第6話 ノード・セブン
翌日。
必要最低限の補給と応急修理を終えたアストライアは、第六中継施設を離れてノード・セブンへ向かっていた。
ユウは艦長席に座り、正面画面に表示された航路情報を眺める。
「半日もかからないって言ってたけど、どれくらい?」
『現在速度を維持した場合、約九時間四十分です』
「十分長いな」
『宇宙航行としては短距離です』
「その基準まだ慣れない」
アストライアは前日の戦闘でシールド出力を消耗したものの、船体そのものに損傷はなかった。
第六中継施設では外部補修と最低限の点検だけを受け、主電源系統の負荷を抑えるため、一部の使用していない区画をさらに停止している。
それだけでも状態は少し安定した。
「結局、昨日の修理代いくらだった?」
『管理局謝礼と相殺後、支払い額はゼロです』
「すばらしい」
『ただし補給品は最小限です』
「それでもタダは正義」
中継施設の防衛に協力した謝礼。
撃破した誘導弾の迎撃評価。
さらに敵船が落とした部品の回収権の一部。
それらを全部まとめて、最低限の食料と消耗品、外部補修費へ回した。
現金として残ったのはほとんどない。
「所持金って今いくら?」
『仮登録口座残高、八百四十クレジット』
「八百四十って多い?」
『比較情報が不足しています』
「またそれか」
少なくとも、第六中継の食堂では一食十二から二十クレジット程度だった。
その感覚なら、八百四十クレジットは完全な無一文よりはマシだが、宇宙船の修理費に届く金額ではないのは明らかだった。
「昨日オルソンに軽く聞いたら、外装パネル一枚でも数百って言ってたしな」
『当艦の中枢部品は既存規格との互換性が低い可能性があります』
「つまりもっと高い」
『はい』
「働こう」
結論は早かった。
*
航行の途中。
ユウはようやく手動操艦を試していた。
「これでいい?」
『右へ二・一度過剰です』
「細かいな」
『航路補正しますか?』
「待って。自分で戻す」
艦長席の前に表示された半透明の操作盤。
左右に手を置くと、推進方向、姿勢制御、加速量などが立体表示される。
操縦桿はない。
その代わり、指先と手の動きで船体へ指示を出す方式らしい。
最初は戸惑った。
だが、十分ほど触っているうちに妙な感覚が出てきた。
「……あれ?」
『どうしました』
「なんか分かる」
右へ向きたい。
減速したい。
船首を少し下げたい。
そう思った時に、どの表示へ触れればいいのかが、考えるより先に手へ出てくる。
「これアイリスが補助してる?」
『操作補助は最低限です』
「最低限?」
『衝突回避および危険操作のみ自動制限しています』
「じゃあ今の動き、俺?」
『はい』
ユウはもう一度ゆっくりとアストライアを旋回させる。
船体が思った通りに動く。
宇宙空間なので実際に身体へ遠心力を感じるわけではないが、正面の星々が滑るように動くことで船の向きが変わったのが分かる。
「気持ちいいな、これ」
『操艦適性は平均以上と推定します』
「平均って比較データあるの?」
『当艦に残存する旧乗員訓練記録との比較です』
「それ初めて出てきたね」
『質問されませんでした』
「聞かないと出さないタイプだなあ」
とはいえ、気になる情報だった。
「俺って、その旧乗員より上手い?」
『現時点では判断不能です』
「残念」
『初回操作としては良好です』
「それ褒めてる?」
『評価です』
「十分」
ユウは少し笑う。
操船そのものは楽しい。
ゲームとは違う。
それでも、自分の意思で巨大な船が動く感覚には、純粋な面白さがあった。
ただし。
それとは別に、少し気になる。
「俺、初めてなのに何でこんな普通に動かせるんだろ」
『不明です』
「艦長認証と関係ある?」
『可能性は否定できません』
「何でも不明だな」
『情報不足です』
「まあ、そうだよね」
今は考えても答えは出ない。
ユウはしばらく操艦を楽しんだあと、自動航行へ戻した。
*
ノード・セブンが見え始めたのは、航行開始から八時間ほど経った頃だった。
『人工構造物群を確認』
「見せて」
正面画面が拡大される。
ユウは思わず前へ身を乗り出した。
「……でか」
第六中継施設とは比べものにならなかった。
中央に巨大な円筒形構造。
その周囲を複数のリングと居住ブロックが囲み、外側には大型船用の接続設備が何本も伸びている。
さらに、その周辺を多数の船が行き来していた。
小型艇。
輸送船。
細長い貨物船。
明らかに武装した艦。
アストライアより大きい船も珍しくない。
「街っていうより港だな」
『交通量は第六中継施設の約三十二倍です』
「比較できるようになってきたね」
『観測情報が増加しています』
「成長した」
『私ではなく情報量が増えただけです』
「分かってるって」
ノード・セブンから交通管制信号が届く。
《接近艦は航路番号を確認》
《未登録船は臨時検査レーンへ》
《軍用優先路への侵入禁止》
「未登録船、俺だね」
『はい』
「堂々と専用レーンあるなら、そこまで珍しくない?」
『未登録船そのものは一定数存在すると推定できます』
「ちょっと安心」
アイリスが管制へ情報を送る。
今回もアストライアの詳細は最低限。
ただし第六中継管理局が発行した仮登録情報があるため、前回ほど怪しまれることはなかった。
『ノード・セブン管制より応答』
「来た?」
『臨時検査区画四番へ進入許可。武器管制停止を要求されています』
「了解。言われる前に止めよう」
『実行します』
アストライアは周囲の船に混じって、ゆっくりステーションへ近づく。
そこでユウは、一隻の船に目を奪われた。
「アイリス、右側の大きいやつ」
『対象を指定してください』
「あの赤いマーカーの近く。細長いやつ」
『確認。全長約百七十メートル。武装フリゲート級と推定』
「フリゲートで百七十?」
『現地分類基準を取得中です』
「アストライアってかなり小さい方?」
『現在確認できる武装艦艇の中では小型寄りです』
「なるほど」
少し安心したような。
少し残念なような。
自分の船が特別巨大というわけではない。
むしろ百メートル弱なら扱いやすい部類らしい。
次に、大型貨物船が横切る。
全長三百メートル超。
船体のほとんどがコンテナ。
「デカいな」
『貨物輸送特化型と推定』
「いつかああいうの買ったりするのかな」
『現在の資金では困難と推定します』
「夢くらい見せてよ」
八百四十クレジットでは無理なのは分かっている。
*
ノード・セブンへ接舷すると、最初に待っていたのは手続きだった。
船舶仮登録。
個人認証。
入港申請。
武装申告。
滞在資格。
ユウは検査区画の端末前に座り、表示される項目を見ながら頭を抱えていた。
「宇宙でも役所はあるんだな……」
目の前の担当官は、二十代後半くらいの女性だった。
短い金髪を後ろでまとめ、灰色の制服を着ている。
「役所というより港湾管理局です」
「似たようなもんじゃないです?」
「言いたいことは分かります」
担当官は慣れた手つきで端末を操作する。
「ユウ。姓なし。出身星系不明。現在の正式居住登録なし。船舶アストライア、登録番号なし、建造元不明、建造年不明」
「並べられるとすごいですね」
「かなり面倒です」
「すみません」
担当官はため息をついた。
「第六中継から照会記録は来ています。中継施設防衛協力も確認済みなので、密輸船や海賊船扱いにはしません」
「助かります」
「ただ、船舶の正式登録には所有権確認が必要です」
「艦長認証じゃダメ?」
「それが何の認証かこちらには確認できません」
「ですよね」
ユウは嫌な予感がした。
「船、取り上げられたりする?」
「現時点ではしません」
「現時点では?」
「盗難船や軍保有艦と判明すれば別です」
「その可能性ある?」
「分かりません」
今度は相手に言われた。
担当官は続ける。
「当面は未照合船舶として暫定登録します。所有者はユウ。期限は三十日。その間に船体鑑定と登録審査を受けてください」
「三十日あれば大丈夫?」
「普通の船なら」
「その言い方怖いな」
船体型式が一切出ないアストライアが、普通の船ではないことくらいはユウにも分かってきた。
「それと武装」
「はい」
「固定加速砲一、パルスレーザー一、近接防御三。申告上は問題ありません」
「よかった」
「ただし主砲出力が正確に計測できていません」
「壊れてるから?」
「それもありますが、管制側の規格と一致しません。使用は緊急時以外控えてください」
「了解です」
あの前方固定砲は、まだ一度も撃っていない。
ユウとしても、街の近くで試射したいとは思わなかった。
「個人登録は?」
「仮登録から正式登録へ移行できます。犯罪照合なし。生体識別問題なし。出身地は未確認扱いになります」
「地球は?」
「登録天体にありません」
「やっぱりか」
第六中継でも分かっていた。
それでも、より大きなステーションのデータベースに期待していた部分はあった。
「日本も?」
「該当なし」
「そうですか」
思ったより少し重かった。
担当官はユウの表情を見て、少しだけ声を柔らかくする。
「未登録植民地や辺境居住地が完全に把握されているわけではありません。名称が違う可能性もあります」
「そうですよね」
「探すなら航路局や星図管理局の方が情報は多いです」
「ありがとうございます」
今すぐどうにかなる問題ではない。
それなら先に、目の前の生活だ。
「あと、傭兵登録したいんですけど」
「傭兵?」
「はい」
「経験は?」
「昨日一回戦いました」
「一回」
「はい」
「軍歴は?」
「ないです」
「警備業務経験は?」
「ないです」
「操船歴は?」
「昨日から」
「……本気ですか?」
「かなり」
担当官が無言でユウを見る。
「おすすめしません」
「ガレンさんにも言われました」
「なら聞いてください」
「でも金が必要なんですよ」
「貨物運送の方が安全です」
「船の中身ほぼ空なんですけど、できる?」
「できます」
「護衛は?」
「できます」
「海賊退治は?」
「最低ランクから受けられる案件はあります」
「じゃあ登録だけでも」
「死んでも管理局は責任を取りませんよ」
「怖い言い方するなあ」
だが。
選択肢は多い方がいい。
担当官はしばらくユウを見たあと、諦めたように登録画面を開いた。
「傭兵協会の窓口は同じ区画の二階です」
「ここじゃないの?」
「港湾管理局です」
「役所分かれてる……」
「当たり前です」
また手続きだった。
*
二時間後。
ユウはノード・セブンの商業区に立っていた。
「疲れた……」
戦闘より疲れた気がする。
個人登録。
暫定船舶登録。
入港手続き。
口座登録。
保険説明。
そして傭兵協会の初期申請。
全部終わったわけではない。
船体鑑定と傭兵適性検査は明日。
「今日はもう飯食って帰ろう」
アイリスはアストライア側にいるため、今は小型端末を通じて通信している。
『推奨します』
「何食えばいいかな」
『嗜好情報が不足しています』
「適当に探そう」
商業区はかなり賑やかだった。
食堂。
バー。
衣料品店。
工具屋。
船舶部品店。
武器店らしき場所もある。
歩いている人間の格好も様々で、作業服もいれば軍服に近いものもいる。
ユウの足が止まった。
船舶仲介店。
ガラス越しの大型表示に、販売中の船が並んでいる。
「ちょっとだけ見る」
『資金不足です』
「見るだけだから」
小型輸送船。
二十八万クレジット。
作業艇。
九万八千。
中古護衛艇。
四十一万。
フリゲート。
二百七十万。
「……高い」
『はい』
「八百四十しかないんだよね?」
『現在は入港手数料等を差し引き、六百十二クレジットです』
「減ってる!」
現実は厳しい。
ユウは表示を眺めながら、ふとアストライアのことを考えた。
「アイリス」
『はい』
「アストライアって、普通に売ったらいくらくらいになるんだろ」
『不明です』
「だよね」
売るつもりはない。
ただ。
少し気になっただけだ。
その時、背後から声がした。
「その船、本当に売る気あるの?」
ユウが振り返る。
そこにいたのは、二十歳前後に見える女性だった。
薄い茶色の髪を肩口でまとめ、落ち着いた色の上着を着ている。作業員でも兵士でもない。
手には小型端末。
「……誰です?」
「ごめんなさい。今の独り言、聞こえたから」
女性は少し笑った。
「あなた、今日入ってきた型式不明船の船長でしょ?」
ユウは固まる。
「もうそんな話広まってる?」
「港ってそういうところだから」
嫌な予感しかしない。
女性はアストライアの係留区画がある方向を見た。
「私、リーネ・アルフェリア。商会の仕事をしてるの」
「商会?」
「船とか、部品とか、情報とか。いろいろ」
そして、少し興味深そうにユウを見る。
「アストライア。もし本当に売るつもりがあるなら、一度ちゃんと見せてほしいんだけど」
「売りませんよ」
「即答なんだ」
「唯一の家みたいなもんなので」
「家?」
リーネは少し意外そうな顔をした。
ユウ自身も、口にしてから気づいた。
家。
まだ一日しか乗っていない。
それなのに帰る場所として最初に思い浮かんだのは、もうアストライアだった。
「……まあ、そんな感じです」
「そっか」
リーネは少しだけ笑った。
「なら、売る話じゃなくて別の話ができるかも」
「別の話?」
「その船、直したいんでしょ?」
ユウは目を細める。
「なんで分かるの?」
「昨日から入港記録見てればね。外装損傷、規格不明、応急修理済み。お金に困ってるのも顔で分かる」
「最後余計じゃない?」
リーネは笑った。
「仕事、探してるなら紹介できるかもしれないよ」
ユウは数秒考えた。
「詳しく聞いてもいい?」
初めて。
この世界で。
金を稼ぐ話が、向こうからやってきた。




