第68話 新たな仲間
宙賊の補給施設を制圧してから二日が経過した。
施設内では連邦保安部隊による捜索が続いており、押収された貨物や艦艇の所有者確認が進められていた。奪われた輸送船アルタイルについても、船体の損傷が比較的軽かったことから、修理後に元の運送会社へ返還される見込みとなっている。
アストライアは引き続き施設外の係留区画に停泊していた。
ユウは艦長室で、連邦から送られてきた報告書を確認していた。
《救出者数:17名》
《拘束者数:43名》
《押収艦艇:調査中》
《押収物資:所有権確認中》
《証拠資料:保全・解析継続中》
「……四十三人か」
ユウが呟く。
『はい。拘束者には施設の管理要員や武装艇の乗員が含まれています。ただし、全員が同程度の犯罪に関与していたとは限らず、今後の捜査で個別に確認される予定です』
「そうだね。無理やり働かされてた人が混ざってる可能性もあるし」
『その可能性はあります』
ユウは端末を閉じた。
今回の戦闘で多くの敵艦を撃破した。
だが、戦闘に勝ったからといって、それですべてが終わるわけではない。
誰が命令を出し、誰が武器を用意し、誰が利益を得ていたのか。そうしたことは、これから少しずつ明らかになっていくのだろう。
「……アイリス。ミラとの面会、何時だっけ?」
『十分後です。連邦医療班による健康確認は完了しており、面会の許可も得られています』
「了解」
ユウは立ち上がった。
艦長室を出ると、通路の先でセラが待っていた。
「……おはよう」
「おはよう。少しは眠れたか?」
「うん。昨日はちゃんと寝たよ」
「それならいい」
セラはユウの顔を確認した。
まだ以前のように明るい表情ではなかったが、少なくとも、敵艦隊を追っていた頃の張り詰めた雰囲気は薄れている。
「ミラの話を聞くんだろう?」
「うん。今後のことを相談したいって」
「私も同席する。通信技術者という経歴が本当なら、いくつか確認したいことがある」
「お願い」
二人は連邦保安部隊の管理区画へ向かった。
*
面会室に入ると、ミラ・セインがすでに待っていた。
短い銀灰色の髪は整えられ、汚れていた作業服も新しいものに替わっている。救出されたときより顔色は良くなっていたが、その目にはまだ疲労が残っていた。
「……来てくれたんだ」
「もちろん。体調はどう?」
「悪くないわ。久しぶりに、扉の鍵を気にせず眠れたしね」
ミラは少しだけ笑った。
その言葉を聞いて、ユウは胸が痛くなった。
誰にも閉じ込められずに眠れる。
自分たちにとって当たり前のことが、彼女にとってはそうではなかったのだ。
「……それで、相談って?」
ユウが尋ねると、ミラは姿勢を正した。
「単刀直入に言うわ。私を、あなたたちのところで働かせてもらえない?」
ユウは目を瞬いた。
「……え?」
セラが先に口を開いた。
「理由を聞いてもいいか?」
「まず、帰る場所がないの。元々勤めていた会社は、私が行方不明になったあとに事業を縮小していて、所属していた部署もなくなってる」
「家族は?」
「両親は数年前に亡くなったわ。親戚はいるけど、何年も連絡を取ってない」
ミラはそこで一度言葉を切った。
「だからといって、行くところがまったくないわけじゃない。連邦の被害者支援制度も使えるって説明された。でも……」
彼女はユウを見た。
「私は、もう一度ちゃんと働きたいの。それも、できれば艦艇の通信関係で」
ユウは頷いた。
「……通信技術が好きなんだ?」
「好きよ。少なくとも、宙賊に脅される前はね」
ミラは少し苦笑した。
「通信って、目立たない仕事でしょう? でも、船同士が連携できるのも、危険を事前に知らせられるのも、通信設備があるから。そういう仕組みを作るのが好きだった」
セラが腕を組んだ。
「それなら、民間企業へ戻るという選択肢もあるはずだ」
「もちろん考えた。でも、今回の件で思ったの。あいつらが使っていた妨害装置、もっと早く対策ができていれば、被害を減らせたかもしれないって」
ミラの表情が曇った。
「私、あの装置を直していたのよ。どんな仕組みで動いて、どういう弱点があるのかも知ってる。だったら今度は、同じ装置から誰かを守るために使いたい」
ユウはしばらく彼女を見つめた。
その言葉は、今の自分が考えていることとよく似ていた。
「……なるほど」
セラが尋ねた。
「一つ確認したい。今後、あの連中の裁判で証言を求められる可能性がある。それでも傭兵団に所属するつもりか?」
「ええ。必要なら証言する。逃げるつもりはないわ」
「それと、技術者として採用するなら身元確認と技能評価が必要だ。すぐに重要設備へアクセスできるわけではない」
「当然でしょうね。むしろ、初対面の人間を信用して全部触らせるようなところだったら、こっちから断るわ」
その返答に、セラがわずかに笑った。
「……いい答えだ」
ユウも少し笑った。
「じゃあ、まずは話を進めてみようか」
ミラの表情が明るくなった。
「……本当に?」
「うん。ただ、働く場所を見てもらってから決めた方がいいと思う。こっちもミラのこと、まだよく知らないしね」
「……それで十分よ」
*
面会のあと、ミラは一つだけ条件を出した。
「できれば、私が保存した通信記録の解析にも協力させてほしいの」
セラが尋ねる。
「ロークの取引先についてか?」
「それもある。でも、もっと気になっていることがあるの」
ミラは端末を取り出し、連邦に提出した証拠資料のうち、閲覧が許可されている一部を表示した。
画面には、複数の通信周波数と時刻が並んでいる。
「これ、あいつらが使っていた通信装置の記録なんだけど……」
セラが覗き込んだ。
「……暗号通信か」
「そう。ただ、普通の宙賊が使う暗号とは少し違う。何度も通信先を切り替えているのに、一定の間隔で同じ認証信号が出てるの」
「通信中継の確認信号か?」
「多分。でも、それだけじゃない気がする」
ユウは画面を見つめた。
「……何か分かるの?」
「今のところ、断定できることは少ないわ。ただ、あいつらが装置を調達した業者と、襲撃指示を出していた相手が同じとは限らないってこと」
セラが頷いた。
「装備供給と指揮系統が別かもしれない、ということだな」
「そう。ロークは何でも自分が仕切っているように振る舞っていたけど、通信記録を見ると、誰かから指示を受けていた時間帯がある」
ユウは少し考えた。
「……ロークにも上がいるってこと?」
「少なくとも、外部と連絡を取っていたのは確か。ただし、相手が命令していたのか、単なる取引相手だったのかは、まだ分からない」
セラは資料を閉じた。
「その情報は連邦へ渡してあるんだな?」
「もちろん。原本は全部提出したわ。これは私が説明用に使っていいと言われた範囲だけ」
「なら問題ない。追加解析をする場合も、正式な許可を取ろう」
ユウは頷いた。
「……うん」
敵艦隊を倒しても、背後にいる者が分からなければ、同じことは繰り返されるかもしれない。
だが、それを追うのは今すぐでなくてもいい。
まずは仲間たちを立て直すことが先だ。
*
その翌日、ユウたちはHM-417へ帰還した。
アストライアが大型ドックへ入港すると、整備班が集まってきた。
ダリオが腕を組み、船体を見上げる。
「……今度はお前まで壊してきたのか?」
「そこまで壊してないよ」
「シールドの過負荷記録とレールガンの熱履歴を見てから言え」
ユウは少しだけ肩をすくめた。
「……すみません」
ダリオが眉を上げた。
「……珍しく素直だな」
「反省するところは反省しないとね」
リアが横から顔を出した。
「でも、アストライア一隻であの数の敵を相手にしたんでしょ? 戦闘記録、すごかったよ!」
「……うん」
ユウはそれだけ答えた。
リアは言葉を止めた。
いつもならユウも楽しそうに戦闘の話をしていただろう。今回は、そうではなかった。
ダリオがリアの肩を軽く叩いた。
「……まずは整備だ。話はあとにしよう」
「……うん」
ユウは二人に頭を下げた。
「アストライア、よろしく頼むね」
「任せとけ」
ダリオが短く答えた。
*
ミラがHM-417を訪れたのは、その翌朝だった。
連邦の被害者支援担当者との手続きを終え、一定期間の外部滞在が認められた彼女は、正式な採用面談と施設見学のためにやってきた。
アストライアの乗員としてではなく、まずは技術者候補としての訪問だった。
「……ここが、あなたたちの基地?」
シャトルを降りたミラが、目を丸くした。
目の前には巨大な格納区画が広がり、複数の整備用ロボットが忙しく動いている。奥には修理中のアーデントが見え、別の区画では採掘機材や資源加工装置が稼働していた。
「……思ってたより、ずっと大きい」
ユウが少し笑った。
「まだ直してるところが多いけどね」
「これ、全部あなたたちが運用してるの?」
「うん。まあ、手伝ってくれてる人たちのおかげだけど」
ミラは周囲を見回した。
壁面には古い施設の構造が残っている。現代の補修材と、見慣れない材質の隔壁が混在していた。
「……もしかして、ここって古代施設?」
ユウは頷いた。
「そうだよ。ただ、詳細はまだ公開してないから、見られる場所は限られるけど」
「……なるほど」
ミラは興味深そうに壁面を見つめた。
「古代施設の通信設備って、どんな構造なのかしら……」
その声を聞いて、リアが勢いよく近づいてきた。
「通信設備に興味あるの!?」
「……え?」
「私、リア! ここの整備を担当してるの! 古代設備の解析もやってるんだけど、通信関係は専門外で困ることが多くて!」
ミラは突然の勢いに少し後ずさった。
「……ミラよ。通信技術者だけど、古代設備についてはほとんど知らないわ」
「大丈夫! 私も最初は分からなかったから!」
リアが満面の笑みを浮かべる。
その後ろからダリオが現れた。
「リア。初対面の相手にいきなり機密設備の話をするな」
「あっ……」
ミラが小さく笑った。
「……ここの安全管理、大丈夫なの?」
「俺がいる間は何とかする」
ダリオが疲れたように答えた。
ユウも思わず笑った。
「……いつもこんな感じだよ」
「……賑やかな職場ね」
ミラは少しだけ表情を和らげた。
*
見学のあと、ミラの技能確認が行われた。
担当したのはダリオとセラだった。
使用したのは現代型の通信制御装置で、基地の重要設備から切り離された試験環境だった。
「では、まずこの装置の通信障害を解析してもらう」
ダリオが説明する。
「了解」
ミラは端末の前に座り、診断画面を確認した。
数分後、眉を寄せる。
「……これ、単なる故障じゃないわね」
ダリオが腕を組んだ。
「ほう?」
「通信処理の優先順位が書き換えられてる。通常の通信は通るけど、一定量のデータが流れると遅延が急増するようになってる」
セラが頷いた。
「その通りだ」
ミラは続けた。
「しかも、ログには普通の過負荷として残る。意図的に仕込まれてるなら、なかなか嫌らしいわね」
ダリオが少し笑った。
「修正できるか?」
「できるけど、設定だけ直して終わりじゃ駄目。原因を消さないと、また同じことになる」
「……正解だ」
ミラは端末を操作し、通信処理の設定を修正した。その後、負荷試験を実施して動作を確認する。
結果は良好だった。
セラが次の資料を表示した。
「では、艦隊通信が妨害された場合の対応を考えてもらおう」
ミラは資料を確認すると、すぐに口を開いた。
「まず、通信が届かなくなったからって、勝手に指示を推測して動くのは危険ね」
セラが頷く。
「続けてくれ」
「事前に決めた行動へ切り替えるべきよ。護衛任務なら、通信が途絶えたときに守る対象と維持する位置を決めておく。敵から偽の指示が届く可能性もあるから、認証に失敗した通信は受け付けない」
ダリオが腕を組んだまま頷いた。
「……悪くないな」
「ただ、装備が古い艦だと難しい場合もあるわ。制御装置ごと交換しないといけないこともある」
ミラは少し考えた。
「今回みたいにシールド制御系統まで妨害されるなら、通信と防御制御を完全に独立させる構成が理想ね。できるかどうかは艦次第だけど」
セラは資料を閉じた。
「十分だ。少なくとも、実務経験は本物らしい」
ミラは小さく息を吐いた。
「……それはどうも」
*
面談の結果を聞いたユウは、会議室でミラと向かい合った。
「ダリオもセラも、技術的には問題なさそうって言ってたよ」
「……そう」
ミラは少し緊張した表情で頷いた。
「ただ、しばらくは試用期間にしたい。基地の通信設備やアーデントの改修に協力してもらいながら、お互いに合うか確認する形でどうかな」
「もちろん。それで十分よ」
「給料や勤務条件は、ハンナと相談して正式に決めよう。あと、連邦の事情聴取や裁判への協力が必要になったら、そっちを優先していいから」
ミラは少し驚いた顔をした。
「……いいの?」
「当たり前でしょ。ミラは被害者なんだから」
ユウは少しだけ笑った。
「それに、無理して働いてもらっても困るしね」
ミラはしばらくユウを見つめていた。
やがて、小さく頷いた。
「……ありがとう」
ユウは肩をすくめた。
「こちらこそ。通信関係、かなり困ってたから助かるよ」
「……それなら、早速やりたいことがあるんだけど」
「何?」
「アーデントの通信系統。今回の戦闘記録を見た限り、あのままだとまた同じ攻撃を受けるわ」
ユウの表情が引き締まった。
「……直せる?」
「全部は無理。でも、少なくとも妨害を受けたときに、何が起きてるのか分からなくなる状況は改善できると思う」
ユウは頷いた。
「……じゃあ、お願いする」
ミラは初めて、少し自信のある笑みを浮かべた。
「任せて」
*
その日の夕方、ユウはアーデントの修理区画を訪れていた。
右舷第四区画では、ダリオたちが新しい装甲部材の取り付けを進めている。
ジェイドも整備班とともに作業状況を確認していた。
ジェイドが顔を上げた。
「どうした?」
「……少し話せる?」
「ああ」
二人は作業区画の外へ移動した。
ユウはしばらくアーデントを見つめていた。
「……ジェイド」
「何だ?」
「……俺たち、もっと戦力を増やそうと思う」
ジェイドが眉を上げた。
「戦力?」
「うん。船も、人も。今回みたいに一隻がやられたら他が守れなくなるような状況は、できるだけ減らしたい」
ジェイドは静かに頷いた。
「……そうだな」
「もちろん、船を増やしただけじゃ駄目なのは分かってる。乗員も必要だし、整備費もかかる」
ユウは少し笑った。
「ハンナには怒られそうだけど」
ジェイドも小さく笑った。
「間違いなくな」
だが、すぐに真剣な表情へ戻った。
「……俺も、今回のことで考えた。アーデントは大きくなったが、まだ俺が十分に扱いきれていない部分がある」
「……うん」
「だから、船を増やすだけじゃなく、指揮官も育てる必要がある。俺自身も、もっと経験を積まなきゃならない」
ユウは頷いた。
「……そうだね」
ジェイドはアーデントの右舷を見上げた。
「ニールのことは、一生忘れないと思う」
「……俺も」
「でも、あいつがいた船を、ただの失敗の象徴にはしたくない」
ユウはジェイドを見た。
ジェイドは静かに続けた。
「……次は、もっと強いアーデントにする」
ユウは少しだけ笑った。
「……うん。頼むよ、艦長」
ジェイドも小さく頷いた。
*
その夜。
ユウはHM-417の展望区画で、静かに星空を眺めていた。
隣にはセラがいた。
「……少しは落ち着いたか?」
「うん。まだ全部は無理だけど」
「それでいい」
セラは静かに答えた。
しばらく二人は黙っていた。
やがて、ユウが口を開いた。
「……セラ」
「何だ?」
「……次に増やす船、どういうのがいいと思う?」
セラは少し考えた。
「護衛任務を重視するなら、防御力と迎撃能力の高い艦だな。アーデントのようなフリゲート級でもいいが、同じものを増やすだけでは足りない」
「……どういうこと?」
「役割分担だ。アストライアは高速機動と偵察、アーデントは船団防衛。そこへ、迎撃に特化した艦や、電子戦に対応できる艦が加われば、対応できる状況が増える」
ユウは頷いた。
「……なるほど」
「それと、乗員の確保も必要だ。船だけ買っても、動かす人間がいなければ意味がない」
「……分かってる」
ユウは少し考えた。
「……じゃあ、まずは艦隊全体の編成から考えようか」
セラが笑った。
「珍しく計画的だな」
「……俺だって、たまには考えるよ」
「たまに、か」
ユウは小さく笑った。
以前のような無邪気な笑顔ではなかった。
だが、そこには確かに前を向こうとする気持ちがあった。
セラはその横顔を見て、静かに頷いた。
「……いいだろう。私も本気で考えよう」
ユウは星空を見つめた。
アストライア。
アーデント。
アルゴス。
ライラ。
そして、HM-417と古代航路中継施設。
少しずつ増えてきた仲間と設備。
だが、まだ足りない。
今回の戦闘で、それを痛いほど思い知らされた。
もっと強くならなければならない。
敵を倒すためだけではない。
仲間を守り、救える命を増やすために。
ユウは静かに拳を握った。
そして、少しだけ笑った。
「……よし。次は、ちゃんと考えて船を買おう」
セラが呆れたように笑った。
「……結局、買うことは決まっているんだな」
「そりゃそうでしょ。船が必要なんだから」
その返答には、ようやくいつものユウらしさが戻っていた。
だが、その理由は以前とは違っている。
新しい船を手に入れる喜びだけではなく、そこに乗る仲間の命を守る責任。
ユウは、その両方を背負って進もうとしていた。




