第76話 次なる一隻
HM-417の会議室には、朝から主要なメンバーが集まっていた。正面画面には、YD-09の地下で発見された大型古代艦の構造図と、ガルムが新たに発見した建造記録が並んでいる。
ユウは資料を確認しながら、隣に座るエリアスへ尋ねた。
「……先生、これって結構大きな発見ですよね?」
エリアスは眼鏡を押し上げた。
「そうだな。少なくとも、失われた構造材が最初から存在しなかったわけではないと分かった。ただし、実際に製造されたかどうかは別問題だ」
「……え? 搬入予定って書いてあるのに?」
「予定は予定だ。製造途中で計画が中止された可能性もあるし、輸送中に失われた可能性もある」
リアが資料を拡大した。
「でも、搬入元が旧第七航路関連施設ってことは、あの中継施設と関係があるんですよね?」
「その可能性はある。ただし、現在の中継施設とは記録形式が違う。単純に同じ場所だと考えない方がいい」
エリアスが答えると、ガルムの表示が起動した。
『関連記録の照合を継続しています。現在の第七航路中継施設に、該当する構造材の保管記録は確認されていません』
セラが腕を組んだ。
「つまり、旧第七航路に存在した別の施設を探す必要があるかもしれないということか」
『その可能性があります。ただし、搬入元を特定する情報は欠損しています』
ユウは少し考えた。
「……アイリス。アストライアの航路記録にも何か残ってない?」
『照合中です。旧第七航路には複数の関連施設が存在していたようですが、現在使用できる航路情報は限られています。未確認の施設へ安全に到達できるとは限りません』
ユウは頷いた。
「そっか。じゃあ、今すぐ探しに行くのは難しいか」
エリアスが口を開いた。
「それに、仮に構造材が見つかったとしても、そのまま使えるとは限らん。保管状態や劣化の程度も確認する必要がある」
「……結局、簡単にはいかないですね」
「六百メートルを超える大型艦を造ろうとしているんだ。簡単に進む方がおかしい」
その言葉に、ユウは苦笑した。
エリアスは立体図を切り替え、船体中央部の構造を拡大した。
「私としては、二つの方針を並行して進めたい。一つは、失われた構造材の設計情報を探すこと。もう一つは、現代技術で代替できる構造を検討することだ」
「両方やるんですか?」
「ああ。古代の部品が見つかるまで何もしないというわけにはいかん。それに、現代技術による代替案があれば、将来的な修理や改修もしやすくなる」
リアが嬉しそうに頷いた。
「それ、私も賛成です! 古代の構造をそのまま再現するより、現代の材料や製造技術を使える部分は使った方がいいと思います!」
エリアスはリアを見た。
「だからこそ、まず必要なのは設計と試験だ。いきなり実物を造ろうとするなよ」
「……分かってますって!」
ダリオが遠隔通信から口を挟んだ。
『先生、そこは何度でも言ってやってください。こいつ、面白そうな装置を見つけると、すぐ動かそうとするんで』
「ちょっと、ダリオ!」
『事実だろうが』
ユウは思わず笑った。
以前なら、巨大艦を見つけた時点ですぐ修理を始めたくなっていただろう。だが今は、少しずつ準備を進めることの大切さも分かってきている。
「……じゃあ、研究計画は先生とリアにお願いしていいかな?」
「構わん。ただし、正式な契約と予算の承認が先だ」
「……そこはハンナと相談します」
エリアスは満足そうに頷いた。
*
会議を終えたユウは、セラとともにアーデントの整備区画へ向かった。
右舷第四区画の外装はすでに大部分が取り付けられ、新しいシールド制御装置の調整が進められている。作業用ドローンが船体表面を移動し、接合部の強度を確認していた。
整備区画の入口では、ジェイドが端末を確認していた。
「おはよう、ジェイド。アーデントの調子はどう?」
「順調だ。ミラの新しい監視系統も、実機での初期試験を通過した。あとは高負荷試験と、乗員を入れた訓練だな」
ユウは嬉しそうに頷いた。
「よかった。これでかなり安心できそうだね」
「ああ。ただ、まだ完成じゃない。今回の改修で弱点を減らせるのは間違いないが、敵の攻撃をすべて防げるわけではないからな」
ジェイドは少しだけ表情を引き締めた。
「だからこそ、乗員の訓練も見直している。通信が途絶えた場合の指揮手順、被弾時の区画隔離、負傷者の搬送。今まで以上に徹底したい」
ユウは頷いた。
「……うん。お願いする」
そこへダリオから通信が入った。
『ユウ、ヴァンガードの件で報告がある』
「おっ、原因分かった?」
『ああ。推進制御系統の不具合は、ほぼ特定できた』
画面には、ヴァンガードの機関系統が表示された。
『原因は、旧式の通信変換装置と制御ソフトの組み合わせだ。高負荷時に制御命令の処理が追いつかなくなって、保護機能が出力を制限していた』
「……じゃあ、主機は大丈夫だったんだ?」
『現時点の検査ではな。推進器本体にも重大な損傷は見つかってない』
ユウの表情が明るくなった。
「……それって、直せる?」
『新しい変換装置と制御ソフトに更新すれば、改善できる見込みだ。ただし、交換後に試験航行をして確認する必要がある』
「そっか。でも、かなり進んだね!」
ダリオは少しだけ笑った。
『ああ。修理費も、最初に想定していたほど高くならずに済みそうだ』
「……いくらくらい?」
『部品代と作業費を合わせて、三万Cr前後だな。予備費を見込んでも四万Cr程度で収まる可能性が高い』
ユウは思わず声を上げた。
「……おお! 思ったより安い!」
セラがすぐに口を挟んだ。
「ただし、兵装の更新費と乗員確保の費用は別だぞ」
「……分かってるって!」
ジェイドが苦笑した。
「とはいえ、護衛能力を補完する艦としては悪くない選択肢になりそうだな」
ユウはヴァンガードの資料を開いた。
全長百五十二メートルの護衛コルベット。近接防御を重視した兵装配置と、比較的少人数で運用できる設計。アーデントと組み合わせれば、護衛任務の対応力を高められる。
そして何より、今の艦隊に必要な役割が明確だった。
「……よし。修理試験が終わったら、本格的に購入を検討しよう」
セラは頷いた。
「その前に、艦長候補を探さないとな」
「……そうだった」
ユウは少しだけ苦笑した。
*
その日の夕方、ノード・セブンの傭兵協会では、ダグラスがユウから届いた連絡を確認していた。
《新規艦艇の運用に伴う人材募集について相談希望》
ダグラスは小さく笑った。
「……また船を増やすのか、あいつは」
少し前まで、アストライア一隻で活動していた若い傭兵だった。それが今ではフリゲートを保有し、古代施設を運営し、さらに新しい護衛艦まで購入しようとしている。
傭兵協会の内部でも、ユウの名前は以前より知られるようになっていた。
特に、宙賊拠点の制圧事件以降は、彼の戦闘能力と行動力に注目する者が増えている。
「……眠れる獅子、ねえ」
ダグラスは少しだけ笑った。
ただし、戦果が大きいからといって、誰でも簡単に仲間になるわけではない。艦長を任せられる人物となれば、経験や判断力だけでなく、人柄も重要になる。
ダグラスは端末を操作し、協会に登録されている傭兵の中から、艦艇指揮経験のある人物を探し始めた。
すると、一人の名前が目に留まった。
《氏名:マーカス・レイン》
《年齢:38歳》
《経歴:元民間警備会社・護衛艦艦長》
《現在の状態:契約終了に伴い求職中》
ダグラスは少し考えた。
「……こいつなら、話くらいは聞いてくれるかもしれんな」
資料には、過去の護衛任務に関する評価が記載されていた。
《護衛任務経験:豊富》
《指揮能力評価:良好》
《規律違反歴:なし》
《特記事項:前所属組織との契約終了理由について確認要》
ダグラスは最後の項目を見つめた。
「……まあ、そこは本人に聞くしかないか」
彼はマーカスへ連絡を送った。
*
翌日、HM-417では基地の資源事業に関する報告会が開かれていた。
オルガが試験販売の結果を説明し、ハンナが収支を確認している。
「初回の精製金属十二トンについて、正式な引き渡しが完了しました。品質検査も問題なく、取引先からは次回の供給について問い合わせが来ています」
オルガの説明に、ユウが嬉しそうに頷いた。
「おお! もう次の注文が来そうなんだ!」
「はい。ただし、現在の試験ラインでは生産量に限界があります。安定供給するためには、設備の増強が必要です」
ハンナが資料を表示した。
「初回販売では、検査費用や輸送費が大きく、利益は限定的でした。ただし、今後継続的に販売できれば、設備投資を回収できる見込みがあります」
ユウは頷いた。
「……じゃあ、次の段階に進めそうだね」
「まだ判断は早いです」
ハンナが即答した。
「まずは継続購入の条件を確定させる必要があります。先方が毎月どの程度の数量を購入するのか、それによって必要な設備規模が変わりますから」
オルガも頷いた。
「それと、精製設備を増やす場合は電力供給能力の確認も必要です。大型艦の研究設備と使用時間が重なる可能性があります」
ユウは少し考えた。
「……なるほど。何でも同時に進めればいいってわけじゃないんだね」
セラが小さく笑った。
「ようやく分かってきたか」
ユウは苦笑した。
「……いや、前から分かってたつもりなんだけど」
そのとき、端末に通信が入った。
『艦長、リーネ様から通信です』
アイリスの声だった。
「おっ、ちょうどいい。つないで」
画面にリーネの姿が映し出された。
『ユウさん、こんにちは。資源事業の件で、少し進展がありました』
「おお、何かいい話?」
『はい。先日の試験品について、取引先の一社が継続購入を検討したいとのことです』
ユウは嬉しそうに顔を上げた。
「……本当!?」
『ただし、月間供給量と品質保証の条件を確認したいそうです。そこで、一度直接お会いして、事業計画について相談できればと思いまして』
「もちろん! いつでも大丈夫だよ!」
リーネは少し微笑んだ。
『では、数日後にHM-417へ伺ってもよろしいですか?』
「うん。ぜひ来てよ!」
ユウが即答すると、リーネは少し嬉しそうに頷いた。
『ありがとうございます。それでは、詳細な日程をお送りしますね』
通信が終わると、セラが何気なく尋ねた。
「……ずいぶん嬉しそうだな」
「そりゃそうでしょ。基地の収入が増えるかもしれないんだよ?」
セラは少し笑った。
「……そうだな」
ハンナも端末を確認しながら、小さく微笑んでいた。
*
その夜、ユウはアストライアの艦長室で、今後の艦隊計画を整理していた。
アーデントの改修は最終段階に入り、ヴァンガードの購入判断も近づいている。基地では精製金属の販売が始まり、大型古代艦の研究計画も動き出した。
以前と比べれば、できることは確実に増えている。
ただし、同時に考えなければならないことも増えていた。
艦艇の購入費用、乗員の給与、燃料や補給物資、基地の設備投資、研究開発費。
それらを整理していると、アイリスが声をかけてきた。
『艦長、現在の事業計画をすべて実行した場合、短期的な資金余力が大きく減少する見込みです』
「……やっぱり?」
『はい。特に大型艦の研究計画は、現時点では収益を生まないため、継続的な資金投入が必要となります』
「……そっか」
ユウは少し考えた。
「……でも、研究は進めたいんだよね」
『理解しています。ただし、艦隊の維持費を圧迫しない範囲で実施する必要があります』
「うん。そこはハンナと相談するよ」
ユウは端末を閉じ、窓の外を眺めた。
広い宇宙には、まだ知らない場所がたくさんある。古代航路の先には失われた施設が残されているかもしれないし、エレボスのような未知の古代艦が眠っている可能性もある。
だが今は、目の前の仲間と艦隊を守るために、できることを一つずつ増やしていく必要があった。
「……よし。まずはヴァンガードだな」
ユウが呟いた、そのときだった。
『艦長、傭兵協会のダグラス様から通信です』
「……ん? こんな時間に?」
ユウが通信を開くと、画面にダグラスの姿が映し出された。
『おう、ユウ。例の艦長候補の件だが、一人、面白い奴が見つかったぞ』
「……本当!?」
『ああ。元民間警備会社の護衛艦艦長だ。経験も実績も十分ある』
ユウは身を乗り出した。
「……いいじゃん! どんな人?」
『名前はマーカス・レイン。三十八歳。護衛任務の経験が豊富で、部下からの評価も悪くない』
ダグラスは少しだけ間を置いた。
『ただし、一つ気になることがある』
「……何?」
『前の会社を辞めた理由だ』
ユウは首を傾げた。
「……何か問題を起こしたの?」
『いや。規律違反の記録はない。むしろ、指揮官としての評価は高い』
ダグラスは資料を確認しながら続けた。
『ただな、最後に担当した護衛任務で、会社の指示に逆らってる』
「……え?」
『護衛対象の輸送船団が襲撃を受けたとき、会社からは撤退命令が出ていた。だが、マーカスはその命令に従わず、最後まで輸送船を守ろうとしたらしい』
ユウは少し黙った。
「……それで、どうなったの?」
『輸送船団は守りきった。ただし、本人の艦は大破。乗員にも負傷者が出た。それが原因で、会社との契約を更新されなかったようだ』
ユウはしばらく考えた。
撤退命令に逆らってでも、護衛対象を守ろうとした艦長。
その行動が正しかったのかどうかは、簡単には判断できない。
だが、少なくとも話を聞いてみたいと思った。
「……会ってみたいな」
『そう言うと思ったよ』
ダグラスが笑った。
『本人も話くらいは聞いてくれるそうだ。ただし、最初に確認しておいた方がいいことがある』
「……何?」
ダグラスは少しだけ表情を引き締めた。
『そいつ、雇われる側のつもりはないらしい』
ユウは目を瞬かせた。
「……え?」
『自分が艦長として認められるかどうか、まずお前を見たいんだとよ』
ユウはしばらく黙っていた。
そして、少しだけ笑った。
「……面白そうじゃん」
ダグラスは苦笑した。
『お前ならそう言うと思ったよ。だが、気をつけろよ。あいつは船に乗ることよりも、誰の下で働くかを重視する男だからな』
通信が終わると、ユウは窓の外を見つめた。
新しい艦を増やすということは、新しい仲間を迎えるということでもある。
そして、その仲間たちが安心して働ける場所を作ることも、艦長としての仕事なのだろう。
「……さて。どんな人かな」
ユウは少しだけ楽しそうに笑った。
新しい護衛艦の購入と、その艦長候補との出会い。
艦隊は、また一つ大きくなろうとしていた。




