第11話 護衛任務
翌朝。
ユウは傭兵協会の依頼一覧を眺めながら、ひとつの案件で指を止めた。
《小型輸送船護衛》
《ノード・セブン → 第四精製施設》
《危険度 低~中》
《報酬 6,800Cr》
「これ、どう思う?」
『現在の等級で受注可能です』
「輸送よりだいぶ高いな」
『危険遭遇率が高いためと推定します』
「ですよね」
目的地までは約四時間。
護衛対象は民間輸送船一隻。
積荷は精製設備用の部品。
航路そのものは登録航路だが、最近になって宙賊の目撃情報が増えているらしい。
「昨日までなら避けてたんだけど」
『受注しますか?』
「受けよう」
ユウは依頼画面を開いた。
「アストライア直すなら、いつまでも安全な輸送だけやってても時間かかるし」
『危険性は増加します』
「分かってる。でも護衛なら、最初から戦闘になる可能性も分かった上で動ける」
『合理性はあります』
昨日の戦闘は突然だった。
今回は違う。
敵が出る可能性を想定して、準備した上で出る。
「それに六千八百は大きい」
『最終的な判断理由は金銭ですか』
「重要でしょ」
『否定はしません』
ユウは受注ボタンを押した。
《契約成立》
「よし」
*
護衛対象は《ベルノア》という全長六十メートルほどの輸送船だった。
ややずんぐりした船体の後部に大型貨物区画があり、武装は近接防御用レーザーが一基だけ。
戦闘するための船ではないことが、見ただけでも分かる。
『こちらベルノア。護衛船アストライア、通信聞こえるか?』
「こちらアストライア。問題なく聞こえてます」
通信相手は四十代くらいの男性だった。
ベルノアの船長で、名前はハロルド。
『新人だって聞いたが、本当に大丈夫か?』
「不安になる言い方しないでください」
『いや、こっちの荷物高いんだよ』
「俺の船も高そうなので、お互い大事にしましょう」
『高そうって何だ』
「値段分からないんです」
少し間があった。
『……変な船長だな』
「最近よく言われます」
ベルノアが先行。
アストライアは少し後ろを斜めに取る。
事前にアイリスと決めた位置だった。
敵が前方から来ても後方から来ても、ベルノアを射線から外しやすい。
「護衛ってこんな感じでいい?」
『基本的には問題ありません』
「基本的には?」
『敵出現時には状況に応じた対応が必要です』
「そこが本番ね」
ユウは艦長席へ座り直す。
手元には操艦表示。
正面にはセンサー情報。
昨日より少しだけ、やるべきことが分かってきた。
*
出航から二時間半。
航路の半分を少し過ぎた頃だった。
『前方に推進反応二』
アイリスの声が変わる。
「所属は?」
『識別信号なし』
「またか」
ユウはすぐにベルノアへ通信を入れる。
「前方に未識別船二隻。念のため減速してください」
『了解。航路情報には?』
「出てないみたいです」
正面画面に二つの反応が表示される。
距離約十一万キロ。
一隻は五十メートルほど。
もう一隻は八十メートル近い。
「武装見える?」
『小型船はレーザー兵装二。大型船はレーザー四、実弾兵装二を確認』
「完全に戦う船じゃん」
『武器管制波を確認』
「こっち?」
『ベルノアおよび当艦』
ユウは少し息を吐いた。
「早いな」
『通信を受信』
男の声が艦橋に響く。
『そこの輸送船と護衛。停止しろ。積荷を放棄すれば船は見逃す』
分かりやすかった。
「宙賊?」
『識別情報を照合します』
数秒。
『大型船に部分一致。傭兵協会指定の宙賊船と推定』
「推定?」
『船体番号を消去しています。ただし外形、熱源配置、武装構成が一致』
ユウはベルノアへ回線を開く。
「どうします?」
『どうするも何も、荷物渡したら会社潰れる』
「じゃあ逃げる?」
『逃げ切れるならな』
アイリスが即座に計算する。
『ベルノアの最大加速では追跡を振り切れません』
「ですよね」
ユウは正面の二隻を見る。
心臓が少し早くなる。
怖くないわけではない。
昨日撃たれた感覚も覚えている。
ただ、今回は自分が護衛だ。
「ベルノアは後ろへ下がって。アストライアが前に出ます」
『おい、大丈夫なのか?』
「仕事なんで」
『新人じゃなかったのか』
「新人ですけど」
自分で言っていて少し不安になった。
「アイリス、戦闘準備」
『武器管制起動。シールド展開』
「主砲はまだ使わない」
『了解』
アストライアがベルノアの前へ出る。
*
『距離六万』
宙賊船二隻が左右へ分かれた。
「挟む気?」
『その可能性が高いです』
「ベルノア狙いは?」
『小型船が回り込む進路です』
ユウはすぐに判断する。
「大型はこっちで引きつける。小型を先に止めたい」
『推奨します』
アストライアが小型船側へ船首を向ける。
それを見た大型船からレーザーが飛んだ。
『被弾予測』
「回避!」
アイリスの補助を受けながら、ユウが操艦表示へ手を滑らせる。
アストライアが進路をずらす。
一発目は外れた。
二発目がシールドへ当たる。
『シールド出力低下。九十一パーセント』
「前より減り少ない?」
『電力配分を調整しています』
「助かる」
小型船がベルノアへ向けて加速する。
「レーザー射程?」
『間もなく』
距離が縮まる。
『有効射程』
「撃って!」
パルスレーザーが光る。
一射。
二射。
三射。
小型船のシールドが青白く揺れる。
『敵シールド低下』
「続けて」
『熱量上昇』
「まだいける?」
『短時間であれば』
「じゃあもう一回!」
四射目。
五射目。
小型船が急旋回する。
ベルノアへ向かう進路が崩れた。
「よし」
『大型船、接近』
正面表示が赤くなる。
『実弾兵装発射』
「何発?」
『四』
小さな高速物体が迫る。
「近接防御!」
『迎撃します』
三基の近接防御レーザーが動く。
一発。
二発。
三発。
『一発残存』
「避ける!」
ユウが船首を下げる。
最後の実弾が船体上方を抜けていった。
「今の結構近かったよね」
『約百四十メートル』
「宇宙だと近いな!」
大型船からさらにレーザー。
今度は二発がシールドへ当たる。
『シールド八十二パーセント』
「思ったより耐える」
『現状では』
大型船はアストライアへ意識を向けている。
狙い通りだった。
「小型は?」
『再度ベルノアへ接近中』
「しつこいな」
ユウは少し考える。
「大型を無視して、小型を先に潰せる?」
『背後を取られる危険があります』
「じゃあ大型の武装を減らす」
『どの兵装を狙いますか』
「実弾の発射口」
アイリスが照準を補正する。
『敵シールド健在です』
「まずレーザーで削る」
アストライアが大型船へ向き直る。
レーザー射撃。
敵も撃ち返す。
互いのシールドが光る。
『敵前方シールド低下』
「もう一回」
連続射撃。
『局所出力低下』
「そこへ主砲って撃てる?」
『可能です』
「船体ごと吹き飛ばさない?」
『出力調整可能』
「できるんだ」
『現在の電力状態では最大出力そのものが使用できません』
「それはそれで安心した」
ユウは一瞬だけ迷った。
前方固定式高密度加速砲。
まだ一度も撃っていない。
「実弾兵装の近く狙える?」
『推定命中可能。ただし敵艦の回避次第では船体中央へ着弾する可能性があります』
「撃ったら沈む?」
『保証できません』
「……」
大型船からまた実弾が飛ぶ。
『四発発射』
「撃つ」
迷っている時間はなかった。
「主砲、敵右舷武装区画。出力抑えて」
『充填開始』
艦内の照明が一瞬暗くなる。
「そんなに電気食うの?」
『はい』
正面に照準線が出る。
アストライアの船首が敵へ向く。
『充填完了』
「撃て!」
衝撃は意外なほど小さかった。
船首から、目では追えない何かが放たれる。
次の瞬間。
敵大型船の右舷シールドが大きく弾けた。
その奥で装甲が破裂する。
「うわ」
右舷武装区画が吹き飛び、破片が宇宙へ散る。
『命中。敵実弾兵装一基破壊』
「一基?」
『もう一基は稼働中』
「思ったより硬いな」
『軍用改造船と推定』
だが、効果は大きかった。
敵船の進路が乱れる。
『推進出力低下』
「推進器もやった?」
『着弾による二次損傷です』
大型船がアストライアから距離を取ろうとする。
「逃げる?」
『現時点では後退』
その時、ベルノアから通信が飛ぶ。
『ユウ! 小さい方が来る!』
ユウはすぐに表示を切り替える。
小型宙賊船がベルノアのすぐ近くまで迫っていた。
「距離?」
『九千』
「間に入れる?」
『可能』
「行く!」
アストライアが急加速。
ベルノアと小型船の間へ滑り込む。
『敵射撃』
レーザー二発。
一発は外れる。
一発がアストライアのシールドへ。
『シールド七十四パーセント』
「今度はこっちの番」
レーザー照準。
小型船の前方シールドはすでに削れている。
「武器狙って」
『照準』
パルスレーザーが二度光る。
一発目でシールドが消える。
二発目が船体前部へ直撃。
『敵レーザー兵装一基停止』
「もう一基」
『照準修正』
相手が逃げようと旋回する。
ユウは自然にその動きを追った。
操艦表示へ手が動く。
船首を少し振る。
敵の回避先へ先回りする。
『射線確保』
「撃って!」
三射目。
残ったレーザー砲付近に命中。
『敵武装反応消失』
「これで止まる?」
『推進器は健在』
小型船は一気に離脱しようとする。
「逃がす?」
『契約目的はベルノアの護衛です。追撃義務はありません』
ユウは一瞬考えた。
「大型は?」
『距離を取りながら推進系を再調整中』
「二隻とも逃げるなら追わない」
それでいい。
護衛対象を守るのが仕事だ。
だが、小型船から突然通信が入った。
『待て! 撃つな!』
「え?」
『降伏する! 武器は死んだ! もう撃つな!』
ユウはすぐに手を止めた。
「アイリス、攻撃停止」
『停止します』
小型船の推進出力が落ちる。
『敵船、武器管制停止を確認』
「本当に降伏?」
『少なくとも現在の兵装反応はありません』
ベルノアの船長が通信へ割り込む。
『ユウ、気をつけろ! 宙賊だぞ』
「分かってます」
昨日、傭兵協会で聞いた。
降伏した相手を攻撃すれば、自衛ではなくなる。
「そっちの船、完全停止して識別情報送れ」
『分かった! 送る!』
数秒後。
船舶情報が届く。
『照合完了。宙賊指定船と一致』
「本物か」
『はい』
ユウは少し息を吐いた。
「乗員は?」
『四名』
「怪我人いる?」
『通信情報では一名負傷』
大型船のことを思い出す。
「もう一隻は?」
『離脱を開始』
「追わない」
『了解』
今はベルノアと降伏船の安全確保が先だ。
*
第四精製施設から警備艇が到着したのは、それから約四十分後だった。
ベルノアは無傷。
アストライアもシールド消耗だけで船体損傷なし。
宙賊船ヴァイパーは武装二基を破壊されているものの、推進系と生命維持は生きていた。
警備艇へ戦闘記録を渡すと、確認は思ったより早かった。
『アストライア。戦闘記録確認。護衛契約中の正当防衛および護衛対象防衛と認定する』
「よかった」
『降伏船の乗員はこちらで拘束する。船体については後ほど傭兵協会へ回収権申請を出せ』
「回収権?」
『お前が無力化した船だ。条件を満たせば拿捕扱いになる』
ユウの耳が止まった。
「……船、もらえる?」
『犯罪収益として差し押さえる分を除き、船体そのものは拿捕者に権利が認められる場合がある』
「売れる?」
『状態次第だな』
ユウは少し黙った。
「アイリス」
『はい』
「もしかして、結構でかい?」
『中古船舶相場と照合します』
数秒。
『同型に近い小型艇の場合、無傷で約七万から十一万クレジット』
「……え?」
『ただし当該船は武装損傷、船籍問題、犯罪船登録解除費用等が発生します』
「それ引いたら?」
『現時点では推定困難です』
「でも二万よりはありそう?」
『可能性は高いです』
ユウは無言で正面を見る。
昨日。
二万クレジット貯めると言った。
今日。
七万以上の可能性がある船を拾った。
「傭兵、夢あるな」
『生存した場合に限ります』
「すぐ現実に戻すね」
ベルノアから通信が入る。
『ユウ』
「はい」
『助かった。正直、新人って聞いた時は外れ引いたと思ってた』
「ひどい」
『悪かったって。第四精製施設に着いたら追加評価入れとく』
「追加報酬?」
『評価だ』
「そっちか」
『金のことばっかりだな』
ユウは笑った。
「船直したいんですよ」
『ああ、その変な船か』
「いい船です」
『今日見たら認めるよ』
通信が切れる。
ユウはアストライアの状態を確認した。
シールドは消耗。
主砲は一発撃って、冷却中。
大きな損傷はない。
そして横には、武装を失って大人しく漂う宙賊船。
「これ売れたら、電源直せるよね」
『可能性は高いです』
「シールドも?」
『売却額次第です』
「両方いけたらでかいな」
少しずつ稼ぐつもりだった。
だが宇宙では、危険も大きい代わりに、得られるものも大きいらしい。
「まず帰って申請か」
『はい』
「面倒な手続きある?」
『可能性は高いです』
「やっぱりそこは逃げられないか」
ユウは苦笑した。
それでも悪くない。
初めて自分から受けた戦闘の可能性がある依頼。
護衛対象は無傷。
敵は一隻逃したが、一隻は降伏。
そして拿捕船まで残った。
アストライアの修理が、一気に現実へ近づいていた。




