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第67話 戦利品よりも大切なもの

 小惑星内部に造られた補給施設は、外から見た印象よりもずっと広かった。


 元は民間企業が使用していた採掘拠点らしく、岩盤をくり抜いた内部には複数の格納庫と貨物搬送路が設けられている。採掘設備の大半は撤去されていたが、残された大型搬送装置や貨物用エレベーターは、宙賊たちによって今も使われていた。


 アストライアは施設外の係留区画に停泊し、ユウとセラは連邦の保安要員に同行して内部へ入っていた。


「……思ったより大きい施設だね」


 ユウが周囲を見渡しながら呟く。


「ああ。これだけの設備があれば、複数の艦艇を補給できる。連中がここを拠点にしていた理由も分かるな」


 セラは通路の先を見つめた。


 壁面には古い企業名の痕跡が残っているものの、その上から別の標識が乱雑に貼り付けられていた。通路の一部には最近補修された形跡もあり、施設が相当な期間にわたって使用されていたことがうかがえる。


 先導する連邦保安官が足を止めた。


「こちらです。先ほど報告した収容区画は、さらに奥にあります。ただし、その前に確認していただきたいものがありまして」


「……何ですか?」


「押収物資です。かなりの量が見つかっています」


 保安官が大型扉を開くと、巨大な倉庫が姿を現した。


 内部には貨物コンテナが何十基も積み上げられ、艦艇用の機器や金属資源が整然と並べられていた。


 ユウはしばらく倉庫を見渡した。


「……すごい量だね」


「ええ。これでも全体の一部です」


 保安官が端末を操作した。


《暫定押収物資一覧》

《艦艇用電力制御装置:42基》

《高性能演算装置:18基》

《医療機器・補助装置:多数》

《艦艇用推進器部品:67点》

《各種特殊合金:約340トン》

《未登録兵装部品:多数》

《その他貨物:調査継続中》


「……こんなに」


 セラが眉を上げた。


「一度や二度の襲撃で集められる量じゃないな」


「その通りです。少なくとも半年以上、継続して活動していたと考えられます。失踪した輸送船の貨物が含まれている可能性もあります」


 保安官は資料を切り替えた。


「暫定評価額は三千万Crを超える見込みです。もっとも、元の所有者が判明した物資は返還対象になりますし、違法兵装は押収されます。最終的な分配額は、調査が終わるまで分かりません」


 セラがユウを見た。


 普段なら、この時点で目を輝かせているはずだった。三千万Crという数字を聞けば、次に買える船の話を始めてもおかしくない。


 だが、ユウは黙って倉庫を見つめていた。


「……そうですか」


 それだけだった。


 保安官が少し意外そうな顔をする。


「……あまり驚かれないんですね」


「いえ、すごい金額だとは思います」


 ユウは静かに答えた。


「でも、今はあんまり……」


 言葉の続きを口にすることなく、視線を落とした。


 セラはそれ以上、何も言わなかった。


     *


 収容区画は、施設の最深部に近い場所にあった。


 厚い隔壁で区切られた通路の先には、十数室の小さな部屋が並んでいる。元々は採掘作業員の居住区だったらしいが、窓は塞がれ、扉には外側から操作する電子錠が取り付けられていた。


 通路の照明は暗く、換気設備の稼働音だけが響いていた。


「……ひどいな」


 セラが呟く。


 連邦の救助班が扉を開放すると、内部から痩せた男女が現れた。


 突然現れた武装要員たちを見て、怯えた表情を浮かべる者もいる。


「落ち着いてください! 我々は連邦の保安部隊です! 皆さんを救助しに来ました!」


 保安官が大きな声で呼びかけた。


 しかし、すぐに信用する者はいなかった。


 長い間閉じ込められていたのだろう。誰もが警戒し、互いの顔を見合わせている。


 ユウは武器を持っていないことを示すように両手を少し上げ、ゆっくりと近づいた。


「……大丈夫ですよ。もう、あいつらはいません」


 一人の女性が顔を上げた。


「……本当に?」


「はい。艦隊はもう戦えません。指揮官も捕まっています」


 女性はしばらくユウを見つめていた。


 そして、かすれた声で尋ねた。


「……ロークも?」


 その名前を聞いた瞬間、ユウの表情がわずかに変わった。


「……はい。ローク・ダグネルも拘束されています」


 女性は口元を押さえた。


 その目から涙がこぼれ落ちる。


「……終わったんだ……」


 周囲の捕虜たちも、ようやく救助が本当であることを理解し始めた。


 座り込む者。


 静かに泣き出す者。


 隣の仲間を抱きしめる者。


 ユウは、その光景を黙って見つめていた。


 ニールは助けられなかった。


 だが、目の前には救えた人たちがいる。


 少なくとも、ここにいる人たちは、生きて帰ることができる。


「……よかった」


 ユウは小さく呟いた。


 その声には、久しぶりに温かさが戻っていた。


     *


 救助された捕虜は、合計十七名だった。


 うち十一名は過去の船団襲撃で連れ去られた民間人で、残る六名は施設で働かされていた技術者や作業員だった。


 連邦の医療班が健康状態の確認を始め、衰弱の激しい者から順番に搬送していく。


 ユウも救助作業を手伝っていた。


 そのとき、一人の女性が保安官と口論しているのが目に入った。


「だから、あの区画を先に確認してって言ってるでしょう!」


「落ち着いてください。現在、施設全体の安全確認を進めています」


「その間にデータが消されたらどうするの! あそこには連中の通信記録が残ってるのよ!」


 女性は二十代半ばほどだろうか。短い銀灰色の髪は乱れ、着ている作業服も汚れている。だが、琥珀色の瞳には強い意志が宿っていた。


 ユウが近づくと、女性はこちらを見た。


「……あんた、誰?」


「ユウです。アストライアの艦長をしてます」


「……アストライア?」


 女性の表情が変わった。


「……あの船、あんたが乗ってたの?」


「うん」


「……ロークの艦隊を倒した?」


「……そうだよ」


 女性はしばらくユウを見つめていた。


 やがて、深く息を吐いた。


「……そう」


 そして、少しだけ頭を下げた。


「……ありがとう」


 ユウは何も言えなかった。


 女性は顔を上げた。


「でも、まだ終わってない。あいつらが何をしてたのか、ちゃんと証拠を残さないと」


 セラが近づいてきた。


「……詳しく聞かせてもらえるか?」


 女性は二人を見比べた。


「……私はミラ・セイン。元々は民間の通信技術者だった。乗っていた調査船が襲われて、ここへ連れてこられたの」


 セラが頷く。


「通信技術者か」


「ええ。電子戦装置の整備もしてた。それが理由で、あいつらに利用された」


 ミラは唇を噛みしめた。


「……あいつら、私に通信妨害装置を整備させたのよ」


 ユウが顔を上げた。


「……通信妨害装置?」


「そう。艦艇のシールド制御系統に負荷をかけたり、外部通信を妨害したりする装置。普通の民間船には必要ないものよ」


 セラの表情が険しくなった。


「……アーデントに使われたものか」


 ミラは驚いたように顔を上げた。


「……あんたたち、あれを受けたの?」


「……うん」


 ユウが答えた。


「……仲間が、一人死んだ」


 ミラの表情が固まった。


「…………」


 しばらく沈黙が続いた。


 そしてミラは、ゆっくりと俯いた。


「……ごめんなさい」


「……何で謝るの?」


「……私が、整備した装置だから」


 ユウは何も言わなかった。


 ミラは続けた。


「やりたくなかった。でも、従わないと他の捕虜に何をするか分からなかった。だから……」


 その声が震えた。


「……私が、あの装置を動くようにしたの」


 ユウはしばらくミラを見つめていた。


 そして、静かに答えた。


「……君が悪いわけじゃないよ」


 ミラが顔を上げる。


「……でも」


「……悪いのは、それを使って人を襲った連中でしょ」


 ユウは小さく息を吐いた。


「……少なくとも、俺はそう思う」


 ミラは唇を噛みしめた。


 その目に、再び涙が浮かんだ。


     *


 ミラの案内で、ユウたちは施設の通信管理区画へ向かった。


 そこは比較的小さな部屋だったが、複数の通信制御装置やデータ記録端末が並んでいた。


 ミラは部屋へ入ると、迷わず奥の端末へ向かった。


「……これ」


 彼女が指差したのは、古い整備用端末だった。


「表向きは装置の点検記録だけど、内部に別の記録領域を作ってある。通信ログの一部を、自動で保存するようにしてたの」


 セラが眉を上げた。


「……よく見つからなかったな」


「連中、電子戦装置を使うくせに、細かい仕組みまでは理解してなかったのよ。動けばそれでいいと思ってた」


 ミラは端末を操作しようとしたが、保安官が制止した。


「待ってください。証拠保全の手続きが必要です」


「……分かってるわよ」


 ミラは不満そうに答えたが、端末から手を離した。


 保安官が記録装置の状態を確認し、複製用の機材を接続する。


 数分後、データの保全作業が始まった。


「……これで、あいつらが誰と取引してたか分かるかもしれない」


 ミラが呟いた。


 セラが尋ねる。


「外部の協力者がいたのか?」


「いたわ。ただ、誰なのかは知らない。ロークは定期的に暗号通信をしてた。ここへ運び込まれる兵装も、普通の宙賊が買えるようなものじゃなかったし」


 ユウは端末を見つめた。


「……そう」


 ミラは少し迷ったあと、口を開いた。


「……それと、ロークのことなんだけど」


 ユウが顔を上げる。


「……何?」


「……あいつ、捕まったのよね」


「……うん」


「……生きてる?」


 ユウは少し黙った。


「……生きてるよ」


 ミラはゆっくり息を吐いた。


「……そう」


 そして、低い声で続けた。


「……あいつ、ひどいことをしてたの」


     *


 ミラの話は、ユウが想像していた以上に重いものだった。


 捕虜たちは、技術や技能によって扱いを分けられていた。


 艦艇の整備ができる者は修理作業に回され、荷役や採掘の経験がある者は貨物搬送や資源加工に従事させられた。


 仕事を拒否すれば食料を減らされ、逃亡を試みれば厳しい罰を受けた。


 さらに、利用価値が低いと判断された捕虜は、別の犯罪組織へ売り渡されていたという。


「……何人か、連れていかれたの」


 ミラは静かに話した。


「どこへ行ったのかは分からない。戻ってきた人は、一人もいなかった」


 セラが眉を寄せた。


「……記録は残っているのか?」


「多分。ロークは取引の記録を細かく残してた。金の管理にはうるさかったから」


 ユウは拳を握りしめた。


 ミラは続けた。


「逃げようとした人もいた。でも、捕まって……」


 そこで言葉が途切れた。


 しばらくして、ミラは小さく首を振った。


「……その人は、もういない」


 部屋が静まり返った。


 ユウは何も言わなかった。


 ただ、視線を落としていた。


 そして、低い声で呟いた。


「……撃っておけばよかった」


 セラがユウを見た。


「……ユウ」


「……あいつ、降伏したんだよ」


 ユウは静かに続けた。


「……俺、艦橋を撃とうとした。でも、やめた」


 ミラが顔を上げた。


「……そうだったの?」


「……うん」


 ユウは拳を握りしめた。


「……こんなことをしてたって知ってたら、あのとき……」


 セラが静かに遮った。


「……それでも、撃たなくて正解だった」


 ユウが顔を上げる。


「……どうして?」


「生きて捕らえたからこそ、これから調べられることがある。売られた捕虜がどこへ行ったのか。誰が武器を供給していたのか。どこに資金が流れていたのか」


 セラは保全作業中の端末を見た。


「ロークが死んでいたら、分からないまま終わったことも多いはずだ」


 ユウは答えなかった。


 ミラが、ゆっくりと口を開いた。


「……私も、あいつには死んでほしいと思ってた」


 ユウがミラを見る。


「……何度も、そう思った。でも……」


 ミラは保安官たちの作業を見つめた。


「……生きて捕まったなら、私たちが何をされたのか、全部話せる。証拠も残せる」


 そして、静かに続けた。


「……あいつがやったことを、なかったことにさせずに済む」


 ユウはしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくり息を吐いた。


「……そうか」


 それだけだった。


 すぐに納得できたわけではない。


 ロークへの怒りが消えたわけでもない。


 だが、少なくとも今、生かして捕らえたことには意味がある。


 そう思うことはできた。


     *


 調査がひと段落した頃、ユウは施設の医療区画へ立ち寄った。


 救助された捕虜たちは、連邦の医療班による検査を受けている。重い外傷を負っている者もいたが、幸い、救出時点で命に関わる状態の者はいなかった。


 ユウが通路を歩いていると、先ほど話した女性が声をかけてきた。


「……あの」


「……はい?」


「……助けてくれて、ありがとうございました」


 女性は深く頭を下げた。


 隣にいた男性も、続いて頭を下げる。


「本当に……もう駄目だと思っていました」


 ユウは少し戸惑った。


「……いや、俺は……」


 何と言えばいいのか分からなかった。


 自分は仲間を失い、怒りに任せて敵を追い詰めた。


 誰かに感謝されるような立派なことをしたつもりはなかった。


 だが、女性は続けた。


「……それでも、来てくれたから、私たちは帰れます」


 ユウは顔を上げた。


 その言葉が、胸の奥に静かに染み込んでいく。


「……そうだね」


 ユウは少しだけ笑った。


「……帰れるんだね」


 女性も涙を浮かべながら微笑んだ。


 その表情を見て、ユウはようやく実感した。


 ニールは帰ってこない。


 どれだけ後悔しても、その事実は変わらない。


 だが、今日救えた十七人には、帰る場所がある。


 家族や友人が待っているかもしれない。


 これから先の人生がある。


 そして、その未来を奪われずに済んだ。


 ユウは静かに息を吐いた。


 心の中にあった重いものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。


     *


 施設の制圧から数時間後、アストライアの艦橋でセラが報告をまとめていた。


 敵大型艦を含む複数の武装船舶が戦闘不能となり、ローク・ダグネル以下、相当数の構成員が拘束された。


 奪われたアルタイルは無事に発見され、貨物の一部も回収可能な状態にあった。


 さらに、施設内には大量の押収物資が残されている。


 今後、所有権の確認と査定が進めば、ユウたちにも相応の報奨金が支払われる可能性が高かった。


「……ユウ」


 セラが声をかけた。


「……何?」


「今回の戦闘、よく生きて帰ってきたな」


 ユウは少しだけ笑った。


「……アイリスとセラのおかげだよ」


「お前の操艦も悪くなかった」


「……珍しく褒めるね」


「事実だからな」


 セラは少し表情を和らげた。


 だが、次の言葉は真剣だった。


「ただし、今回のような戦いを毎回できると思うな」


「……うん」


「アストライアは高性能だが、一隻で守れる範囲には限界がある。今回だって、敵がもっと多ければ危険だった」


 ユウは頷いた。


「……分かってる」


 そして、少し考えたあと、口を開いた。


「……セラ」


「何だ?」


「……俺たちに、もう一隻アーデントみたいな船があったら、ニールは助かったかな」


 セラはすぐには答えなかった。


 やがて、静かに言った。


「……分からない。船が増えれば、それを動かす乗員も必要になるし、指揮も複雑になる」


「……うん」


「だが、今回より多くの選択肢があったことは確かだ」


 ユウはゆっくり頷いた。


「……じゃあ、増やそう」


「……何を?」


「船も、人も。ちゃんと守れるだけの戦力を」


 セラはユウを見つめた。


 その目には、いつものような軽い好奇心だけではない、確かな決意が宿っていた。


「……本気か?」


「……うん」


 ユウは前方の星々を見つめた。


「……今回、アストライアがどれだけ強くても、船団とアーデントを同時には守れなかった」


 セラは黙って聞いていた。


「……だから、もっと戦力が必要なんだと思う。敵を倒すためだけじゃなくて、みんなを守るために」


 そして、静かに続けた。


「……もう、守れなかったなんて言いたくないんだ」


 セラはしばらくユウを見つめていた。


 やがて、ゆっくりと頷いた。


「……分かった。なら、私も協力する」


 ユウは少しだけ笑った。


「……ありがとう」


 艦橋に、久しぶりに穏やかな空気が戻った。


 そのとき、アイリスが報告した。


『艦長、連邦の保安部隊より連絡です』


「……何?」


『救出された技術者の一名が、艦長との面会を希望しています』


「……誰?」


『ミラ・セインです』


 ユウは少し首を傾げた。


「……ミラが?」


『はい。今回の救助に関するお礼と、今後の進路について相談したいとのことです』


 ユウはセラを見た。


 セラは小さく笑った。


「……どうやら、次の仕事ができたみたいだな」


 ユウは少しだけ肩をすくめた。


「……そうだね」


 そして、久しぶりに自然な笑みを浮かべた。


「……じゃあ、話を聞いてみようか」


 失われた命は戻らない。


 その悲しみが消えることもない。


 だが、救われた命があり、新しく始まる人生もある。


 ユウは、そのことを少しずつ理解し始めていた。


 そして、アストライアの艦隊は、次の段階へ進もうとしていた。

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