第66話 獅子の咆哮
敵大型武装艦の副砲が、一斉に火を噴いた。
全長百八十メートルを超える艦体に配置された八基の砲塔が、それぞれ異なる角度からアストライアを狙う。正面からの砲撃に加え、左右へ広がる弾幕が退路を塞ごうとしていた。
『敵大型艦、連続射撃を開始。回避可能な空間が制限されています』
「見えてる」
ユウは操縦桿を倒した。
アストライアは岩石群の外側へ向かって加速する。追ってくる砲撃を小刻みな姿勢変更でかわしたが、三発目の光弾が左舷シールドをかすめた。
《左舷シールド出力:61%》
セラが戦術画面を確認した。
「撃ち合うな。向こうは副砲だけでも相当な火力がある。しかも、あの艦はアストライアの機動力を警戒して射撃範囲を広く取っている」
「うん。分かってる」
ユウは敵艦を見つめた。
先日の護衛任務で、アーデントを追い詰め、最後尾の輸送船を奪った艦隊。その指揮を執っていた大型艦が、目の前にいる。
艦橋のどこかには、今回の襲撃を命じた男が座っているはずだった。
『敵艦、さらに加速。こちらの進路を遮る動きです』
「……逃がさないつもりなのは、向こうも同じか」
セラが眉を寄せた。
「ユウ、敵を憎むのは分かる。だが、こっちまで同じことを考えるな。向こうには火力がある。こちらには機動力がある。自分の強みを使え」
ユウは短く頷いた。
「……アイリス、主砲塔の配置を出して」
『了解しました』
大型艦の立体映像が表示され、砲塔の位置と射界が色分けされた。
ユウはしばらく画面を眺めると、右舷後方の一角を指した。
「ここ、射界が重なってないね」
『はい。主砲修理用の外部作業架台が残されている影響で、右舷後方の一部が死角となっています』
「そこから入る」
セラが頷いた。
「悪くない。ただし、敵も死角を把握している。姿勢を変えてくるぞ」
「変えさせなければいい」
ユウはアストライアを加速させた。
*
大型武装艦の艦橋では、ローク・ダグネルが戦術画面を睨みつけていた。
「右舷後方へ回り込ませるな! 副砲を集中させろ!」
「目標艦、加速中! 右舷砲塔の追尾が間に合いません!」
「艦首を向けろ! 相手は小型艦一隻だぞ!」
ロークは艦長席の肘掛けを叩いた。
船団襲撃では、すべてが計画通りに進むはずだった。
小型艇で護衛艦を誘い出し、中型艦で防御の隙間を作る。大型艦の火力で船団を威圧し、価値の高い貨物を積んだ輸送船だけを奪う。
実際、標的の一隻は確保できた。予想外だったのはアストライアの存在だけだ。
あの小さな船さえいなければ、もっと多くの貨物を奪えていた。
そして今、そのアストライアが単艦で戻ってきた。
「中型艦はどうなった!」
「一番艦は艦橋機能喪失、二番艦は主機停止! いずれも応答ありません!」
「警備艇は!」
「二隻が戦闘不能、一隻は投降しました!」
ロークの顔が歪んだ。
「……何をやっている!」
そのとき、艦橋の警告音が鳴り響いた。
《右舷後方、敵艦接近》
「くそっ! 艦を回せ!」
だが、アストライアはすでに砲塔の死角へ入り込んでいた。
*
『敵大型艦、艦体旋回開始』
「アイリス、右舷後部の砲塔基部!」
『照準完了』
「撃て」
アストライアのパルスレーザーが連続して放たれた。
敵大型艦の右舷後方にある砲塔基部へ光弾が命中し、シールドが激しく明滅する。三発目が装甲の継ぎ目を貫き、砲塔が動きを止めた。
『敵右舷第七砲塔、機能停止』
「次は隣」
ユウは間を置かずに指示した。
だが、敵艦も反撃してきた。船体下部の砲塔が旋回し、アストライアへ向けて射撃を開始する。
『敵第六砲塔、射撃開始』
「避ける!」
ユウは推力を上げ、敵艦の後方へ回り込んだ。
光弾が船体のすぐ脇を通過する。シールドにかすかな衝撃が走ったが、直撃は避けられた。
大型艦は姿勢を変え、艦尾の推進器をアストライアへ向ける。
セラが声を上げた。
「ユウ、離れろ! その位置に留まるな!」
「……分かってる」
敵艦の後部には、複数の補助砲塔がある。そこへ無理に踏み込めば、集中砲火を受ける危険があった。
ユウは追撃を中断し、岩石群の外側へ離脱した。
『敵艦、右舷後部の砲塔を一基喪失。残存砲塔七基』
「まだ多いな」
セラが画面を確認する。
「これまでの損傷と合わせれば、右舷の火力はかなり落ちている。次は相手の推進能力を削る。ただし、正面から艦尾を撃つのは得策じゃない」
「……うん」
ユウは敵艦の航跡を確認した。
大型艦はアストライアを追おうとしているが、周囲の岩石群を避けるために進路が制限されている。
その動きを見て、ユウは一つの案を思いついた。
「アイリス、あの大きな岩の裏側、通れる?」
『当艦であれば通過可能です。ただし、岩石表面との距離が近くなります』
「大型艦は?」
『船体寸法と現在の進行方向から判断すると、同じ経路の通過は困難です』
ユウは頷いた。
「……じゃあ、あそこを使おう」
*
アストライアは岩石群の内側へ向かった。
前方に現れたのは、長さ数キロメートルに及ぶ巨大な岩塊だった。表面には深い亀裂が走り、周囲には小さな破片が漂っている。
ユウはその岩塊の縁をかすめるように航行した。
『艦長、後方より敵大型艦が追跡しています』
「そのまま引きつけて」
大型艦はアストライアを追って加速した。
だが、巨大な岩塊が進路を塞ぐ位置まで来ると、減速して大きく旋回する必要が生じた。
『敵艦、減速開始』
「今だ」
ユウは岩塊の陰へ滑り込むと、一気に機首を回した。
アストライアの姿が敵大型艦のセンサーから一時的に消える。
『敵艦、当艦を見失っています』
「反対側から出る!」
主推進器が輝きを増した。
アストライアは岩塊の側面を回り込み、敵大型艦の左舷後方へ飛び出した。
大型艦は旋回途中だった。
艦尾の推進器が、斜めから大きく見えている。
『敵艦推進器、照準可能』
「左側の推進器から」
『了解』
短い連続射撃が放たれた。
最初の数発はシールドに阻まれたが、続く光弾が推進器の外装へ命中した。
大きな閃光が走る。
『敵艦、左主推進器の出力低下』
「もう少し!」
ユウは射撃を続けた。
敵艦が副砲を向けようとするが、旋回途中の船体では照準が追いつかない。
そして次の瞬間、左主推進器から大きな爆発が発生した。
『敵艦、左主推進器停止』
「……よし」
ユウはすぐに距離を取った。
敵大型艦の速度が目に見えて低下する。
しかし、残った推進器はまだ稼働していた。
『敵艦、右主推進器で姿勢を維持しています』
「……まだ動けるのか」
セラが頷いた。
「大型艦だからな。推進器を一基潰した程度では止まらない」
ユウは敵艦の動きを見つめた。
「……なら、もう一基」
*
ロークは艦橋で怒鳴っていた。
「何をしている! 早くあの船を撃ち落とせ!」
「左主推進器が停止! 姿勢制御にも負荷がかかっています!」
「右主推進器で補え!」
「このままでは補給施設へ戻ることも難しくなります!」
ロークは歯を食いしばった。
アストライアは、すでに中型艦二隻と複数の警備艇を戦闘不能にしている。そのうえ、自分の大型艦まで追い詰めようとしていた。
しかも、相手はほとんど被害を受けていない。
「……何なんだ、あの船は」
ロークは小さく呟いた。
副官が通信装置へ顔を向けた。
「艦長、補給施設から撤退許可を求める通信が来ています」
「撤退だと?」
「はい。残った作業員と貨物を退避させたいと……」
「勝手に逃げるな! 施設の防衛に回せ!」
ロークは苛立たしげに命じた。
副官が躊躇する。
「しかし、施設には非戦闘員もいます」
「使える人間は全員使え。貨物も設備も置いて逃げるな!」
ロークは画面に映る補給施設を睨みつけた。
あそこには大量の戦利品がある。
これまでの襲撃で奪った貨物、部品、資源、そして売却を待つ設備。
それらを失えば、自分の立場は終わりだった。
「……何としても、あの船を止めろ」
*
アストライアは再び大型艦へ接近した。
今度は、先ほどよりも慎重に距離を取っている。
『敵艦、右舷砲塔三基をこちらへ向けています』
「……まだ撃てるんだね」
ユウは淡々と呟いた。
敵の副砲が一斉に火を噴く。
アストライアは急旋回し、弾幕の外側へ抜けた。しかし、完全には避けきれず、一発が右舷シールドへ命中した。
《右舷シールド出力:52%》
セラが警告する。
「ユウ、長引かせるな。こちらのシールドも削られている」
「……うん」
ユウは残った主推進器を見つめた。
敵大型艦は損傷した左側を隠し、右主推進器を守るように動いている。
「……アイリス、レールガンの状態は?」
『使用可能です。ただし、前回の戦闘からの熱負荷が完全には解消されていません。連続使用は推奨しません』
「一発なら?」
『使用可能です』
ユウは頷いた。
「……じゃあ、一発で決めよう」
セラが顔を上げた。
「主推進器を直接狙うのか?」
「いや。さっき見つけた、主機の電力供給部分」
ユウは敵艦の立体図を拡大した。
大型艦の後部中央には、主機から推進器へ電力を送る系統が集中している。その周辺には厚い装甲があるものの、修理のために開けられた作業区画が残っていた。
先日の戦闘で主砲の電力系統を破壊された際、応急修理のために一部の外装が取り外されていたのだ。
「……ここを抜ければ、主推進器が両方とも止まる可能性がある」
セラが画面を確認した。
「理屈は合っている。だが、レールガンは艦首固定だ。あの位置へ照準を合わせるには、相手の副砲の射界へ入る必要がある」
「……分かってる」
ユウは短く答えた。
「でも、できると思う」
セラはしばらく考えた。
「……よし。なら私が敵の射撃間隔を読む。合図するまで突っ込むな」
「了解」
アストライアは距離を取り、敵大型艦の砲撃を誘った。
敵艦はアストライアが離脱しようとしていると思ったのか、残った副砲を集中させて射撃を開始する。
光弾が次々と飛来した。
ユウは細かく進路を変えながら回避し、射撃の間隔を確認する。
セラが画面を見つめた。
「……右舷第三砲塔、発射。第五砲塔、発射。第六砲塔、発射……」
敵艦の砲撃が一瞬途切れた。
「……今だ!」
「行く!」
アストライアが最大加速した。
*
『レールガン充填開始』
アイリスの報告とともに、アストライアの主兵装へ電力が供給される。
ユウは敵大型艦の後部中央へ向けて進路を固定した。
敵艦の副砲が慌てて旋回する。
『敵艦、当艦を捕捉』
「……まだ」
ユウは操縦桿を微調整した。
敵の光弾が船体の近くを通過する。
『前方シールド出力、48%』
「……まだ!」
敵艦との距離が縮まっていく。
艦橋の警告音が鳴り響いた。
『レールガン充填率九十パーセント』
セラが声を上げた。
「ユウ、撃ったらすぐに離脱しろ!」
「分かってる!」
『充填完了。射撃可能』
敵大型艦の後部中央が照準枠に収まった。
「……撃て!」
アストライアの艦首から、高速の金属弾が放たれた。
弾体は敵艦の後部装甲を貫き、内部の電力供給区画へ命中する。
次の瞬間、巨大な爆発が発生した。
敵艦の後部から閃光が噴き上がり、主推進器の光が一斉に消えた。
『命中確認。敵艦主電力系統、重大損傷』
大型艦の艦体がゆっくりと傾いた。
『右主推進器停止。補助電源のみ稼働』
ユウはすぐにアストライアを旋回させ、敵艦から距離を取った。
背後では、大型艦が制御を失いながら漂い始めている。
「……終わった?」
『敵艦の推進能力は喪失しました。ただし、補助電源に接続された兵装の一部が使用可能です』
セラが画面を確認した。
「まだ油断するな。相手が武装解除するまで接近するなよ」
「……うん」
そのとき、敵大型艦から通信が入った。
*
『……こちら、ローク・ダグネル!』
通信の向こうで、男の声が響いた。
『降伏する! もう撃つな!』
ユウは何も言わなかった。
正面画面には、漂う大型武装艦が映っている。
船体後部は大きく損傷し、主推進器は停止していた。残った副砲もほとんど動いていない。
『繰り返す! 降伏する! 武装を停止する!』
セラがユウを見た。
「……ユウ」
ユウは操縦桿を握ったまま、画面を見つめていた。
『艦長。敵艦より正式な投降信号を受信しました』
アイリスが静かに報告した。
しばらく沈黙が続いた。
そして、ユウが口を開いた。
「……アイリス」
『はい』
「……敵艦の艦橋を照準」
セラの表情が変わった。
「ユウ!」
『艦長。敵艦は投降を表明しています』
アイリスの声は、いつもと変わらなかった。
だが、その返答には、確認を求めるような間があった。
「……分かってる」
ユウは静かに答えた。
画面には、敵艦の艦橋区画が表示された。
そこにはローク・ダグネルがいる。
ニールを死なせた襲撃を指揮した男が。
「……あいつが」
ユウは低く呟いた。
「……あいつが、あんなことをしなければ」
その声が、初めて震えた。
セラは艦長席の横へ歩み寄った。
「ユウ、やめろ」
「……ニールは、まだ生きてたんだよ」
「分かっている」
「……二十四だったんだ」
ユウは画面から目を離さなかった。
「……これから、いろんなことができたはずなのに」
セラは何も言わず、ユウの肩へ手を置いた。
「……撃てば、少しは気が済むのか?」
ユウは答えなかった。
「……ニールは戻ってこない。それでも撃つのか?」
ユウの手が、操縦桿を強く握りしめた。
しばらく、艦橋には何の音も響かなかった。
やがて。
「…………くそっ!」
ユウは操縦桿から手を離した。
「……アイリス。射撃中止」
『了解しました』
照準枠が消えた。
ユウは艦長席へ深く座り込み、両手で顔を覆った。
「……何なんだよ、もう……」
その声は、今まで聞いたことがないほど苦しそうだった。
セラは何も言わず、隣に立っていた。
*
敵大型艦から武装解除の確認が届いたのは、それから十分後だった。
ロークは乗員たちとともに降伏し、艦内で拘束されることを受け入れた。
セラは傭兵協会へ戦闘記録と投降情報を送信し、連邦当局へ身柄の引き渡しを要請した。最寄りの巡視部隊が到着するまで、アストライアが周辺宙域を監視することになった。
なお、他の戦闘不能艦についても救助要請が送信されている。投降を表明した小型艇と、救助を求める脱出艇は、敵対行動を停止していることを確認したうえで保護対象とされた。
ユウはそれらの報告を聞きながら、黙って頷いていた。
しばらくして、アイリスが新たな情報を表示した。
『艦長、敵補給施設から緊急通信を受信しました』
「……何?」
『施設の管理担当者を名乗る人物からです。武装解除を条件に、施設を明け渡す意向を示しています』
ユウは顔を上げた。
「……施設も?」
『はい。残存する武装要員の一部が逃走を試みていますが、主な出入口は封鎖されています』
セラが頷いた。
「指揮艦が降伏した以上、施設側にも抵抗する理由はない。だが、内部に捕虜や非戦闘員がいる可能性がある。突入は慎重に行う必要がある」
「……分かった」
ユウは画面を確認した。
小惑星の陰に隠れた補給施設。
その周囲には、奪われた輸送船アルタイルを含む複数の船が係留されている。
施設内部には、これまでの襲撃で奪った大量の貨物が残されている可能性が高かった。
以前のユウなら、その時点で目を輝かせていたかもしれない。
新しい船。
高価な部品。
大量の資源。
基地の拡張に使える設備。
しかし今、そのどれにも興味が湧かなかった。
「……セラ」
「何だ?」
「……施設に、誰か閉じ込められてるかもしれないんだよね」
「ああ。その可能性は高い」
ユウはゆっくり立ち上がった。
「……じゃあ、まずそっちを確認しよう」
セラが頷いた。
「分かった。連邦当局の到着まで、施設内の人員を不用意に動かさないよう指示する。必要なら救助班を先行させよう」
ユウは静かに答えた。
「……うん。お願い」
*
数時間後。
連邦の巡視部隊が到着し、投降したロークとその部下たちの拘束が正式に行われた。
アストライアは施設周辺の監視を継続しながら、連邦側の保安要員と協力して補給施設の制圧を進めることになった。
施設内では一部の武装要員が抵抗していたものの、指揮官の降伏と艦隊の壊滅を知ると、次々に武装を放棄した。
そして、施設内部の初期調査が始まった。
最初に見つかったのは、大量の貨物だった。
艦艇用部品、工業用特殊合金、医療設備、精密制御装置、未使用の兵装部品。
その数は、想像以上だった。
『艦長、施設内の保管物資について、暫定的な価値評価を開始しました』
アイリスが報告する。
「……そう」
『現時点で確認された物資だけでも、数千万Cr規模に達する可能性があります』
ユウは頷いただけだった。
「……そうか」
セラは、その横顔を見た。
普段なら間違いなく大騒ぎしていた金額だ。
だが、ユウは金額を聞いても、何の反応も示さなかった。
そして、しばらくして。
施設内の保安要員から、緊急通信が入った。
『こちら捜索班! 施設奥部に未登録の収容区画を発見!』
ユウが顔を上げた。
「……収容区画?」
『はい! 内部に複数の生体反応があります! 外部から施錠されており、開放作業を進めています!』
ユウはすぐに立ち上がった。
「……生きてる人がいるの?」
『確認できる限り、十名以上です!』
ユウは一瞬、目を閉じた。
ニールは帰ってこない。
どれだけ敵を倒しても、その事実は変わらない。
だが、まだ助けられる命がある。
「……アイリス」
『はい』
「……エリナに連絡して。救助が必要だって」
『了解しました』
セラもすぐに動き始めた。
「救助班を編成する。施設内の安全確認が終わり次第、収容区画へ向かおう」
ユウは頷いた。
「……うん」
そして、ほんの少しだけ。
その表情に、何かが戻った。
怒りに任せて敵を追い詰めた先で、ようやく見つけたもの。
それは金でも、船でも、戦利品でもなかった。
まだ救える命が、そこにあった。




