第14話 救助の代価
ノード・セブンへ戻ったのは、出発から十時間以上経ったあとだった。
救助した六人のうち、重傷者二人はそのまま医療区画へ引き渡され、残る四人も事情聴取の前に簡単な治療を受けることになった。
ユウも傭兵協会へ呼ばれたが、今回は怒られるようなことはしていない。
そう思っていた。
「座れ」
「その言い方されると不安になるんですけど」
いつもの面談室。
正面にはダグラス。
今回はカイルも同席していた。
「先に言っとく。問題はない」
「よかった」
「ただ、お前の戦闘記録を確認した」
「はい」
「前回よりだいぶ容赦なくなったな」
「……見ました?」
「全部な」
ダグラスの端末には、宙賊船との交戦記録が表示されている。
シールド低下。
武装破壊。
推進器への集中攻撃。
降伏勧告。
投降後の射撃停止。
「問題ありました?」
「ない。むしろ手順としては綺麗だ」
カイルが横から口を挟む。
「俺ならもう少し早く推進器潰してる」
「やっぱ遅かったです?」
「まだ相手が逃げるかもしれないって期待してただろ」
「ちょっとは」
「護衛や救助任務じゃ、その期待が被害増やすこともある」
ユウは素直に頷いた。
今なら分かる。
「でも降伏したら止めた。それでいい」
「はい」
「そこは変えるなよ」
カイルの声は軽くなかった。
「宙賊相手でも?」
「相手が武器捨てて本当に降伏したならな」
「でも、また嘘つくかもしれない」
「だから確認する。武器管制停止、推進停止、乗員位置、生命反応。必要なら警備艇が来るまで船外に出さない」
「なるほど」
倒したから終わりではない。
降伏を受け入れるにも手順がある。
「今回の連中は?」
「拘束済みだ」
ダグラスが答える。
「二隻とも協会の宙賊指定と照合済み。行方不明になっていた輸送船への襲撃記録も船内から出た」
「捕まってた人たちは?」
「六人全員、被害船の乗員と確認された」
ユウは少しだけ力を抜いた。
「一人亡くなった件は?」
「医療側の見立てじゃ、お前らが到着するかなり前から危険な状態だったそうだ」
「そうですか」
助けられなかったことは変わらない。
それでも、自分たちの判断が遅かったせいではないと聞けたのは少し救いだった。
ダグラスが画面を切り替える。
「それと船内映像」
「はい」
「証拠として正式登録された」
「宙賊の処分に使える?」
「使う」
短い返答だった。
「捕虜への暴行、監禁、医療放棄。さらに別件の記録も出てる」
「別件?」
「知らなくていい」
ダグラスの表情を見て、ユウは聞かなかった。
聞かない方がいいものなのだろう。
「連中、重い処分になる?」
「少なくとも簡単には出てこない」
「ならいいです」
自分が裁くことではない。
ただ、また同じことをする場所へ戻らないなら、それでいい。
*
今回の依頼報酬は七千二百クレジット。
さらに生存者六名の救助加算。
宙賊船二隻の無力化協力。
証拠映像の提供。
合計すると、追加で一万一千クレジットほどが支払われた。
「結構入ったな」
『現在口座残高、四万四千八百十二クレジット』
「また修理できる」
『前回保留したセンサーおよび通信設備の改修が可能です』
「やろうかな」
ダグラスからは、今回拿捕した二隻についても回収権申請が可能だと言われた。
ただし、今回は三隻共同での任務。
戦闘貢献も分かれているため、前回のように丸ごと一隻がユウのものになるわけではない。
「取り分どれくらいになりそう?」
『確定していません』
「カイルさんたちとも分けるもんね」
『はい』
それでも金になるならありがたい。
ユウはすっかり傭兵らしい考え方になりつつあった。
協会を出ると、カイルが後ろからついてきた。
「ユウ」
「はい?」
「時間あるか?」
「ありますけど」
「飯行くぞ」
「急ですね」
「仕事終わったら飲むのも傭兵の仕事だ」
「酒弱いんですけど」
「誰が酒飲めって言った」
連れていかれたのは、協会近くの食堂だった。
ミゲルも先にいる。
「遅いぞ」
「事情聴取長かったんですよ」
「新人は話題多くていいな」
「好きで増やしてないです」
三人で席につく。
カイルは肉らしき料理。
ミゲルは大盛りの麺。
ユウはメニューを見てもよく分からなかったので、一番無難そうな煮込み料理を選んだ。
「で、何の話です?」
「今日の反省会」
「真面目だった」
カイルが端末を開く。
そこには戦闘時の航跡が出ていた。
「ここ」
「俺が輸送船に向かったところ?」
「ああ。判断は悪くない。ただ、救助に集中しすぎ」
「周辺警戒?」
「そう。アイリスってAIが見てたから助かったが、自分でも敵船の位置は頭に置いとけ」
ユウは表示を見る。
「確かに、カイルさんに言われるまで一隻抜けたの気づかなかった」
「戦闘中は一個のことに集中すると死ぬ」
「難しいな」
「最初からできる奴はいない」
ミゲルが麺を食べながら口を挟む。
「でも操船は新人っぽくなかったけどな」
「そうです?」
「推進器狙う時の回り込み。誰に習った?」
「誰にも」
「嘘つけ」
「本当に昨日か一昨日くらいからです」
ミゲルがカイルを見る。
「気持ち悪い新人だな」
「本人の前で言う?」
「褒めてんだよ」
「絶対違う」
カイルは少し笑う。
「船との相性がいいんだろ」
「相性?」
「たまにいる。理屈より先に船の動きが分かる奴」
「そういうもの?」
「ある程度はな」
ユウは少し考える。
アストライアを動かす時、確かに説明しにくい感覚がある。
どの方向へ向ければいいか。
どこまで加速できるか。
どのタイミングで船首を振ればいいか。
考えるより先に分かる時がある。
「でも射撃はアイリス任せですよ」
「それでいい」
「いいの?」
「全部自分でやろうとする船長の方が迷惑だ」
カイルが即答する。
「AIが得意なら任せろ。整備士がいれば整備は任せろ。操船が得意な奴が乗ったら操船任せてもいい」
「艦長って何するんです?」
「決める」
短い答えだった。
「誰を助けるか。どこで戦うか。逃げるか。降伏を受けるか。どの仕事を受けるか。最後に決めるのが船長だ」
「なるほど」
今まで、艦長なら全部できなければいけないと思っていた。
だが標準乗員十二名のアストライアを一人で全部やる方が、本来おかしい。
「今は一人なんだろ?」
「はい」
「そのうち人増やせ」
「乗員?」
「ああ。一人で戦闘して、救助して、船壊れたら自分で直すなんて無理だぞ」
「アイリスにも最初に言われました」
「AIの方が賢いな」
「否定できない」
ユウは煮込み料理を口に入れた。
少し香辛料が強いが、普通に美味しい。
「乗員か」
初めて具体的に考えた。
リアが整備してくれた時、かなり楽だった。
今回も誰かが救助へ行っている間、自分が艦橋に残れたらもっと安全だった。
「雇うのって高い?」
「ピンキリ」
「また金か」
「世の中だいたいそうだ」
宇宙でも変わらなかった。
*
食事を終えたあと、ユウは第三ドックへ戻った。
アストライアの前では、リアが何かの部品を広げている。
「また勝手に触ってない?」
「触ってない。見てるだけ」
「本当?」
「信用ないなあ」
リーネもいた。
端末を確認しながら、いくつかの箱を業者へ渡している。
「何してるの?」
「商会の荷物確認。ここ、うちも使ってるから」
「結構よくいるね」
「仕事してるからね」
リーネがユウを見る。
「今回大変だったって?」
「まあ、ちょっと」
「怪我は?」
「ない」
「船は?」
「シールドちょっと減っただけ」
「ならよかった」
さらっと言われたが、ユウは少しだけ嬉しかった。
リアが立ち上がる。
「で、稼いだ?」
「第一声それ?」
「修理屋だから」
「四万ちょいある」
「じゃあセンサーやろう」
「即決だな」
ユウは苦笑しながらアストライアを見る。
「通信もいける?」
「両方やったら一万五千くらい」
「お願い」
「了解」
リアがすぐに端末を操作し始める。
「あとさ」
「何?」
「カイルさんに、一人運用続けるの無理あるって言われた」
「今さら?」
「リアにも言われてたっけ?」
「直接は言ってないけど、見れば分かるよ」
容赦がない。
「乗員って必要かな」
「必要」
「即答」
「戦闘中に壊れたら誰が直すの?」
「リア呼ぶ」
「私ずっと乗ってないよ」
「乗る?」
「え?」
リアの手が止まった。
ユウも、自分で言ってから少し驚いた。
「いや、今すぐって意味じゃなくて。仕事として」
「……傭兵船の整備士?」
「そう」
リアはアストライアを見る。
かなり長く見る。
「それ、ちょっと考えていい?」
「もちろん」
思ったより前向きだった。
リーネが二人を見比べる。
「ユウ」
「何?」
「人誘うの軽くない?」
「仕事の話だよ?」
「分かってるけど」
なぜか少し呆れられた。
「まあ、リアが乗ったらアストライアは喜びそう」
「アイリス、喜ぶ?」
『整備人員の常駐は有益です』
「ほら」
「それ喜んでるって言うかなあ」
リアは笑った。
「でも、本当に考える。私、この子もうちょっと見たいし」
そう言ってアストライアの船体を軽く叩く。
ユウは少しだけ考えた。
仲間。
これまでアストライアには、自分とアイリスしかいなかった。
そこへ誰かが加わることを、初めて現実として想像する。
「じゃあ返事待ってる」
「うん」
当面の目標は変わらない。
仕事をする。
金を稼ぐ。
アストライアを直す。
ただ、その中に新しい目標が一つ加わった。
一人ではできないことを、一緒にやれる人を増やす。
その方が、この宇宙で長く生きていけそうだった。




