第80話 失われた航路の手がかり
HM-417の作戦会議室には、古い星図が大きく表示されていた。四十年前に作成された民間調査用の航行図と、アストライアが保有する古代航路の記録。その二つを重ね合わせることで、これまで確認できなかった複数の地点が浮かび上がっている。
「……こうして見ると、結構違うんだね」
ユウは立体星図を眺めながら呟いた。
現在使用されている星図では、第七航路中継基地の周辺に大きな施設は記載されていない。だが、古い航行図には、いくつもの補給地点や資材集積拠点らしき印が残されていた。
アイリスが説明を始める。
『今回入手した航行図には、現在の民間航行図から削除された地点が十七か所記載されています。ただし、実在を確認できたのは第七航路中継基地を含む三か所のみです』
「残りは全部、行ってみないと分からないってこと?」
『正確には、観測情報や記録の照合によって候補を絞り込むことは可能です。すべてを直接訪問する必要はありません』
セラが腕を組んだ。
「まずはYD-09の建造記録に関係する地点を優先しよう。探しているのは観光地じゃないからな」
「……分かってるって」
ユウが苦笑すると、リアが画面を拡大した。
「でも、先生。これって結構すごい発見ですよね?」
エリアスは腕を組んだまま、星図を見つめていた。
「情報としては興味深い。だが、座標の精度が低すぎる。四十年前の民間資料と、さらに古い施設記録を組み合わせているんだろう? そのまま使えば、目的地から何百万キロも外れる可能性がある」
「そこはアイリスが補正してくれるんじゃないですか?」
「補正するための基準点が必要だ。誤った情報同士を重ねても、正しい位置にはならん」
リアは少し考えたあと、頷いた。
「……確かに」
ユウは二人の会話を聞きながら、画面の一角に表示された識別番号へ目を向けた。
《旧第七航路/資材集積拠点》
《施設識別番号:RS-12》
《現況:不明》
「……このRS-12ってところが、一番怪しいんだよね?」
アイリスが答えた。
『はい。YD-09の建造記録に残された搬入元識別情報と、一部が一致しています。ただし、同じ施設群に属していたという以上の確証はありません』
ユウは頷いた。
「じゃあ、まずそこを調べる方法を考えようか」
セラが星図を操作した。
「現時点で、通常航行による現地調査にはどの程度の時間が必要だ?」
『最も近い既知の航行可能地点から、通常の超光速航行で片道約十九日と推定されます。ただし、補給地点が確認されていないため、往復に必要な燃料と予備物資を確保する必要があります』
「……十九日か」
ユウは少し考えた。
「行けなくはないけど、結構長いね」
「往復だけで一か月以上だ。その間、アストライアが艦隊から離れることになる」
セラの指摘に、ユウは頷いた。
今はアーデントの改修が終わりに近づき、ヴァンガードも機動防衛部隊として運用を始めたばかりだ。基地の資源事業も拡大途中であり、ユウが長期間不在になるには、まだ準備が足りない。
「……じゃあ、別の方法がないか調べよう」
アイリスが応じた。
『一つ、検討可能な方法があります』
ユウが顔を上げた。
「何?」
『アストライアの旧航路記録には、RS-12とは別に、航路接続地点と推定される情報が残されています。その地点が現在も使用可能であれば、移動時間を短縮できる可能性があります』
画面に新しい地点が表示された。
《旧航路接続候補:識別番号欠損》
《現在の接続状態:不明》
《必要条件:現地設備の存在確認》
ユウは目を輝かせた。
「……つまり、古代航路が残ってるかもしれないってこと?」
『可能性はあります。ただし、現在の第七航路中継基地から直接接続できるという保証はありません』
エリアスが口を開いた。
「ならば、まずその接続地点について調べるべきだな。航路が使えれば、資材集積拠点だけでなく、今後の探索にも役立つ」
「……よし。じゃあ、そっちから調べよう!」
セラは小さく笑った。
「だから、まずは調査計画だ。現地へ飛び出すのはそのあとだぞ」
「……はい」
*
会議のあと、ユウはアストライアの整備区画へ向かった。
そこではリアが、古代航路の記録について追加解析を進めていた。隣の作業台には、アストライアから取り出された古い補助記録装置が置かれている。
「……これ、何?」
ユウが尋ねると、リアが顔を上げた。
「アストライアの航路補助記録装置だよ。以前から気になってたんだけど、今回の星図と照合してみたら、まだ読み取れてない情報があることが分かったの」
「……へえ。そんなのあったんだ」
「もちろん、今まで何もしてなかったわけじゃないよ。記録の一部が破損していて、普通の方法じゃ読み取れなかったんだから」
リアは少しだけ頬を膨らませた。
ユウは笑った。
「いや、責めてないって」
「分かってるけど!」
アイリスが静かに割り込んだ。
『艦長、当該装置には旧航路の補助情報が保存されています。ただし、記録形式が現在使用している航路管理系統と異なるため、復元には追加解析が必要です』
ユウは装置を覗き込んだ。
「……これが読めたら、昔の航路がもっと分かるかもしれないんだね」
「そういうこと!」
リアは嬉しそうに頷いた。
「ただし、無理に読み出そうとすると記録が壊れるかもしれないから、まず複製を作ってから調べる予定なの」
ユウは少し驚いた。
「……おお。ちゃんと慎重にやってる」
「ちょっと! 私だっていつも無茶してるわけじゃないからね!」
そのとき、背後からエリアスの声がした。
「少なくとも、以前よりは慎重になったようだな」
リアが振り向く。
「先生!」
「記録装置の保護手順は確認した。今回の判断は正しい。原本を壊してから後悔しても遅いからな」
リアは少し照れくさそうに笑った。
「……ありがとうございます」
ユウはその様子を見ながら、少しだけ微笑んだ。
エリアスが加わったことで、リアの研究は以前より計画的に進み始めていた。もちろん、二人が意見をぶつけることも多いが、少なくとも技術的な議論ができる相手が増えたのは大きい。
「……じゃあ、こっちは二人に任せるよ」
「ああ。結果が出たら報告する」
エリアスが頷いた。
「ただし、期待しすぎるな。古い記録には、使えない情報も多い」
「分かってます。でも、何か見つかるといいですね」
ユウは笑って、整備区画をあとにした。
*
同じ頃、第七航路中継基地では、ヴァンガードが哨戒任務を行っていた。
マーカスは艦橋の指揮席に座り、周辺宙域の監視情報を確認している。
前回の民間調査船への支援任務を終えたあと、ヴァンガードは中継基地周辺の哨戒経路を見直していた。アルゴスと固定監視設備から得られる情報を統合し、警戒区域ごとの対応手順を整理している。
「……アルゴスとの情報共有は、だいぶ安定してきたな」
マーカスが呟くと、通信担当が答えた。
「はい。通常の監視情報は遅延なく受信できています。ただし、一部の古代施設側の識別信号については、変換が必要です」
マーカスは頷いた。
「そこは今後の課題だな。こちらの装置に無理をさせず、専用の変換系統を用意した方がいい」
そのとき、ガルムから通信が入った。
『ヴァンガード、こちら中継基地管理系統です。現在の哨戒区域に異常は確認されていません』
「了解。こちらも異常なし。次の巡回区域へ移動する」
マーカスは星図を確認した。
「……しかし、思ったより広いな」
中継基地の周辺には、小惑星帯や古い施設の残骸が点在している。固定監視設備だけですべてを確認するのは難しく、移動できる艦艇の存在が重要になる。
マーカスはしばらく考えたあと、通信担当へ指示を出した。
「HM-417へ連絡を入れてくれ。機動防衛部隊の運用について、追加提案がある」
*
翌日、HM-417では防衛計画の見直しが行われた。
会議にはユウ、セラ、マーカス、ジェイド、そしてガルムが参加している。
マーカスは中継基地周辺の星図を表示した。
「現在、ヴァンガードは中継基地とHM-417の両方を担当する構想になっている。しかし、実際に運用してみると、一隻だけでは対応できない時間帯がある」
ユウが尋ねた。
「……例えば?」
「整備中、乗員の休息中、護衛任務で不在のときだ。アルゴスと固定防衛設備で最低限の警備は続けられるが、機動的な対応力は落ちる」
セラが頷いた。
「そこは想定していた。だが、今すぐ艦を増やすわけにはいかない」
「もちろんだ。俺も新しい船を買ってくれと言うつもりはない」
マーカスは別の資料を表示した。
「まずは既存の戦力を整理したい。ヴァンガードがHM-417側にいるときは、アルゴスと中継基地の固定防衛設備が警備を担当する。逆にヴァンガードが中継基地へ移動した場合、HM-417側の警備はガルムの設備と必要に応じてアーデントが補完する」
ジェイドが頷いた。
「アーデントも、護衛任務がなければ警備に参加できる。ただし、整備や訓練の予定との調整は必要だな」
マーカスは続けた。
「それと、哨戒の頻度を一定にするより、警戒情報に応じて変更する方が効率的だ。通常時は無人監視を中心にして、異常があればヴァンガードが出動する」
ガルムが応じた。
『提案内容は合理的です。固定監視設備と警備ドローンによって、通常時の警戒を継続できます。ただし、監視範囲外からの接近については、艦艇による確認が必要になる場合があります』
セラが頷いた。
「よし。その方針で運用計画を作成しよう」
ユウは嬉しそうに笑った。
「……なんか、本当に部隊っぽくなってきたね」
マーカスが少しだけ笑った。
「部隊というなら、指揮系統と対応手順が整ってからだな」
「……厳しいなあ」
「必要なことだ」
セラも頷いた。
ユウは苦笑したが、悪い気はしなかった。
自分が細かく指示を出さなくても、仲間たちがそれぞれの専門分野で考え、改善していく。艦隊が大きくなるということは、こういうことなのかもしれない。
*
その日の午後、リーネからユウへ連絡が入った。
『ユウさん、明日の件なんですが……』
「うん。予定どおりで大丈夫だよ!」
ユウは嬉しそうに答えた。
以前約束していた、仕事抜きでの外出。今回はリーネがノード・セブンの商業区画にある娯楽施設をいくつか調べてくれていた。
『よかったです。実は、行ってみたい場所があるんです』
「おっ、どこ?」
『ノード・セブンの展望施設です。大型の観測窓から、宇宙港全体が見渡せるそうですよ』
「……へえ! それ、面白そう!」
ユウが即答すると、リーネが少し笑った。
『やっぱり、船が見える場所だと喜んでくださると思っていました』
「……あれ? もしかして、気を使わせちゃった?」
『いいえ。私も行ってみたかったんです。それに、ユウさんが楽しそうにしているところを見るのも好きですから』
ユウは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……そ、そっか」
リーネは少しだけ頬を赤らめた。
『では、明日を楽しみにしていますね』
「うん。俺も楽しみにしてる」
通信が終了すると、アイリスが声をかけてきた。
『艦長、明日の予定について確認します』
「……何?」
『今回の外出は、業務上の会談ではなく、私的な交流として登録されています』
「うん。そうだね」
『その場合、艦艇関連の業務資料を持参する必要はありません』
「……分かってるって!」
アイリスは淡々と続けた。
『念のため、現在準備されている資料端末から、ヴァンガードの整備記録を除外することを推奨します』
「……それ、昨日ちょっと見ようと思ってたやつなんだけど」
『業務の話をしないという目的に反します』
「……はい。置いていきます」
ユウは苦笑した。
最近は艦隊や基地のことばかり考えていたが、たまには仕事を離れて過ごす時間も必要なのだろう。
しかも、相手はリーネだ。
ユウは少しだけ楽しみになっている自分に気づいた。
*
その夜、アストライアの整備区画からユウへ連絡が入った。
「ユウ! ちょっと来て!」
リアの声だった。
いつも以上に興奮している様子に、ユウは少し驚いた。
「……何かあった?」
『航路補助記録装置の解析が進んだの! 先生も一緒にいるから、早く来て!』
ユウはすぐに整備区画へ向かった。
到着すると、リアとエリアスが大型端末を囲んでいた。画面には、古代航路の接続情報らしきデータが表示されている。
「……何が分かったの?」
ユウが尋ねると、リアが嬉しそうに説明を始めた。
「古い記録の一部を復元できたの。そこに、旧第七航路の接続地点が残ってたんだよ!」
画面には、複数の航路接続地点が表示されていた。
そのうち一つが、先日入手した古い航行図の地点と一致している。
「……おお! じゃあ、本当に航路があるんだ!」
ユウが声を上げると、エリアスが首を振った。
「まだ断定はできん。記録に残っているというだけで、現在も使用可能かどうかは不明だ」
リアが続けた。
「でも、ここからが面白いの!」
彼女は別の資料を表示した。
《旧航路接続地点:識別番号復元》
《施設区分:航路接続補助拠点》
《最終稼働記録:不明》
《接続先候補:RS-12関連区域》
ユウは画面を見つめた。
「……RS-12につながってるかもしれないってこと?」
アイリスが答えた。
『はい。ただし、RS-12へ直接接続する航路であるかは不明です。接続地点の近傍へ移動できる可能性がある、という段階です』
セラが通信へ参加した。
『……つまり、探索時間を短縮できる可能性があるわけだな』
エリアスが頷いた。
「そういうことだ。ただし、実際に航路を使用するには、接続先の状態確認が必要になる。古い施設が壊れている可能性もあるからな」
ユウは少し考えた。
「……じゃあ、まずは接続先の状態を調べる方法を考えよう」
アイリスが応じた。
『接続先への一方的な通航は推奨できません。ただし、現在の航路管理設備を利用し、接続状態の確認信号を送ることは可能です』
「……それなら、船を出さなくても調べられる?」
『はい。初期調査としては、その方法が適切です』
ユウは嬉しそうに頷いた。
「……よし! じゃあ、やってみよう!」
エリアスが腕を組んだ。
「ただし、接続確認だけだ。通航操作は行うなよ」
「分かってますって!」
ユウが笑うと、リアも楽しそうに頷いた。
*
翌朝、第七航路中継基地の航路管理装置では、旧接続地点への確認信号が送信されることになった。
ユウはHM-417の管理室から遠隔で立ち会い、セラとエリアス、リアが隣で監視している。
ガルムが通信を開始した。
『旧航路接続候補への確認信号を送信します。通航機能は停止状態を維持します』
画面には、古代航路の接続情報が表示された。
《旧航路接続確認》
《接続地点:識別番号復元済み》
《信号送信:開始》
《応答待機中》
しばらくして、一つの表示が変化した。
《応答信号:検出》
ユウが目を見開いた。
「……返ってきた!?」
アイリスが答えた。
『はい。接続先からの応答を確認しました。ただし、信号強度は弱く、通信内容の一部が欠損しています』
リアが興奮した声を上げた。
「……すごい! 本当に生きてる!」
エリアスが画面を覗き込んだ。
「落ち着け。応答があることと、安全に通航できることは別だ」
セラが尋ねた。
「接続先の状態は分かるか?」
アイリスが解析を進めた。
『現在の応答内容から、接続先設備の一部が稼働していることは確認できます。ただし、誘導設備の状態は不明です』
ユウは頷いた。
「……じゃあ、少なくとも完全に壊れてるわけじゃないんだね」
『その可能性が高いと考えられます』
そのとき、画面に新しい情報が表示された。
《接続先識別情報:部分復元》
《施設分類:航路補助施設》
《管理状態:不明》
《外部通信要求:受信》
セラが眉をひそめた。
「……外部通信要求?」
ガルムが応じた。
『接続先設備より、追加の認証情報が要求されています。現在の管理権限では、要求内容の一部を確認できません』
ユウは少し考えた。
「……アイリスなら分かる?」
『照合中です』
しばらくして、アイリスが答えた。
『艦長、この認証形式はアストライアの古い航路記録に存在します。ただし、現在の運用系統では使用されていない形式です』
ユウは首を傾げた。
「……つまり?」
『接続先設備は、特定の管理権限を持つ艦艇、または航路管理者からの応答を要求しています』
エリアスが顔を上げた。
「……単なる自動応答ではないのか?」
『はい。現在の通信内容を見る限り、接続先設備には独立した認証機能が残されています』
セラが腕を組んだ。
「……慎重に進める必要があるな」
ユウは画面を見つめた。
古い航路の先には、まだ何かが残されている。
それが使える施設なのか、壊れかけた設備なのか、それともまったく別のものなのか。
現時点では、誰にも分からなかった。
「……アイリス。認証に必要な情報だけ、確認できる?」
『可能です。ただし、認証処理を完了するには、追加の調査が必要です』
「じゃあ、まずそこからだね」
ユウは頷いた。
そのとき、画面にもう一つの表示が現れた。
《接続先設備より通知》
《認証待機状態へ移行》
《保持期限:72時間》
ユウは目を瞬かせた。
「……七十二時間?」
アイリスが答えた。
『はい。この時間内に認証を完了しなければ、接続先設備は再び待機状態へ戻る可能性があります』
リアが画面を見つめた。
「……じゃあ、三日以内に何とかしないといけないってこと?」
エリアスは腕を組んだ。
「急ぐ理由にはなるが、無理をする理由にはならん。期限が切れても、再び接続できる可能性はある」
セラも頷いた。
「そのとおりだ。安全確認を優先する」
ユウは少しだけ笑った。
「……分かってる。でも、せっかく返事が来たんだし、できるところまでは調べてみたいね」
画面には、残り時間が静かに表示されていた。
《認証待機期限:71時間59分》
失われた古代航路の先にある、未知の施設。
その扉を開くための最初の手がかりが、ついに姿を現していた。




