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第12話 鹵獲船の値段

 護衛任務を終えた翌日。

 ユウはノード・セブンの傭兵協会で、妙に落ち着かない気分のまま椅子に座っていた。


「まだ?」

『申請開始から三十二分です』

「長くない?」

『拿捕船の所有権確認としては標準的な可能性があります』

「可能性なんだ」

『比較情報が不足しています』

「最近その逃げ道覚えたよね」


 目の前の端末には、《審査中》の文字。

 昨日捕まえた宙賊船《ヴァイパー》の扱いがまだ決まっていない。


 戦闘記録。

 護衛契約。

 宙賊指定照合。

 降伏後の攻撃停止。

 警備艇による乗員拘束。

 全部記録が残っているため、ユウ側に問題はないらしい。

 ただし、船一隻となれば話は別だった。


「これで国の持ち物ですって言われたら泣くな」

『護衛契約条項では、適法な拿捕資産の一部または全部を戦闘当事者へ認める規定があります』

「全部欲しい」

『金銭目的ですか』

「修理目的です」


 嘘ではない。


 少しして、部屋の扉が開いた。

 昨日も会ったダグラスが入ってくる。


「待たせたな」

「結果どうでした?」

「座れ」

「もう座ってます」

「なら黙って聞け」


 嫌な前置きだった。

 ダグラスは向かいへ座ると、端末をテーブルへ置いた。


「まずヴァイパー。宙賊指定は正式確認された」

「はい」

「船籍番号は偽装。元は民間用高速艇。三年前に盗難届が出てる」

「盗難船?」

「ああ」


 ユウの期待が少し下がる。


「じゃあ元の持ち主に返す?」

「元所有者は保険処理済みだ。所有権は保険会社へ移ってる」

「さらにややこしくなった」

「宇宙船一隻だからな。単純なわけないだろ」


 ダグラスが続ける。


「保険会社は船体返還を放棄。宙賊利用による改造と損傷が大きすぎて、回収費用の方が高いそうだ」

「ということは?」

「拿捕資産として処理できる」


 ユウの姿勢が少し前へ出た。


「もらえる?」

「条件付きでな」


 端末へ数字が出る。


《船体評価額 86,000Cr》

《武装・機関残存評価 21,000Cr》

《宙賊装備撤去・登録抹消費 -14,500Cr》

《回収・保管・審査費 -6,800Cr》

《旧所有権清算 -8,000Cr》


《暫定資産評価 77,700Cr》


「七万七千」

「そこから売却手数料も引かれる」

「いくら残る?」

「今売れば六万九千前後だな」


 ユウはしばらく黙った。


「……昨日まで三千ちょっとだったんだけど」

「だから?」

「桁変わってません?」

「船を一隻拿捕したんだから当たり前だ」


 傭兵。

 恐ろしい仕事だった。

 危険もでかいが、金の動きもでかい。


「売ります」

「即決か」

「アストライア直したいので」

「自分で使う選択肢もあるぞ」

「俺一人しかいないですよ」

「だろうな」


 ヴァイパーは四十七メートル級。

 小型とはいえ、一人で二隻を運用する意味はない。

 しかも武装は壊れ、船体も傷んでいる。


「売却でお願いします」

「分かった。協会提携の仲介へ流す」


 ダグラスが処理を進める。


「それと護衛任務の報酬」

「六千八百」

「依頼主から追加評価が入ってる」

「ハロルドさん?」

「ああ」


《護衛契約報酬 6,800Cr》

《危険遭遇加算 2,000Cr》

《宙賊船拿捕協力加算 1,500Cr》


「追加まである」

「護衛対象無傷だからな」

「昨日頑張った甲斐あったなあ」


 ダグラスがユウを見る。


「勘違いするなよ」

「何を?」

「毎回こんな儲かると思うな」

「思いかけてました」

「やめとけ」


 釘を刺された。


     *


 最終的な入金は、その日の午後だった。


《ヴァイパー売却益 68,920Cr》

《護衛関連報酬 10,300Cr》


 以前からの残高を合わせると、八万クレジットを超えた。


「金持ちになった」

『小型船一隻を購入するには不足しています』

「すぐ夢壊すね」

『事実です』


 ユウは端末を持ったまま第三ドックへ向かった。

 目的は一つ。


「リア!」


 アストライアの下で作業していたリアが顔を上げる。


「何?」

「金できた」

「いくら?」

「八万ちょい」

「何したの?」

「宙賊の船売った」

「一日で?」


 リアが目を細める。


「ユウ」

「はい」

「無茶した?」

「護衛任務です」

「その答えになってない」


 少し遅れてリーネもやってきた。

 話を聞くなり、呆れたような顔をする。


「昨日、最初は安全な仕事って言ったよね?」

「護衛は新人向けだったよ」

「船一隻捕まえて帰ってくる新人は想定してないよ」

「結果オーライ」

「その言葉、長生きしない人がよく使いそう」


 嫌な言い方だった。


「でも金はある」

「そこは強い」


 リアの表情が一気に整備士の顔になる。


「じゃあやろう」

「電源?」

「まず電源」


 リアが端末へ修理計画を呼び出す。


《主電源分配系統 応急安定化》

《冷却循環系 一部交換》

《補助電源制御 再構成》


「これで二万ちょい?」

「前に出した見積もりならね。ただ、部品を少し変えたい」

「高くなる?」

「三万くらい」

「何が違う?」

「安い代替部品で繋ぐより、余裕ある出力のユニット作った方が後で楽」

「後で?」

「今後もっとアストライアの機能が戻った時、また交換しなくて済むかもしれない」


 ユウは少し考える。


「じゃあそっち」

「即決?」

「どうせ直すならちゃんとやりたい」

「いいね」


 リアが嬉しそうに笑った。


「シールドもいける?」

「残金次第」

「今八万ある」

「電源三万。シールドは発生器そのものを全部交換できないから、死んでる系統を迂回して再調整。二万五千くらい」

「五万五千」

「あとセンサーの受信増幅器も触りたい」

「いくら?」

「八千」

「やろう」

「通信も」

「いくら?」

「六千」

「やろう」

「待って」


 リーネが止めた。


「全部使う気?」

「直せるなら」

「生活費は?」

「……」


 ユウが黙る。


「入港費」

「……」

「食料」

「……」

「燃料や消耗品」

「……必要ですね」


 リーネがため息をついた。


「最低でも二万は残して」

「そんなに?」

「船持ちは急な出費あるから」

「じゃあ六万まで」

「そのくらい」


 リアが計算し直す。


「なら電源とシールド。余ったら冷却系まで」

「センサーは?」

「次」

「通信は?」

「次」

「全部遠いな」

「船直すってそういうものだよ」


 前にも聞いた気がした。


     *


 修理は三日かかった。


 その間、アストライアは第三ドックへ固定。

 外装パネルの一部が開かれ、リアと数人の整備員が中へ入っていく。

 ただし、船の深部には触らない。

 アイリスが許可した区画だけだ。


「これ本当に繋いで平気?」

『変換制御を介せば許容範囲です』

「電圧揺れる?」

『最大三・二パーセント』

「高いな」

『現行装置側で吸収可能です』

「じゃあここに安定器追加しよう」


 リアとアイリスの会話を聞いていても、ユウにはほとんど分からない。

 最初は手伝おうとしたが。


「これ持てばいい?」

「そこ置いて」

「ここ?」

「違う。右」

「こっち?」

「もういい。座ってて」


 三十分で戦力外になった。


「俺、艦長なんだけど」

『専門技能とは無関係です』

「アイリスまで」


 仕方なくユウは、傭兵協会の依頼一覧を眺めながら待った。


 三日目の夕方。

 リアが艦橋へ入ってくる。


「終わったよ」

「本当?」


 ユウが立ち上がる。


「アイリス」

『主電源分配状態、安定』

「前と比べて?」

『異常負荷発生率が大幅に低下しています』

「シールドは?」

『再調整完了。使用可能発生器の統合効率が改善』

「どのくらい強くなった?」


 正面に比較表示が出る。


《従来実効防御出力 基準値100》

《現在実効防御出力 148》


「四十八パーセント増えた?」

『実効値では』

「かなりじゃない?」

「元が酷かったからね」


 リアが横から言う。


「本来はもっと出るかも」

「もっと?」

「まだ死んでる発生器あるし」

「じゃあこれでも完全じゃない」

「全然」


 それでも大きい。


「主砲は?」

『充填時の電力変動が改善』

「連射できる?」

『推奨しません』

「そこは変わらないか」

『冷却性能が不足しています』

「次の課題ね」


 ユウは少し嬉しくなった。

 数字だけではない。

 艦橋の照明も以前より安定している。

 以前は時折わずかに揺れていた電力表示も、今は落ち着いていた。


「アストライア、ちょっと元気になったな」

『機能回復を確認しています』

「いいね」


 リアが腰に手を当てる。


「これで最低限、戦闘中に電源落ちる心配はかなり減った」

「今までそんな心配あったの?」

「言わなかった?」

「聞いてない!」

『可能性は提示しています』

「もっと強く言って!」


 知っていたら前回の主砲発射はもう少し怖かった。


「でもこれなら、普通に仕事できる?」

「前よりはね」

「じゃあ次の仕事探せるな」


 リーネが呆れた顔をする。


「もう行くの?」

「金減ったし」

「いくら残った?」

『現在残高二万六千四百十二クレジット』

「十分残った」

「昨日より金あるのに、減った感じするな」


 八万を見た後だから感覚がおかしくなっている。


     *


 修理後の試験航行。

 アストライアはノード・セブン外周の許可宙域をゆっくり進んでいた。


「推進出力上げる」

『許容範囲です』


 加速。

 減速。

 旋回。


 電力表示は安定している。


「前より反応いい?」

『電力供給遅延が減少しています』

「気のせいじゃなかった」


 ユウは少しだけ速度を上げた。

 アストライアが滑るように向きを変える。


 最初に動かした時より、明らかに扱いやすい。


「リアすごいな」

『整備技能は高いと評価します』

「アイリスが他人褒めるの珍しくない?」

『事実を述べています』

「本人に言ったら喜ぶよ」

『必要性を認めません』

「そういうところだよ」


 試験を終え、帰還進路へ入る。


 正面にはノード・セブン。

 その周囲を多くの船が行き交っている。


 ユウは少しだけ艦長席へ深く座った。


 目覚めた時。

 アストライアは壊れかけだった。


 何も分からない。

 金もない。

 食料にも期限があった。


 そこから仕事をして。

 戦って。

 船を一隻捕まえて。


 ようやく最初の修理が終わった。


「こういう感じなんだな」

『何がでしょう』

「船を育てるって」


 壊れた場所を直す。

 金が足りなければ働く。

 危険な仕事なら、その分見返りもある。


 少しずつできることが増えていく。


「次はセンサーかな」

『通信設備も推奨します』

「冷却もだよね」

『はい』

「金いくらあっても足りないな」

『その可能性は高いです』

「働くしかないか」


 ユウは依頼一覧を開いた。


 ちょうど、新しい案件が追加されている。


《宙賊被害船捜索》

《行方不明者確認》

《危険度 中》

《E級受注可・複数船推奨》


 ユウの指が止まった。


「行方不明者か」


 数日前に助けたトーマスを思い出す。

 あの時、あと少し遅ければ間に合わなかった。


「アイリス」

『はい』

「これ、詳しく見よう」


 アストライアの修理後、最初の任務。


 その依頼がユウにとって、宙賊という存在への見方を変えることになるとは、この時はまだ知らなかった。

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