第69話 眠れる獅子の噂
ノード・セブンの傭兵協会は、いつもと変わらない賑わいを見せていた。受付前には依頼を探す傭兵たちが集まり、奥の休憩区画では仕事帰りの者たちが飲み物を片手に談笑している。
ただ、その日交わされていた話題の一つは、いつもより少し物騒だった。
「なあ、聞いたか? 外縁航路で宙賊の拠点が潰されたって話」
「ああ。六隻沈めたんだろ? しかも、たった一隻で」
「六隻全部が撃沈されたわけじゃないらしいぞ。降伏した船もあるって聞いた」
「どっちにしたって、とんでもねえ話だろ。相手は大型武装艦まで持ってたんだぞ」
休憩区画の一角で、三人の傭兵が端末を覗き込んでいた。画面には、協会から公開された事件概要が表示されている。
《外縁航路連続襲撃事件/武装集団拠点制圧》
《敵艦艇複数隻を戦闘不能化》
《民間人17名を救出》
《主犯格ローク・ダグネル拘束》
「で、そのアストライアってのは、どんな傭兵団なんだ?」
一人が尋ねると、隣の男が苦笑した。
「知らねえのか? 古代船に乗ってる若い艦長だよ。普段はここで船の値段を調べたり、報酬のいい依頼を探したりしてる」
「ああ、あいつか! 前に中古フリゲートを買うとか言ってた……」
「そうそう。いつも金が足りないって騒いでる奴」
「……そいつが六隻?」
男は信じられないという顔をした。
「しかも、今回の襲撃で仲間を一人殺されたらしい。それで艦長が激怒して、敵の拠点まで追いかけていったんだと」
「単艦で?」
「ああ。護衛艦は損傷して動けなかったらしい」
「……冗談だろ」
最初に話していた男が、声を潜めた。
「敵の艦橋まで容赦なく撃ち抜いたって聞いたぞ。普段は愛想のいい奴なのに、怒らせると別人みたいになるんだと」
「……怖えな」
「誰かが『眠れる獅子』って呼んでたぞ」
「似合ってるじゃねえか」
そのとき、休憩区画の入口が開いた。
「おはようございまーす」
入ってきたのは、話題の本人だった。
ユウはいつものように軽く手を上げ、受付の方へ歩いていく。その隣にはセラがいた。
休憩区画にいた傭兵たちが、揃って口を閉じる。
ユウはその様子に気づき、首を傾げた。
「……あれ? 何か静かじゃない?」
「気のせいだろう」
セラは平然と答えた。
「いや、絶対今、俺のこと見てたよね?」
「有名人になったんじゃないか?」
「何それ。嫌な予感しかしないんだけど」
ユウが不思議そうにしていると、受付の奥からダグラスが顔を出した。
「おう、来たか。眠れる獅子」
「……はい?」
ユウは足を止めた。
「今、何て?」
「眠れる獅子だ。お前の新しい呼び名らしいぞ」
「……ちょっと待って。誰がそんな恥ずかしい名前つけたの!?」
その反応に、周囲から小さな笑いが起きた。
「何だ、いつもの兄ちゃんじゃねえか」
「さっきまでの話、盛りすぎだったんじゃないか?」
「いや、戦闘記録は本物らしいぞ」
ダグラスは苦笑しながら、ユウたちを奥の応接室へ案内した。
*
応接室に入ると、ダグラスは端末を操作し、今回の事件に関する資料を表示した。
「まず言っておくが、お前の戦果は協会内でかなり話題になっている。C級傭兵が単艦であの規模の武装集団を制圧したんだからな」
「……まあ、アイリスとセラがいたからね」
「それでも、艦長はお前だろう」
ダグラスは少し表情を引き締めた。
「それと、ニール・ヴァレットの件は聞いている。協会としても弔意を伝えたい」
ユウは静かに頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「今回の護衛任務については、敵の襲撃規模が事前情報を大きく上回っていたことが確認された。輸送船一隻を失った点は残るが、依頼主もお前たちの対応に一定の理解を示している」
ダグラスが報告書を開いた。
「護衛報酬は減額されたが、戦闘記録と救出実績を踏まえ、協会から追加の功績評価がついた。さらに、宙賊拠点の発見と主犯格の拘束については、別件として報奨が認められている」
「……そうなんだ」
ユウは頷いた。
ダグラスは少しだけ眉を上げた。
「以前のお前なら、金額を先に聞いてきそうなものだが」
「……そうかもね」
ユウは小さく笑った。
「でも今回は、何か……素直に喜べなくてさ」
ダグラスはしばらくユウを見つめたあと、頷いた。
「……そうだろうな」
セラが話題を変えるように尋ねた。
「押収物資の処理はどこまで進んでいる?」
「ああ。今日呼んだのは、その件もある」
ダグラスが別の資料を表示した。
「連邦保安局による一次調査が終わり、証拠品として押収するもの、元の所有者へ返還するもの、それ以外の物資の扱いが整理された。ロークの施設にあったものを全部もらえるわけじゃないが、協会と連邦の間で報奨対象の現物譲渡が承認された」
ユウが少し顔を上げた。
「……現物でもらえるの?」
「ああ。お前たちが艦艇の修理をしていることは知っているからな。売却して現金で受け取るより、部品として引き取る方が都合がいいんじゃないか?」
ユウはセラを見た。
「……確かに」
セラが頷く。
「ただし、保管場所と整備適合性の確認が必要だ。使えないものを大量に引き取っても意味がない」
「そこはダリオに任せよう」
ダグラスが少し笑った。
「そう言うと思って、詳細な一覧を用意してある」
*
押収物資の正式な引き渡しが完了したのは、それから十日後だった。
その間、連邦は所有者の判明した貨物を返還し、証拠保全が必要な装置を確保した。ユウたちには、報奨として認められた資金と、所有者不明で処分可能となった艦艇部品の一部が譲渡された。
HM-417の貨物区画には、次々とコンテナが搬入されていた。
「……思ったより多いな」
ダリオが一覧を確認しながら呟く。
積み下ろしを終えたコンテナには、連邦の正式な譲渡記録が添付されている。
《譲渡物資》
《艦艇用電力制御装置:8基》
《高性能演算装置:4基》
《推進器補助部品:12点》
《シールド制御関連装置:6基》
《特殊合金:約46トン》
《その他整備用部品:多数》
ハンナが端末を操作した。
「これとは別に、現金報奨と押収財産の分配金が確定しています。護衛任務の最終報酬も含めれば、今回の一連の案件から入る金額は相応のものになります」
ユウが尋ねた。
「……全部でどのくらい?」
「支払済みと支払確定分を合わせて、約二百四十万Crです。ただし、アーデントの修理費、負傷者の医療費、ニールの遺族への支援金などを差し引く必要があります」
「……そうだね」
ユウは頷いた。
以前なら、二百四十万Crという数字を聞いた瞬間に次の船の価格を調べ始めていただろう。
だが今回は、まずアーデントの修理費を確認した。
「……ダリオ。アーデント、どこまで直せそう?」
「船体の補修だけなら、もう目処は立ってる。問題はシールド制御系統だな」
ダリオは装置一覧を指差した。
「今回の譲渡品に、使えそうな電力制御装置とシールド用の補助演算装置がある。規格は完全には一致しないが、改修すれば組み込める可能性が高い」
ミラが隣から口を開いた。
「通信妨害対策にも使えるわ。特にこの演算装置、処理能力に余裕があるから、外部通信とシールド制御を分離するための監視系統を構築できる」
リアも興味深そうに覗き込んだ。
「それなら、古代施設の制御技術も一部応用できるんじゃない?」
ダリオが即座に首を振った。
「待て。いきなり古代技術を混ぜるな。まずは現代装置だけで安定動作させる」
「えー、でも……」
「でもじゃない。試験してからだ」
「……分かったよ」
ミラが小さく笑った。
「……ここ、技術者同士の会話が賑やかね」
ユウも少しだけ笑った。
「いつもこんな感じだよ」
*
翌日、アーデントの改修会議が開かれた。
参加者はユウ、セラ、ジェイド、ハンナ、ダリオ、リア、ミラの七名だった。
正面画面にはアーデントの立体図が表示され、右舷第四区画が赤く示されている。
ダリオが説明を始めた。
「今回の被害は、電磁妨害によってシールド制御系統が不安定になったところへ集中砲火を受けたことが原因だ。まず、同じ攻撃を受けても防御機能が一度に停止しない構造に改修する」
ミラが資料を切り替えた。
「通信系統とシールド制御系統の監視装置を分離するわ。外部から不自然な信号を受けた場合、制御系統側で遮断できるようにする。さらに、通常の通信が途絶えても最低限の防御動作を維持する独立モードを追加したい」
セラが頷いた。
「いいな。戦闘中に通信が妨害されても、防御系統まで巻き込まれなければ対応の幅が広がる」
ジェイドが尋ねた。
「ただ、今回のような特殊弾頭を受けた場合、完全に防げるのか?」
ミラは首を振った。
「そこまでは保証できない。電磁妨害の強度次第では、物理的に装置が損傷することもある。でも、少なくとも一か所の障害が全体へ広がる危険は減らせると思う」
ダリオが続けた。
「それと、第四区画の構造も見直す。今回は装甲を貫通された際、内部の設備と乗員が同じ区画に集中していた。隔壁の増設と設備配置の変更で、被弾時の被害を減らしたい」
ジェイドは立体図を見つめた。
「……そこは、ぜひ頼む」
ダリオが少し黙った。
「……ニールが交換したがってた配線も、全部やり直す」
会議室が静かになった。
ジェイドはしばらく画面を見つめ、ゆっくり頷いた。
「……ああ。頼む」
ユウは二人の様子を見ていた。
ニールが残したものは、もう戻らない。
だが、彼が気にかけていた場所を直し、同じ事故を繰り返さないようにすることはできる。
「……費用は気にしなくていいよ」
ユウが口を開いた。
ハンナが顔を上げた。
「……それは困ります」
「……え?」
「必要な改修には予算をつけます。ただし、費用を気にしないというのは別の話です。今後の基地運営もありますので」
ユウは少しだけ苦笑した。
「……そうだね」
ハンナは端末を操作した。
「とはいえ、今回の譲渡品を使えば、現金支出はかなり抑えられます。私は優先順位を整理して進めることに賛成です」
「……ありがとう」
ユウは頷いた。
*
中継施設の防衛設備についても、同時に改修計画が進められていた。
古代航路の中継施設では、ガルムが既存の防衛設備を管理している。現在は固定砲塔四基と警備ドローン十二機が稼働し、アルゴスが周辺宙域の巡回を担当していた。
しかし、以前の襲撃で明らかになったように、これだけでは大規模な攻撃を受けた場合に対応しきれない。
ユウはガルムとの通信を開いた。
「ガルム、中継施設の防衛をもう少し強化したいんだけど」
『要求を受理。現行防衛設備の能力不足を確認しています』
「だよね。今回の部品、使えそう?」
『一部装置の転用が可能です』
画面に中継施設の立体図が表示された。
『既存の固定砲塔四基に加え、二基を増設する計画は以前から存在しています。ただし、電力供給能力が不足していました』
「……今回の部品で解決できる?」
『完全な解決には至りませんが、増設に必要な電力供給の安定化は可能と判断します』
ユウは頷いた。
「じゃあ、進めよう」
ミラが横から口を開いた。
「防衛設備を増やすなら、通信の冗長化も必要ね。アルゴスが妨害を受けた場合、施設側との連携が切れる可能性があるわ」
ガルムが応じた。
『通信遮断時の自律行動規則は設定済みです。アルゴスは未認証の攻撃命令を受け付けず、安全な位置への退避を優先します』
「それはいい判断ね。でも、敵が通信を妨害している間に施設へ接近してくる可能性もある」
『脅威を確認。独立観測装置の追加を推奨します』
ユウは二人のやり取りを聞きながら頷いた。
「……なるほど。砲塔を増やすだけじゃ駄目なんだね」
ミラが小さく笑った。
「そういうこと。敵が見えなければ、どれだけ強い武器があっても意味がないわ」
ガルムも続けた。
『加えて、防衛設備の保守要員も必要となります。無人設備であっても、整備と補給は不可欠です』
ユウは少し考えた。
「……人も増やさないといけないか」
以前なら、まず兵装の数を考えていただろう。
だが今は違う。
船や兵器だけ増やしても、それを動かし、維持する人間がいなければ意味がない。
ユウはそのことを、以前より強く意識するようになっていた。
*
数日後。
アーデントの改修作業は順調に進み、中継施設への物資輸送も始まっていた。
ユウは久しぶりに、基地の資金管理画面を開いていた。
「……ハンナ」
「何でしょう?」
「……今、どのくらい余裕ある?」
ハンナはすぐに答えなかった。
「……何を買うつもりですか?」
「まだ何も決めてないよ!」
「その言い方は、何かを買う予定がある人の言い方です」
ユウは少しだけ笑った。
「……新しい船、探そうかなって」
ハンナは深く息を吐いた。
「……やはり」
ユウは資料を開いた。
「でも、今度はちゃんと考えて買うよ。護衛能力が高くて、乗員も確保できそうな船がいいと思ってる」
ハンナは少し表情を和らげた。
「それなら、まず必要な能力を整理してください。そのうえで、予算と維持費を確認します」
「了解!」
ユウは頷いた。
そのとき、端末に新しい通知が届いた。
『艦長、ガルムから緊急ではありませんが、重要度の高い報告があります』
アイリスの声だった。
「……何?」
『YD-09の地下区画について、新たな解析結果が出たとのことです』
ユウは顔を上げた。
「……地下区画?」
『はい。以前から存在が確認されていた未調査領域です』
ユウは立ち上がった。
「……何か見つかったの?」
『詳細は、ガルムから直接説明したいとのことです』
ユウはセラへ連絡を入れ、YD-09の調査区画へ向かうことにした。
*
YD-09は、HM-417の反対側に存在する古代の造船・修理施設だった。
全長約四百八十メートルに及ぶ施設本体は、岩盤の内部に埋め込まれるように建設されている。現在使用できるのは一部の整備区画と搬送設備だけで、地下には未調査の領域が広がっていた。
ユウとセラが到着すると、ガルムの端末が起動した。
「それで、何が分かったの?」
『今回移送された電力制御装置を調査用の独立電源系統へ接続した結果、地下の一部区画で観測装置が使用可能となりました』
画面に、YD-09の地下構造が表示された。
施設の下方には、巨大な空洞が存在していた。
これまでも空洞自体は確認されていたが、内部の構造が不明で、立ち入りもできなかった。
『新たな観測結果を表示します』
ガルムがそう告げると、画面に細長い構造物が現れた。
ユウは目を細めた。
「……これ、何?」
『断定はできませんが、観測できた部分には艦艇用の外殻構造と一致する特徴があります』
セラが顔を上げた。
「……艦艇だと?」
『その可能性が高いです』
ユウは画面を拡大した。
巨大な空洞の中に、何かが横たわっている。
まだ全体像は分からない。
だが、少なくとも、通常の作業機械や採掘設備とは思えなかった。
「……大きさは?」
『現在確認できている範囲で、全長五百メートル以上。ただし、前後の端部は未確認です』
ユウは一瞬、言葉を失った。
「……五百メートル?」
セラも画面を見つめていた。
「……アーデントの倍以上か」
『なお、構造物の周囲には、艦艇建造用と推定される固定支持架台が存在します。つまり、内部の構造物は完成艦ではなく、建造途中の艦艇である可能性があります』
ユウはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……ガルム。これ直せる?」
ガルムはすぐには答えなかった。
『現時点では修復可能性を判定できません。追加調査が必要です』
「……そっか」
『ただし、建造設備そのものが残っている可能性は高いと考えられます』
ユウの目が少しだけ輝いた。
「……それって」
『適切な技術者と資材があれば、建造を再開できる可能性があります』
セラが静かに息を吐いた。
「……とんでもないものが眠っていたな」
ユウは画面を見つめた。巨大な地下空洞に眠る、未完成の古代艦。以前なら、大きな船が見つかったことに興奮していただろう。だが、今は違う。
アーデントを守れなかったこと。
ニールを失ったこと。
そして、もっと多くの仲間を守れる戦力が必要だと感じたこと。
そのすべてが、頭の中でつながっていた。
「……セラ、この船調べよう。でも、アーデントの改修と中継施設の防衛強化が先。それは変えない」
セラが頷いた。
「いい判断だ」
ユウは少しだけ笑った。
「……それが終わったら、ちゃんと調べたい」
画面には、地下に眠る巨大な船体の一部が映し出されていた。
古代の技術で造られた、未完成の大型艦。
その存在は、まだ外部には知られていない。
そしてユウたちは、この時点では気づいていなかった。
この船を完成させるためには、古代技術を理解するだけでは足りないということに。
現代の技術者。
艦艇設計の専門家。
研究設備。
大量の資材。
そして、それらをまとめ上げるだけの組織が必要になる。
だが、その困難さを知ったとしても、ユウはきっと同じことを言っただろう。
仲間を守れる船が欲しい。
そのためなら、今度は自分たちの手で造ればいい。
地下深くに眠る巨大な船体は、長い眠りから目覚める時を静かに待っていた。




