か月。普通はもっとかかる」
「地道だな」
「地道にやれ」
ダグラスはそう言って、依頼閲覧権限を開放した。
「新人向け案件は端末から見られる。最初は無理すんな」
「はい」
ユウは立ち上がる。
「ああ、一つ」
「何です?」
「お前の船。鑑定終わってないんだろ」
「今日これからです」
「結果が出るまでは主砲使うなよ」
「そんなに?」
「出力不明の固定砲なんぞ、近くで撃たれたら管制が泣く」
「分かりました」
アストライアの前方固定式高密度加速砲。
いまだに一度も撃っていない。
少し興味はある。
だが、試し撃ちで問題を起こすほど馬鹿ではないつもりだった。
*
傭兵協会を出ると、リーネから連絡が入った。
『登録終わった?』
「今終わった」
『何級?』
「E」
『普通だね』
「もっと驚いてくれてもよくない?」
『新人なんだからEでしょ』
「ですよね」
リーネは今日、商会側でアストライアを診られる整備業者を手配してくれていた。
『第三ドックへ来て。紹介したい人がいるから』
「整備屋?」
『そう。腕はいいよ』
「高い?」
『安くはない』
「そこ重要なんだけど」
『安くてアストライア触れる人の方が怖いと思う』
「納得した」
ユウは第三ドックへ向かう。
昨日歩いた時とは、少し気分が違う。
正式な個人登録がある。
船も暫定とはいえ自分名義。
口座に少額だが金もある。
そしてE級とはいえ、仕事を受けられる資格までできた。
「なんか一気に住人っぽくなったな」
『昨日と比較し、社会登録情報は大幅に増加しています』
「そういう意味じゃないけど、まあいいか」
第三ドックへ到着すると、アストライアの前にリーネがいた。
その隣には、赤茶色の髪を無造作にまとめた若い女性が立っている。
油汚れの付いた作業服。
片手に大型端末。
アストライアを見上げたまま、こちらには気づいていない。
「リーネ」
「あ、来た」
声をかけると、作業服の女性も振り返った。
「この人?」
「そう。アストライアの船長」
「へえ」
女性はユウを上から下まで軽く見る。
それからすぐにアストライアへ視線を戻した。
「本当にこれ動いてるんだ」
「動いてます」
「中も見ていい?」
「いきなりだな」
「駄目?」
「壊さないなら」
「壊さないよ」
即答だった。
リーネが苦笑する。
「ユウ。この子、リア・フェルナー。船舶整備士」
「リアです。よろしく」
「ユウです」
リアは軽く手を上げただけで、また船を見る。
「外装だけでも変だなあ」
「みんなそれ言う」
「だって変だもん」
嬉しそうに言われたのは初めてだった。
「嫌いじゃない?」
「むしろ好き」
リアはアストライアの船腹を見上げ、楽しそうに笑った。
「こういう正体分かんない船、大好き」
ユウはリーネを見る。
「この人に任せて大丈夫?」
「腕は保証するよ」
「性格は?」
「保証してない」
「聞こえてるよ」
三人でそんなやり取りをしていると、アイリスから通信が入った。
『艦長』
「どうした?」
『船外から複数の能動走査を確認しています』
「リア?」
「まだ何もしてないよ」
リアの表情が変わる。
「どこから?」
『第三ドック外周。走査源は移動中』
ユウもドックの開口部を見る。
多数の船が行き交うノード・セブンの港。
その中のどれかから、アストライアへ向けてセンサーが当てられている。
「普通の検査じゃない?」
『管制走査とは異なります』
昨日、オルソンに言われた言葉を思い出す。
珍しい船だと知られれば、面倒なのが寄ってくる。
「アイリス、発信元分かる?」
『追跡します』
リアはもう笑っていなかった。
「ユウ」
「何?」
「この船のこと、どこまで他人に話した?」
「ほとんど何も」
「じゃあ少し急いだ方がいいかも」
リアがアストライアを見る。
「この子、思ってるより目立ってるよ」




