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第79話 中継基地の訪問者

 第七航路中継基地の外周監視網が、識別不能の小型艦を捉えたのは、ヴァンガードがHM-417へ到着してから三日目の夜だった。


 基地周辺の宙域は、一般的な商業航路から離れている。付近を通過する船がまったくないわけではないが、中継基地へ向かって接近する船は珍しい。まして、識別信号を発していないとなれば、警戒する理由としては十分だった。


 アストライアの艦長室で報告を受けたユウは、すぐにセラとマーカスを呼び出した。


「……今のところ、敵対行動はないんだよね?」


 ユウが尋ねると、アイリスが答えた。


『はい。対象は中継基地から約二万四千キロメートルの位置を航行しています。速度は低下傾向にあり、兵装の使用や攻撃管制レーダーの照射は確認されていません』


 画面には、中継基地と接近中の小型艦を示す立体図が表示されていた。


「アルゴスは?」


『通常の哨戒経路を変更し、中継基地の外側で警戒中です。現時点では対象へ接近していません』


 ユウは頷いた。


「うん。いきなり追いかけたりしなくていいよ。まずは何をしに来たのか確認しよう」


 そこへセラとマーカスが入室した。


「状況は?」


 セラが尋ねると、アイリスが最新情報を表示した。


《未確認艦艇:一隻》

《推定全長:35~45メートル》

《識別信号:なし》

《兵装反応:未確認》

《航行状態:低速接近中》


 マーカスは画面を見つめた。


「小型の輸送艇か調査艇に見えるな。少なくとも、積極的に戦闘するための船には見えない」

「ただし、外観だけでは判断できない」


 セラが補足した。


「識別信号を出していない理由も気になる。故障か、意図的に停止しているのか」


 ユウは少し考えた。


「……通信してみようか」


 アイリスが応じる。


『一般航行用の通信周波数で呼びかけ可能です』


「じゃあ、お願い。ここが管理区域だってことと、接近目的を確認したいって伝えて」


『了解しました』


 中継基地の通信設備から、未確認艦へ向けて呼びかけが送られた。


《こちらは第七航路管理施設です。接近中の船舶へ通告します。当施設周辺は管理区域です。船舶識別情報と接近目的を通知してください》


 十秒、二十秒と時間が経過した。


 返答はなかった。


「……聞こえてないのかな?」


 ユウが呟くと、マーカスが答えた。


「可能性はある。識別信号が出ていないのも、通信設備の故障が原因かもしれない」


 セラが頷いた。


「もう一度送ろう。ただし、こちらから艦を接近させるのは待つ。相手の動きを見たい」


 再度の呼びかけから約一分後、アイリスが新しい情報を表示した。


『艦長、対象から通信を受信しました』


「おっ、つながった?」


『はい。ただし、音声通信のみです。映像信号はありません』


 通信が接続されると、雑音の混じった男性の声が響いた。


『……こちら、民間調査船……聞こえるか?』


「聞こえています。こちらは第七航路管理施設です。船の識別情報と、接近目的を教えてください」


 ユウが答えると、しばらく雑音が続いた。


『……助かった。通信装置がまともに動かなくてな。こちらは調査船ベルク。船長のノルドだ』


 セラがすぐに端末を操作し、船名を照合した。


『現在、推進系統に問題が発生している。近くに施設があるのを確認したんだが、整備支援を頼めないか?』


 ユウは画面に表示された小型艦を見つめた。


「……故障してるんですか?」

『ああ。主推進器の出力が安定しない。今は補助推進だけで動いてる。燃料はまだあるが、長くは持たん』


 ユウはセラへ視線を向けた。


 セラは小さく頷いたが、同時に警戒を緩めるなという仕草を見せた。


「分かりました。まずは現在位置で待機してください。こちらで状況を確認します」


『……分かった。助かる』


 通信が切れると、ユウは少し考えた。


「……どう思う?」


 マーカスが答えた。


「故障船の可能性は十分ある。ただ、識別信号が完全に停止しているのは気になるな。最低限の非常用信号まで出せないほどの故障なら、他にも問題があるかもしれない」


 セラが頷いた。


「まず、登録情報を確認しよう。それから、アルゴスのセンサーで外部から船体を調べる。必要なら支援するが、基地へ直接近づけるのは避けたい」


 ユウは頷いた。


「うん。困ってるなら助けたいけど、基地の安全も大事だからね」


     *


 調査船ベルクの登録情報は、ノード・セブンの船舶管理記録から確認できた。


《船名:ベルク》

《登録区分:民間資源調査船》

《全長:39.6メートル》

《登録船主:ノルド・ラッセン》

《主用途:鉱物資源探査》

《最終登録更新:約8か月前》


 少なくとも、船そのものは実在していた。


 ただし、現在接近している船が登録情報と一致するかどうかは、まだ確認できない。


 アイリスが外部観測結果を表示した。


『船体形状は登録情報と概ね一致しています。ただし、外装の一部に補修跡があり、識別表示も確認できません』


 セラが尋ねた。


「武装は?」

『外部から確認できる兵装はありません。ただし、船内に携行武器や小型装置が存在する可能性までは否定できません』


 マーカスが腕を組んだ。


「……普通の調査船に見えるが、まだ安心はできないな」


 ユウは頷いた。


「じゃあ、アルゴスに少し近づいてもらおうか。攻撃するつもりはないって伝えたうえで」


 ガルムの表示が起動した。


『了解しました。アルゴスによる外部観測を開始します。対象船舶との安全距離を維持し、武装は警戒状態とします』


 中継基地に常駐するアルゴスは、全長四十七・六メートルの無人警備艇だった。大型艦と正面から戦う能力はないものの、周辺宙域の哨戒や小型船への警告、基地防衛の補助を担っている。


 アルゴスはゆっくりと針路を変更し、調査船ベルクへ接近した。


 双方の距離が数千キロメートルまで縮まると、船体外観や推進器の状態を詳しく観測できるようになった。


『対象の主推進器に出力異常を確認しました。排熱分布が不均一です』


 ガルムの報告に、ユウが頷いた。


「……本当に故障してそうだね」

『はい。ただし、故障原因までは特定できません』


 そのとき、マーカスが画面の一部を指差した。


「……待ってくれ。この船、航行方向がおかしくないか?」


 セラが顔を上げた。


「どういう意味だ?」

「故障して補助推進だけで航行しているなら、もっと近い補給地点があったはずだ。なぜわざわざ商業航路から外れて、ここまで来た?」


 ユウは少し考えた。


「……確かに」


 アイリスが星図を表示した。


『現在地から通常の航行能力で到達可能な補給拠点は複数存在します。ただし、故障が発生した時点の位置によっては、当中継基地が最も近かった可能性もあります』


 セラは頷いた。


「なら、故障した場所と時刻を確認しよう」


     *


 再び通信が接続された。


『……何か分かったか?』


 ノルドの声には疲労が滲んでいた。


「外部から推進器の異常を確認しました。支援について検討していますが、いくつか確認させてください」


 ユウが答えると、ノルドは少し安心したように息を吐いた。


『ああ、何でも聞いてくれ』


 セラが通信へ加わった。


「主推進器の異常が発生した場所と時刻を教えてほしい」

『……二日前だ。外縁の調査区域で資源探査をしていたとき、急に主推進器が停止した』


「位置情報は残っているか?」

『航行記録はある。送信できるか試してみる』


 しばらくして、ベルクから断片的な航行記録が送られてきた。


 アイリスが内容を解析する。


『記録を受信しました。故障発生地点は、現在位置から約六十万キロメートル離れた小惑星帯付近です』


 マーカスが星図を確認した。


「……なるほど。そこなら、確かにこの基地が比較的近い」

「ただ、ここが使える施設だとどうして分かったんだ?」


 セラの問いに、ノルドが答えた。


『古い航行図に、航路関連施設らしい構造物が記録されていたんだ。まともに稼働しているとは思ってなかったが、他に選択肢がなくてな』


 ユウは少しだけ眉を上げた。


「……古い航行図?」


『ああ。外縁の調査業者の間では、使われなくなった施設の位置情報が売買されることがある。正確なものばかりじゃないが、今回は当たりだったらしい』


 セラの表情が少しだけ険しくなった。


 中継基地の存在は、完全な秘密というわけではない。外部から観測できる構造物であり、過去の航行記録にも断片的な情報が残っている可能性はある。


 だが、場所を知る者が増えれば、警戒すべき相手も増える。


「……その航行図について、後ほど確認させてもらえるか?」


 セラが尋ねると、ノルドは答えた。


『構わん。ただし、古い民間資料だ。どこまで役に立つかは分からんぞ』


 ユウは頷いた。


「ありがとうございます。じゃあ、まずは安全な場所まで誘導しますね。ただ、基地の近くには入れないので、少し離れたところで待機してもらうことになります」

『分かった。修理できるなら、それで十分だ』


 通信が終了すると、セラがユウへ視線を向けた。


「支援するつもりか?」

「うん。少なくとも故障は本当みたいだし、放っておくのも嫌だから」


 ユウは少し考えて続けた。


「でも、基地へ入れる必要はないよね。修理用の作業艇を出して、必要な部品だけ届ければいいんじゃないかな」

「その方が安全だな」


 マーカスも頷いた。


「ただ、作業艇を出すなら護衛が必要だ。相手が本当に民間人だとしても、周辺宙域に別の脅威がいる可能性はある」


 ユウは笑った。


「……じゃあ、機動防衛部隊の出番かな」


     *


 ヴァンガードの初任務は、故障した民間調査船への整備支援となった。


 ただし、艦はまだ乗員の募集と訓練を進めている段階であり、通常の戦闘任務に投入できる状態ではない。そのため今回は、マーカスと既存の経験者四名に加え、アーデントから数名の支援要員を派遣し、限定的な運用を行うことになった。


 セラは出航前の確認会で、マーカスへ指示を出した。


「今回の目的は、ベルクの状態確認と必要な整備支援だ。敵対行動が確認されない限り、武力行使は認めない」

「了解した。接触は作業艇に任せ、ヴァンガードは一定距離を保って警戒する」

「アルゴスとも情報を共有してくれ。ただし、アルゴスは中継基地の警備を優先する。長時間、基地から離すつもりはない」


 マーカスが頷いた。


「分かった。基地の防衛能力を空にするわけにはいかないからな」


 ユウは隣で二人のやり取りを聞いていた。


「……なんか、もう普通に部隊長って感じだね」


 マーカスが少しだけ笑った。


「まだ部隊と呼べるほどの戦力じゃないがな」

「でも、これから増やしていけばいいじゃん」

「まずは今ある一隻を、きちんと運用できるようにすることだ」


 セラが頷いた。


「そのとおりだ」


 ユウは苦笑した。


「……はい」


 ヴァンガードは古代航路を通過し、第七航路中継基地へ到着した。


 通航には中継基地側の誘導設備とアストライアの事前設定が必要だったが、今回は前回の移送時に取得した情報を利用し、問題なく通過できた。ただし、単独で自由に航路を開けるわけではなく、基地側の通航管理が必要な状態に変わりはない。


 マーカスは艦橋から中継基地を見つめた。


「……これが守るべき場所か」


 巨大な施設の周囲には、追加された監視装置と固定迎撃砲塔が配置されている。少し離れた宙域では、アルゴスが定期哨戒を続けていた。


「予想より設備は整っているな」

『防衛設備の増強は継続中です』


 通信端末からガルムの声が響いた。


『ヴァンガードの到着を確認しました。周辺宙域の監視情報を共有します』

「ありがとう。こちらも観測情報を送る」


 マーカスは端末を操作し、両者の通信を確認した。


「……さて、仕事を始めるか」


     *


 ベルクへの接近は、慎重に進められた。


 ヴァンガードは調査船から約五千キロメートル離れた位置で待機し、整備用の小型作業艇を送り出した。作業艇には整備担当二名と警備担当一名が乗り込み、ベルクの船長と事前に確認した手順に従って船体へ接近する。


 マーカスは艦橋で報告を受けていた。


「作業艇、接触まで残り二百メートル」

「了解。ベルク側の動きは?」

「変化ありません。兵装反応なし。推進出力も低い状態を維持しています」


 マーカスは頷いた。


「予定どおり接触を許可する。ただし、相手の船内へ入るのは整備担当だけだ。警備担当は作業艇側で待機させろ」


 作業艇がベルクへ接触し、外部推進器の点検が始まった。


 整備担当からの報告は、予想どおりのものだった。


『主推進器の制御装置に損傷を確認。出力調整用の回路が焼損しています。現場で応急修理は可能ですが、交換部品が必要です』


 マーカスが尋ねた。


「所要時間は?」

『部品が揃えば、三時間程度で応急修理できる見込みです。ただし、完全な修理には整備施設への入港が必要です』

「了解。必要な部品を確認してくれ」


 その後、ヴァンガードの予備部品から使用可能な装置が見つかり、応急修理が進められた。


 作業開始から約四時間後、ベルクの主推進器は低出力での運転を再開した。


『……助かった。本当にありがとう』


 通信越しに、ノルドの声が響いた。


『これで最寄りの補給拠点まで戻れそうだ』

「無理はしないでください。推進器は応急修理の状態ですから」


 マーカスが答えると、ノルドは頷いた。


『分かってる。あと、さっき話していた古い航行図だが、データを送っておいた。役に立つかどうかは知らんが、礼代わりに受け取ってくれ』


 マーカスは端末を確認した。


「受信した。ありがとう」


 ベルクはゆっくりと針路を変更し、中継基地から離れていった。


 ヴァンガードはしばらくその航行を見守り、十分な距離が開いたことを確認してから哨戒区域へ戻った。


     *


 HM-417の会議室では、ユウとセラがヴァンガードからの報告を確認していた。


「……無事に終わったんだね」


 ユウが嬉しそうに言うと、セラが頷いた。


「ああ。初任務としては悪くない。相手を過剰に警戒して無用な衝突を起こすこともなく、必要な安全措置を維持できていた」


 ユウは少し笑った。


「マーカス、頼りになるね」

「経験のある艦長だからな。ただし、今回の運用で課題も見えた」


 セラは資料を表示した。


「まず、ヴァンガードの乗員が足りない。今回はアーデントから支援要員を借りたが、これでは両艦を同時に本格運用することが難しい」

「……そうだね」

「それと、アルゴスとヴァンガードの情報共有はうまくいったが、外部作業艇との連携には改善の余地がある」


 ユウは頷いた。


「じゃあ、次の訓練でそこを直そう」


 セラは小さく笑った。


「そうだな。機動防衛部隊として、最初の一歩は踏み出せたと思う」


 そのとき、アイリスが新しい情報を表示した。


『艦長、ベルクから受け取った古い航行図の解析が完了しました』

「……おっ、何か分かった?」


 画面に、第七航路周辺の古い星図が表示された。


 現在の航路情報とは異なり、複数の施設や航行地点が記録されている。その多くはすでに失われているか、現在の航行図では確認できないものだった。


 アイリスが説明を始めた。


『この航行図は、約四十年前に民間調査業者が作成したものと推定されます。元になった記録はさらに古く、複数の資料を統合したもののようです』


 セラが尋ねた。


「現在の中継基地以外にも、施設の位置が記録されているのか?」

『はい。ただし、記録された地点の多くは精度が低く、実在するかどうかは不明です』


 ユウは星図を眺めた。


「……なんか、いっぱいあるね」


 アイリスは一つの地点を拡大した。


『その中に、YD-09の建造記録と類似する識別情報が含まれていました』


 ユウは顔を上げた。


「……え?」


 画面には、一つの古い施設名が表示されていた。


《旧第七航路/資材集積拠点》

《施設識別番号:RS-12》

《所在地:推定座標》

《現況:不明》


 セラが画面を見つめた。


「……資材集積拠点?」


『はい。YD-09の建造記録にある搬入元の識別情報とは完全には一致しませんが、同じ施設群に属していた可能性があります』


 ユウは少し考えた。


「……じゃあ、あの大型艦に必要な部品が、そこにあるかもしれないってこと?」

『可能性はあります。ただし、施設の実在、現在の状態、保管物の有無は未確認です』


 セラが腕を組んだ。


「……簡単には行けない場所だろうな」

『はい。現在使用できる古代航路から直接到達できるという記録はありません。通常航行での調査には、相応の時間と準備が必要です』


 ユウはしばらく星図を見つめていた。


 地下で眠る大型古代艦。


 完成に必要な中央接合構造。


 そして、旧第七航路に存在していたという資材集積拠点。


 それぞれが、少しずつつながり始めていた。


「……ねえ、セラ」


 ユウが顔を上げた。


「何だ?」

「これ、ちゃんと調べてみたいな」


 セラは少し考えてから頷いた。


「調査する価値はある。ただし、まずは位置情報の精度を確認しよう。古い資料だけで艦を出すのは危険だ」


 ユウは笑った。


「うん。分かってる」


 アイリスが静かに付け加えた。


『なお、艦長。もう一つ報告があります』


「……ん?」


『受信した航行図の中に、アストライアの旧航路記録と一致する地点が一つ確認されました』


 ユウの表情が変わった。


「……アストライアの?」


『はい。ただし、現在の航路データでは、その地点への通航情報が失われています』


 画面には、古い星図の一角が拡大表示された。


《古代航路関連地点》

《識別情報:一部一致》

《現況:不明》


 ユウは画面を見つめた。


「……これ、もしかして」


 アイリスが答えた。


『はい。旧第七航路の未確認施設へ至る手がかりになる可能性があります』


 ユウは少しだけ笑った。


「……また、行ってみたい場所が増えちゃったな」


 セラが小さく息を吐いた。


「その前に、今ある仕事を片づけるぞ」


「……はい」


 ユウは苦笑しながら頷いた。


 新しく編成された機動防衛部隊は、最初の任務を無事に終えた。


 そして、その任務で得た一枚の古い航行図が、思いがけず次の探索へつながろうとしていた。


 まだ誰も知らない旧第七航路の先に、何が残されているのか。


 その答えを確かめる日は、少しずつ近づいていた。

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