第74話 基地を支える産業
HM-417の資源管理区画では、朝から複数の端末が稼働していた。採掘地点ごとの生産量、輸送船の運航予定、精製設備の稼働状況。壁面に並ぶ画面には、基地の経済活動を支える数字が絶えず更新されている。
ユウが管理室へ入ると、オルガは採掘区域の立体図を確認していた。
「おはよう、オルガ。報告書見たよ」
「おはようございます、艦長。ちょうど最新の生産記録がまとまったところです」
オルガは端末を操作し、現在の資源事業の収支を表示した。
《月間鉱石販売額:約120,000Cr》
《採掘・選別経費:約46,000Cr》
《人件費・設備維持費:約29,000Cr》
《輸送・販売経費:約23,000Cr》
《月間営業利益:約22,000Cr》
「……黒字にはなってるんだね」
「はい。ただし、設備の大規模更新に備える資金までは十分に確保できていません。現在の採掘量では、事業を拡張するにも限界があります」
ユウは数字を眺めた。毎月二万Cr以上の利益が出ているのはありがたい。だが、アーデントの改修や新しい護衛艦の購入を考えると、その金額だけでは足りなかった。
「もっと採掘量を増やせるの?」
「可能です。ただし、私は単純な増産だけを勧めるつもりはありません」
オルガは別の資料を表示した。
「現在は採掘した鉱石を選別し、ほぼそのまま外部へ販売しています。しかし、輸送費の占める割合が大きく、利益率が伸びにくい構造です」
「昨日、リーネにも似た話をされたよ。加工して売った方がいいんじゃないかって」
「そのとおりです。ただ、すべてを精製すれば利益が増えるというわけでもありません。設備の消費電力、加工時間、品質検査の費用もかかりますから」
オルガは三種類の製品を画面に並べた。
《未加工鉱石》
《精製金属インゴット》
《規格化工業用部材》
「最初に目指すのは、精製金属インゴットの安定供給です。次の段階で、艦艇整備に使う汎用部材の製造まで拡張します」
「……それって、基地で使う材料も自分たちで作れるようになるってこと?」
「はい。販売だけでなく、整備用資材の外部購入を減らせます」
ユウは目を輝かせた。
「それ、すごくいいじゃん!」
オルガは少しだけ笑った。
「ただし、ここからが問題です」
次の画面には、大きな金額が表示された。
《精製ライン復旧・増設費用:概算310,000Cr》
《初期品質検査・試験費用:概算35,000Cr》
《追加運転資金:概算55,000Cr》
《初期必要資金:約400,000Cr》
「……四十万!?」
ユウは思わず声を上げた。
「昨日見た護衛艦と、ほとんど同じ値段じゃん!」
「艦長、比較する対象が違います」
「……ですよね」
オルガは平然と説明を続けた。
「こちらは収益を生むための設備です。予定どおり稼働すれば、加工品の販売利益によって投資を回収できます。ただし、販売先と価格が確定していない段階で全額を投入するのは勧めません」
ユウは少し考えた。
「……じゃあ、まず売れるか確認するってこと?」
「はい。小規模な試験生産を行い、品質と販売条件を確認します。その結果を見て、本格投資を判断したいと考えています」
オルガは既存設備の稼働状況を表示した。現在、HM-417には古代の金属精製設備が一部残されている。ただし、長期間停止していた影響で、使用できるのは小規模な試験ラインだけだった。
「最初の試験に必要な費用は、約三万Crです」
「……それなら、かなり現実的だね」
「問題は販路です。品質が良くても、継続して買ってくれる相手がいなければ意味がありません」
ユウは嬉しそうに笑った。
「そこは、ちょうど心当たりがあるんだ」
*
その日の午後、リーネとの通信会議が開かれた。
会議室にはユウ、セラ、オルガ、ハンナが集まっていた。画面の向こうでは、リーネが資料を確認している。
『なるほど。まずは精製金属の試験販売から始めるんですね』
「はい。既存の試験ラインを復旧させれば、少量ですが製造できます」
オルガの説明に、リーネが頷いた。
『それなら、いくつか候補があります。船体補修材を扱う工業商社と、小型造船所向けの部材メーカーです。ただ、先方が求める品質規格を満たしている必要があります』
ユウが尋ねた。
「古代施設で作ったものでも売れるかな?」
『製造場所よりも、材質と品質の方が重要です。ただし、古代技術を使用していると説明する必要はありません。製品として要求される検査に合格していれば、一般の工業用資材として扱える可能性があります』
セラが口を開いた。
「基地の所在地や製造設備について、取引先にどこまで開示する必要がある?」
『それは契約内容によります。製造元の情報を求められる場合もありますから、最初はアルフェリアグループ側で検査と販売を取りまとめる方法が考えられます』
リーネは資料を切り替えた。
『もちろん、商会として正式に契約する必要があります。品質保証や輸送に伴う費用も発生しますので、無条件に引き受けるわけにはいきません』
「そこは大丈夫。ちゃんと商売としてやろう」
ユウが答えると、リーネは嬉しそうに微笑んだ。
『ありがとうございます。では、まず試験用の金属インゴットを送ってください。品質検査に合格すれば、少量の試験販売を提案できます』
ハンナが尋ねた。
「販売手数料はどの程度を想定されていますか?」
『初期段階では検査費用と輸送費を実費で計上し、販売手数料は売上の一定割合を設定したいと考えています。具体的な条件は、見積書をお送りします』
ハンナは頷いた。
「承知しました。継続契約になった場合の条件も、別途確認させてください」
『はい。私も長期的な取引にできればと思っています』
ユウは二人のやり取りを聞きながら、少し感心していた。リーネもハンナも、必要なところでは一切妥協しない。だが、無理に相手を押し込もうともせず、互いに利益が出る条件を探している。
「……二人とも、頼もしいなあ」
思わず呟くと、セラが小さく笑った。
「だからこそ、お前は安心して船のことを考えられるんだろう」
「……いや、俺もちゃんと考えてるって!」
画面の向こうでリーネが笑った。
『ふふ。ユウさんには、艦隊を大きくするという大事なお仕事がありますから』
「……なんか、みんな俺のこと甘やかしてない?」
『そんなことはありませんよ。必要なときには、きちんと止めますから』
その言葉に、ハンナが静かに頷いた。
「その点については、私も同意します」
ユウは少しだけ肩を落とした。
*
試験生産の準備は、オルガを中心に進められた。
HM-417の精製区画では、長期間停止していた古代設備の一部を復旧させている。ガルムの作業ロボットが設備の清掃と配管の確認を行い、オルガの採掘班が原料の選別と搬入を担当した。
ただし、古代設備だからといって、現代の製品規格を自動的に満たせるわけではない。成分の調整や不純物の管理については、現代の品質基準に合わせた検証が必要だった。
試験開始から五日後、最初の金属インゴットが完成した。
「……おお、できた!」
ユウは完成品を見て嬉しそうに声を上げた。
作業台には、銀灰色の金属塊が整然と並んでいた。外見だけなら普通の工業用金属と変わらない。だが、これはHM-417で採掘した資源を、基地の設備で精製した最初の試験製品だった。
オルガが端末を確認する。
「成分分析の一次結果は良好です。ただし、外部機関での検査が終わるまでは販売できません」
「でも、第一歩だよね」
「はい。ここまでは予定どおりです」
ユウは金属塊を一つ手に取ろうとしたが、すぐにオルガに止められた。
「艦長、まだ熱が残っています」
「……えっ!?」
「完成直後です。保護具を使用してください」
「……危なかった」
オルガは少しだけ呆れたように笑った。
「大型艦を造る前に、まず安全教育が必要かもしれませんね」
「……それ、ダリオにも言われそう」
完成した試験品は、アルフェリアグループが指定した検査機関へ送られた。
*
それから一週間後。
試験品の検査結果が届いた。
《成分規格:適合》
《機械的強度:適合》
《不純物含有量:基準値以内》
《総合判定:試験販売可能》
「……合格だ!」
ユウが嬉しそうに声を上げると、オルガも表情を和らげた。
「はい。少なくとも、最初の製品としては十分な結果です」
その日のうちに、リーネから通信が入った。
『ユウさん、試験品の検査結果を確認しました。おめでとうございます』
「ありがとう! オルガたちが頑張ってくれたおかげだよ」
『それで、早速なんですが……』
リーネは少しだけ楽しそうに微笑んだ。
『試験販売を希望する取引先が二社見つかりました』
「……もう!?」
『はい。一社は小型艦艇向けの補修材メーカー、もう一社は工業用金属を扱う商社です。どちらも最初は少量の購入を希望しています』
ユウは目を輝かせた。
「……すごい! じゃあ、売れるんだ!」
『まだ少量ですが、正式な商取引として成立する見込みです。ただし、継続購入については供給量と品質の安定性を確認してからになります』
オルガが尋ねた。
「希望されている数量は?」
『初回は合わせて約十二トンです。納期については、三週間程度の余裕を見ています』
オルガは端末を確認し、頷いた。
「現状の試験ラインでも対応可能です。ただし、他の整備作業と電力使用が重ならないよう調整が必要です」
『承知しました。それでは、正式な発注書を送付しますね』
通信を終えると、ユウは椅子に深く座り込んだ。
「……ついに基地で作ったものが売れるんだね」
オルガが頷く。
「はい。これで採掘から精製、販売まで、一連の事業として動き始めます」
ハンナはすぐに収支計算を始めていた。
「初回販売の利益は大きくありません。ただ、これが継続契約になれば、設備投資を検討する根拠になります」
ユウは笑った。
「……いいね。こういうの、なんか楽しい」
セラが小さく頷いた。
「傭兵任務だけに頼らない収入源ができれば、艦隊運営も安定する。今後の拡張には必要なことだ」
ユウはもう一度、完成した金属インゴットの記録を眺めた。
これまでは、依頼を受けて報酬を得ることが主な収入源だった。だが今は、基地そのものが価値を生み出し始めている。
それは、艦隊が次の段階へ進むための重要な変化だった。
*
同じ頃、ノード・セブンではヴァンガードの詳細検査が始まっていた。
ダリオは販売業者から提供された整備記録を確認し、推進制御装置の不具合を調べていた。ジェイドとミラも遠隔で協力し、過去の故障履歴を分析している。
「……妙だな」
ダリオが呟いた。
記録を見る限り、主機や推進器そのものに重大な異常は見られない。問題が発生するのは、高負荷運転時に推進制御装置が出力を制限する瞬間だった。
ダリオは過去の整備履歴を並べて表示した。
「……制御装置を交換しても直ってない?」
過去の所有者は、すでに一度、推進制御装置の一部を交換していた。しかし、その後も同じ異常が発生している。
「ってことは、制御装置そのものじゃねえのか……」
ダリオはしばらく考えたあと、ミラへ通信を入れた。
「ミラ、ちょっと見てほしい記録がある」
『何か見つかった?』
「ああ。推進制御装置の故障だと思われてたが、どうも違う気がする。高負荷時の通信記録を確認してくれないか」
『分かった。送って』
ダリオが記録を転送すると、しばらくしてミラから返答があった。
『……これ、制御命令が遅れてるわね』
「遅れてる?」
『ええ。推進器の出力が上がる直前に、制御系統の一部で通信遅延が発生してる。しかも、毎回ほぼ同じ条件で』
ダリオは画面を拡大した。
「……なるほど。推進制御装置が壊れてるんじゃなくて、制御命令が間に合ってないのか」
ミラが続けた。
『可能性はあるわ。ただ、通信遅延の原因が装置側なのか、配線なのか、それとも制御ソフトなのかは、まだ分からない』
ダリオは少し笑った。
「十分だ。調べる場所が絞れた」
その日の夕方、ユウの端末にダリオから連絡が届いた。
《ヴァンガード推進系統検査:中間報告》
《主機・推進器本体に重大な損傷は確認されず》
《制御系統の通信遅延を検出》
《原因特定のため追加検査を実施予定》
ユウは報告を読み、少しだけ笑った。
「……お、これは期待できそう」
アイリスが応じた。
『艦長、まだ修理可能と判断されたわけではありません』
「分かってるよ。でも、少し希望が見えてきたじゃん」
『その点については同意します』
ユウは端末を閉じた。
基地では新しい収益事業が動き始め、新しい護衛艦の購入にも少しずつ道筋が見えてきている。
そして、YD-09の地下では、未完成の大型古代艦が静かに眠っていた。
それぞれの計画は、まだ始まったばかりだ。
だが、これまでユウ一人ではどうにもならなかったことが、仲間たちの力によって少しずつ形になり始めていた。
その夜、リアから新しい連絡が入った。
「ユウ! 先生が現地調査に来るって!」
ユウは思わず顔を上げた。
「……えっ、もう?」
「うん! 秘密保持契約の内容も確認してくれたって。来週にはこっちへ向かえるらしい!」
ユウは嬉しそうに笑った。
「……いよいよだね」
リアも大きく頷いた。
「うん! これで、あの船のことをもっと詳しく調べられる!」
ユウはYD-09の地下格納庫に眠る巨大な船体を思い浮かべた。
採掘した資源を加工し、販売する。そこで得た利益を設備や人材へ投資し、さらに大きな価値を生み出していく。
その先には、古代と現代の技術を融合させた新しい艦の建造がある。
まだ遠い目標ではあるが、少しずつ必要なものが揃い始めていた。
そしてユウは、このときまだ知らなかった。
エリアスが現地へ到着したあと、地下の大型艦について、これまでの調査では見つからなかった重大な問題が明らかになることを。




