第73話 新たな護衛艦
ノード・セブンの艦艇販売区画には、大小さまざまな中古艦が並んでいた。全長数十メートルの小型警備艇から、二百メートルを超える大型輸送船まで、その種類は幅広い。中には軍から払い下げられた旧式艦や、民間警備会社が手放した武装艦もある。
ユウたちが訪れたのは、その一角にある中古艦艇販売業者だった。
「……やっぱり、ここ来るとテンション上がるなあ」
係留区画を見渡しながら、ユウが嬉しそうに呟いた。
「今日は見学に来たわけじゃないぞ」
隣を歩くセラが釘を刺す。
「分かってるって。ちゃんと目的の船を見るよ」
「その前に、余計な船まで買おうとするなよ」
「さすがにそこまではしないって!」
後ろから歩いてきたジェイドが苦笑した。
「艦長、今回は護衛能力を重視した艦を探しているんだろう? なら、まずは兵装配置と防御性能を確認した方がいい」
「うん。アーデントだけじゃ対応しきれなかった部分を補える船がいいと思ってる」
ユウは頷いた。今回の購入候補は、全長百五十メートル級の護衛コルベット。近距離防御と迎撃能力を重視した設計で、アーデントと組み合わせれば護衛任務の対応力を高められる可能性がある。
ただし、販売資料には気になる記載があった。
《通常航行に制限あり》
原因は推進制御装置の不調とされていたが、詳細は現物を確認しなければ分からない。
「……ところで、ダリオは?」
ユウが尋ねると、ジェイドが答えた。
「アーデントの改修作業を優先してもらった。代わりに、点検項目は全部まとめてある。今日は俺たちで一次確認をして、問題がなければ専門の整備士を連れて再検査する予定だ」
「なるほど。いきなり買うわけじゃないんだね」
「当然だ」
セラが即答した。
「今回は特にな」
ユウは苦笑した。以前なら現物を見て気に入れば、その場で購入を決めていたかもしれない。だが、今は艦隊の維持費も、乗員の確保も、以前とは比較にならないほど重要になっている。
そこへ、後方から聞き慣れた声がした。
「ユウさん!」
振り向くと、リーネがこちらへ歩いてきていた。淡い青色の上着に落ち着いた色のスカートという、普段の商談とは少し違う装いだった。
「リーネ! 来てくれたんだ」
「はい。中古艦の購入を検討されていると聞いたので、少しお手伝いできればと思いまして」
「助かるよ。正直、船の性能はともかく、値段交渉はあんまり得意じゃないから」
「……それは存じています」
リーネが微笑むと、セラも小さく笑った。
「今日は頼りにしている」
「お任せください。少なくとも、販売価格をそのまま支払うようなことにはさせませんから」
ユウは思わず目を瞬かせた。
「……そんなに信用ない?」
「ユウさんは、欲しいものを見つけると顔に出ますから」
リーネの指摘に、ジェイドまで笑いをこらえていた。
*
販売業者の担当者に案内され、ユウたちは目的の艦が係留されている区画へ向かった。
巨大な隔壁が開くと、正面に重厚な灰色の船体が姿を現した。
「……おお」
ユウが足を止めた。
艦は全長百五十二メートル。アーデントより一回り小さいものの、幅の広い船体と厚い装甲が特徴的だった。艦首はやや平たく、左右には複数の迎撃砲座が配置されている。大型艦を撃破するための主砲よりも、接近する小型艦やミサイルから護衛対象を守ることを重視した構造だった。
「こちらが、今回ご案内する護衛コルベット『ヴァンガード』です」
販売担当者が説明を始めた。
「元々は民間警備会社が運用していた艦で、輸送船団の護衛任務を中心に使用されていました。船齢は二十二年ですが、船体構造の状態は比較的良好です」
セラが艦を見上げた。
「迎撃砲座が多いな」
「はい。標準仕様では近接防御砲を八基搭載しています。ただし、現在は二基が撤去されており、六基が残されています」
ジェイドが資料を確認する。
「主兵装は?」
「艦首に中口径の粒子砲を一門、左右に小型ミサイル発射機を各一基です。ただし、ミサイル発射機は旧式ですので、更新をおすすめします」
ユウは船体を見上げながら頷いた。
「……なるほど。アーデントとは役割が違う感じだね」
「ああ。アーデントが中距離での戦闘と護衛を担当するなら、この艦は輸送船に近い位置での迎撃に向いている」
ジェイドの説明に、セラも同意した。
「今回のように複数方向から同時攻撃を受けた場合、護衛対象の近くに一隻残せるだけでも選択肢は増える。ただし、艦の性能だけでなく、索敵と連携が重要だ」
ユウは頷いた。今回の護衛任務では、敵の分散攻撃によってアーデントとアストライアの対応が分かれ、その隙を突かれた。新しい艦があれば必ず防げたとは言い切れないが、防御の厚みを増やすことはできる。
「……いい船だね」
ユウが呟くと、リーネが横から声をかけた。
「まだ値段の話はしないでくださいね」
「……え?」
「今、とても欲しそうな顔をしています」
「……そんなに分かりやすい?」
リーネは笑顔で頷いた。
*
艦内の確認は、機関区画から始まった。
ヴァンガードの内部は、長年使用されてきた艦らしく、ところどころに補修の跡が残っていた。しかし、主要な通路や設備は丁寧に整備されており、荒れた印象はない。
機関室へ到着すると、ジェイドが早速端末を接続した。
「……主機そのものは正常なのか?」
販売担当者が答えた。
「はい。主機の定格出力は維持しています。ただし、推進制御装置が高負荷時に異常を検知するため、現在は出力を六十パーセントに制限しています」
ユウは眉を上げた。
「六十パーセント? それって結構厳しくない?」
「通常の航行は可能ですが、急加速や高機動戦闘には制限があります」
セラが立体図を表示した。
「原因は特定できているのか?」
「制御装置の経年劣化が疑われています。ただ、完全な原因特定には至っていません」
ジェイドはしばらく機関系統の記録を確認した。
「……制御装置だけで済むとは限らないな」
「ああ」
セラが頷く。
「推進器そのものに問題があれば、修理費はかなり増える」
ユウは少し考えた。
「……ダリオに見てもらわないと駄目だね」
「そのとおりだ」
ジェイドが頷いた。
その後、艦橋や兵装管制室、居住区なども確認した。艦橋は現代艦らしい合理的な配置で、アーデントよりも少人数で運用できるよう設計されている。ただし、完全な無人運用に対応しているわけではなく、長期間の任務には一定数の乗員が必要だった。
「標準乗員は二十四名。最低運用人数は十二名ですが、戦闘任務では推奨できません」
販売担当者の説明に、ユウが頷いた。
「……やっぱり人も必要か」
「当然だ。船だけ増やしても艦隊にはならない」
セラが答える。
「特に艦長と機関担当、兵装担当は経験者が必要だ。新しい乗員の訓練も考えなければならない」
「……分かってる」
ユウは少しだけ真剣な表情になった。
ニールのことが頭に浮かんだ。船を増やすことは、同時に守るべき仲間を増やすことでもある。だからこそ、以前のように勢いだけで決めるわけにはいかなかった。
*
現物確認を終えたユウたちは、販売業者の応接室へ案内された。
担当者が資料を表示する。
「こちらが現在の販売条件です。船体価格は四十二万Cr。兵装更新費用と推進制御装置の修理費用は含まれておりません」
ユウが口を開きかけると、リーネが先に尋ねた。
「推進制御装置の不具合について、第三者機関による診断記録はありますか?」
担当者は少し表情を変えた。
「……内部点検の記録はございますが、第三者機関による診断は実施しておりません」
「では、原因が特定されていない以上、購入者側には相応のリスクが発生しますね」
リーネは穏やかな口調で続けた。
「それと、迎撃砲座二基が撤去されていますが、販売資料に記載されている標準装備価格には、その部分も含まれているように見えます」
「……標準仕様との比較資料ですので」
「そうですね。ただ、現在の状態を基準に価格を判断する必要があると思います」
ユウは隣で黙っていた。
リーネの口調は終始柔らかい。だが、指摘する内容はどれも具体的で、担当者が曖昧に答えようとすると、すぐに資料を示して確認していた。
「……すごいな」
ユウが小さく呟くと、セラが横から囁いた。
「だから連れてきて正解だったんだ」
しばらく交渉が続いたあと、リーネが一つの条件を提示した。
「まず、こちらの整備担当者による詳細検査を認めていただけますか。その結果、推進器本体に重大な問題がないと確認できれば、購入について前向きに検討したいと思います」
「……もちろん、検査は可能です。ただし、分解を伴う場合は事前の協議が必要となります」
「承知しました。検査範囲と費用負担については、書面で確認させてください」
販売担当者は少し考えたあと、頷いた。
「分かりました。社内で確認のうえ、条件をご提示します」
結局、その場で購入契約は結ばなかった。代わりに詳細検査の実施と、検査結果を踏まえた価格交渉について合意した。
応接室を出たところで、ユウがリーネに声をかけた。
「……リーネ、すごいね」
「何がですか?」
「いや、交渉。俺だったら四十二万って言われたら、そのまま払ってたかもしれない」
「……でしょうね」
リーネは笑った。
「でも、今回はちゃんと我慢できましたね」
「……俺、子供扱いされてない?」
「少しだけ」
ユウが苦笑すると、リーネも楽しそうに笑った。
*
帰りの連絡艇へ向かう途中、セラの端末に通信が入った。アーデントの改修作業に関する確認で、ジェイドも同席する必要があるらしい。
「ユウ、私たちは先に戻る。ダリオに今日の記録を渡して、再検査の日程を調整しておく」
「了解。俺もすぐ戻るよ」
セラはリーネへ視線を向けた。
「今日は助かった。ありがとう」
「こちらこそ。結果が出たら、またお声がけください」
ジェイドも礼を言い、二人は連絡艇へ向かった。
残されたユウとリーネは、しばらく並んで歩いていた。ノード・セブンの商業区画には食事を提供する店が並び、通路には仕事帰りの人々が行き交っている。
「……そういえば、リーネ」
ユウが声をかけた。
「はい?」
「今日、時間ある?」
「……え?」
リーネが少し驚いたように顔を上げた。
「せっかく来てもらったし、ご飯でもどうかなって。お礼もしたいし」
「……二人で、ですか?」
「うん。セラたちは先に戻っちゃったし」
リーネは一瞬だけ目を伏せ、それから微笑んだ。
「……ぜひ、ご一緒させてください」
ユウは嬉しそうに頷いた。
「よかった。じゃあ、何か食べたいものある?」
「ユウさんのおすすめで構いませんよ」
「……俺、ここの店あんまり知らないんだよね」
「ふふ。では、一緒に探しましょうか」
二人は商業区画を歩きながら、店を探すことにした。
*
選んだのは、窓からノード・セブンの係留区画を見渡せる小さなレストランだった。
店内は落ち着いた雰囲気で、仕事帰りの客が静かに食事を楽しんでいる。窓の外では、大小さまざまな艦艇がゆっくりと移動していた。
「……いい景色だね」
ユウが窓の外を眺めながら言った。
「本当に船がお好きなんですね」
リーネが微笑む。
「うん。見てるだけでも飽きないんだよね」
「今日のヴァンガードも、かなり気に入ったご様子でした」
「……分かった?」
「はい。最初に見たときから、ずっと嬉しそうでしたから」
ユウは少し照れくさそうに笑った。
「でも、今回はちゃんと考えるよ。ダリオの検査結果を見て、それから決める」
「それがいいと思います」
注文した料理が運ばれてくると、二人はしばらく食事を楽しんだ。最初は今日の商談の話をしていたが、やがて話題はHM-417の近況へ移っていった。
「そういえば、基地の資源採掘は順調なんですか?」
リーネが尋ねた。
「うん。オルガが頑張ってくれてる。ただ、まだ大きく稼げるほどじゃないかな」
「以前、お祖父様からも少しお話を聞きました。採掘した鉱石を、そのまま売却しているそうですね」
「そうだね。今はまず安定して採掘できるようにしてるところ」
リーネは少し考えた。
「それなら、今後は加工まで行うことを検討してもいいかもしれません」
「加工?」
「はい。鉱石のまま販売するより、精製した金属や規格化された部材として販売する方が、付加価値を高められる可能性があります」
ユウは興味深そうに身を乗り出した。
「……それ、いいね!」
「ただし、設備投資が必要です。それに、販売先がなければ生産しても在庫が増えるだけですから」
「……なるほど。結局、そこが問題か」
リーネは微笑んだ。
「販売先については、私の方でも調べられますよ」
「……ほんと?」
「はい。アルフェリアグループには、工業用資材を扱う取引先もあります。品質と供給量が安定していれば、継続的な取引につながる可能性はあります」
ユウは思わず笑顔になった。
「それ、すごく助かる! 今ちょうど基地の収入を増やしたいと思ってたんだ」
「大型艦の建造計画もあるそうですし、安定した収益源は必要でしょうね」
ユウは少し驚いた。
「……もう知ってるの?」
「セラさんから、研究者を探していると伺いました。詳しい内容までは聞いていませんけど」
リーネは少しだけ首を傾げた。
「ユウさん、また大きな船を見つけたんですか?」
「……うん。ちょっと大きすぎるやつを」
「ふふ。ユウさんらしいですね」
ユウは笑った。
「でも、今度はすぐに乗れる船じゃないんだ。何年もかけて造ることになると思う」
「……そうなんですね」
リーネはしばらくユウを見つめた。
「でしたら、私も少しずつお手伝いできそうです」
「……リーネも?」
「はい。研究費や資材の調達、販売事業の拡大など、商業面でできることはあると思います」
ユウは嬉しそうに頷いた。
「……ありがとう。リーネがいてくれると、本当に助かるよ」
リーネは一瞬だけ目を見開いた。
「……そう言っていただけると、嬉しいです」
ユウは何気なく言ったつもりだったが、リーネが少し照れたように微笑んだことに気づき、なんとなく自分まで照れくさくなった。
*
食事を終えたあと、二人はしばらく商業区画を歩いていた。
窓の外には巨大な宇宙港が広がり、遠くでは大型輸送船が出航準備を進めている。
「……ユウさん」
リーネが静かに声をかけた。
「ん?」
「最近、少し雰囲気が変わりましたね」
「……そうかな?」
「はい。以前より、いろいろなことを考えていらっしゃるように見えます」
ユウは少しだけ考えた。
「……そうかもね」
しばらく歩いてから、ユウは続けた。
「今回、仲間を一人失ったんだ。俺がもっとちゃんとしてれば、助けられたんじゃないかって、今でも考えることがある」
リーネは黙って話を聞いていた。
「でも、セラにも言われたんだ。何があれば助かったのかなんて、簡単には分からないって。だから、できることを少しずつ増やしていこうと思ってる」
「……そうだったんですね」
リーネは少しだけ歩く速度を落とした。
「ユウさんが皆さんを大切に思っていることは、私も知っています。でも……ご自分のことも大切にしてくださいね」
ユウが顔を向ける。
「……俺?」
「はい。ユウさんが無事に帰ってくることを、願っている人もいるんですから」
リーネはそう言って、少しだけ視線を逸らした。
ユウはしばらく彼女を見つめた。
「……そっか」
そして、穏やかに笑った。
「ありがとう。気をつけるよ」
リーネも小さく微笑んだ。
それから二人は、連絡艇の発着区画まで並んで歩いた。別れ際、ユウが手を上げる。
「今日は本当にありがとう。また、ご飯でも行こうよ」
「……はい。ぜひ」
リーネは嬉しそうに頷いた。
ユウが連絡艇へ乗り込むと、彼女はしばらくその姿を見送っていた。
「……また、ですか」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、リーネは微笑んだ。
*
HM-417へ戻ったユウは、早速セラとジェイドに今日の調査結果を報告した。
ヴァンガードの船体と兵装配置は、艦隊が求める護衛能力に概ね一致している。ただし、推進制御装置の不具合については詳細検査が必要であり、その結果次第では購入を見送る可能性もある。
ダリオには検査記録を送付し、三日後に現地で再検査を行う予定となった。
報告を終えたところで、セラが何気なく尋ねた。
「ところで、リーネとはどうだった?」
「ん? ああ、すごく助かったよ。交渉も上手かったし、基地の資源事業についても相談できた」
「……それだけか?」
「え?」
ユウが首を傾げると、セラは少し笑った。
「いや、何でもない」
ジェイドは端末を見つめたまま、笑いをこらえていた。
「……何? 二人とも」
ユウの問いには答えず、セラは話題を変えた。
「オルガには、採掘事業の拡大について相談しておこう。新しい艦を増やすにしても、研究開発を進めるにしても、継続的な収益は必要だ」
「そうだね。明日、時間を取って話してみるよ」
ユウは頷いた。
新しい護衛艦の購入。アーデントの改修。中継施設の防衛強化。そして、地下で眠る大型古代艦の建造計画。
やりたいことは、以前よりずっと増えていた。
だが、それらを実現するためには、傭兵として任務をこなすだけでは足りない。艦隊を維持し、仲間を雇い、設備を整えるための安定した収益が必要になる。
ユウは基地の資源採掘記録を開いた。
《鉱石販売事業:稼働中》
《月間売上:約12万Cr》
《設備維持費・人件費・輸送費:計上済み》
《収益改善計画:未策定》
「……よし。次は基地でも稼げるようにしないとな」
アイリスが応じた。
『艦長、現在の資源事業は一定の売上を確保していますが、利益率には改善の余地があります』
「うん。リーネも精製や加工を考えた方がいいって言ってた」
『その場合、設備投資と販売契約の確保が必要です』
「そこはオルガと相談してみるよ」
ユウは端末を閉じた。
艦隊を強くするための船。そして、その艦隊を支える基地。
どちらも、少しずつ形になり始めていた。
その翌朝、オルガからユウへ一通の報告が届いた。
《資源事業拡張計画/初期提案書》
《既存採掘設備の増強、および精製設備の段階的復旧について》
ユウは資料を開き、思わず笑った。
「……みんな、考えることは同じなんだね」
画面には、鉱石販売だけに頼らない、新しい基地事業の計画が記されていた。




