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第15話 乗るかもしれない整備士

 センサーと通信設備の改修は、前回の主電源修理ほど大掛かりではなかった。

 リアがノード・セブンで手配した増幅器と変換器を持ち込み、アイリスと相談しながら既存系統へ接続していく。


「これでどのくらい変わる?」

「通信はかなりマシになると思う。センサーは遠距離より、今は精度優先」

「精度?」

「小さい反応とか、弱い熱源とか。今のアストライア、見る力そのものは悪くないんだけど、受け取った情報を現行規格に合わせて処理する部分が弱い」

「つまり目はいいけど眼鏡が合ってない感じ?」

「そんな感じ」


 ユウにはそのくらいの説明がありがたかった。


「アイリス的には?」

『適切な例えです』

「珍しく褒めた」

「私じゃなくてユウの例えでしょ」

「そこは流してよ」


 リアが笑いながら作業へ戻る。


 今回はユウも完全に追い出されず、端末を持って補助していた。

 といっても、指定された部品を渡したり、表示された数値を読み上げたりする程度だ。


「三番接続、電圧?」

「えーと、二百八十七」

「変動は?」

「二百八十四から九十」

「よし。そのまま」

「俺、役に立ってる?」

「前よりは」

「成長した」

『比較対象が低すぎます』

「アイリス、辛くない?」


 リアが吹き出した。


「このAI、結構面白いね」

「最近ちょっと言い方覚えてきた気がする」

『否定します』

「ほら」

「否定のタイミングがもう面白い」


 ユウは少し笑った。


 最初は、アイリスとの会話も完全に一対一だった。

 そこへリアが加わるだけで、艦内の空気がかなり変わる。

 それが思っていたより心地よかった。


     *


 作業が終わったのは昼過ぎだった。

 アストライアをノード・セブン外周へ出し、改修後の試験を始める。


『長距離通信受信感度、改善』

「どのくらい?」

『従来比約二・四倍』

「すごいじゃん」


 リアが少し得意そうな顔をする。


「センサーも見て」

「アイリス?」

『周辺監視開始』


 画面に多数の反応が出る。

 ノード・セブンへ出入りする船。

 作業艇。

 小型貨物コンテナ。

 さらに遠方の微弱熱源。


「増えた」

『以前は雑音として除外していた小型反応を分離可能になりました』

「じゃあ宙賊とかも見つけやすい?」

『条件次第ですが、接近の早期探知能力は向上しています』


 それはありがたい。


 前回の救助任務では、敵船の接近をカイルに教えられるまで気づけなかった。

 今後はその余裕が少し増える。


「リア」

「ん?」

「いい仕事してる」

「当然」


 即答だった。


「じゃあ請求書」

「現実も早いな」


 端末へ支払情報が届く。


《センサー増幅系改修 8,200Cr》

《通信変換・増幅系改修 6,100Cr》

《作業費 1,500Cr》


「作業費安くない?」

「商会経由の紹介価格」

「リーネのおかげ?」

「半分くらい」

「あと半分?」

「私が楽しかったから」


 趣味が混ざっていた。


「それで儲かるの?」

「毎回はやらないよ」

「よかった」


 ユウは支払いを済ませる。


『現在残高、二万九千十二クレジット』

「まだ結構ある」

「次は冷却かな」

「もう次の修理考えてる」

「だって主砲使いたいんでしょ?」

「使えるなら使いたい」

「今のままだと一発撃ったあと冷やすの長いからね」


 リアはアストライアの構造図を表示する。


「冷却経路が何本か死んでる。そこ戻せれば、武器だけじゃなく機関も楽になる」

「いくら?」

「まだ調べてない」

「怖いな」

「稼いで」


 またそれだった。


     *


 ノード・セブンへ戻ったあと。

 リアは艦橋に残っていた。


「帰らなくていいの?」

「今日はもう仕事ない」

「じゃあ飯食う?」

「船の中で?」

「備蓄食だけど」

「食べてみたい」


 ユウは居住区の簡易食堂へ案内した。


 アストライアには十二人分の席がある。

 今まで使っていたのは当然一席だけ。

 そこへ初めて、ユウ以外の人間が座った。


「広いね」

「十二人乗りらしい」

「十二人かあ」


 リアが周囲を見る。


「今まで一人?」

「俺とアイリスだけ」

「静かそう」

「静かだよ」

『不必要な騒音はありません』

「それ静かって意味じゃないからね」


 保存食を二人分出す。

 リアが一口食べて、少し考える。


「普通」

「でしょ」

「もっと変な味かと思った」

「俺も最初そう思った」


 飲み物も出す。

 水。

 今のところ一番安全な選択だった。


「ねえユウ」

「何?」

「この前の話」


 リアが食事の手を止める。


「乗員の件」

「うん」


 ユウも少し姿勢を正した。


「考えた?」

「考えた」


 リアはアストライアの壁を見る。


「正直、乗ってみたい」

「本当?」

「うん。この船、分からないこと多すぎるし」

「理由そこ?」

「かなり大きい」

「ですよね」


 リアらしかった。


「でも条件ある」

「給料?」

「それも」

「やっぱり」

「仕事だからね」


 リアが指を折る。


「まず整備費と私の給料は別」

「当たり前じゃない?」

「分かってない船長いるから」

「怖いな」

「あと、整備上必要なら仕事断ってもらう」

「船の状態悪い時?」

「そう。飛ばしたら壊れるって言ってるのに、報酬高いから行こうとかは禁止」

「分かった」

「それと、私が乗っても全部直せるわけじゃない」

「そこも分かってる」

「本当に?」

「たぶん」

「たぶんは嫌だなあ」


 リアは少し笑う。


「もう一つ」

「何?」

「ずっと乗るって決める前に、何回か一緒に仕事したい」

「お試し?」

「そんな感じ」


 ユウはすぐに頷いた。


「それがいいと思う」

「即答?」

「こっちも一緒に生活する相手だからね」

「ちゃんと考えてるんだ」

「失礼じゃない?」


 リアが笑った。


「じゃあ次の仕事、一緒に乗る」

「整備士として?」

「整備士兼、壊れた時の人」

「重要だな」

「かなりね」


 ユウは端末を開く。


「給料どうする?」

「一回ごとの契約でもいいよ」

「相場分からない」

「私が決めたら高くするけど?」

「リーネに聞く」

「賢い」


 それが一番安全だった。


     *


 夕方。

 リーネもアストライアへ呼んだ。


「なんで私まで?」

「契約相談」

「私、仲介料取るよ?」

「本当に?」

「冗談」


 リーネはユウとリアの話を聞き、すぐに条件を整理した。


「まず試用期間みたいにするなら、一任務ごとの契約がいいと思う」

「いくらくらい?」

「危険度によるけど、E級案件なら固定報酬プラス危険手当」

「具体的には?」

「一任務千五百から三千くらいが無難かな。長期間なら別」

「思ったより払える」

「今の資金ならね」


 リアが腕を組む。


「二千でいいよ」

「安くない?」

「船触れるし」

「それ給料の代わりに趣味入ってない?」

「入ってる」


 本人が認めた。


「じゃあ二千。危険度高い仕事なら追加」

「いいよ」

「食事は?」

「船持ち」

「了解」

「個室は?」

「空いてる」

「工具置き場」

「いっぱいある」

「いいね」


 話が早い。


 リーネが二人を見る。


「なんか簡単に決まったね」

「駄目?」

「別に。ただリア、雇われる側なのに条件緩すぎない?」

「アストライア乗れるし」

「やっぱりそこなんだ」


 リーネが呆れたように笑う。


「ユウも気をつけてね」

「何を?」

「こういう人、船いじり始めたら勝手に予算増やすから」

「リア?」

「必要なら増やすよ」

「怖いな」


 すでに将来が少し見えた。


 契約を簡単にまとめる。

 正式な長期雇用ではない。

 まず三任務。

 その後、お互い続けたいなら改めて相談。


「これでいい?」

「いいよ」


 リアが端末へ署名する。


《臨時乗員契約》

《役割 船舶整備》

《期間 三任務》


 ユウも署名した。


「これで乗員二人?」

『登録上は臨時乗員一名が追加されます』

「増えたな」

『はい』


 標準十二名。

 現在二名。


 まだ足りない。

 それでも一人ではなくなった。


     *


 翌朝。

 リアは大きな工具ケースを抱えて第三ドックへやってきた。


「おはよう」

「早くない?」

「初日だから」

「住み込みじゃないよね?」

「任務中は泊まるよ」

「そうか」


 工具ケースが一つ。

 着替えの入ったバッグが一つ。

 あとは端末。


「荷物少ないな」

「三任務だけだし」

「個室どこ使う?」

「どこでもいい」

「じゃあ俺の向かいで」

「了解」


 リアがアストライアへ入る。


 居住区。

 貨物区画。

 艦橋。

 昨日まで何度も見ている場所なのに、今日は少し雰囲気が違う。


「アイリス」

『はい』

「リア、臨時乗員登録」

『確認済みです』

「権限どうする?」

『整備区画、居住区、貨物区画、医療区画へのアクセスを付与可能です』

「艦橋は?」

『艦長許可時のみ』

「それで」

「私、勝手に艦橋入れないの?」

「今いるじゃん」

「そうだけど」

「何かあったら変えよう」


 リアが肩をすくめる。


「了解、艦長」

「急にそれ言われると違和感あるな」

「慣れて」


 ユウは少し笑った。


 その時、傭兵協会から新着依頼が入る。

 E級向け案件。

 周辺施設への物資護衛。

 遭難船捜索。

 小型宙賊船の活動確認。


 ユウは一覧を眺める。


「どれにする?」

「船壊さないやつ」

「まだ言う?」

「整備士だからね」


 リアが隣に立つ。

 アイリスの声が艦橋に響く。


『依頼情報を危険度順に整理します』

「お願い」


 昨日まで、一人で見ていた画面だった。

 今日はその隣に誰かがいる。


 たった一人増えただけなのに、艦橋は少しだけ狭くなったように感じた。


 ユウは嫌ではなかった。


「じゃあ、最初の仕事選ぼうか」

「ちゃんと帰ってこられるやつね」

「それは最優先で」


 アストライアに、初めて正式な乗員が増えた。


 小さな変化だったが、ユウの宇宙での生活は少しずつ一人旅ではなくなり始めていた。

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