第7話 最初の仕事
リーネに連れられて入ったのは、商業区の端にある小さな喫茶店だった。
店内は木目調の内装で、宇宙ステーションの中とは思えないくらい落ち着いている。窓らしきものはなく、代わりに壁の一面へ外部映像が映されていた。
船が行き交う港。
その向こうに広がる星空。
ユウは席へ座るなり、少しだけ周囲を見回した。
「こういう店もあるんだ」
「ノード・セブンは交易拠点だからね。船乗り向けの店ばかりじゃないよ」
「もっと金属と油の匂いしかしない場所かと思ってた」
「偏見すごいね」
リーネが笑い、端末をテーブルへ置く。
店員が来ると、リーネは慣れた様子で飲み物を二つ頼んだ。
「俺、金ないけど」
「今日は私が出すよ」
「助かります」
「そこは遠慮しないんだ」
「六百クレジットしかないので」
「思ったよりないね」
「でしょう?」
リーネは少し呆れた顔をしたあと、端末を操作した。
画面にいくつかの案件情報が並ぶ。
「で、仕事の話だけど。いきなり海賊討伐とかはやめた方がいい」
「やっぱり?」
「当たり前。昨日一回戦っただけなんでしょ?」
「はい」
「それで死んだら商売相手にならないから」
言い方は現実的だった。
リーネは画面を一つ拡大する。
《小型貨物輸送》
《ノード・セブン → 第八採掘区》
《報酬 2,400Cr》
「まずはこういうの」
「二千四百」
「燃料と入港費を引くと、手元にはもう少し減るけど」
「それでも今の四倍近い」
「そういう計算になるね」
ユウは画面を食い入るように見る。
荷物は精密部品。
危険物なし。
期限は二日。
護衛なし。
「これ、俺でも受けられる?」
「船舶登録が暫定なのが少し引っかかるけど、商会経由なら通せる」
「商会って便利だな」
「便利だから商会なの」
次の案件。
《調査用センサーユニット配送》
《報酬 1,800Cr》
さらに。
《故障作業艇回収》
《報酬 3,100Cr》
「回収の方が高い」
「危険度も少し上がるよ」
「なんで?」
「故障地点が航路外だから。通信も弱いし、周辺に小型デブリが多い」
「なるほど」
ユウは少し考えた。
「リーネならどれすすめる?」
「最初なら貨物輸送」
「堅いね」
「最初の仕事で船壊す人に貸し倒れされたくないから」
「俺、借金してたっけ?」
「これから修理したいんでしょ?」
「……そういうことか」
商会としては、ユウ自身よりアストライアの方に興味があるのかもしれない。
それでも嫌な感じはしなかった。
少なくとも、いきなり船を買い叩こうとしてくる相手ではない。
「じゃあ貨物輸送で」
「即決?」
「今は金が必要だし、安全そうだし」
「その判断は正しいと思う」
リーネが少し笑い、契約画面を開く。
「ただし、一つ条件」
「何?」
「ノード・セブンへ戻ったら、ちゃんとした整備屋を紹介させて」
「それ、俺に得しかなくない?」
「私にも得あるよ」
「アストライア見たい?」
「それもある」
正直だった。
「それと、今後も仕事を回せる相手か見たい」
「なるほど」
「船持ちって、それだけで仕事の幅広いからね」
「じゃあ、お互い様で」
「そういうこと」
契約情報がユウの端末へ送られる。
昨日までは何も持っていなかったのに、今は仮登録端末も口座もある。
少しだけ、この世界の人間になった気がした。
*
貨物の積み込みは、その日の午後に始まった。
アストライアの貨物区画へ、規格コンテナが四つ運び込まれる。
「思ったより少ないな」
『当艦貨物区画容量の約十一パーセントです』
「まだ全然積める」
『はい』
「貨物船みたいに使うのもあり?」
『任務内容によります』
「金になるなら何でもいいな」
『危険物を除きます』
「そこは除こう」
積み込み作業を見ていた整備員の一人が、アストライアの貨物固定設備を見て首を傾げた。
「この固定規格、見たことないな」
「またですか」
「でも使える。むしろ調整幅広い」
「いい船なんですよ」
「もう愛着湧いてるじゃん」
「まあね」
昨日までは、自分の船という感覚も薄かった。
それでも、他人に褒められると少し嬉しい。
積み込みが終わる頃、リーネも確認に来た。
「荷物は問題なし?」
「全部入った」
「第八採掘区までなら三時間くらい。帰りの荷物も探せばあるかも」
「帰りも稼げる?」
「空荷で戻るのはもったいないから」
「商売って感じしてきたな」
「最初から商売の話してるよ」
ユウは笑った。
「ところで、これ失敗したら?」
「荷物壊したら弁償」
「いくら?」
「貨物価値、約一万八千クレジット」
「報酬二千四百なのに?」
「そういうもの」
「急に緊張してきた」
リーネは少し楽しそうだった。
「だから無茶しないで」
「了解」
*
アストライアはノード・セブンを出航した。
今度は警備艇に挟まれていない。
ちゃんと管制から航路許可をもらい、自分の意思で仕事へ向かう。
「なんか昨日より気楽だな」
『敵対反応がないためと推定します』
「それもあるけど、目的があるからかな」
『貨物輸送です』
「そう。仕事して金もらう」
『理解しました』
航路は安定していた。
周囲には同じ方向へ進む輸送船もいる。
交通管制信号も継続して入る。
初めて見る景色ばかりだが、昨日ほどの孤独感はなかった。
ユウは自動航行に任せながら、商会から渡された資料を読む。
第八採掘区。
小惑星資源採掘を行う小規模施設群。
常駐人口は少ない。
主に鉱石と精製前素材を扱う。
「こういう場所がいっぱいあるんだな」
『現在取得した航路情報では、周辺に十二の有人施設を確認しています』
「思ったより文明圏広い」
『より広範囲の情報取得には正式航路データが必要です』
「そのうち買う?」
『価格情報は未取得です』
「また金か」
『はい』
何をするにも金がいる。
宇宙でもそこは変わらない。
ユウはしばらく資料を読んでいたが、ふと正面画面を見る。
「アイリス」
『はい』
「昨日の敵船、なんだったんだろ」
『識別情報は取得できませんでした』
「宙賊?」
『可能性はあります』
「俺狙ってたよね」
『初期攻撃目標は当艦でした』
「なんでだろ」
そこだけが引っかかっている。
中継施設でもなく、警備艇でもなく。
最初に狙われたのはアストライアだった。
「珍しい船だから?」
『可能性はあります』
「でもあの時、相手は近くで船体見てないよね」
『はい。遠距離センサーによる識別のみと推定』
「何か信号出してた?」
『通常識別信号以外、外部送信は確認できません』
「うーん」
考えても答えは出ない。
「まあいいか」
『保留しますか?』
「うん。今は仕事優先」
少なくとも昨日の相手が今追ってきている様子はない。
*
出航から一時間半。
予定航路の中間付近。
『進路前方に小型反応』
「船?」
『推進反応なし。人工物の可能性があります』
画面が拡大される。
小さな物体。
回転しながら漂っている。
「デブリ?」
『可能性があります』
ユウは少し考える。
「航路上にこんなの普通にある?」
『交通管制情報には登録されていません』
「避けよう」
『進路修正します』
アストライアが少し航路をずらす。
その時。
『追加反応』
「また?」
『三。五。八』
表示が増える。
「多くない?」
『人工物反応、合計十二』
ユウの表情が変わる。
「全部止まってる?」
『はい』
正面画面に、少しずつ形が見えてくる。
金属片。
船体部品。
焼け焦げた装甲。
そして。
「……船?」
『小型艇の残骸を確認』
ユウは黙る。
昨日見た敵船が頭をよぎった。
「事故?」
『判定不能』
さらに近づく。
アストライアのセンサーが残骸を詳しく拾う。
『戦闘損傷痕を確認』
「戦闘?」
『レーザーによる焼損。実弾衝突痕も存在します』
嫌な感じがする。
「管制に送れる?」
『送信可能』
「通報しよう」
交通管制へ残骸情報を送る。
その直後。
『微弱通信を検出』
ユウが止まる。
「どこから?」
『残骸群内部』
「生存者?」
『不明』
音声を拾う。
雑音。
途切れた信号。
《……救……》
《……酸素……》
《……誰か……》
ユウはすぐに身を乗り出した。
「生きてる?」
『生命反応を探索します』
数秒。
『一名確認』
「助けられる?」
『接近は可能です』
「貨物は?」
『航路変更による納期影響は軽微』
「じゃあ行こう」
『周辺安全確認を推奨します』
アイリスの声が少しだけ低くなる。
「何かいる?」
『現時点で推進反応なし。ただし、残骸が戦闘によって生じたのであれば、攻撃者が近隣に存在する可能性があります』
ユウは一瞬だけ迷った。
昨日。
初めて撃たれた。
怖かった。
今も戦いたいわけではない。
それでも、画面の向こうには、生きている人間がいる。
「……助けよう」
『了解しました』
アストライアが航路を外れる。
初仕事は、ただ荷物を運ぶだけで終わるはずだった。
どうやら宇宙では。
予定通りにいかない方が、普通なのかもしれなかった。




