第8話 漂流者
アストライアは貨物輸送の予定航路を外れ、残骸群へ向けて減速していった。
正面画面に映るのは、焼け焦げた装甲片と、半ば潰れた小型艇。破片の一部はゆっくり回転しながら漂い、ところどころにまだ弱い熱反応が残っている。
「生存者の位置は?」
『小型艇後部。残存気密区画内です』
「状態は?」
『生命反応は弱いですが継続しています。酸素残量は推定二十八分』
「思ったよりないな」
『救出を急ぐことを推奨します』
「周りは?」
『現在、接近する推進反応なし。武器管制波も確認されていません』
「じゃあ行こう」
ユウは即座に決めた。
昨日の戦闘で、宇宙では油断すると普通に撃たれることは理解した。それでも、二十八分しか酸素がない相手を前にして、延々と安全確認だけしている気にはなれなかった。
「どうやって助ける?」
『当艦を対象艇へ直接接舷させる方法が最も安全です』
「できる?」
『対象艇の船体変形が大きいため、通常接続は困難です』
「他は?」
『貨物区画側の非常接続口を使用します。気密保持用シールを展開すれば、破損部へ直接固定可能です』
「そんな機能あるんだ」
『救難用途を想定した設備です』
「航路開拓艦って結構なんでもできるな」
『長距離独立行動を前提としています』
「なるほど」
アストライアがゆっくり小型艇へ近づく。
相手の船体は四十メートルにも満たない。前半分は大きく裂け、右舷側にはレーザーで焼かれたような跡が走っている。
残骸の中には、貨物らしき破片も混じっていた。
「これ、普通の輸送艇?」
『船体構造から、小型貨物艇と推定します』
「襲われた?」
『戦闘痕から、その可能性が高いです』
ユウは画面を見つめる。
宙賊。
昨日聞いた言葉が、今度は現実味を持ってくる。
「中継の近くでも出るんだな」
『この宙域の治安情報はまだ不足しています』
「ノード・セブン周辺も安全ってわけじゃないか」
『少なくとも完全ではありません』
アストライアが小型艇の後部へ回り込む。
アイリスが破損状況を見ながら位置を微調整していく。
『接続位置確定』
「俺は何する?」
『救難区画へ移動してください』
「俺が行くの?」
『現在の乗員は艦長一名です』
「そうだった」
選択肢がなかった。
*
ユウは貨物区画へ向かった。
壁際の非常接続口が開き、その向こうに簡易エアロックが現れている。
アイリスの指示通り、収納棚から軽量の船外活動服を取り出す。宇宙服と呼ぶほど大げさではないが、気密機能と短時間の生命維持装置が付いた作業服らしい。
「これ、着方合ってる?」
『胸部固定具をもう一段締めてください』
「これ?」
『はい』
「宇宙で服の着方から教わるとは思わなかった」
『必要な教育です』
「助かってるよ」
ヘルメットを被る。
視界の端に酸素残量や船体接続状況が表示された。
「こういうのはちょっとテンション上がるな」
『心拍数が上昇しています』
「そこ測らなくていい」
非常接続口の外側で、アストライアの気密シールが展開される。
破損した小型艇の後部外板へ、柔らかい筒状の接続部が押しつけられ、周囲を覆っていく。
『気密形成中』
「ちゃんと閉じる?」
『対象船体の変形を補正しています』
「失敗したら?」
『接続区画は真空のままです』
「聞かなきゃよかった」
数秒。
表示が緑へ変わる。
『接続完了。内部気圧は低い状態です。ヘルメットは維持してください』
「了解」
ユウは小型艇側の非常ハッチへ近づく。
だが、扉は歪んでいた。
「開かない」
『手動解除装置を使用してください』
「どれ?」
『右側下部』
カバーを外す。
中に大きなレバー。
「これ引く?」
『はい』
力を入れる。
動かない。
「固い!」
『船体変形の影響です』
「もっと早く言って」
両手で引く。
少しずつ動く。
最後に強く引くと、内部で何かが外れる音がした。
扉が数センチ開く。
「よし」
隙間へ手をかけ、さらに開く。
中は暗かった。
非常灯だけが赤く点滅している。
空気は残っているようだが、かなり薄い。
『生存者まで約六メートル』
「近いな」
ユウは慎重に中へ入る。
重力は弱い。
船体の姿勢制御が死んでいるのか、足を離せば身体が少し浮く。
「慣れないなこれ」
『壁面手すりを使用してください』
壁には破損した端末。
床には散らばった荷物。
途中で一人分の宇宙服が引っかかっていた。
「これ……」
『生命反応なし』
「……分かった」
見ないようにして先へ進む。
奥。
小さな区画。
非常隔壁が閉じている。
『生存者は内部です』
「開ける」
今度の隔壁はまだ動いた。
手動解除。
扉がゆっくり開く。
中に人がいた。
「いた!」
壁際。
一人の男。
年齢は三十代くらい。
作業服。
額に血。
片脚が座席フレームに挟まれている。
意識はある。
ユウを見ると、弱々しく顔を上げた。
「……救助?」
「そうです。動けます?」
「脚が……」
見れば分かる。
フレームが歪み、足を完全に挟んでいる。
「アイリス、これ外せる?」
『構造材を切断する必要があります』
「工具は?」
『救難用カッターを携行しています』
腰の収納から小型工具を取り出す。
見た目は短い棒。
スイッチを入れると先端に白い光が生まれた。
「これで切るの?」
『はい。対象者へ接触しないよう注意してください』
「急に難易度上がったな」
男が苦しそうに笑う。
「素人か?」
「昨日宇宙に来たばかりです」
「……冗談きついな」
「本当なんですよ」
「なら俺、運悪いな」
「生きてるだけまだ運いいです」
ユウはフレームへカッターを当てる。
金属が赤くなり、少しずつ切れていく。
『酸素残量、対象区画推定十九分』
「急かさないで」
『情報提供です』
「分かってる」
一本。
もう一本。
最後にフレームを持ち上げる。
「抜けます?」
「やってみる」
男が脚を引く。
少し動いた。
ユウも手を貸す。
「せーの」
抜けた。
「よし!」
「……助かった」
男は立てない。
ユウが肩を貸し、そのまま非常接続口まで戻る。
途中。
男が小さく聞いた。
「船は?」
「もう無理だと思います」
「他の連中は?」
「……生命反応は、あなただけでした」
男は何も言わなかった。
数秒だけ目を閉じる。
「そうか」
それ以上、ユウも何も言えなかった。
*
アストライアへ戻ると、そのまま簡易医療区画へ運んだ。
ベッドへ寝かせた瞬間、天井の医療アームが自動で降りてくる。
「これ動くんだ」
『治療支援を開始します』
男が驚いた顔をする。
「自動医療?」
「らしいです」
「珍しいな」
「そうなんです?」
「小型船でここまでの設備は普通ない」
またアストライアの妙なところが一つ増えた。
医療アームが脚の状態を確認。
骨折。
裂傷。
軽度の酸素欠乏。
命に関わる状態ではないらしい。
「助かる?」
『適切な治療を行えば問題ありません』
「よかった」
ユウはその場で大きく息を吐いた。
戦闘とは違う疲れだった。
「名前、聞いてなかったですね」
「トーマス・レイン」
「ユウです」
「船長か?」
「一応」
「若いな」
「そっちもそんな変わらないでしょ」
トーマスは少し笑った。
「アストライアって言ったか?」
「はい」
「見たことない船だ」
「最近そればっかり言われます」
「救難船じゃないよな?」
「航路開拓・観測艦らしいです」
「何だそれ」
「俺もよく分かってません」
トーマスは少し怪訝そうにしたが、今はそれどころではないらしい。
「何があったんです?」
「宙賊だ」
ユウの表情が変わる。
「やっぱり」
「二隻。最初は識別出して近づいてきた。救難業者を装ってた」
「それで?」
「距離詰めたところで武装展開。貨物寄越せってな」
トーマスは苦い顔をする。
「断った?」
「一回は逃げた。こっちも小型貨物艇だからな。でも向こうの方が速かった」
「昨日のやつと関係あるかな」
「昨日?」
「第六中継で、未登録船に襲われたんです」
「船の特徴は?」
ユウがアイリスに昨日の記録を出してもらう。
七十二メートル級。
細長い船体。
複数のレーザー兵装。
ミサイル装備。
トーマスが表示を見る。
「……違う」
「別?」
「ああ。俺らを襲ったのは五十メートル前後が二隻。片方は古い採掘船改造だ」
「この辺、そんな宙賊多いの?」
「最近増えてる」
嫌な情報だった。
「ノード・セブンの近くなのに?」
「近いからだよ」
「え?」
「交易船が多い。採掘区もある。狙うものが多いってことだ」
なるほど。
人が多い場所ほど安全だと思っていたが、宇宙では必ずしもそうではないらしい。
「警備は?」
「主要航路は巡回してる。でも全部守れるわけじゃない。少し外れればこうなる」
トーマスが自分の脚を見る。
「俺らも迂回したのが失敗だった」
「何で航路外れた?」
「混雑避けたかった。それだけだ」
それだけで船を失った。
宇宙は怖い。
「宙賊、まだ近くにいると思う?」
「分からん。貨物はほとんど持っていかれた。俺らを沈めた後、どっか行った」
「戻ってくる可能性は?」
「ある」
ユウはすぐにアイリスへ確認する。
「周辺警戒強められる?」
『可能です。ただしセンサー出力を上げます』
「今は上げよう」
『了解』
少しして。
センサー範囲が広がる。
反応なし。
「とりあえず大丈夫そう」
「お前、これからどこ行く?」
「第八採掘区。貨物届ける途中です」
「なら俺もそこで降ろしてくれ。医療設備ある」
「分かりました」
予定変更は最小限で済む。
ユウは一度貨物の状態を確認する。
コンテナ四つ。
損傷なし。
納期もまだ余裕がある。
「初仕事で遭難者拾うとは思わなかったな」
『航路変更による遅延は三十八分です』
「それくらいなら大丈夫だよね」
『契約期限内です』
トーマスが少し驚いた顔をする。
「仕事中だったのか」
「初仕事です」
「初仕事で寄り道してたら儲からんぞ」
「でも見つけちゃったし」
「普通は管制に位置送って終わりにする奴もいる」
「そうなんです?」
「救助は金にならないことも多いからな」
ユウは少し考えた。
「でも死ぬでしょ」
「まあな」
「なら助けるかな」
トーマスがしばらくユウを見る。
それから少し笑った。
「変な船長だな」
「よく言われそうな気がします」
「まだ二日目だろ」
「そうでした」
ユウも笑った。
*
出発から約三時間半。
第八採掘区が見えてきた。
巨大な小惑星。
その周囲に張り付くように採掘施設が並んでいる。
資源搬出用の貨物船。
小型作業艇。
掘削装置。
ノード・セブンとは違う、完全な工業拠点だった。
「すごいな」
『採掘活動を多数確認』
「宇宙で鉱山ってこうなるんだ」
管制へ到着申請。
貨物情報。
救助者一名。
すべて送信。
返答はすぐに来た。
《貨物受入区画 C-12》
《救急班待機》
《接舷許可》
「ちゃんと間に合った」
『契約期限まで十九時間以上あります』
「余裕だったな」
アストライアが指定区画へ入る。
接続完了。
救急班がトーマスを運び出していく。
ストレッチャーへ移される直前、トーマスがユウを呼んだ。
「ユウ」
「はい?」
「ノード・セブンに戻るんだろ?」
「そのつもりです」
「なら、傭兵協会で俺の名前出せ」
「なんで?」
「救助記録入れとく。少しは評価になる」
「そんなのあるんです?」
「救難協力も実績だ」
「助かります」
「助かったのはこっちだ」
トーマスはそれだけ言って運ばれていった。
ユウは少しだけその背中を見送る。
それから貨物区画へ向かった。
納品。
コンテナ四つ。
損傷なし。
《契約完了》
《報酬 2,400Cr》
「来た!」
端末へ数字が表示される。
「二千四百!」
『口座へ入金を確認』
「人生初の宇宙給料だ」
『報酬です』
「似たようなもんだよ」
さらに。
《救難支援記録》
《登録》
《救助対象 1名》
「これもついた」
『傭兵協会の実績参照対象となる可能性があります』
「寄り道してよかった」
金だけではない。
この世界で初めて、自分がやったことが記録として残った。
ユウは口座残高を見る。
入港費や細かな支払いを考えても、昨日よりはかなり増えている。
「これなら少し修理できる?」
『大規模修理には不足しています』
「現実に戻すの早いな」
それでも。
最初の一歩だ。
アストライアを直す。
そのために働く。
働けば金が入る。
かなり単純な話になってきた。
ユウはその時まだ知らなかった。
今回助けたトーマスから送られた救難記録が、翌日。
傭兵協会で思っていたより少し大きな意味を持つことになることを。




