第78話 機動防衛部隊
ノード・セブンの外縁に設けられた試験航行区域では、一隻の灰色の護衛コルベットが出航準備を進めていた。
全長百五十二メートル。幅広の船体に六基の近接防御砲を備えたヴァンガードは、整備用の固定アームから解放され、ゆっくりと係留区画を離れていく。
「……おお、動いた!」
艦橋の後方で、ユウが嬉しそうに声を上げた。
「動くのは当然だ。問題は、この先だろう」
隣に立つセラが呆れたように答える。
「いや、だって最初はまともに飛べないって話だったじゃん。こうして動いてるだけでも嬉しくない?」
「気持ちは分からなくもないが、今日は試験航行だ。まだ購入したわけでもない」
ユウは笑いながら頷いた。
艦橋にはユウとセラのほか、ジェイド、ダリオ、そして艦長候補のマーカス・レインが同乗していた。操艦席には販売業者が手配した試験操縦士が座り、マーカスはその隣で航行記録を確認している。
今回の試験は、修理した推進制御系統の性能確認と、購入前の最終検査を兼ねている。マーカスの指揮能力を確かめる訓練は、その後に予定されていた。
「ダリオ、推進制御はどう?」
ユウが尋ねると、機関監視席に座るダリオが答えた。
「今のところ正常だ。通信遅延も許容範囲内に収まってる。ただ、まだ低出力だからな。問題が出ていたのは高負荷時だ」
ダリオは端末を操作し、試験操縦士へ合図を送った。
「出力四十パーセント。加速試験を始めてくれ」
「了解。推進出力四十パーセント」
ヴァンガードの船体が静かに加速した。
艦橋の画面には推進器の出力、制御命令の応答時間、船体各部の振動が表示されている。
「……正常だな」
ダリオは記録を確認した。
「次、六十パーセント」
「了解」
推進器の光が強まり、艦はさらに速度を上げた。
以前なら、この段階から制御装置が不安定になり始めていたという。
だが、今回は異常を示す警告は出なかった。
「……よし。通信遅延なし。制御応答も正常」
ダリオが小さく頷く。
「いけそう?」
ユウが期待を込めて尋ねると、ダリオは首を振った。
「まだだ。次は八十パーセント。それから段階的に高負荷をかける。直ったつもりで事故を起こしたら、笑い話にもならねえからな」
「……了解」
ユウは素直に頷いた。
試験は慎重に進められた。八十パーセント出力、短時間の高負荷運転、推進器の出力差を利用した姿勢制御。いずれも規定値の範囲内に収まり、以前のような強制的な出力制限は発生しない。
最後の高負荷試験が終わると、ダリオは深く息を吐いた。
「……よし。推進制御系統は正常だ」
ユウが思わず両手を上げた。
「やった!」
「ただし、今日の試験で全部保証できるわけじゃねえ。長時間運転と実際の任務に近い条件での確認は、購入後も必要だ」
「うん。それはもちろん!」
ジェイドが船体構造の記録を見ながら頷いた。
「推進器本体の状態も悪くない。少なくとも、購入を見送るほどの異常は見つかっていないな」
セラが腕を組んだ。
「では、次は指揮能力の確認だな」
その言葉に、マーカスが顔を上げた。
「……俺の番か」
*
試験航行を終えたヴァンガードは、ノード・セブンの訓練区域へ移動した。
ここでは実弾を使用せず、艦の管制装置に接続した戦術シミュレーターによって、仮想の敵艦やミサイルを表示する。実際の艦を動かしながら指揮判断を確認できるが、兵装は模擬射撃に限定されている。
今回の設定は、輸送船三隻を護衛中に複数の武装艇から襲撃を受けるというものだった。
ヴァンガードの艦長席にはマーカスが座り、ユウとセラは後方の監督席から指揮を確認する。
操艦や兵装管制は、販売業者の試験要員が担当する。マーカスと初めて組む人員ばかりで、十分な連携訓練は行われていない。
マーカスは艦橋を見渡した。
「全員、聞いてくれ。今回は初めての組み合わせだ。分からないことがあれば遠慮なく確認してほしい。報告は簡潔に、判断に必要な情報を優先する。俺の指示に問題があると思ったら、その場で指摘してくれ」
乗員たちが頷いた。
セラはその様子を静かに見つめていた。
「……悪くないな」
ユウが小声で尋ねる。
「何が?」
「最初に報告と指摘のルールを確認したことだ。慣れていない乗員同士では、遠慮や思い込みが事故につながる」
ユウは頷いた。
やがて訓練開始の合図が出された。
《模擬護衛任務開始》
《護衛対象:輸送船三隻》
《敵性反応:未確認》
最初の数分間は、何事もなく航行が続いた。
マーカスは輸送船の速度と位置関係を確認し、ヴァンガードを船団の後方やや上方に配置した。
「……もっと前に出ないんだね」
ユウが呟くと、セラが答えた。
「今の配置なら、後方からの接近に対応しやすい。前方の警戒は輸送船のセンサー情報も利用しているようだな」
その直後、警戒音が鳴った。
《敵性反応:右舷前方》
《小型武装艇:三隻》
《高速接近中》
マーカスは即座に指示を出した。
「右舷の迎撃砲を準備。輸送船には隊形維持を指示しろ。まだ速度を上げさせるな」
「了解。右舷迎撃砲、模擬射撃準備完了」
敵の武装艇は散開し、三方向から船団へ接近し始めた。
そのうち一隻が輸送船へ向けてミサイルを発射する。
《模擬ミサイル:二発》
「迎撃優先。右舷第二、第四砲座。射撃開始」
ヴァンガードの近接防御砲が模擬射撃を行い、画面上のミサイル二発が消失した。
《迎撃成功》
ユウは嬉しそうに頷いた。
「……おお、いい感じ」
しかし、次の瞬間、後方から新しい敵性反応が現れた。
《敵性反応:後方》
《小型武装艇:二隻》
《輸送船三番艦へ接近中》
マーカスはすぐに状況を確認した。
「……挟撃か」
艦橋の戦術画面には、前方三隻、後方二隻の敵が表示されていた。
「艦を後方へ回す。前方の敵は追うな。輸送船三番艦の退避経路を確保する」
「了解」
ヴァンガードが向きを変え、船団の後方へ移動した。
マーカスは敵の動きを確認しながら指示を続ける。
「後方の二隻は接近速度が速い。ミサイルを使わせる前に、射線を遮る位置へ入れ」
「了解。進路変更します」
その判断は的確だった。
ヴァンガードが輸送船と敵の間へ入ることで、敵の攻撃角度は大きく制限される。
しかし、前方の敵三隻も攻撃を再開した。
《模擬ミサイル:四発》
《護衛対象二番艦へ接近》
マーカスは一瞬だけ画面を見た。
「……二番艦へ回頭。近接防御砲、迎撃準備」
だが、ヴァンガードが回頭するより早く、模擬ミサイルの一発が輸送船へ命中した。
《護衛対象二番艦:被弾》
《推進機能:一部低下》
ユウは思わず身を乗り出した。
「……あっ!」
マーカスは表情を変えずに状況を確認した。
「二番艦、損傷状況を報告させろ。三番艦は減速、隊形を維持。ヴァンガードは後方の二隻を牽制しながら、二番艦の退避を支援する」
指示は落ち着いていた。
その後、マーカスは敵の追撃を防ぎながら船団を移動させ、最終的には全艦を訓練区域から離脱させた。
《模擬護衛任務終了》
《護衛対象:三隻生存》
《護衛対象二番艦:中破判定》
《ヴァンガード:軽微な損傷判定》
ユウは小さく息を吐いた。
「……難しいね、護衛って」
セラが頷いた。
「そうだな。攻撃する側は目標を選べるが、守る側はすべての脅威に対応しなければならない」
艦長席では、マーカスが戦闘記録を確認していた。
*
訓練後の検討会で、セラが最初に口を開いた。
「全体としては悪くない。報告の整理も適切だったし、状況が悪化してからも指揮に乱れはなかった。ただし、二番艦への攻撃を許した場面は検討が必要だ」
マーカスは頷いた。
「ああ。後方の二隻を優先しすぎた。前方からの第二波を想定して、艦の位置をもう少し中央に残すべきだった」
「同感だ。もっとも、今回の設定では全方向からの攻撃を一隻で防ぐのは難しい」
ジェイドが資料を見ながら答えた。
「だからこそ、アーデントとの連携が重要になるな。俺の艦が前方の敵を抑え、ヴァンガードが船団の近くで迎撃する形なら、今回より対応しやすいはずだ」
マーカスがジェイドを見た。
「その運用なら、こちらも動きやすい。だが、艦隊指揮官が両艦へ細かく指示を出し続ける形は避けたい」
「どうして?」
ユウが尋ねる。
「戦闘中、すべての判断を上位の指揮官へ確認していては間に合わないからだ。事前に担当区域と優先順位を決め、必要なときだけ指示を受ける方が効率的だ」
セラが頷いた。
「その点は私も同じ考えだ。艦隊指揮官は全体の方針を示し、個々の艦の細かな判断は艦長に任せるべきだな」
ユウは少し考えた。
「……なるほど。じゃあ、マーカスに艦を任せるなら、ある程度自由に動けるようにした方がいいんだね」
「自由というより、権限と責任を明確にしてほしい」
マーカスは落ち着いた口調で答えた。
「俺は命令を無視して勝手に戦うつもりはない。ただ、乗員の命を預かる以上、現場で判断できる範囲は必要だ」
ユウは頷いた。
「分かりました。そこはセラと相談して、ちゃんと決めます」
マーカスは少しだけ笑った。
「……それなら問題ない」
*
その日の午後、ユウたちはヴァンガードの購入について最終協議を行った。
ダリオの検査結果は良好で、推進制御系統の不具合も解消されている。ただし、迎撃砲座二基が撤去されていること、ミサイル発射機が旧式であることなど、追加整備が必要な部分も残っていた。
ハンナが費用を表示した。
《ヴァンガード導入費用見積もり》
《船体購入費:360,000Cr》
《推進制御系統修理費:約31,000Cr》
《航行検査・登録費用:約12,000Cr》
《初期整備・消耗品:約27,000Cr》
《合計:約430,000Cr》
「……四十三万か」
ユウは資料を見つめた。
「最初の四十二万より高くなってるね」
「船体価格が下がっても、使える状態にするには費用がかかります」
ハンナが淡々と答えた。
「それに、これは最低限の導入費用です。迎撃砲座の補充やミサイル発射機の更新費用、乗員の給与などは含んでいません」
「……なるほど」
ユウは少し考えた。
「でも、今の艦隊には必要な船だと思う。ジェイドやマーカスも、護衛能力を補えるって言ってたし」
セラが頷いた。
「私も購入には賛成だ。ただし、当面は既存の六基の迎撃砲で運用し、兵装の追加は段階的に行う方がいい」
「そうだね。いきなり全部やろうとすると、お金が足りなくなりそうだし」
ハンナが少しだけ微笑んだ。
「その認識でお願いします」
ユウは笑った。
「……じゃあ、購入しようか」
セラが確認する。
「本当にいいんだな?」
「うん。艦も見たし、検査も終わった。必要な役割もはっきりしてる。これなら、ちゃんと使っていけると思う」
ユウはヴァンガードの立体図を見つめた。
「それに、護衛任務だけじゃなくて、基地の防衛にも使えるんじゃないかなって考えてるんだ」
マーカスが顔を上げた。
「……基地防衛?」
ユウは頷いた。
「うん。今、俺たちは二つの重要な拠点を持ってる。HM-417と、第七航路の中継基地。普段はそれぞれ防衛設備や無人機で警備してるけど、艦があればもっと柔軟に動けるかなって」
セラは少し考えた。
「……機動防衛戦力として運用するわけか」
「そう。護衛任務がないときは、ヴァンガードに両方の基地を巡回してもらう。中継基地にはアルゴスがいるから、ヴァンガードがHM-417へ戻っている間も警備を続けられるし」
ジェイドが頷いた。
「悪くないな。固定防衛設備だけでは、遠方から接近する敵への対応が難しい。艦がいれば、基地に近づく前に警告や進路変更の要求もできる」
マーカスは少し考えた。
「……なるほど。だが、一つ確認したい」
「何ですか?」
「その二つの基地は、どの程度離れている?」
ユウは少し迷ったあと、セラへ視線を向けた。
セラが頷く。
「詳細は正式契約後に説明する予定だったが、運用判断に必要な範囲は話しておこう」
彼女は星図を表示した。
「二つの基地は別の星系にある。通常航行で簡単に行き来できる距離ではないが、専用の古代航路で接続されている」
マーカスは画面を見つめた。
「……古代航路?」
ユウが頷いた。
「うん。アストライアで見つけた航路を利用してる。ただし、ヴァンガードがそのまま通れるかは確認しないといけない」
マーカスは少し考えた。
「……なるほど。それなら、移動能力の確認が先だな。通れないなら、両基地の巡回は成立しない」
セラが頷いた。
「そのとおりだ。航路の通航条件を確認し、必要な調整があるなら検討する」
ユウはアイリスへ通信を入れた。
「アイリス、ヴァンガードが第七航路を使えるか調べられる?」
『可能です。ただし、現代艦の通航については、艦の質量、船体寸法、航路側の誘導方式との適合性を確認する必要があります』
「……すぐには分からない?」
『少なくとも、艦の詳細な構造情報が必要です。購入後に機関制御系統を確認できれば、適合性の検証を進められます』
ユウは頷いた。
「了解。じゃあ、まずは購入してからだね」
マーカスは少しだけ笑った。
「……面白い職場になりそうだな」
*
翌日、ヴァンガードの売買契約が正式に締結された。
船体価格三十六万Cr。推進制御系統の修理費と各種手続き費用を含め、初期導入費用は約四十三万Crとなった。
ハンナは支払い記録を確認し、必要な資金を艦隊の運営口座から振り分けた。
「これで購入手続きは完了です。ただし、当面は艦艇維持費を抑える必要があります」
「了解。余計な買い物はしないようにするよ」
ユウが答えると、ハンナは少しだけ眉を上げた。
「……その言葉、記録しておきますね」
「……えっ!?」
セラが笑いをこらえていた。
その日のうちに、マーカスとも正式な雇用契約が結ばれた。
条件は、ヴァンガードの艦長として護衛任務と基地防衛任務を担当すること。艦の運用に関する一定の判断権限を持つ一方、艦隊全体の方針についてはユウとセラの指揮に従う。
また、危険な任務における撤退判断や、乗員の安全に関する権限についても明文化された。
マーカスは契約書を確認し、静かに頷いた。
「……これなら問題ない」
「よかった。これからよろしくお願いします!」
ユウが手を差し出すと、マーカスはしっかりと握り返した。
「こちらこそ。艦長として、任された仕事は果たす」
ジェイドも歩み寄った。
「アーデントのジェイド・クロウだ。これからは共同任務も増えるだろう。よろしく頼む」
「マーカス・レインだ。こちらこそ」
二人は短く握手を交わした。
経験豊富な二人の艦長が、初めて同じ艦隊の一員として顔を合わせた瞬間だった。
*
ヴァンガードの引き渡し後、マーカスは早速乗員の確保と艦内整備を始めた。
以前の部下のうち、四名が参加に前向きな意思を示しており、現在は経歴確認と雇用条件の調整を進めている。残りの人員については傭兵協会を通じて募集することになった。
セラはマーカスとともに、基地防衛の運用計画を検討していた。
「まず、ヴァンガードの任務を整理したい」
セラが星図を表示する。
「優先順位は三つ。第一に、契約した護衛任務の遂行。第二に、HM-417と第七航路中継基地の防衛。第三に、艦隊全体の訓練と整備だ」
マーカスが頷いた。
「基地防衛については、常に艦を動かしておく必要はないな。哨戒区域と警戒段階を決め、状況に応じて出動する方が効率的だ」
「そうだな。乗員の休息と整備時間も確保する必要がある」
ユウが口を開いた。
「じゃあ、普段はHM-417と中継基地を行き来しながら、必要なときに警備する感じ?」
「そうなる。ただし、古代航路の通航適合性が確認できれば、だ」
セラが答えた。
アイリスが艦隊の運用図を表示する。
《機動防衛構想/暫定案》
《ヴァンガード:両拠点の機動警戒・緊急増援》
《アルゴス:第七航路中継基地の常駐警備》
《HM-417防衛設備:固定砲塔・警備ドローン》
《艦隊主力:必要に応じて増援》
《古代航路通航適合性:確認待ち》
マーカスは画面を見つめた。
「……アルゴスというのは?」
「中継基地に配置してる無人警備艇です。全長五十メートル弱の小型艦ですね」
ユウが説明すると、マーカスは興味深そうに頷いた。
「無人艦か。なら、警戒情報の共有を優先したい。ヴァンガードが到着する前に、周辺状況を把握できるようにしておく必要がある」
セラが頷いた。
「その点はガルムとアイリスに協力してもらう」
端末にガルムの表示が現れた。
『防衛情報の共有について、対応可能です。ただし、艦艇側の通信規格と認証方式の確認が必要となります』
「分かった。そこは整備担当と相談しよう」
マーカスは少し考えた。
「……それと、基地側の警戒情報がすべて正確だとは限らない。現場では独立した確認も必要だ」
『その判断を推奨します。監視装置にも検知範囲と精度の限界があります』
マーカスは小さく頷いた。
「……信頼できそうな管理者だな」
ユウは笑った。
「ガルムは頼りになりますよ。ちょっと真面目すぎるくらいですけど」
『艦長、施設管理において適切な判断を行うことは、重要な責務です』
その返答に、セラが小さく笑った。
*
数日後、ヴァンガードはHM-417へ移送された。
古代航路の利用については、アイリスが通航条件を確認した結果、ヴァンガード単独での接続操作には対応していないものの、航路側の誘導設備を利用した通航が可能と判断された。実際の移送では、アストライアが先導し、航路管理装置による誘導のもとで慎重に通過した。
通航中は航路側の監視装置が船体の位置と速度を確認し、異常が発生した場合には通航を中断する手順が用意されていた。
初めて古代航路を通過したマーカスは、艦橋の画面を見つめながら小さく息を吐いた。
「……これは、想像以上だな」
通常航行では数年を要する距離を、専用航路を利用することで短時間で移動できる。その事実は、彼のこれまでの経験からすれば信じがたいものだった。
「……こんなものを使ってるのか、お前たちは」
マーカスが呟くと、ユウが嬉しそうに笑った。
「すごいでしょ?」
「ああ。だが、同時に危険でもあるな」
ユウが首を傾げる。
「危険?」
「この航路が使えなくなれば、二つの基地の連絡が大きく制限される。逆に、外部から利用されれば、基地への侵入経路にもなる」
セラが頷いた。
「そのとおりだ。だからこそ、中継基地の防衛は重要になる」
マーカスは星図を見つめた。
「……なるほど。機動防衛部隊の意味が、ようやく分かってきた」
*
HM-417へ到着したヴァンガードは、大型整備区画の一角へ係留された。
アーデントと並ぶ二隻の現代艦を見上げながら、ユウは嬉しそうに笑った。
「……おお。なんか、艦隊って感じがしてきた!」
セラが隣で頷いた。
「見た目だけで満足するなよ。これから乗員の訓練と、基地防衛の運用試験が始まる」
「分かってるって!」
マーカスはヴァンガードの船体を見上げた。
「……まずは艦の癖を覚えるところからだな。整備担当とも話をしておきたい」
「ダリオに紹介しますよ。今はアーデントの改修が優先ですけど、ヴァンガードの整備計画も一緒に考えてくれると思います」
ユウが答えると、マーカスは頷いた。
「助かる」
その日の夕方、HM-417の管理室では、ヴァンガードを含む新しい防衛配置が登録された。
《艦隊編成更新》
《アストライア:艦隊旗艦・遊撃任務》
《アーデント:主力護衛艦》
《ヴァンガード:護衛・機動防衛艦》
《アルゴス:第七航路中継基地常駐警備艦》
ユウは画面を見つめた。
「……機動防衛部隊、か」
セラが頷いた。
「まだ一隻だけだが、将来的には複数の艦を組み合わせた防衛体制へ発展させられる」
「うん。そうなれば、俺たちが探索に出ても、基地を任せられるね」
マーカスが静かに答えた。
「任された以上、きちんと守る。ただし、俺一人では限界がある。固定防衛設備や無人機との連携を、しっかり整えておきたい」
「もちろん。そこはみんなで考えよう」
ユウは笑った。
新しい艦、新しい艦長、そして新しい任務。
艦隊はまた一つ、大きくなった。
*
その夜、ユウはアストライアの艦長室で、リーネから届いた連絡を確認していた。
《精製金属継続供給契約:正式締結》
《初回納品予定:来月》
《販売条件:確定》
《設備増強案:検討継続》
画面には、リーネからの短いメッセージも添えられていた。
《ユウさん、無事に契約がまとまりました。次にお会いするときは、お仕事以外のお話もできると嬉しいです。》
ユウはその文章を見て、少しだけ笑った。
「……そういえば、約束してたな」
アイリスが応じた。
『艦長、以前リーネ様と、仕事を伴わない外出について約束されています』
「うん。覚えてるよ」
『現在の予定では、三日後の午後に空き時間があります』
「……そこまで把握してるんだ」
『艦長の予定管理も私の業務です』
ユウは苦笑しながら、リーネへ返信を送った。
《三日後の午後、時間ある? この前の約束、よかったらその日にどうかな。》
しばらくして、返事が届いた。
《はい! ぜひ。楽しみにしています。》
ユウは嬉しそうに頷いた。
「……よし。今度こそ、仕事の話ばっかりにならないようにしないとな」
アイリスが淡々と答えた。
『艦長の場合、最初の十分間で艦艇の話題になる確率が高いと予測します』
「……そんなに?」
『過去の会話記録から判断すると、十分以内に艦艇関連の話題へ移行する頻度が高い傾向にあります』
「……ちょっと気をつけるよ」
ユウは笑いながら端末を閉じた。
そのとき、別の通知が届いた。
《第七航路中継基地/防衛設備更新報告》
《追加監視装置:設置完了》
《固定迎撃砲塔:二基増設完了》
《アルゴス:定期哨戒中》
《ヴァンガードとの防衛情報共有:試験準備完了》
ユウは報告を確認し、満足そうに頷いた。
「……いいね。こっちも順調だ」
しかし、その直後だった。
アイリスの声が、少しだけ真剣なものに変わった。
『艦長、第七航路中継基地から、未確認の航行反応が報告されました』
「……え?」
ユウは端末を開いた。
《第七航路中継基地/外周監視》
《未確認航行反応:一件》
《識別信号:なし》
《推定規模:小型艦艇》
《接近方向:外縁航路側》
ユウは画面を見つめた。
「……宙賊?」
『現時点では判断できません。敵対行動も確認されていません。ただし、通常の商業航路から外れた方向より接近しています』
ユウは少し考えた。
「……セラとマーカスに連絡して。あと、アルゴスは警戒を強めて、まだ攻撃しないように」
『了解しました』
ユウは窓の外を見つめた。
新しく編成した機動防衛部隊。
その最初の任務は、思っていたより早く訪れることになりそうだった。




