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第10話 この宇宙で生きていく

『走査源を特定しました』


 アイリスの声に、ユウはドックの外へ目を向けた。


「どこ?」

『第三ドック外周を通過中の小型艇。距離約七百メートル』

「こっちに来てる?」

『いいえ。減速反応なし。そのまま通過しています』


 正面の大型表示へ、アイリスから送られた映像が出る。

 灰色の小型艇。

 全長は三十メートルほど。

 船体側面には見慣れないマークが描かれている。

 リアが画面を覗き込んだ。


「ああ、あれか」

「知ってる?」

「船舶仲介屋。中古船とか部品の売買やってるところ」

「じゃあ危ない相手じゃない?」

「たぶんね」


 リーネも端末で船体マークを確認する。


「ヴァルド商船取引所の関連艇だと思う。少なくとも宙賊じゃないよ」

「なんで俺の船スキャンしたの?」

「珍しい船が入ってきたからじゃない?」

「そんな理由で?」

「中古船屋はそれが仕事みたいなものだから」


 ユウは少し安心した。

 だが、リアはアストライアを見上げたまま考え込んでいる。


「でも、外部走査を何度も当てるのはちょっと行儀悪いな」

「何か分かるもの?」

「表面構造、熱分布、推進器配置。そのくらいなら」

「中身まで?」

「普通は無理」


 ユウはアイリスへ聞く。


「何か抜かれた?」

『機密領域への侵入反応なし。外部観測可能情報のみと判断します』

「なら大丈夫か」

『ただし当艦の船体構造が既知規格と一致しないことは推測される可能性があります』

「それはもうどうしようもないな」


 隠そうにも、アストライアそのものを隠す場所がない。

 ノード・セブンのような大きな港へ来れば、人目に触れるのは避けられない。

 リーネが腕を組む。


「当面は、聞かれても型式不明の中古船くらいにしておいた方がいいと思う」

「旧文明っぽいって話は?」

「言わない」

「了解」

「リアも」

「分かってるよ」


 リアは少し不満そうだった。


「でも調べたい」

「それは俺も」

「じゃあ中見よう」

「切り替え早いな」


 危機感より好奇心が勝つタイプらしい。


     *


 リアの船内検査は、思っていたより慎重だった。

 まず艦橋。

 次に居住区。

 医療区画。

 貨物区画。

 触っていい場所と駄目な場所を、その都度アイリスへ確認しながら進んでいく。


「ここ開けてもいい?」

『許可します』

「これは?」

『禁止します』

「理由は?」

『電力系統が不安定です』

「じゃあ触らない」


 ユウは少し感心した。


「意外と素直なんだ」

「整備士は船の言うこと聞かないと死ぬからね」

「船の言うこと?」

「異音とか温度とか警告とか。無視していいことないよ」


 リアが床へ膝をつき、開いた点検口の中を覗く。

 工具を差し込むわけでもなく、まず端末で測定を始めた。


「アイリス。この配線、今生きてる?」

『補助生命維持系統です』

「こっちは?」

『旧補助電源系統。現在停止中』

「旧?」

『区分名称です』

「ふーん」


 リアの目が少し輝く。

 ユウには嫌な予感がした。


「楽しそうだね」

「楽しいよ」

「壊れてるんだけど」

「壊れてるから調べるところいっぱいあるじゃん」

「整備士ってみんなこうなの?」

「人による」


 たぶんリアが特別なのだろう。


 艦橋へ戻る頃には、二時間近く経っていた。

 リアは端末へ大量の記録を溜め込み、最初よりずっと真剣な表情になっている。


「どう?」

「うーん」

「その顔怖いな」

「先にいい話からする?」

「お願いします」


 リアが画面を出す。


「推進器。今すぐ全交換とかはいらない」

「おお」

「姿勢制御も使える。生命維持も大丈夫。水循環も問題なし」

「いいじゃん」

「貨物区画の固定具も優秀。外装損傷も急いで直すほどじゃない」


 思っていたより良好だった。


「じゃあ結構いける?」

「悪い話聞く?」

「やっぱあるんだ」


 リアが別の画面へ切り替える。

 今度は赤と黄色が増えた。


「主電源系統」

「そこか」

「かなり怪しい」

「第六中継でも言われた」

「電源そのものより、分配系が変。出力はあるのに上手く流れてない」

「直せる?」

「今見える範囲なら、応急で負荷減らすことはできる」

「根本修理は?」

「分からない」


 リアが正直に答える。


「構造が違いすぎる。一般船の電力分配器をそのまま入れたら、多分逆に壊す」

「そんなに?」

「コネクタ規格から違うし、制御信号も読めないところある」


 アイリスが補足する。


『現行部品との直接接続は推奨しません』

「だよね」


 リアはさらに表示を送る。


「それとシールド」

「昨日一発で結構減った」

「発生器自体が一部死んでる」

「一部?」

「本来もっと出力あると思う。今は正常な部分だけで無理やり張ってる感じ」

「だから七十八パーセントまで減った?」

「たぶん」


 ユウは少しだけ身を乗り出す。


「直したら強くなる?」

「直せればね」

「やっぱそこか」


 さらに冷却系。

 センサー。

 通信。

 武器管制。

 細かな故障が次々並ぶ。


 今までアイリスから聞いていた内容を、現代側の整備士が改めて確認した形だった。


「で、いくら?」

「まだ正確には出せない」

「ざっくり」

「応急整備だけなら一万五千から二万」

「高い」

「主電源周りの代替部品作るならもっと」

「どれくらい?」

「最低でも五万以上」

「……」


 ユウの所持金は三千六百クレジット程度。


「全然足りない」

「うん」

「全部直すなら?」

「分からない」

「怖いから言いたくないとかじゃなく?」

「本当に分からない」


 リアが端末を指で叩く。


「普通の船なら部品表見れば出せる。でもアストライアは部品表がない。互換品もない。場合によっては一から作る」

「それって高い?」

「高い」

「ですよね」


 リーネが横から口を挟む。


「だから仕事した方がいいって言ったでしょ」

「納得しました」


 ユウは艦長席へ座り直した。

 目の前にあるのは、壊れかけの船。

 直すには金がいる。

 その金額は、今持っている資金では到底足りない。


「まず何直せばいい?」

「私なら電源」

「次は?」

「シールド。その後センサーと通信」

「武器は?」

「今のままでも最低限使えるんでしょ?」

『はい』

「なら後」


 かなり現実的だった。


「全部一気には無理?」

「お金ある?」

「ない」

「じゃあ無理」


 即答された。


     *


 リアの検査が終わったあと、三人は第三ドック脇の休憩スペースへ移動した。

 ユウの端末には、リアが作った修理優先表が送られている。


《第一段階》

《主電源分配系統 応急安定化》

《冷却系統 部分修復》

《推定費用 18,000~24,000Cr》


《第二段階》

《シールド発生系統 再調整》

《推定費用 20,000Cr以上》


《第三段階》

《通信・センサー系統》

《費用未定》


「第一段階だけでも二万か」

「部品作るならね」

「今三千六百」

「頑張って」


 リーネが飲み物を差し出してくる。


「昨日の輸送で三千くらい稼げたなら、何回かやれば届くでしょ」

「毎回遭難者拾うことにならなければね」

「普通は毎回拾わないよ」


 ユウは傭兵協会の依頼一覧を開く。

 E級向け。

 輸送。

 護衛。

 回収。

 調査。

 簡単な宙賊警戒。


 報酬は千台から、多いものなら一万近い。


「高いのある」

「危険だから高いんだよ」

「これ、宙賊拠点調査。八千五百」

「やめときなさい」

「まだ何も言ってない」

「顔に出てる」


 リーネにも言われた。

 どうやら自分は金を見ると分かりやすいらしい。


「最初は輸送か護衛で実績作る方がいい?」

「私はそう思う」

「リアは?」

「船壊さない仕事」

「それ一番難しくない?」


 リアが真顔で答える。


「アストライア、今大きく壊したら直せないよ」

「……それは困る」

「だから無茶禁止」

「了解」


 ユウは依頼一覧を眺める。

 日本にいた頃なら、仕事は生活のために仕方なくするものだった。

 今は少し違う。


 仕事をすれば、アストライアを直せる。

 遠くへ行ける。

 地球について調べられる。

 この世界のことも知れる。


 目的と金が、ちゃんと繋がっていた。


「とりあえず二万貯める」

「目標としてはいいんじゃない?」

「電源直したら、次はシールド」

「うん」

「その次は?」

「その時考えようよ」


 リーネが笑う。


「先長そうだな」

「船ってそういうものだよ」


 リアは当然のように言った。


「壊れたら直す。足りないものがあれば付ける。金なかったら稼ぐ。それ繰り返してれば、そのうちいい船になるから」

「今はいい船じゃない?」

「いい船だよ」


 リアは即答する。


「だから直したい」


 ユウは少し笑った。


「じゃあ頼むよ」

「お金貯まったらね」

「そこはしっかりしてるな」


     *


 夕方。

 リーネとリアが帰ったあと、ユウは一人でアストライアの艦橋に戻った。


「ただいま」

『おかえりなさい、艦長』


 ユウは足を止めた。


「……今の、前から言ってた?」

『質問の意味が不明です』

「いや、いいや」


 艦長席へ座る。

 正面にはノード・セブンの港。

 無数の船が行き交っている。


 二日前。

 ここがどこかも分からなかった。

 食料は二十六日分。

 船は故障。

 地球は見つからない。


 今も根本的なところは変わっていない。

 地球の場所は分からない。

 アストライアの正体も分からない。

 自分がここにいる理由も分からない。


 それでも、できることは増えた。


 金を稼ぐ方法がある。

 修理を頼める相手がいる。

 仕事を紹介してくれる相手もできた。

 傭兵として働く資格も手に入れた。


「アイリス」

『はい』

「しばらくここでやっていこうか」

『ノード・セブンを活動拠点とする、という意味でしょうか』

「うん。仕事して、アストライア直して。それから地球のことも調べる」

『合理的と判断します』

「帰れるか分からないけどさ」

『はい』

「何もしないよりはいい」


 ユウは正面の星空を見る。


 知らない宇宙。

 知らない文明。

 知らない人たち。


 不安がないわけではない。

 むしろ分からないことだらけだ。


 だが、昨日までのように途方に暮れてはいなかった。


「まず二万クレジット」

『目標として記録します』

「その次はシールド」

『了解しました』

「いつか全部直そう」

『推奨します』

「そこは一緒に頑張ろうとか言わない?」

『私は既に当艦の維持管理を継続しています』

「そういうとこだよなあ」


 ユウは笑った。


 地球へ帰る方法は、まだ分からない。

 なら、それを探せるようになるまで生きていけばいい。


 そのために働く。

 船を直す。

 少しずつできることを増やす。


 こうしてユウの宇宙傭兵としての生活は、ようやく本当の意味で始まった。

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