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第13話 宙賊船の中

 修理後の初仕事として、ユウは《宙賊被害船捜索》の依頼を受けた。

 報酬は七千二百クレジット。行方不明になった輸送船二隻の所在確認と、生存者がいた場合の救助。複数船推奨と書かれていたが、他にも二隻のE級傭兵船が参加することになっていた。


「単独じゃないだけ安心だな」

『僚船二隻を確認。いずれも小型武装艇です』

「知り合い?」

『登録情報のみ確認できます』


 一隻は《グレイホーク》。

 もう一隻は《ランサー》。

 どちらもアストライアより小さい。


 通信回線を開くと、先に低い男の声が返ってきた。


『こちらグレイホーク。カイルだ。今回の捜索班まとめ役をやる』

「アストライア、ユウです。よろしくお願いします」

『新人って聞いてるが、護衛任務で一隻拿捕した奴だろ』

「もう広まってるんです?」

『協会は狭いぞ』


 別の声が入る。


『ランサー、ミゲル。俺は噂なんか信じねえから安心しろ』

「それ安心するところ?」

『新人が調子乗って死ぬよりマシだろ』

「それはそうかも」


 カイルが笑った。


『無駄話はそこまで。対象宙域まで二時間。近づいたら警戒を上げる』

「了解です」


 通信が切れる。


「ベテランっぽいな」

『グレイホーク船長、傭兵登録歴七年』

「ちゃんとベテランだった」


 ユウは少し気が楽になった。

 今回は自分が先頭に立つ必要はない。経験者の動きを見ながら仕事ができる。


     *


 対象宙域へ入ってから三十分。

 最初の残骸が見つかった。


『船体反応を確認』

「輸送船?」

『登録情報と一致。対象船《オルティス》』


 大型表示へ船影が出る。

 全長八十メートルほど。

 船体中央が大きく裂け、推進器の一部が失われている。


「生命反応は?」

『確認できません』


 カイルから通信。


『全船、接近は待て。罠の可能性を見る』

「罠?」

『宙賊が救難船を囮にすることもある』


 ユウは少しだけ眉をひそめた。

 トーマスが言っていた、救難業者を装う宙賊の話を思い出す。


『ランサー、周辺熱源なし』

『グレイホークも同じだ。アストライアは?』

「こっちも推進反応なし。武器管制波もありません」


 数分待つ。

 何も出てこない。


『接近する。だが全船同時には寄るな。グレイホークが先に見る』

「了解」


 カイルの船がゆっくり残骸へ近づく。


 しばらくして通信。


『中は空だ』

「空?」

『乗員がいない。脱出艇もない』

『ランサー、積荷もほとんど抜かれてるな』

『ああ。宙賊で間違いないだろう』


 ユウは表示を拡大する。

 貨物区画はこじ開けられ、内部は空。

 船体には何度も焼かれた跡が残っている。


「乗員は連れていかれた?」

『その可能性が高い』


 カイルの声が少し低くなる。


『二隻目を探すぞ』


     *


 二隻目が見つかったのは、それから四十分後だった。

 ただし、今度は輸送船だけではなかった。


『船舶反応三』


「三?」

『対象輸送船一。未登録船二』


 カイルが即座に指示を出す。


『全船、戦闘準備。宙賊の可能性が高い』


 正面画面に船影が浮かぶ。

 一隻は損傷した輸送船。

 その周囲に、二隻の小型武装船がいる。


『向こうも気づいたぞ』

『武器管制波確認』


「アイリス、シールド」

『展開します』


 修理されたシールドが起動する。

 以前より立ち上がりが明らかに早い。


『宙賊船より通信』


 雑音のあと、男の声が響く。


『傭兵どもか。三隻で英雄気取りか?』

『こちらグレイホーク。輸送船から離れろ。武装停止して投降しろ』


 相手は笑った。


『嫌だと言ったら?』

『撃つ』


 カイルの返答は短かった。


 次の瞬間、宙賊船が左右へ散る。


『戦闘開始!』


     *


 宙賊船二隻。

 グレイホークが一隻。

 ランサーが一隻を受け持つ。


「俺は?」

『グレイホークより指示』


『アストライア! 輸送船を確保しろ! 生存者確認を頼む!』

「了解!」


 ユウは少し意外だったが、すぐにアストライアを損傷船へ向ける。


「戦闘は任せていい?」

『僚船二隻とも交戦継続可能』

「なら救助優先」


 輸送船へ近づく。

 船体は前回見たオルティスより状態がいい。

 推進器は停止しているが、居住区の気密は残っている。


「生命反応?」

『複数確認』

「何人?」

『少なくとも七』


 ユウの表情が変わる。


「生きてる」

『はい』


 接近する。


『ただし』

「何?」

『生命反応の位置が不自然です』

「不自然?」


 船内図が出る。

 七つの反応。

 すべて貨物区画の一角へ固まっている。


「避難してるんじゃない?」

『可能性はあります』


 アイリスの声には、わずかな保留があった。


「映像見られる?」

『船内監視系統は停止しています』

「外から確認できる方法は?」

『小型点検ドローンを使用可能です』

「そんなのある?」

『船体外部点検用です』

「中にも入れられる?」

『破損部から侵入可能』


 ユウは少し考える。


「出して」


 アストライア側面の小さな格納部が開く。

 手のひらより少し大きな点検ドローンが一機、宇宙空間へ出ていく。


 映像が艦橋に表示される。

 輸送船の破損した外壁。

 黒く焼けた通路。

 開いたままの隔壁。


「ゆっくりでいい」

『操作しています』


 ドローンが船内へ入る。

 非常灯だけが残る薄暗い通路。


 壁には弾痕。

 床には血の跡。


 ユウの表情から笑いが消える。


「……これ」


『複数の負傷痕跡を確認』


 さらに奥へ進む。


 貨物区画。


 扉は外側から固定されていた。


「閉じ込められてる?」

『可能性が高いです』


 ドローンが小さな隙間から内部を映す。


 ユウは黙った。


 七人いた。


 壁際へ座らされている者。

 横たわって動かない者。

 手首を拘束されたまま、互いに身体を支え合っている者。


 服は汚れ、ところどころ破れている。

 顔や腕には殴られた跡が残っていた。


 その中の一人は、片耳のあたりから乾いた血を流している。

 別の男は指を何本か不自然な方向へ曲げたまま、震えていた。


 まだ若い女性が一人。

 両手首を後ろで固定され、頬が大きく腫れている。

 その隣では、年配の男が彼女を庇うように身体を寄せていた。


 床の奥には一人倒れている。

 動かない。


「……生きてる?」

『一名、生命反応が極めて弱い状態です』


 ユウはしばらく何も言わなかった。


 画面の端。

 貨物箱の横に、何かが転がっている。


 小さな工具。

 血の付いた金属棒。


 それだけで十分だった。


「宙賊がやった?」

『状況から、その可能性が高いです』


 ユウの声が低くなる。


「何のために」


 返答はない。


 物を奪うだけなら。

 船を奪うだけなら。

 こんなことをする必要はない。


 ユウは画面を見続ける。

 助けを待っている人間。

 動かない人間。

 怯えた目。


 胸の奥が冷えていく。


「アイリス。救助準備」

『了解』

「それと、この映像全部保存」

『記録します』


 その時、通信が割り込んだ。


『アストライア! そっちに一隻抜けた!』


 カイルの声。


 ユウが表示を切り替える。

 ランサーと交戦していた宙賊船が、無理やり戦線を離脱してこちらへ向かっている。


「輸送船狙い?」

『進路から、その可能性が高いです』

「口封じか」

『断定できません』


 宙賊船から通信。


『そこから離れろ! その船は俺たちの獲物だ!』


 ユウは返事をしなかった。


『聞こえてんのか!』


「聞こえてるよ」


 自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。


『なら退け! 新人が首突っ込む場所じゃねえ!』


 ユウはもう一度、貨物区画の映像を見る。


「アイリス」

『はい』

「相手の武装は?」

『前方レーザー二。側面レーザー一。小型誘導弾発射機を確認』

「シールドは?」

『ランサーとの交戦により前方出力が低下しています』

「逃げ道は?」

『複数存在します』


 ユウは操艦表示へ手を置く。


「全部潰す必要はない」

『指示を』

「輸送船に近づけさせない。武器を潰して、推進器も止める」

『了解』


 宙賊船がレーザーを撃つ。


 アストライアが横へ滑る。

 一発を回避。

 二発目をシールドで受ける。


『シールド九十四パーセント』


「修理の効果すごいな」

『従来より安定しています』


 ユウは宙賊船へ正面を向ける。


「レーザー。前方シールド集中」

『照準』


 一射。

 二射。


 敵シールドが大きく揺れる。


 相手も撃ち返す。


 ユウは回避。

 以前より船が思った通りに動く。


『敵前方シールド低下』


「もう一回」

『発射』


 三射目。


『局所崩壊』


「武器狙って」

『照準変更』


 パルスレーザーが敵船前部へ直撃。


『レーザー兵装一基停止』


「残り」

『二基』


 相手が旋回する。

 輸送船から離れようとしている。


「逃げる?」

『離脱進路』


 ユウは一瞬だけ迷った。


 前回なら、追わなかった。


 護衛対象が無事ならそれでいいと思った。


 だが今回は、貨物区画の映像が頭から離れない。


「アイリス、推進器狙える?」

『可能です』

「止めて」

『降伏勧告は?』


 ユウは少し黙る。


「先に送って」

『了解』


《武装停止》

《推進停止》

《投降せよ》


 返答はすぐだった。


『ふざけんな!』


 宙賊船が誘導弾を撃つ。


「そう」


 ユウの指が動く。


「近接防御で迎撃。レーザーは推進器」

『了解』


 誘導弾二発。


 近接防御レーザーが双方を撃ち落とす。


 同時に、パルスレーザーが宙賊船後部へ走る。


 一射。


 二射。


『敵後方シールド崩壊』


「続けて」


 三射目が推進器外装へ当たる。


 四射目。


 大きな破片が飛ぶ。


『主推進器一基停止』


 宙賊船の速度が落ちる。


『敵より通信』


『待て! 分かった! 降伏する!』


 ユウは画面を見る。


 宙賊船。

 そして救助待ちの輸送船。


「武装と推進、全部落とせ」

『相手へ要求を送信します』


 数秒後。


『敵武器管制停止』

『推進出力低下』

『降伏信号を確認』


 ユウは攻撃を止めた。


 怒っている。

 それでも、降伏した相手を撃つ気はなかった。


「カイルさん」

『聞いてる。こっちも一隻抑えた』

「輸送船に生存者七。かなり酷い状態です」

『……分かった。すぐ救助に回る』


 カイルの声も変わった。


「映像、送ります」

『頼む』


 保存したドローン映像を送る。


 数秒後。

 通信の向こうが静かになる。


『……クソどもが』


 カイルが小さく吐き捨てた。


『ユウ。今のうちに覚えとけ』

「何を?」

『宙賊って名前で一括りにされてるが、全部が同じじゃない。食い詰めて船襲う奴もいる。密輸崩れもいる。だが、こういう連中もいる』


 ユウは答えなかった。


『だから判断しろ。降りた奴まで撃つな。でも、戦ってる最中に甘く見るな』

「……分かりました」


 その言葉は、妙にすんなり入ってきた。


     *


 救助には一時間以上かかった。


 七人のうち、六人は生存。

 一人は間に合わなかった。


 重傷者二名。

 軽傷者四名。


 アストライアの医療区画も使った。

 二床しかないため、重傷者を優先する。


 ユウは救助区画の前で、血の付いた手袋を外した。


「一人駄目だった」

『はい』


 助けられなかった。


 あと少し早ければどうだったか。

 考えても分からない。


「宙賊って、みんなああなのかな」

『判断材料が不足しています』


 アイリスらしい答えだった。


「そうだよね」


 ユウも、全員同じだとは思いたくない。

 降伏した相手まで殺すつもりもない。


 ただ、少なくとも一つだけ決めた。


「アイリス」

『はい』

「宙賊相手に、最初から遠慮するのはやめる」

『意味を確認します』

「戦闘になったら、こっちが危なくなるまで様子見しない。武装も推進器も、止められるなら早めに止める」


『了解しました』


「降伏したら撃たない。民間人が乗ってる可能性があるなら確認する。でも、戦ってる最中に手加減して誰か死ぬのは嫌だ」


 貨物区画で見た光景を思い出す。


 怖がっていた人たち。

 殴られた跡。

 折られた指。

 間に合わなかった一人。


「次はもっと早く止める」


『記録します』


 ユウは短く息を吐いた。


 宇宙へ来てから、まだ何日も経っていない。


 それでも少しずつ、この世界で何を守り、何に容赦しないのか。

 自分なりの線が見え始めていた。

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